傷だらけの童話(メルヘン)
冷門 風之助
VOL.1
◎初めに:この小説は以前書きました作品を大幅に加筆訂正したものです。
結論から先に申し上げますと、バッドエンドで終わります。その辺りをご理解頂き、もし不快に思われる方がいらっしゃいましたら、途中でお読みになるのを中止されることをお勧め致します◎
●”こうして二人はいつまでもいつまでも、仲良く幸せに暮らしました・・・などと信じている方は、余程おめでたい人達でしょう”・・・・ある映画のラストにあった、皮肉に満ちたナレーションより●
◇◇◇◇◇◇◇◇
妹から電話があった。珍しいことだ。
その日は特に仕事もなく、二日酔いでもなかった。
探偵ってのは、別に年柄年中忙しいわけじゃない。
特に俺のような一本独鈷は、そうそう仕事が山のように舞い込んではこないからな。
家主からは家賃の催促がしょっちゅうあるし、預金通帳をATMに度々突っ込んで、残高とにらめっこをしていなくちゃならない道理だ。金がなければ酒も呑めない。当たり前である。
今日も俺は朝から銀行に出かけ、通帳の書き込みをしてため息をつき、事務所に戻ってくると、ひじ掛け椅子に座り込み、馴染みの弁護士のところに出かけて仕事を回して貰うか否かを思案しているところだった。
そこへ我が愛しの妹、半沢友子から電話だ。
『何だね?またお袋に言われ、俺に見合いでもするように、尻を蹴っ飛ばしに来たのか?』
『冗談じゃないわ。兄さんみたいな文無しでへそ曲がりの変人なんかと見合いしてくれる相手なんか、そうそういる筈ないじゃない。』
『言っとくが、仕事なら断る。俺は身内からの依頼は受けないことにしてるんだ。他を当たってくれ』
受話器の向こうで呆れたような笑い声が俺の耳を打った。
『早とちりしないで頂戴。私の家には探偵に頼むような深刻な問題はありません。』
友子によれば、彼女の高校時代からの友人が、俺の事を聞きつけて、
”仕事を頼めないだろうか”と連絡してきたのだという。
その友達と言うのは、都下のH市で、児童養護施設の職員をしていて、自分のところに入所している、今年10歳になる男の子について調べて欲しいことがあるのだそうだ。
『そりゃ構わんが、お前の紹介だからって、
『そんなこと、分かってるわよ。兎に角話だけは聞いて上げて、お願い』
まあ、他ならぬ妹からの頼みだからな。
とりあえず聞くだけは聞いてやろう。
ちんけな仕事だったとしても、実入りにならないよりはましだ。
H市は都内と言っても、牧歌的な空気が漂っており、俺の生まれ故郷によく似ていた。
その児童養護施設(前にも紹介したっけな。3歳前後から、中学を卒業するまでの、事情があって親と離れて暮らさねばならない子供を預かっている施設だ。)は、『友愛園』といい、町の外れの、キャベツ畑と雑木林に囲まれている中にあった。
その日はちょうど土曜日で、学校を終えた子供たちがグランドのあっちこっちで遊んでいるのが見えた。
正面玄関で案内を乞うと、ピンク色のフリースにジーンズ、それにエプロン姿の眼鏡をかけた30代半ばと思われる丸顔の女性が出てきた。
俺は
『ああ、友子のお兄さんですのね。お待ちしていました。わざわざお呼び立てして申し訳ございません。どうぞおあがり下さい。私がここで副園長をしています、森本明子と申します。』そう言って頭を下げ、
彼女のまわりにまとわりついていた子供たちに、
『先生はお客様のお相手をしなくちゃならないから、みんなで遊んでいてね。大きい子は小さい子の面倒を見てあげて』と言ってから、俺を面談室と札の出た部屋に案内してくれた。
『あの子なんです』
面談室の窓を開け、園庭(というんだろうか)で遊んでいた子供を指さした。
一人の男の子が、ブランコに乗っている。
黄色い長袖のセーターに、デニムの半ズボンをはいた少年で、色が白く目の丸い、まあどこにでもいる少年に見えた。
だが、彼は他の友達と一緒に遊ぶでもなく、ブランコを漕ぐでもなく、ただ座って、前を見ていた。膝の上をよく見ると、ところどころ擦り切れた赤い表紙の本を置いていた。
『名前を
森本先生の話によれば、田沼直人は、今から七か月ほど前、父親に連れられてここにやってきた。
父親の名前は、
”妻が病気になり、自分も仕事が忙しくて子供の面倒が見られない。役所に相談したところ、こちらの施設を紹介された。半年経ったら迎えに来るから、それまで預かってもらえまいか”そう言って必要な書類を揃え、子供だけを置いて去っていったという。
しかし、昨日がその半年目だというのに、ついに現れなかったし、”定期的に連絡を寄越す”と言っていた割にはまったく連絡をしてこない。
たまりかねてこちらから連絡しようとしたが、携帯電話は何度かけても不通状態が続いているし、メールを送っても戻ってきてしまう。
『何しろ小さな子供の事ですので、追い出すわけにもゆきませんから、このままこちらでもお世話はしますけど、どうにかしてお父さんを探し出して上げたいと思いまして』
森本先生はほとほと困ったというように眉をしかめてみせた。
『分かりました。お引き受けしましょう。但しお金はかかります。妹から大体のことは聞いているでしょうが、料金は一日六万円と必要経費、もし万が一拳銃が必要だと判断されるような事態になりましたら、危険手当として四万円を割増しさせて頂きます。ここに契約書があります。良くお読みになって、納得が出来ましたらサインと捺印をお願いいたします』
俺が取り出した書類を受取ると、彼女はテーブルの前に座って、すぐにサインをして寄越した。
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