第540話 アダルとコナーの焦り

「あああっ、プリンス様! 何故こんなお姿に! お前達一体何をしていた! 何故プリンス様を命掛けでお守りしなかったのだ! チェーニ一族の恥だぞ! それにコナー、お前が付いていながら情けない! お前はチューニ一族の長の子だぞ! 何をやっていたんだ!」


 ユルデンブルク王都にあるテネブラエ家の屋敷の中、大声で捲し立てているのは当主の、アダルギーソ・テネブラエだ。


 今日は占いの仕事があると、テネブラエ家の中でもあまり使用していない王都の端にある屋敷をリードに貸し与えた。


 普段ならばテネブラエ家に従う多くの貴族の中の誰かの屋敷を使うのだが、今回はプリンス様が参加される事と、何か見えない不安を感じ、周りを警戒していた為、厳重な屋敷をプリンス様が欲していたのだ。


 アダルは屋敷も使用人も護衛も無くなろうとも別に惜しくは無かった。


 テネブラエ家の屋敷など国中に捨てるほどある。


 幾らでも替えがきくものだ。


 だが、プリンス様は違う。


 ウイルバート様は稀有な存在だ。


 あのレジーナ王妃の美しさと魔力を引き継ぎ。


 その上、アダルの母国であるアグアニエベ王家の血も継いでいる。


 アダルギーソ達テネブラエ家がレチェンテ国にやって来たのも、いずれウイルバートによって世界を治めるための下準備。


 ウイルバート様が念願かなってディープウッズ家の魔力も手に入れ、これから世界を統べるために動きだそうと思っていた矢先に、まさかこんな事になるとは……


 子供の……いや、赤子のミイラの様な姿になったウイルバートを抱きしめながら、アダルギーソは腹の底から怒りが込み上げてきた。


「ディープウッズ家め……絶対に許さんぞ!」


 アダルギーソは小さくなってしまったウイルバートを、まるで大切な宝物のでも扱うかのように、優しく抱きしめ、そう呟いた。


 するとその声が聞こえたのか……ディープウッズの名に反応したのか、ウイルバートが意識を取り戻し、目を薄っすらと明け、囁いた。


「アダル……力が……魔力が……」


 ウイルバートの美しかった声は嗄れたものへと変わり、それだけ呟く事がやっとのようだった。


 だが、アダルキーソにはそれだけ聞けば、いや、聞かなくても、ウイルバートの言いたいことは分かっていた。


 そう、今のウイルバートの体からは魔力が抜け去り、長い年月を使い体内に集めてきた膨大な魔力が消え失せているのだ。


 助かるために奴隷たちから魔力を奪いたくとも、ウイルバートの今の状態では魔法を使う事など無理だろう。


 魔道具を使い自分達の魔力をウイルバートに送る手もあるが……それはアダルギーソやコナー達には残念ながら出来ない事だった。


 何故なら、彼らはウイルバートと血の契約を結んでいる。


 ウイルバート自らがアダルギーソ達から魔力を奪う事は出来たとしても、アダルギーソ側から魔力を送ることは出来ないのだ。


 血の契約による弊害。


 無敵になったと思っていたのに……


 まさかこんな日が来るとは思いもしなかった。


 ウイルバートから力を貰い、レチェンテ国でも勢力を伸ばしたテネブラエ家。


 ウイルバートから力を貰い、ここまで強くなったチェーニ一族。


 ウイルバートに恩返しがしたくとも今の現状ではそれが叶わない。


 そう、自分達の命をウイルバートに奪われる事は出来ても、自ら捧げる事は出来ない。


 血の契約によりウイルバートの下僕となった彼らに ”自分の命を使う” 自由はないのだ。


 そしてもしウイルバートが命を落とせば、彼らもまた力尽きる。


 ウイルバートを決して死なせてはならない。


 自分たちの命も掛かっている。


 それにまだ志半ばだ。


 アダルギーソが焦るのも当然の事だった。



「仕方ない……一度国へ戻りアグアニエベ国王の力を借りるしかないだろう……王族の子はまだ血の契約をしていない……ウイルバート様に魔力を送る事が出来るかもしれない……」

