行方
寧火ぃ。
記録「行方」
形として遺るものには、計り知れない価値がある。
例えば、普段身につけているもの。そう、衣類や装飾品。家具なども、そう言える。
それらを自分の力で手に入れたものだと認識しているのであれば、それは人類共通の"価値"になる。
今手に持っているものが、遠いさきの時代まで遺されていた時、確かな証拠として初めて価値として扱われる。
それが、たとえ直径1mmの石であったとしても。
最たるものとして、"紙"がある。
読み書きや刷り込みを施すなどで、人々が紙に書かれた文字や絵を見ることができるし、
そうしたものから情報を読み取ることもある。
一つの紙切れが、誰かの生命を救ったり、または奪ったり。
大切なものを見つけたり、または失ったり。
道標となったり、罠となったり。
紙には、様々と言っては雑把が過ぎるほどに、重要と言っては軽すぎるほどに、その一枚に大きな価値がある。
街中を漂う紙は、風に煽られて、右へ左へとさらわれていく。広い歩道を、靴底とアスファルトがぶつかる雑音をあげながら去っていく群衆を後目に、
細々と立つ木陰に横たわる。
早すぎる秒針の機械音が、時の流れの速さを、無情にも思えるほどに絶えず響かせる。
尚も、さも当然のように、幾数もの影は、地に伏した紙切れを、意識すら傾けることなく去りゆくだけ。
それが世の理だといわしめるかのように。
ふと気付けば、影は静まり返っていた。
理不尽を描いたような、見向きもされなかった、あの紙切れも消えていた。
再び巻き上げるように吹いた風にさらわれたのだろうか。
次第に闇で覆われてゆく地面に気をとられるのは少しばかり癪に触る気がしたが、
時計の針が動かなくとも、こうして光と闇が入れ替わる様を、生まれ持った双眸で眺めるのは、生あるもの達にしかできないことだ。
すっかり黒の世界となった時の静けさが、何より寂しく思う者も少なくない。
光が無ければ、眼に映るはずのものも見えなくなるから。
それでも徐々に深まる黒が手を覆う頃には、遺すべきものも見えなくなった。
これでは何も成しえない。
紙に文字や絵を書くこともできない。
人間はほぼ視覚に頼る生物であり、聴覚や嗅覚などは他の生物が進化の果てに手に入れた力だ。
無い物ねだりは、良い事とは到底言えない。
思わず溜め息も吐きたくなる。
そうして闇しか映さない眼を閉じた。
次の陽光を見ることが出来るのは、どれくらい後なのかを考えることも億劫に思えたから。
意識を手放す寸前。何か、けたたましい音が鳴り響くのを感じ取った気もするが、やはりそんなことを考えるのも面倒だったのか。
昏い手に引っ張られる感覚から、急速に引き離され、慌てて手放しそうになった意識を、力強く握りしめて、眼を開く。
最初に見た光景は、青い服を纏った者達や、重そうなものを纏う者達が、殺風景な石の壁を照らしながら、歩み寄ってくる姿。
ここで生命を絶つのも良いかもしれない、と思って、歯に舌をあてがう。
けれど、あの時に窓から投げたあの紙切れを、再びこの両眼で見ることができたのには、あまり時間がかからなかった。
行方 寧火ぃ。 @Navy-PTSM
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