第558話 会いましょうか?

「ではリード……さん? 良かったらどこかで会いましょうか?」


『そ、それは……』


 無理だと、リードの想いが伝わってくる。


 念話を続ける程、リードの感情が読み取れるようになる。


 ウイルバート・チュトラリーとの血の契約が薄れたリードは、主に対し今まであったであろう信頼は無くなっている様だ。


 ただ、ウイルバート・チュトラリーの事を恐れている……その気持ちだけはよく分かった。


 確かにあのウイルバート・チュトラリーならば、裏切り者はすぐに消してしまうだろう。


 例えリードがこの先もまだ占い師としての使い道があると分かっていたとしても、信用出来ない者は消す、「もういらない」といつもの感じで宣告する事だろう。


 私に会いたいと思っているリードは、本心では 「助けて欲しい」 と思っているのかもしれない。


 これまでのリードの所業を思えば、それは自分勝手な思いでしか無い。


 だけどリードをウイルバート・チュトラリーから離す事が出来たら。


 今後不幸になる者は少なくなるはず。


 それは平和な世界に繋がる事だ。


 私はアダルヘルム達と前以って話し合っていた通り、リードにこちら側の意向を伝える事にした。


「リード、やはり一度会いましょう」


 意識して強めの口調で言った私の言葉をうけ、リードが躊躇しているのが分かる。


 私に会いたい気持ちと、ウイルバート・チュトラリーを恐れる気持ち。


 リードは自分の感情をまだ上手くコントロールできないようだ。


 だけど、また今度連絡を……とは行かないだろう。


 ウイルバート・チュトラリーがリードを見張っているという事は、裏切るかもしれないと、疑っているという事だ。


 今夜のこの連絡が、リードをこちら側へ引き込む最後のチャンスかもしれない。


 私はもう一度「会いましょう」とハッキリと伝え、リードに会う為の作戦を伝える事にした。


 やる、やらない、会う、会わないはリード次第。


 ただ、リードがこちら側へ逃げて来たとしても、私達はリードの命を奪う事はしない。


 それにウイルバート・チュトラリー達から必ず守るとも約束をした。


 リードは私の言葉を聞いているだけで、何かを答えることはなかったけれど、私に会いたいという気持ちだけは強く感じた。


 リードに会った時には、ウイルバート・チュトラリーとの血の契約を綺麗さっぱりと消し去る。


 ウイルバート・チュトラリーが裏ギルド長のクロイド・ロックを消そうと試みて成功しなかったあの夜のことを思い出したのか、そんな私の言葉に嘘はない、リードはそれが分かっている様だった。





☆☆☆




「ウイルバート様……」


 ララ・ディープウッズと思わぬ連絡を取りあったリードは、隠れていた布団を抜け出し、ウイルバート・チュトラリーの下へと向かった。


 ディープウッズの娘に対し、不思議な感情を抱いてしまっている緊張からか、リード自身ウイルバート・チュトラリーの前に出ることを、これまでにない程怯えているのが分かった。


 自分のこの感情をウイルバートに読まれてしまったら……


 きっとリードは簡単に切り捨てられてしまうだろう。


 それを誤魔化す為に丁度良かった事柄が、体調が悪いと寝込む事だった。


 それがあるからかリードが青い顔で震えていても、目の前にいるウイルバート・チュトラリーは特に不信がってはいないようだ。


 ただし、あの戦いで失敗を犯したリードを見つめるウイルバート・チュトラリーの冷たい視線は相変わらずのものだった。


「リード、体調が悪いそうだなぁ……何でも嘔吐までしたとか……? フッ、お前はどこまで私に心配を掛けるんだ……?」


 ウイルバート・チュトラリーの言葉は部下を心配しているかのようだが、その顔は冷めきった笑顔を浮かべ、まったく心配していない様子でリードの肩にポンッと手を置いた。


 その言葉の裏には「役立たず」という嫌味が隠れている様に思えた。


 肩に置くウイルバート・チュトラリーの手からはズシリと重みを感じる。


 優しげな雰囲気を出していながらも、ウイルバート・チュトラリーの瞳には警戒の色があるように思えた。


 やはり疑われている。


 あの夜の事件も自分の手引きだと思われているかもしれない。


 ウイルバート・チュトラリーは怯えるリードの肩から手を離すと、リードの青い顔を覗き込む。


 笑顔を浮かべてはいるが、その笑顔には感情がない。


 それにほんの数日前にはミイラの様な姿だったウイルバート・チュトラリーの笑顔には、その面影はまったく残っていない。


 以前より成長した青年らしい姿。


 あの戦いの前ならば、リードは今のウイルバート・チュトラリーを見て惚れ惚れしていただろう。


 だが今は、人間とは到底思えないウイルバート・チュトラリーのその成長過程には恐怖しか感じなかった。


 あれ程ウイルバート・チュトラリーに恋焦がれていた想いは、今はまったく自分の中にない事がわかる。


 特にララ・ディープウッズと念話で直接繋がってからというもの、想いが全てあの娘に傾いてしまった気がする。


 これはまやかしの想い。


 全てあの少女の魔法のせい。


 今感じている温かいこの想いは、自分自身の感情ではなく、紛い物の想いだ。


 そう分かっていても、あまりの心地良さに、リードはララ・ディープウッズとの繋がりを切りたいとは思えず、そしてウイルバート・チュトラリーには絶対に知られたくないと思っていた。


「それで? リード、私に話したい事とは、何なんだ?」

「は、はい……」


 ウイルバート・チュトラリーの魔力によって、リードはソファへと無理矢理座らされた。


 そしてウイルバート・チュトラリー自身はソファの背もたれ部分に軽く腰掛け、上からリードをジッと覗いてくる。


 その何気ない行動にも、痛い程の圧を感じる。


 一挙手一投足が見張られているようだ。


 リードはゴクリと喉を鳴らすと、あちら側からの指示通りに言葉を発した。


「じ、実は……あの少女……ラ、ララ・ディープウッズから……連絡が、入りました……」

「ほう……あの女からか……」


 ララ・ディープウッズの名が出た途端、ウイルバート・チュトラリーの魔力が禍々しい物へと変わる。


 憎い。


 忌まわしい。


 消し去ってやりたい。


 ウイルバート・チュトラリーは笑顔でありながら、リードの前でその感情を隠す気はない様だった。


「は、はい……あ、あの女の、癒しの魔法を受けた私が……あの女に懸想した……と、ララ・ディープウッズは、そ、そう思ったよう、なのです……」

「ふむ……それで?」

「は、はい……自分と二人きりで会わないかと……血の契約を解除してやると……あの馬鹿な女は、私に、そ、そう言って参りました……」


 リードがそこまで言い切ると、ウイルバート・チュトラリーは大きな声で笑い出した。


 その姿にリードはゾクリとする。


 全く楽しいとは思っていない笑い。


 ララ・ディープウッズを恨む思い。

 

 ウイルバート・チュトラリーの楽し気な様子は、その強さが伝わってくるものだった。

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