第488話 選択科目試験

 今日から選択科目の試験が始まる。

 大体の生徒が一つか二つを選択する中、私は全てを選択した。それは基礎学科を飛び級出来る気が満々だったと言う事もある。何と言ってもテストが簡単だった為、一気に三年に飛び級出来るのでは? と大いに期待している。

 その場合選択科目を取っていないと、入学後私はかなり暇になる。何故なら二年生、三年生になると選択科目を皆増やすため、その分基礎学科の時間が減るからだ。なのでそれを予想しての行動と言うのもあるが、何よりも試験に興味があった、と言う事が大きい。

 選択科目には剣術、武術は勿論、裁縫や音楽もある。出来るだけ色々な試験を受けて楽しみ……いえいえ、様々な知識を習得したいと言う理由があった。なんて言っても私は真面目ですからね。


「ララ様、今日はくれぐれも大人しく、大人しく、大人しく! していて下さいね」


 アダルヘルムではなく朝からクルトが私に向かい同じ言葉を繰り返す。試験中、私は別に暴れてなどいない。そう、皆に言われた通り思いっきり試験を受けただけだ。

 まあ少しだけ学校を抜け出しはしたけれど……それは五分ぐらいだし、暴れてもいない。


 なのにクルトはまるで学校が壊れたのは私の責任かの様に言ってきた。先生の指示に素直に従っただけなのに、失礼なものだ。


「クルト、私は一度も学校で暴れてなどいませんよ。真面目に試験を受けただけです」

「ララ様……それが問題なんですよ……」


 えー、それじゃあ不真面目に試験を受けろって事ですかー?

 と言い返そうと思ったけれどやめた。何故ならアダルヘルムが部屋へと迎えに来たからだ。


「ララ様、そろそろ参りましょうか」


 アダルヘルムの言葉に頷く。今日はノアは試験はない為、学校へ向かうのは私だけだ。ノアは明後日の裁縫の試験は一緒に受ける。それは楽しみにしているようだ。


 そして今日私は午前中に武術の試験、午後に剣術の試験を受ける事になっている。その為今日はドレスではなく、騎士服を着ていて髪はポニーテールにまとめている。そして髪に付けているリボンは勿論武器リボンだ。いつ何時、何があるかは分からないからね。しっかりと防御力は上げておかないとね。



 馬車に私、セオ、クルト、アダルヘルム、そしてマトヴィルも乗り込む。ただ学校へ向かうだけなのに、何故か皆凄くピリピリしている。いや、マトヴィルだけはニヤニヤしていると言って良いかも知れない。マトヴィルのその顔を見ると、今日は何やってくれるんですか? と期待されている気がした。


 いやいや、マトヴィル、私は何もしてないんですよ! 問題は勝手に起きているんですからねー!


 そんな感じで馬車の中、マトヴィルと視線だけで会話をしていると、あっという間に学校に着いてしまった。学校の玄関口が見えてくると、予想通りモルドン先生が玄関で待っていた。今日もアダルヘルムとマトヴィルに会えるのが嬉しいのか、口元が緩んでいて気持ち悪い。

 緊張気味の生徒が多い中での変質者的なモルドン先生のその表情。バイク警備隊が今のモルドン先生を見たら、きっと危険人物として捕まえてしまう事だろう。

 モルドン先生、その顔の緩み具合……一度鏡を見た方がいいと思いますよー。

 

「アダルヘルム様、マトヴィル様、おはようございます!」


 モルドン先生はやっぱり今日も元気でご機嫌だ。それもそうだろう、毎日のように大好きなアダルヘルムとマトヴィルに会えているんだもの、ウキウキしちゃうのも仕方ないよねー。

 それにしてもだ! アダルヘルムとマトヴィルが一緒にいると私達は目立つので、学校の先生であるモルドン先生のお出迎えは止めて欲しい気がする。これ以上の注目はご遠慮願いたいからだ。

 でもそんな事を言ったらきっとモルドン先生はションボリしちゃうんだろうなー。そう思うとやっぱり良心が痛むから、私には言えないんだよねー。


「それでは本日も姫様をお預かり致します。アダルヘルム様、マトヴィル様、姫様の事は私が責任を持って試験会場までご案内致します! 安心して下さい!」

「そうですか……ではくれぐれも宜しくお願い致します。それから先日の様な事が無いようにもお願い致しますね」

「はい、このモルドンにお任せください!」


 モルドン先生……そんなに安請け合いしちゃって良いのかしら? 返って心配になるけど大丈夫? 私の勘が正しければ、モルドン先生はかなりのトラブルメーカーな気がする。何だか夢中になると周りが見えなくなって、あちこちで問題起こしていそうだもんねー。こればかりは注意しようがないのかもしれないけれど……モルドン先生、もう少し落ち着きましょうか。


「ララ様」

「は、はい、アダルヘルムなんでしょうか?」


 モルドン先生の事で頭が一杯だった為、アダルヘルムの声掛けに驚く。

 アダルヘルムはそんな私を真剣な目で見てくる。モルドン先生の「きゃー」という黄色い声が聞こえたがそこは聞こえないふりをした。


「今日の試験も思いっきり力を出して来て下さい。遠慮はいりませんよ」

「はい、頑張ります」

「ああ、でも組手の相手を殺しては駄目ですよ。そこは最低限の約束です」

「あはは、勿論です。そんなことはしませんよ、大丈夫です」


 アダルヘルムが恐ろしい言葉を口にして皆の笑いを取る。でも冗談だと思ったのはどうやら私だけの様だった。セオもクルトも本気でそうなることを心配をしている気がする。マトヴィルに至っては相変わらずだけどねー。


