神さらいの悪魔
@kuripuupi
第一章 鎧が壊したもの
1
「――ァー……」
死んだ目、混濁した意識、かすれた声。
久しぶりの帰省で私を出迎えたのは、壊れた母だった。
相変わらず……壊れていた。
かつては母上も伝説の騎士としてその名をはせていたという。
騎士である私もその武勇伝は耳にするが、今はその時の見る影もない。
「おはよう、シャーリー……。早いのね」
そう、今は早朝だ。
私は酷く焦っていた。
朝霧の中、愛馬を走らせこのディビス家の巨大屋敷に帰ってきたのだ。
だから「早いのね」という言葉には一つの間違いもない。
しかし、もっと大事なことを間違えていた。
「母上。私はシャーリーではありません。クリスです。ただいま。帰ってきました」
シャーリーというのは私の妹の名だ。
大切な子供を見間違える、壊れた母上。
こうなってしまったのも、すべてあの忌まわしき『家宝』のせい。
我がディビス家が由緒正しい騎士の家系であった故の、『呪い』のせい。
「……クリス? あらそう、そうね。確かにシャーリーと違ってムネが……」
「母上、自分の子供をムネで判別しないでください」
「でも、しょうがないじゃない」
そう。しょうがない。
「それでどうしたの? 珍しいわね。お金が欲しいの? わかったわ、すぐ用意するわね。あ、シャーリーの好きなケーキもあるのよ?」
「ああ! 大丈夫です母上! ちょっと顔を出しに来ただけですから! というかシャーリーの好きなものを私に出したらダメでしょう」
「zzzz……」
「寝た……」
やりづらい。
というかなんだ母上。確かに昔からあなたは壊れていた。でも私がここを出る前は、さすがにこうまでおかしくなかっただろう。
明らかに壊れぶりが酷くなっている。
私がこの家から離れていた間になにかが……?
「母上、起きてください。父上やシャーリーは今どこに……」
私は酷く焦っていた。
母上では拉致があかない。父上を頼るため、結局母上に頼る。
父上も妹も、仕事や学校があるが今日は休日。まして朝だ。さすがに家にいるはずである。早く現れてくれないだろうか……。
と、泣きそうになっていたその矢先、
「おお! クリスではないか!」
「父上!」
その完璧な登場タイミングに、私も子供の頃のような高い声で返事をしてしまった。
「早かったな! 手紙、もう届いたのか!」
手紙。
「手紙が首都にあるお前の寮に届いて、それから馬を走らせるわけだからな。お前がここに帰ってくるのは、少なくとも明日以降と考えていたのだが……」
「……最近はインフラの進化も目覚ましいですからね。魔物を使った配達などのサービスもあるようです」
「ほう、さすが都会というべきか」
「それであの……」
「ああ、いきなりで驚かせてしまったな。『至急来られたし』というたった一文の手紙だ。よほど緊急の大ごとがあったと思わせてしまったかもしれない。いや、それは正しいのだが、それ以上にあの一文しか書けなかったのは漏洩を防ぐためだ」
「漏洩……? いったい何があったんですか? 緊急で漏洩を恐れるような事態とは。それに母上の様子も、その、以前にも増して『壊れている』といいますか……」
「そう、正にそのことが関係している」
と、うつむきながら話した父上は、突然床にうずくまった。
違う。これはひざまずいたのだ。それも両膝。謝罪のために。
一瞬それを認識できなかったのは、あまりにも信じられないことだったからだ。
私は騎士として現役だった頃の父上を知らない。
だが、母上と同様、その現役時代の活躍は数多く耳にするし、なにより私をここまで鍛えたのも父上だ。
誇り高き騎士である父上を、私は誇りにしていた。
それが、ひざまずくなど……。
「すまん! クリス! ……『家宝』が、盗まれたァ!」
――!
「家宝が……」
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