二度目の告白 前編


―――


 次の日はライブのリハだった。武道館の楽屋に向かいながら昨日の事を思い出す。


 裕と浩輔に自分の気持ちを打ち明けたお陰で、俺の心は何となく晴れ晴れとしていた。

 そして昨日は途中で辻村も混ざって明け方まで飲んで騒いで、まるで昔に戻ったような錯覚を味わった。……一人晋太だけいない事が寂しかったけれど。

 俺は頭を軽く振ってそんな自分の思いを吹き飛ばしながら楽屋のドアを開けた。


「おはよー、『STAR』の皆!」

「お、何だ。仲本か。早え~なぁ。」

「へっ?」

 勢い込んで入って行った楽屋には、辻村一人しかいなかった。俺は肩透かしをくらった気持ちになって、急に恥ずかしさが込み上げてきた。


「お、おう……」

 顔がみるみる間に赤くなる。俺は辻村から目を逸らして俯いた。


 気持ちがすっきりと晴れ晴れしたといっても自分の想いに向き合い始めた以上、辻村へのこの感情は前よりずっとはっきりとしたものになっている。ただのメンバー愛だとか人間愛だとかそんなものじゃ説明できないくらい、俺の心は辻村巧海で侵されていた。


「そりゃお前、いきなりこんな……反則だろ…」

「ん?何か言ったか?」

「え、あ、いや…何でもない……」

 俺は被っていた帽子を深くすると近くにあった椅子に腰かけ、わざとらしくテーブルに置いてあった雑誌を手に取った。そんな俺を不思議そうな顔で見ていた辻村だったが、やがて諦めたように手に持っていた楽譜を広げた。


「はぁ~……」

 俺はちらっと辻村を横目で見た後、気付かれないようにため息を吐いた。てっきりメンバーが揃っていると思って勢い込んで入ってったのに、よりによって辻村一人とは……

 俺は心の中で下三人に助けを求めた。


 一方辻村の方も何か考えている様子で、さっきから楽譜をめくる音が聞こえない。最初は気にもとめていなかったが、ちらっと見た時に思いがけず深刻な顔をしていたから驚いた。

 少し迷ったが俺は雑誌を置いて立ち上がると近づいた。


「辻村……?」

「へっ?」

 さっきの俺と似たような声を出した辻村は、手に持っていた楽譜を落とした。はっと顔を上げると何故か俺の方を見ないようにしながら、そっと楽譜を拾う。


「どうした?ボーッとして。」

「いや、うん。……まぁ、な……」

「大丈夫か?ここに皺寄せて何か難しい顔してたからさ。目開けて寝てんのかと思ったよ。」

 自分の眉間に人差し指を当てて精一杯明るい声を出す。すると辻村もつられたように笑顔を返した。


「あ、あのさ…」

「ん?」

「晋太の事なんだけどさ……」

「晋太?あいつがどうかしたのか?」

 晋太の名前が出た途端、最近様子がおかしい彼の事が脳裏によぎる。

 そう言えばあいつの笑った顔、あんまり見なくなったな……って、多分俺のせいなんだろうけど……

 そんな事思いながら、辻村の方を向いた。


「辻村?」

 声をかけると辻村は虚ろな目を向けると力なく笑った。

「あ…わりぃ……何でもねぇや、ごめん。」

「何だよ……」

 辻村は楽譜を手にすると『始まる前には戻るから。』と早口で捲し立てた。そして俺が何か言うより早く、さっさと部屋を出て行った……




―――


 リハが終わった後、俺達は自然と楽屋に集まっていた。始まる前の辻村とのやり取りの事や晋太の事を考えながらやっていたにも関わらず意外とスムーズにいき、予定の時間よりも早く終わったので俺は人知れずホッとしていた。そして誰が言い出したのかこれから五人で飲みにでも行こうっていう話になって、それぞれ帰り支度をして集まっていたのだ。


「で?これからどこ行く?」

 比較的明るい声を出して盛り上げる俺に、浩輔と裕もノリノリで答える。

「どこ行こうか。ね、裕君。どっかいいお店知らない?」

「う~んと……六本木に僕がいつも行く店あるけど。そこ行く?」

「おっ!いいねぇ。そこ行こうぜ!!」

 辻村もいつになくハイテンションで、裕を押しやってドアから出て行こうとする。俺はそんな姿を見ながら苦笑した。

 何だ、元気じゃんか。そう思いながら俺も皆の後に続いた。


「あれ?晋太、どうしたの?行かないの?」

 浩輔の声に後ろを振り向くとさっきからじっと黙ってソファーに座っていた晋太が、そのままの姿勢で固まっている。荷物を手からだらんとさせてずっと俯いている晋太に、俺はそっと近付いた。

