第481話 受験です。②

 指定の席へ着き、ボロボロになった受験票と筆記用具を机の上に準備した。


 私のいる教室には女の子しかおらず、皆緊張気味の表情で席へ着き大人しく前を向いていた。

 こんなにも沢山の同年代の女の子に囲まれる事は新鮮で、試験で無ければ一人一人に挨拶をしながら、「お友達になってね」とクッキーを渡し挨拶をしたいぐらいだった。

 どのこも皆可愛い。年頃の女の子ってなんて可愛いのかしら……入学したらこの子達皆と友人になろうと、私がそんな野望を抱いていると、女の先生が二人ほど教室へとやって来た。


 どうやらそろそろ試験が始まる様だ。時計を見ると試験10分前だった。先生達が皆が席に着いている事を確認すると、先ずは答案用紙が前から順番に配られていった。一人の先生が私の席の横へ立つと受験票を見て一瞬固まっていた。

 私は心の中で、(私がぐしゃぐしゃにした訳では無いですよー)と頑張って願っていたのだけれど、きっと先生には何も伝わらなかったのだろう。眉間に皺が寄っていた。


 そして問題用紙も同じ様に前から配られていく。問題用紙は当然裏のままで、まだ触らない様にと声をかけられた。

 その後は先生たちから試験中の説明が始まった。よそ見をしない事、何か文具を落とした時は自分で拾わず手を上げる事、それからトイレに行きたくなったら遠慮なく手を上げる事、各試験の間に休憩が10分ある事、昼休みは一時間。この場で食事を摂っても良いし、食堂を使っても良い。但し学校の外には出ないことなどなど、細かな説明を含め、残っていたほぼ10分間はそんな注意事項で終わった。


 そしてチャイムが鳴ると、先生が「始め」の声をかけた。名前を書き忘れ無い様にと、先生はまた声を掛けてくれた。ここまでされて名前を書き忘れたら相当なおっちょこちょいか、緊張のし過ぎと言う事だろう。


 私は無事、ララ・ディープウッズ、5056番と記入した。


 一時間目は国語だった。

 大変申し訳ないが、アリナやアダルヘルムに鍛え上げられている私からすると、とても簡単過ぎる問題だった。それに私には前世の記憶まである。ある意味カンニング? いや、一度受けた試験をまた受けている感覚に近いだろうか? 出来るだけ綺麗な字を心がけて答えを書き、見直しをしても試験時間はかなり余ってしまった。


 仕方がないので、問題用紙の裏にこんな試験問題如何ですか? と先生宛に問題を書いておくことにした。

 国語と言いながらも、文章問題も少ないし、文字を書く問題も少ない。なのでその事も指摘しながら試験時間一杯使って私なりのテスト問題を作って行けば、良い汗をかくことが出来た。

 ただし、答案用紙を集める際にまたまた先生には目を見開かれてしまったけれど……まあ、そこは仕方ないかなー。これもスター商会の営業の一環だしね。


 二時間目は計算だった。

 計算もやっぱり簡単な問題ばかりだった。それも文章問題が全く無いため、ただ計算するだけで終わってしまう。なのでまたまた答案用紙の裏に、算数の方がいいのでは? と、テスト問題の提案問題を幾つか書いておいた。計算の先生の役に立てれば良いなーと思いながらも、スター商会の教育部門に興味を持ってもらえるようにと、下心満載の私だった。


 そして三時間目は古語だ。

 古語といっても今使っている文字、例えば『おはよう』だったらそれを古語で『OHAYOU』に変えるだけだ。まったく難しくはない。なのでこちらも残念ながら時間を持て余してしまったので、先程と同じように、回答用紙の裏にこんな問題良いんじゃないかなー? みたいなことを書いてみた。


 前世だったらば絶対にやってはいない事だけれど、私はスター商会の会頭で、教育系の商品もいくつか出している。その宣伝も兼ねて問題を書き、先生プラスユルデンブルク魔法学校に売り込んでいる。これでスター商会へ問題集なり、教材の申し込みが来れば忙しくなること間違いない。


 折角ジュリエットとロージーだけでなく、ヴァージルの母親であるメリッサも教育担当になってくれたのだ。どんどん宣伝していこうとほくそ笑んでいた。


(フッフッフ……これでスター商会は益々発展すること間違いなし! リアムの喜ぶ顔が今から楽しみだね、ヌフフフフー)


 三時間目が終わるとここでお昼休憩になる。

 この教室担当の女の先生二人は「午後の開始に遅れないように」と何度も念を押し教室から出て行った。

 そしてこの教室の女の子達は、それぞれ教室でお弁当らしきものを食べている子、数名で食堂へ向かう子、などに分かれた。


 私はノアとお昼の約束をしているので、先程見送ったノアの教室まで行って見ようかなーと思っていたところで、先程私を教室まで案内してくれた社会学の先生、バーナビー・モルドン先生が教室の入口にいる姿が見えた。私と視線が合うと、ペコリとお辞儀をして来た。どうやら私を待っていたようだ。


「モルドン先生、どうかなさいましたか?」


 廊下はお昼休憩という事で、生徒たちでごった返していた。私は受験する一生徒ながら、早速先生に呼び止められているので、かなり注目を浴びていた。「えっ……あの子もう注意を受けているの?」みたいな皆の視線が痛い……決して悪い子ではありませんよーとアピールしたいのだが、モルドン先生はきょろきょろと挙動不審になり、ヒソヒソ声で話し始めた。


