VOL.9
俺はまず児童養護施設、友愛園に行った。
依頼人に結果報告をするのが当たり前だからな。
森本先生は面談室で俺と顔を合わせ、報告書を読み終えると、
『ご苦労様でした』と丁寧に頭を下げ、封筒を取り出して俺の前に置いた。
中にはきちんと明細が入り、受取まで添付してあった。
金額を改める。
私立とはいえ、流石に福祉施設だ。一円単位迄決めた通りだった。
『確かに』そう言って受取りにサインをし、懐にしまうと、
『それで・・・・あの、直人君のお父さんはどうなるんでしょう?』
森本先生が心配そうな表情で訊ねた。
『弁護士や検察官の顔なじみに訊いてみたんですがね、誰もが一様に”あくまで一般論だが”と断った上で、”実質ナンバー2だし、武器密売の責任者でもあり、物的証拠も状況証拠も揃っている。それに妻子を事実上棄てているのは間違いないから、情状面だって悪くなる。となると執行猶予がつかない実刑になる可能性は高い。後は量刑の問題だな”との事でした。』
俺の言葉に彼女は、
『そうですか・・・・可哀そうに』と答えた。
”可哀そうに”というのは、父親に向けられたものというより、子供の事を慮っているように聞こえた。
施設に来てからというもの、直人は両親については、殆ど何も語らないという。
当然ながら、父親がどうなったか、母親が今どんな状態かも知らない。
(恐らくあの屑親父は何も説明してなかったに違いない。そりゃそうだろう。”今後一切お前の面倒はみない。ここに預けるから、勝手に一人で生きて行け”なんて、さすがに言えないだろうからな)
『詳しい説明については、これから時間をかけて私どもがしてゆきます。親御さんの代わりにはならないでしょうけど、あの子の心の傷を、出来るだけ癒して上げたいです。』先生はそう続けた。
直人はこの養護施設で、このまま過ごすことになりそうだという。
『ああ、そうでした。実はその直人君宛にこんな手紙が届きまして』
森本先生は思い出したように言うと、一通の現金書留を取り出した。
差出人には”東京都狛江市、中村誠”とあった。
『いいですか?』俺が言うと、先生は”どうぞ”と答える。
中には現金十万円が入っており、便せん二枚に達筆な文字でこうしたためてあった。
”直人君の事は私立探偵の乾さんに伺いました。あれから家内とも相談しまして、色々考えました。母の事はやはり許せませんが、でも小さな子供には何の罪もないと思い、これから毎月十万円づつ送金させて頂きます。直人君の学資の足しにでもして上げてください。”
『これだけが救いみたいなものですわ』先生は小声でそう付け加えた。
挨拶をして表に出ると、直人少年が前と同じようにブランコに腰かけ、この間持っていた童話の本を声に出して読んでいた。
あの童話の本は、ここに来た時から彼がずっと大事そうに持っていたという。
俺は裏口から出ようと、ブランコのすぐ後ろを通った時、直人が気配を察して立ち上がり、持っていた本を落とした。
俺は本を拾ってやる。何気なく目をやると、開いた裏表紙に平仮名で、
”なかむら まこと”と書いてあった。
彼は俺の顔を不思議そうに眺め、一つお辞儀をして本を受取り、またブランコに座って音読を始めた。
”こうしてふたりはいつまでも、いつまでも、なかよくしあわせにくらしました”
俺はその声を聞きながら、友愛園を後にした。
次に向かったのは、千葉県のⅠ市、特別養護老人ホーム”やすらぎの郷”である。
借り受けていた田沼百合子の手帳を返すためだ。
だが、門を潜ると、何だか物々しい空気を感じた。
玄関の車寄せ前に救急車が赤色灯を回したまま、停車していたからである。
数名の職員と、そして入所者と思しき老人たちが玄関前に立っていた。
その中に俺はあの施設長氏の姿を見つけ、田沼百合子さんの手帳を返却に来たと告げると、向こうはわざわざどうもと言って、受取った。
『何かあったんですか?』
『ええ、それがその・・・・』彼が言いかけると、
”すみません、通ります。空けてください!”という鋭い声が建物の中から聞こえ、二名の救急隊員が白髪頭の女性をストレッチャーに乗せて運びだして来た。
田沼百合子だった。真っ青な顔で、酸素マスクをされている。荒い呼吸をしているのが、遠目からでも確認出来た。
何でもデザートに出されたバナナを喉に詰まらせて、一時呼吸困難になったのだという。しかし発見が早かったので、応急措置をした上、念のために病院に運ばれるそうだ。
彼女はそのまま救急車の人となり、職員が一人付き添って、サイレンを鳴らしながら施設を出て行った。
俺は施設長氏に、”では”とだけ告げ、そのまま歩いて外に出た。
”こうして二人はいつまでもいつまでも仲良く幸せに・・・・”か。
白雪姫も、シンデレラも、眠り姫も王子様と結ばれた。
だがその後本当に幸せに暮らしたかどうか、それは誰にも分からない。
現実の世界はおとぎ話のように何もかも”めでたし、めでたし”とはいかないものだ。
空を見上げる。
もうすっかり秋だな。
いわし雲が浮かんでいる。
くしゃみが出た。
”帰ったらホットウィスキーでも
頭の隅で、そんなことを考えていた。
終わり
*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。
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