気づいた恋 後編
―――
「恋だね。」
「やっぱり?」
仕事の後、俺は裕を飲みに誘った。ダメだ、ダメだと思うと余計に気持ちが大きくなって、誰かに話してしまいたくなったのだ。
キーボード担当の吾妻裕は俺らが小学三年の時に転校してきてそれからの仲だ。何処か不思議な雰囲気を持っていて掴みどころがない。
皆と一緒に騒いでいたかと思ったら次の瞬間には静かに本を読んでいてこっちがいくら呼んでも気づかなかったり、誰にでも優しいくせに一度嫌いだと思った人には二度と関わらなかったり。
二十年程一緒にいるけどわからない事だらけの変人だ。でも俺はメンバーの中ではこいつが一番話しやすいし付き合いやすい。
今日は裕といつも来るバーでワインを飲みながら、悩みを打ち明ける事にしたのだ。
いつもの席に陣取り注文をした後で早速とばかりに切り出した途端、裕は先程の台詞を事も無げに吐いたという訳だった。
「やっぱりそうなのかな……」
「絶対そうだって。だって今の話聞いてると辻村君、完全に恋する乙女だよ。」
「おとめって……俺は男だ!」
「はいはい、わかってますよ。」
俺の怒りを笑いながら軽く交わした裕は、運ばれてきたワインに口をつけた。
「で?どうするの?」
「どうって?」
「辻村君はどうしたいの?仲本君に告白したいの?」
「こっ!告白!?」
俺は思わずグラスを取り落としそうになって慌てて両手で掴んだ。
「だって気づいちゃったんでしょ?自分の気持ちに。じゃあこれからどうするのかなって思って。」
「それは……いや、だって……告白とかはまだ流石に……」
「そうなの?」
「うん……それにお、男同士だしメンバーだし、自分の気持ちに気づいたのだって今日の今日だし……言ってもしあいつに嫌われたり気持ち悪いって言われたら、俺……」
下を向いて両手をぎゅっと握りしめる。目頭が段々熱くなってきて目に涙が溜まってきた。
「じゃあ晋太に取られてもいいんだね。」
「えっ!?」
裕の言葉にパッと顔を上げる。
晋太に仲本を取られる?そんなの絶対にヤダ!そう思って裕を見ると、裕がニヤっと笑った。
「え、何笑ってんの?」
「嘘、ゴメン、ゴメン。そんな顔しないでよ。」
俺どんな顔してたんだろう。自分ではわからなくて首を傾げた。裕はいつもの何を考えてるのか読めない笑みを溢すと、改まったように座り直してこう言った。
「晋太は多分純粋に仲本君の事尊敬してるし、憧れてる。仲本君も晋太の事信頼してるし、甘やかしている。それは伝わってくるよね。」
「あ、あぁ……」
「でもね、仲本君と辻村君の二人の空気感って何処か特別なんだよね。」
「特別?」
「そう。ただの同級生とか幼馴染っていうだけじゃない。何ていうのかな……う~ん、特別って言葉しか思い浮かばないや。」
裕はそう言って照れ臭そうに笑ってワインを一気飲みした。
「あ~もったいねぇ。」
「ふふ。たまにはこんな飲み方もいいね。すみません、同じものお願いします。」
バーテンにお代わりを頼むと、裕はおもむろにこっちを向いた。
「辻村君、大丈夫だよ。仲本君にとって君は特別だから。もし気持ちを伝えたとしても、仲本君は絶対に君を嫌いになったりしないよ。だからきっと大丈夫。」
「わかってるよ。あいつは優しいからな。でも今はまだ気づいたばかりだし、ましてや告白なんて出来ない。だけどいつか……いつかあいつに伝えたいとは思う。」
「うん。僕は応援するよ。」
「サンキュー、裕。」
俺達は微笑んでグラスを合わせた。カチンと良い音がする。俺は一気に飲み干した。隣から『あ~もったいない。』と声が聞こえたが無視した。
―――
気づいた恋。いつ伝えられるかわからないけど、心強い応援があるからきっと頑張れる。
俺は心の中で決意を新たにすると、あいつの笑顔を思い出して密かに口許を緩ませた。
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