第26話

 ツトムが母親と別れた後、僕達は暫く何も言わず無言で自転車のペダルを漕いだ。

 朝陽が僕達を照らしてはいたが皆どこかさえない表情をしていた。

 昨日ゲン太と喧嘩した時、僕達はツトムが抱えていることがどれほど大きなことで、それが僕達には到底解決できないことであるということが分かっていたからだ。

 だから誰も一言も発することなく、ただひたすら自転車のペダルを漕いだ。

 僕は振り返ってツトムの母親の姿が消えたのを確かめると、スピードを上げてツトムを追い越した。

 僕は追い越した時にツトムの顔を見た。頬が濡れているのが分かった。

(ツトムは泣いてたんだ)

 僕はそれで自分の事を思った。

(僕も、もう冬が来る頃には皆と別れて大阪に行く)

 そう思うと思わず鼻の奥が熱くなった。

(ツトムもお母さんと別れ、僕は皆と別れる。別れは誰だってつらい。じゃどうすればいいんだろう?別れに僕はどう向き合えばいいのだろう?泣きじゃくって何も言えなくて、とても悲しいことになるのだろうか?僕は・・)

 ペダルを強く踏み込んだ。

(そう、僕は・・)

 そう思った時、背中を強く叩かれた。見れば追い越したツトムが僕の背中を叩いて前を越していく。

 僕を見て莞爾として笑った。

「ナッちゃん、元気ださんね!」

 ツトムはとてもいい笑顔をしていた。

(ツトム・・笑ってる!)

 すると笑顔で僕を追い越していった。後ろの勝彦が「ナッちゃん、先行くよ!」と威勢のいい声で僕に向かって叫んだ。その声を聞いた時、追い越して行った二人がまるで僕の最後の夏という駅を過ぎ去った汽車に見えた。

 それは勢いよく笑顔を見せて、もう手を伸ばしても掴めない夏が過ぎようとしているように思わせた。

 僕は瞼に涙が少し滲み出ると、それを腕で力いっぱい拭いた。

 ペダルを力一杯踏み込む。

 ここで置いて行かれるわけにはいかなかった。

(僕の最後の夏は笑顔で僕を見ているこの仲間達とあるんだ)

 そう思うと自然に声が出た。

 悲しくてしょうがないのに、どうしても笑いたくなった。

(そうか、ツトムだってそうなんだ)

 僕は二人に追いついた。するとツトムが手を伸ばしてきた。

 僕は伸ばしてきたツトムの手を掴んだ。二人で顔を見合わせると、声を出して笑った。

 それを見て勝彦が言った。

「大きな飛行機の翼みたいじゃ。ナッちゃんとツトム君の腕が翼に見えっちゃ」

 そうかも知れない、僕は思った。

 地上を走る汽車に追いついた僕の心はやがて翼を持って飛行機になった。緑豊かな大地を駆け抜けて、それは青空の雲の下を行こうとしている。

 僕達のこの夏のフライトは、きっといつまでも皆の心に残るだろう。そう、僕達は大人になってもこのことを絶対に忘れないはずだ。

 やがて手を繋いだ二台の自転車が先を行く勝幸に追いついた。それを見て勝幸が今度は勝彦に手を伸ばした。伸ばしてきた兄の手を弟が繋ぐ。

 僕達は今大きな飛行機になった。それが夏の陽の中を進んでゆく。

 空を見れば大きな白い雲が流れていた。

 皆が笑顔でいる。

 そう、今はまだ幼すぎて悲しみを分かち合う術は知らないかもしれない。でも喜びは分かち合うことはできる。

 僕達はただできることをするしかない。

 自転車は唯、進んでゆく。

 夏の空の下を。

 やがて大きな曲がり角に差し掛かった。僕達はそこで一斉に手を離して止まった。

 勝幸が自転車を押しながら曲がり角から見える鬱蒼と繁る樹木に囲まれた林道を指した。

「皆、ここじゃ。ここが鳶ケ峰じゃ」

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