「ガハハッ、ララ様、学校壊したって気にするな! どーんとやって来いよー」

「マトヴィル、学校は壊したくて壊した訳じゃ無いですよ。それに今日は大丈夫です。何と言っても試験は外ですからね!」


 そう今日は外での試験だ。

 なので学校を壊すはずはない。だけどマトヴィルのニヤニヤは止まらなかった。私の言葉を信じていない様だ。


「ララ、気をつけてね。何かあったら俺をすぐに呼んでね、飛んでくるから」

「セオ、ありがとう」

「ララ様、くれぐれも、くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、気をつけて下さいね」

「はい、クルト、大丈夫ですよ。気をつけてますから」


 セオは心配気な表情で、そしてクルトは私の言葉をまったく信じていなさそうな表情で頷いていた。まあここまでの試験を考えればそれもしょうがない事だけと、だけどね! 本当に私は真面目に試験を受けていただけなんですからね! そこは信用して欲しいと思った。



 そして心配そうな皆と分かれ、私はモルドン先生の後に続き、試験会場へと向かう。

 今日は武術と剣術の試験だけの為、殆どが男の子ばかりだった。そんな中、たまーに女の子を見かけて笑顔を向ける。だけど試験だからか反応は良くない。視線が合うとサッと逸らされてしまう。周りは皆ライバル、そんな感じだった。



 受付へとモルドン先生が案内してくれて、今日はしっかりとチェックを受けた。モルドン先生が受付の先生の耳元で「ディープウッズの姫様です」と囁く声が聞こえた。その先生が「あの爆発の?」と答えていた声は聞こえなかったことにした。

 だって私は爆発などさせていないからね。そう、何度も言うけど試験を真面目に受けただけ! 決して学校を壊そうなどとは思っていない。皆様そこをきちんと理解してくださいね。


「ひっ、姫……ゴホンッ、ではこれで受け付けは終わりです。あちらに集合してください」


 受験番号が書かれた名札を貰い、それを胸元に付ける。そして生徒達が集まる場所へと向かったのだけど、後ろからはひそひそ声が聞こえてきた。そう受付の先生とモルドン先生が私の話をする声だ。「本当にあの子が爆発を?」「そう、凄い魔法だったらしいよ」などなど……

 おい、君たち、ディープウッズ家の娘なのは秘密だと言っていた話しはどこへ行った! 

 まあ、アレだけの大騒ぎになったのだから秘密だなんて無理だよねー。

 それにしてもモルドン先生……ハイテンションで私の噂を流すのはやめて欲しい。このままじゃ私、入学前に怪力? いや、破壊? 女になっちゃうよー。


 そしてモルドン先生を気にしつつ、集合場所へと着くと、受験生は四列に並べられていた。私もその列に並び、試験が始まるのを大人しく待つ。受験する女の子は珍しいからか、周りの男の子達がチラチラと私を見てきた。いずれは同級生、それに同じクラスになるかもしれない。私はニッコリととびっきりの笑顔を向けたのだが、何故かここでもそっぽを向かれてしまった。

 でも顔は皆赤い、きっとテレているのだろう。


 そう言えばここに集まる子達は思春期入りかけの子供たちばかりだ。年頃の子供が、恥ずかしがり屋さんな事はもう学習している。そう、つまり女の子という存在と目が合うだけでも恥ずかしいだけなのだ。私は嫌われていない。そう自分に言い聞かせながら、周りに笑顔を振りまき、良い子で試験開始を待ったのだった。



「では、これから試験を始める、私は武術担当教諭グレン・マスタシュだ。今日は厳しめにみる、皆心するように」


 グレン・マスタシュ先生は口髭の、男らしさが前面に出ている先生だった。

 だけど強さは正直あまり感じられなかった。まあ普段マトヴィルを見ているからかもしれない。けれどこのユルデンブルク魔法学校の武術は魔法武術だ。見た目や魔力では分からない何かがあるのかもしれないと、試験を前にワクワクした。


「では、二人に分かれて先ずは柔軟体操だ」


 先生の声を聞き、皆隣に並ぶ子とペアーを組む。私はフワフワした茶色の髪の可愛らしい男の子とペアーになった。女の子相手の柔軟体操とあって、「宜しくね」と声を掛ければ、男の子は全身真っ赤になってしまった。思春期の男の子って本当に難しい……どうしたら仲良くなれるんだろうねー……


「私はララです。貴方のお名前は?」


 とにかく仲良くなろうと、男の子に声を掛けてみた。

 男の子は赤い顔のまま私とは視線を会すことなく「ディック……」と呟いた。

 ディック……この学校に来て初めてのお友達。うん、絶対に仲良くなろう。

 ディック、ターゲッチュー!



 イッチニ、イッチニと皆で声を出しながら柔軟体操が始まった。私の背中を押してくれるのは、相変わらず赤い顔のディックだ。私はマトヴィルのおかげで体は柔らかいので、ハッキリ言って背中を押して貰う必要も無いのだけれど、そこはやはりマスタシュ先生的にも、生徒たちを仲良くさせる為にペアーを組ませたのだろう。楽しそうに体操する子達ばかりだった。


「ラ、ララは体が柔らかいんだな……」


 ディックが初めて私に話し掛けてくれて嬉しくなる。私は頷き、ディックに笑顔を返した。

 周りでは何故かアダルヘルムでも出現したかの様に「うっ……」と言いながら、胸を押さえる子が多くいた。きっと緊張から柔軟体操だけでも胸に響いたのだろう。リラックスして試験が受けられると良いなと願った。


「よーし、次は走るぞー」


 マスタシュ先生に続き、軽いランニングをする。私はディックの横に並んで走る。

 フッフッフ、やっと出来たお友達を離す気はないからねー。今日の目標はディックと仲の良いお友達になる事だ。よーし、頑張るぞー!

 

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