第33話

 子供達のはしゃぐ声が聞こえる調理場でホットケーキを焼いている妻に夫が声をかけた。

「お義父さんは?」

「うん、奥で電話を綾子さんにしている」

「そう」

 呟くとジャケットを椅子に掛けて座った。ホットケーキを焼く妻の背に向かって言った。

「じゃ、学校の方に電話を?」

「そうね・・」

 呟くと妻は夫を見た。

「綾子さんも、まさか行方不明の学校の生徒たちがここにいるなんて思いもしないだろうし・・それに警察にも捜索願いが出ているのだから」

 奥で話す声が二人にも響いて聞こえた。

「昨晩、綾子さんからお母さんに電話があってね、『飫肥小学校の生徒四人が行方不明なのでもし見つけたら連絡を下さい』って」

「そうか。綾子さんは飫肥小学校の六年生のクラスの担当だからもしかしたら彼らの担任の先生かもしれないね・・・」

 眼鏡に手を遣りながら夫が答える。

「ねぇ、倫太郎さん」

「ん?」

 妻の言葉に顔を上げた。

「もし、あなたが良ければだけど・・今晩、あの子たちをここに泊めてあげてもらえない?」

 妻の意図を推し量る様に表情を見つめた。

「あの子達、ヒナコの手紙を持ってやってきたのよ。子供ながらここまでは大変な道だったと思うのよね。それにヒナコは病気のせいで・・学校に行かせることはできなくて同じ世代のお友達がいないじゃない?あの子の今の笑顔を見ていると、今日親御さんたちのもとに引き取らせてしまってはヒナコの残された時間の思い出が無くなりそうなので・・私嫌なのよ」

 そう言うと妻は夫に向き直った。夫は顎に手を遣って考えていた。

 暫く無言のままでいたが、やがて頷いて言った。

「うん、君の言う通りにしよう。少年達のご両親には僕の方から電話をする。明日明朝まで僕が責任もって預からせていただくと」

 夫の言葉に妻が優しく微笑する。

「ありがとう、倫太郎さん。無理なこと言って」

 夫は妻の言葉に手を振った。

「とんでもない。ヒナコにとって今日の事はとても忘れられないことだよ。だって初めてお友達ができたのだから。それは僕達家族にとっても大事な記念日なのだから」

 そう言うや、夫は立ち上がり妻に言った。

「じゃ、僕の分もホットケーキを頼むよ。ヒナコのあの笑顔を見ながら、君の美味しいそいつを食べたくなったからさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る