「で、ですが、王族の子とウイルバート様とでは魔力も、色も、差があり過ぎるのではありませんか?」


 リードがそう口を挟むと、アダルギーソは問答無用でリードを殴った。


 ただでさえララの癒しを受けボロボロだったリードは、アダルギーソの鉄拳を受けその場に倒れ込む。


 主であるウイルバートを救おうとアダルギーソが奮闘している今、リードの意見などどうでもいいものだった。


 そう、それと同じで、アグアニエベ国の王族の子の命も、ウイルバートに比べればどうでもいいのだ。


 王さえいれば、王子も姫もいくらでも作れる。


 それにアグアニエベ国の王は、ウイルバートが世界を手に入れるまでの代わりの王でしかない。


 ならばアグアニエベ国の王族が、ウイルバートを助ける生贄になるのも当然の事。


 本当は出来ればウイルバートに出来るだけ近しい者の魔力を流し込んで貰うのが一番なのだが……それは無理だろう。


 そうなれば残るは王族の子しかいない。


 例え多少毛色が違ったとしても、元を辿ればウイルバート様と同じ血を引く者達だ。


 微力ながらも役に立つだろう。


 王子も姫も……そして王でさえ、また作ればいい。


 ウイルバートの代わりはどこにもいないが、王族の代わりはいくらでもいる。


 ウイルバートの危機に、アダルギーソは母国の国王相手でさえ、冷酷無慈悲になっていた。


「コナー、直ぐに転移は出来るか?」


 アダルギーソにそう声を掛けられ、コナーは青い顔のまま頷いてみせる。


 コナーもまたララの癒しを受け、体調が悪いままだ。


 同じ王都内にあるテネブラエ家の屋敷まで逃げるのでさえも、実は精一杯だった。


 だが、今度はアグアニエベ国までの転移。


 今のコナーの状態では、文字通り命懸けとなるだろう。


 だが、自分が死のうとも、チェーニ一族には代わりはいくらでもいる。


 コナーは魔力が根活してでも、アグアニエベ国まで必ず転移してみせる気でいた。


「……コナー様、微力ですが私の力も使って下さい……」

「……イーサン……」


 ここまで無表情だったイーサンがそう口を開く。


 他の者達も同じように頷き、コナーの転移の手助けをすると言った。


 ウイルバートの緊急時だった為、アダルギーソは深く考えることなく、その言葉を聞き ”主想い” だと感動していたが、彼らが自分の意志を持った危険性にこの時まったく気がついていなかった……


「よし、コナー、ではアグアニエベ国へ! ブランバード王の下へ転移するぞ!」

「ハッ」


 アダルギーソが赤子のようなウイルバートを抱き、コナーがそんなアダルギーソの肩に手を置く。


 他の者達はコナーの転移を手助けするため、そんな三人を囲んだ。


 ただし、リードだけは……アダルギーソに殴られた悔しさから、この時気を失っているフリをしていたのだった。


「では、行くぞ!」


 こうして死にかけのウイルバートと、その腹心の部下であるアダルギーソとコナーは、アグアニエベ国へと戻って行った。


 ただし……


 沢山の不安要素を残したままで……





☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

今日はバレンタインデーなのですね。バレンタインといえば……自分用に贅沢チョコを買って良い日? いや好きなだけ食べて良い日かな? 確か私の中ではそんな日だったはず……美味しいチョコ食べたいなー。


さてさて、敵方の『アダル』登場です。この方も最初からネームで作られていたキャラです。なのに今頃のご登場。アダル君大変お待たせいたしましたね。息子の方が先に登場していて申し訳ない。息子……三男坊はリアムの兄ロイドの友人です。元友人?って感じかな。

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