第582話 知らなかった事実

「校長、ララ姫様がお越しでございます」

「何?! ララ姫様が?」


 ユルデンブルク魔法学校の校長室の執務部屋。


 今日もお昼にはララを食堂へと誘ってみようかなーなぁんて呑気な事を考えながら仕事をしていたブルーノ・ラクーン校長。


 すると校長付きの秘書から、思い人であるララが来たと伝えられた。


 これはもしかしてララ姫様の方からのお昼のお誘いかな?


 もしかしてマトヴィル様手作りのお昼ご飯をご馳走されちゃったりなんかしてー?


 それは美味しくなった食堂よりもさらに嬉しいランチになっちゃうかもー!


 とブルーノ校長はウキウキ気分になる。


 なので喜んでララの入室を許可すると、まず最初に入って来たのは教頭のオスカル・フックスだった。


 その教頭は何故か顔色がとても悪く、そして暑くもないのにハンカチで額の汗を拭っている。


 そして続いてララ様と護衛の青年が部屋へと入ってきた。


 二人とも美しい顔に美しい笑みを浮かべているが……


 なんだろう、何故か肌がチクチクする。


 もしやこれは何故だか分からないが圧をかけられている?


 いやいやいや、最近自分は校長として真面目に仕事をしているし、教頭に注意されるような事はしていないはず。


 もしかしてあの事がバレてしまったのか?


 いやいや、それだって別に悪い事ではない。


 ララ様の負担を減らそうと教頭と話し合った結果の処置だ。


 男性にしてはふくよかな胸に、少しだけうしろめたさを感じながら、ブルーノ校長は笑顔でララと向き合った。









 セオと共に私の研究室を飛び出した。


 普通の人が走るよりも早い早足で廊下を歩きながら、セオにこの学校の図書室使用料の件を話して伝えた。


 セオが卒業したユルデンブルク騎士学校では、生徒が図書室を使用するのにやっぱりお金などは掛からなかったそうだ。


 だけどユルデンブルク騎士学校ではそもそも図書室へ行こうと思う生徒自体少なかったようだし、図書室もこの学校程立派なものでもなかったと、セオは苦笑いを浮かべそんな説明をしてくれた。


 ブルージェ領の数ある学校でも、図書室に使用料が掛かるなど聞いた事はない。


 そして勿論私達が作った商業学校でも、図書室に使用料など掛からない。


 やっぱりこのユルデンブルク魔法学校の図書室が、この世界でも珍しい考えなのだなと改めて納得した。


 そのせいでせっかく眠っていた怒りを起こしながらムフムフと鼻息を荒くして、先ずは職員室へとセオと共に向かったのだった。


「たのもーーーっ!」


 セオに「それ、挨拶がおかしいよ……」と小さく注意を受けながら、職員室の扉を勢い良く開ける。


 この時間殆どの先生が授業中なのだろう。


 職員室には数えるほどの先生と、狐に似た教頭先生しかいなかった。


 元気に登場した私に気が付くと、教頭先生はすぐに近寄って来てくれた。


 そしてニコニコ顔で「お昼を一緒に行きましょうか?」 なんて呑気に聞いてくる。


 そんな教頭先生にちょっとばかし怒りの圧を送る。


 何故かセオまでも、私の後ろからアダルヘルムの様にキンキンに冷えた冷たい圧を教頭先生へとプレゼントしてくれた。


 セオも私の兄としてそして護衛として、図書室使用料の件で怒ってくれているのだろう。


 セオ、流石私の家族! 本好きは一緒だよね!


 心の中で「有難う」とセオにお礼を言いながら、私は教頭先生に話しかけた。


「教頭先生、私、この学園の事で大切なお話が有るのですが、今、お時間宜しいでしょうか?」

「た、大切なお話? そ、それは、えーと……な、なんでしょうか?」

「生徒達の為のお話しです! 校長先生にも一緒にお話ししたいのですが、校長先生はお忙しいですか?」

「ヒッ、あの、ま、まさか、その、大切なお話とは研究室説明会の時にララ様をお呼びしなかった件についてでしょうか? あの、それは、ですね、そん、ララ様の事を思っての事でしてーー」

「研究室説明会……? それはそれは初耳ですね? 私はこの学園の教授なのですがその様な物があったとはまったく聞いていません……まさかそのせいで私の生活魔法研究室には生徒がまったく来ないのでしょうか? ええ、その事も是非! 校長先生と教頭先生とはお話しさせて頂きたいですねー。教頭先生、す・ぐ・に・校長室へと案内お願い致します!!」

「は、はひぃー!!」


 どうやら私の知らないところで各研究室の説明会があったようだ。


 エリー先生やモルドン先生が何も言ってこなかったところをみると、授業についての説明会ではなく、研究室だけの説明会だったのかもしれない。


 たぶん校長先生や教頭先生は、私が本当に教授として教鞭を取らなくても構わないのだろう。


 ディープウッズ家の人間がこの学校で教師になった……という名目だけが欲しかったのだ。


 だから別に私の研究室に生徒が来なくても構わない。


 いや、問題が起きて欲しくないから、出来れば一般の生徒なんか通って欲しくない! というのが本心かもしれない。


 名ばかりの教授として、安全圏の中で私をこの学園に置いておく。


 そして私の研究室に通うのは先生たちばかり。


 もしかして中には私を見張っている先生もいたのかしら?


 だとしたら当然校長先生と教頭先生本人たちだろう。


 だから毎日私をお昼に誘いに来ていた?


 そんな考えが芋づる式に出で来て尚更腹が立つ。


 セオも校長先生と教頭先生のそんな考えに気がついたのだろう、後ろからさっき以上の殺気を発している。


 余計なことを言ってしまったと顔色が益々悪くなり、酷く汗を掻き出した教頭先生を笑顔で「早く連れていけ」と脅し、私とセオは校長室へと案内してもらった。







「校長先生、お話しがあって参りました」

「ええ、はい……え〜と、ララ様……ど、どのようなお話しでしょうか?」


 教頭先生が見るからに顔色が悪いからか、それとも私とセオからの圧が怖いからか、向かい合ってソファへと腰かけた校長先生の浮かべる笑顔は引き攣り、教頭先生に負けない程汗を掻き出した。


 私はまず教頭先生から貰った情報を聞く事にした。


 真実を知らねば何も出来ない。


 なのでまずは校長の考えを聞いてみたい、とそう思ったからだ。


 セオを真似たキラッキラな笑顔を校長先生へと向け、私は優しく話しかけた。


「校長先生、生徒へ向けての研究室の説明会があったそうなのですが……私はこの学園の教授だと思うのですが、何故かその説明会に呼ばれていません。これはどういう事なのでしょうか? もしかして私は教授に相応しくないと、そういう事なのでしょうか? 是非とも校長先生のお考えを教えて頂けますか? ウフフ……」


 優しい私はレディスマイルで校長先生へと質問をぶつけたのだが、校長先生は「ヒィッ」と息を呑むとガタガタと震え出した。


 あらあらまあまあ、私、怒ってなどいませんのよ。


 校長先生ったら、どうしたのでしょうか?


 私、真実を知りたいだけですの。


 と、相変わらずの笑顔でそう伝えてみたのだが、校長先生は益々震えるだけだった。


 怯えたってちゃんとした答えが聞けるまで私はここから離れませよ!


 校長先生! 納得のいく答えをお寄こし下さいね!!

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