#19 「面白い企画」と「良い企画」の違い

「ただいま戻りました」


 開発ブースはそこそこの人出で賑わっている。空調による対流によって、さまざまな食べ物の匂いが創平の鼻をついた。おそらく、定例会から帰社したスタッフたちの多くが、寸暇を惜しむようにブース内で昼食でもとっていたのだろう。

 


「あ、おかえりなさいッス」

「お疲れー」


 久利生と土岐が、座ったまま声をかけてくる。土岐の傍には、パーカを頭からすっぽり被った女性が立っていた。


「んじゃ、そういうことで。よろしくね」


 土岐がパーカ姿の女性に向かって声をかける。彼女は軽く頷くと、土岐へ親しそうに手をふり、小走りに創平の脇を通り抜けていった。



 誰だったっけ、と創平は自問するが、仕事で絡んだ覚えはない。ただ、どこかで見たことがあったような――


 創平はぼんやりと考えを巡らしながら、リュックを自席の机に置くと、


「土岐さん、メールにあった件ですけど……」

「うん。ちょっとアッチで話そっか」


 缶コーヒーを飲みながら、土岐が室内の一角にあるドアを顎で示す。創平はジャケットを脱ぐと、リュックの中からノートPCを取り出して、とっとと会議室へと向かっていった。


 異動初日は乱雑だった室内も、今では小綺麗に整頓されており、ホワイトボードは書き込み一つない真っさらな状態を取り戻している。創平もちょくちょく利用しているので、今ではすっかり馴染みのある場所になっていた。



 創平が備えつけの冷蔵庫にある飲料水に手を伸ばそうとしたとき、


「――んでんで。どうだった? 本社の件は落ち着いたかい?」


 土岐が二段重ねに積み上げた段ボールを抱えながら、「あらよっと」と危なげなく入ってくる。


 創平は立ち上がりつつ、


「ええ。これでしばらく、向こうに行く用事もなくなると思います」

「ありがと――そっかそっか。ってかアッチもさ、そろそろハンコ文化なんか無くして、ぜーんぶ電子決済にすればいいのにね」

「まったくです。そもそも、海外支社すらあるホールディングスなら、規格くらい統一すべきなんでしょうけど」


 思わず土岐が苦笑する。今さら正論を唱えたところで、何らかのキッカケでも無いかぎり、当分は現環境のママだろうと安易に想像できたからだ。



「で、僕に話っていうのは――」

「うん。創平くんの次のアサイン先をね。そろそろ決めちゃおうと思って」


 土岐がドスンと段ボールをテーブルに置きながら、何気ない口調で返事をする。創平はわずかに目を見張ると、口もとに微笑を浮かべて、


「なし崩し的に土岐さんのヘルプしてますけど、僕、ちゃんとした辞令をトウアここに来てから受けた記憶って、そういえば無かったんですよね」

「くっふっふ。キミの身柄はアタシが保証してるって、社内には刷りこみ済みだから」


 土岐が立ったまま、腰に両手をあてて言った。


「人を犯罪者みたいに言わないでくださいよ」

「それじゃあ、まるで、キミが善人みたいな物言いじゃないか」


 土岐は眉ねを寄せると、おどけた調子で笑顔を浮かべた。そのまま椅子に座ると、ぐっと躰を伸ばすように創平へ顔を近づけながら、


「で。本題に入る前になんだけどさ」

「もぅ……いきなり脱線ですか?」

「だって、気になることがあったんだもん。それに、これから話す内容にだって、無関係なことじゃないと思うんだよね」

「はいはい……で、なんです?」

「どうして、本社の企画コンペでは、近ごろ通過作がでないんだと思う?」

「いい企画案がなかったからに決まっているでしょう」


 あまりにストレート過ぎる表現に、ぶふっと土岐が吹きだした。


「く、くふっ! む、むせた……もう、鼻水でちゃったじゃない」

「だけど、それ以外の理由ってありませんよね」


 創平が肩をすくめながら答える。


「じゃあ、聞くけどさ。昔はポンポン企画が通過してたらしいけど、それって、たまたま面白いモノが揃っていたからだって言うのかい?」

「いい企画案と面白い企画案は、まったく別モノですよ」

「――へ? あ……はっはぁーん。なるほど、なるほど」


 ニタニタと笑った土岐が、顎に手を添え、ふんぞり返るように座り直すと、


「創平くんはさ。近年のコンペ不作は、『ジャッジする側の判断基準が明確になったから』だって考えているんだね」


 相変わらずの思考速度レスポンスに、創平が口もとを僅かに緩める。まさにその通りだったからだ。


 創平は頭を掻くと、


「人づての話もあるので、憶測が含まれている余地もありますけど――以前の本社の企画に対する判断基準って、ほとんどがジャッジする人間の主観によるものだったらしいんですよ」

「へぇ、意外。ホントなら、本社あっちもけっこういい加減だよね」


 足を組み直しながら、土岐が興味深そうな表情を浮かべる。


「すこし前の話になりますけど、ゲームを『作品』として持ち上げる風潮ってあったじゃないですか」

「あぁ、はいはい。メディアもまだ元気だったころでしょ?」

「詳細は端折りますけど、景気の後退や同業他社の台頭……まぁ理由はどうであれ、好きなものだけを創っているだけじゃ食えていけないってことに、その時分で本社も学んだらしいんですよね」

「うーん。そうなると、本社が企画を合否する判断基準って、『売れるものかどうか』ってこと?」

「僕はそうだと睨んでます」


 創平がテーブルに両肘をつき、手を拝むように組む。


「ただ、ほとんどのクリエイタ――というか、企画提案者たちは、そうした変化に気づいていないようなんですよね」

「悪かったね。アタシもじゃないか」

「土岐さんは管理職であって、クリエイタじゃないでしょう?」


 創平が微笑を浮かべたが、土岐は不満げだ。口をすぼめて軽く睨みつける。創平はお構いなしに、


「そもそも、今日みたいな業務説明会を、なぜ行わなければいけないか――それは当期の結果を通じて、全社員の意識と足並みを揃えるためだと思うんです」

「それはアタシも否定しない」

「今日のプレゼンで経営陣たちは、数字を用いて情報を伝えてましたけど、その本質を読みとったクリエイタって、いったい何人いたでしょうね」

「うーん……コンペの結果をふり返ってみると、まぁ明らかだよなぁ」


 苦笑を浮かべた土岐が、両手を頭の後ろで組み、のけぞるように天井を見上げた。創平がコツコツと机の表面を指ではじく。


「気づいていない提案者だって当事者意識が欠如していますが、その状態を何年もスルーしている経営陣もマズいと思うんです。だって、互いの関係値が歪なバランスで成り立っているんですから」


 創平が背もたれに体重をあずけると、どこか冷めた調子でふぅっ――と小さく嘆息した。

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