「晋太、どうした?具合でも悪いか?」

 俺が声をかけるとハッと顔を上げた。そしてその目が一瞬俺を捉えると、次の瞬間キラッと鋭く光った。


「…え……?」

 俺は何故かその瞳に寒気を覚え、思わず目を逸らしてしまった。そしてまた目を戻すと、その瞳は俺ではなく違う所を見ている事に気付く。


「辻村……?」

 そう、晋太が見ていたのは辻村だった。

「あれ?晋太、お前行かねぇの?」

 晋太の視線に気付いた辻村が不思議そうな顔を向ける。しかし晋太は相変わらず無言で、何の反応も示さず表情も崩さずに、ただ辻村だけを見ていた。


「どうした?俺の顔に何かついてる?」

 辻村が自分の顔を指差す。晋太はまた無言を返すと、ふいに俺の方を向いて近付いてきた。


「な、何?」

 今まで見た事のない表情の晋太を、初めて恐いと思った。思わず一歩後ずさる。


「あのさ、僕……仲本君に伝えたい事があるんだ。」

「伝えたい事?」

 窺うように晋太を見る。その顔はこの間事務所で話していた時と同じ、思いつめたような顔をしていた。


「あのさ……こんな事言っても仲本君を困らせるだけだってわかってるんだけど……」

 また一歩近付いてきて、真っ直ぐに俺を見据えてこう言った。


「僕は……仲本亘が好きだ!」

「……はっ?」


 一瞬の沈黙。そして俺以外のメンバーが揃って間抜けな声を出した。

 俺はというと口を開けたまま、ただじっと晋太の顔を見つめていた。


「あの時も言ったけど、改めて伝えたいんだ。ずっと……男とか女とか、恋だの愛だの何もわかっていなかったガキん頃からずっと僕は、貴方だけを見ていた……」

 晋太の一言一言が胸に響く。俺は瞬きをする事も忘れ、真剣な表情の晋太をじっと見つめていた。


 確かに晋太から告白されたのは今で二回目だ。あの時はきっぱり断ったけどこんな風に切羽詰まった様子ではなかった。最近の俺の言動がこいつを追い詰めたのかと思うと罪悪感でいっぱいになった。


「な……晋太、何言ってんだよ?こんなとこで……」

 楽屋に漂う沈黙を破ったのは、辻村だった。彼も今まで見た事のない顔をして、交互に俺と晋太を見ていた。


 そりゃそうだろう。彼女がいて幸せな男から見れば男が男を真剣に好きになる、なんて事理解できるはずがない。

 でも俺にはわかる。晋太の気持ち、痛い程……

 俺だってお前の事真剣に想ってんだよ。だけどそんな辻村の反応に、わかっていた事だけど心が張り裂けそうだった。


 何だか自分の気持ちまで、否定されているようで……


「僕は本気だ。ずっと昔から…初めて仲本君と出会ってから二十年もの間……仲本君を見てた。」

 辻村も晋太の真剣さが伝わったのか、言葉をなくす。浩輔も裕もただ事の行く末を心配そうに見つめていた。


「あの…さ、俺……なんかごめんな?」

「何で?何で仲本君が謝るの?仲本君は何も悪くないじゃん。僕が勝手に言っただけだし。謝るのはむしろ僕の方……」

「いや、そんな前からずっと俺の事見てくれてた訳だろ?それなのに俺……お前に辛い思いさせて……ごめん。」

 晋太の瞳にみるみる涙が溜まっていく。俺はそっと晋太の頬に触れた。


 こいつが小学一年の頃からずっと側にいて、思春期や進路で思い悩んでいた時も近くにいてアドバイスを送ったりしていた。誰よりも俺がずっと一緒にいて色んな話をして、こいつの事なら何でもわかっているつもりだったのに……

 晋太の心の中の一番奥底の大事な想い、気付いてあげる事が出来なかった。


 俺は一体こいつの何を見てきたのだろう……?俺もいつしか涙で晋太の顔がよく見えなくなっていた。


「でも…でもさ、俺にとってお前はこれまでもそしてこれからも、かけがえのないたった一人の……仲間だし、親友だよ。」

 自分で言ってて辛かった。この間同じ事を辻村に言われた事を思い出して辛かった。

 俺は今、こいつを傷付けてる。どうしようもなく心に、言葉というナイフを突きつけている。


 でも俺の心にいるのは、辻村だけだから……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る