 これではまるで私が先生を虐めているかのように見える気がする。それでなくてもモルドン先生は細くって頼りなさげな感じだ。入学前から先生を怯えさせる女子生徒……うん。それはダメなイメージだね。絶対に止めて欲しい。私に入学後友達出来なかったらモルドン先生のせいだと思う。絶対に。


「あの……校長がお話したいと……お兄様のノア様も、別の教師が呼びに行っておりますので……」

「えっ? 校長先生?!」


 思わず声が大きくなってしまい、自分の口を押えて塞ぐ。でも時すでに遅し、何人かの生徒には私の声が聞こえたようで「あの子、校長先生に呼び出しされたの?!」みたいな目で見られてしまって居た。


 アダルヘルムが特別扱いしないで欲しいと手紙を送ってくれていたはずなのに、どうして呼び出されなければいけないのか……それに今は試験中だ。例えお昼休みとはいえ、受験生を呼び出すなんてやっぱりおかしい。ここはその校長先生とやらに文句を言ってやろうと、私はモルドン先生について行く事にした。


「モルドン先生……校長先生の所へ案内お願い致します」

「は、はい」


 モルドン先生についてズンズン廊下を進み、着いたのは一階にある校長室だった。流石に受験期間だけあって、職員室へとは行かなかったのだろう。校長室に着くと、ノアが先に着いていて、狸顔の校長先生らしき人物と向きあうように座っていた。

 そして校長の後ろには狐顔の教頭らしき人物もいた。予想外の呼び出しにイライラしている私は、促されるままソファーへと座る。ノアも休憩時間を友達作りに費やそうと、私と同じ事を考えて居たのだろう。少しムッとした様子で足を組み、出されたお茶にも手を付けてはいなかった。


「ディープウッズの姫様、若様、お呼び立てして申し訳ございません。校長のブルーノ・ラクーンと申します。実はお二人に食堂の件でご相談がございまして……」

「えっ? 食堂?」


 校長先生の言葉に驚く、まさか試験中に食堂の話とは……

 校長先生に詳しい話を聞いてみれば、どこからかディープウッズ家の子はスター商会と繋がりがあると聞いたようだ。それはどうやらセオとルイが行ったユルデンブルク騎士学校からの情報のようだった。

 そう、そのユルデンブルク騎士学校にディープウッズ家の子が通いだしてからと言うもの、魔道具が完備されたり、食事が美味しくなったり、大会で優勝したりと、様々な事で活躍してきた。


 出来ればこのユルデンブルク魔法学校も、それにあやかりたいという事らしいのだが、アダルヘルムからの手紙が有ったことで、校長先生と教頭先生だけでディープウッズ家の子が受験する事実を留めていたらしい。

 けれど今日モルドン先生が私とノアの事を知ってしまった。そしてモルドン先生は私を教室へと送り届けた後、なんと興奮して校長室へ駆け込んできたらしい。なのでモルドン先生には絶対に誰にも話さない様にと校長先生はモルドン先生に伝えたが、他の先生にバレてしまった事を私達に伝えるとともに、食堂の事を相談しようと思った様だ。


 そう、ユルデンブルク魔法学校の食堂は、値段は高いが余り美味しくないと悪い評判が立っている様で、何度か料理長も変えてみたりしたのだが、残念ながら駄目だったらしい。そこでスター・リュミエール・リストランテと、スターベアー・ベーカリーを抱えるスター商会の関係者である私達に相談したという訳だ。


 出来れば来学期には美味しいものを提供したい、いや自分達が食べたいのだと校長先生に熱く語られてしまった。さっきまでの毒気を抜かれた私は、取りあえずお腹が空いたので皆でお昼を食べませんか? とマトヴィルが作ってくれたお弁当を広げる事にした。


「えーと……お弁当はスター商会の商品ではなく、マトヴィルの作ってくれた物なのですが……良かったらどうぞ……」


 校長先生、教頭先生、それに勿論モルドン先生も「あのマトヴィル様が……」と驚きながらも、恐る恐るお弁当に手を付けていた。モルドン先生は多分あまり味が分からなかったのではないだろうか、半分泣きながら「ああ……」と何度も鼻をすすり、大切に大切にサンドイッチを食べていた。

 モルドン先生からはアダルヘルムとマトヴィルの事を凄く尊敬して、愛していてくれていることがその様子から伝わってくる。お弁当が残ったらモルドン先生に全て差し上げよう……そう思えるほどの泣き姿だった。


「宜しければデザートもどうぞ、こちらはスターベアー・ベーカリーの商品です」


 校長先生も教頭先生もそしてモルドン先生も、美味しい物に飢えていたのか、プリンを一口口にすると、目をつぶりそれはそれは美味しそうに、味わうようにして一口一口を大切そうに食べていた。

 何だか可哀想になってしまい、三人にそれぞれスターベアー・ベーカリーのお菓子の詰め合わせをお渡しした。これぐらいでは裏口入学とか騒がれないよね? と少しドキドキしてしまった事は秘密だ。まあ、その時はその時だよね。でもブルージェ領みたいに聖女様伝説みたいなものが流れるよりは、裏口入学だと噂される方がよっぽど良いのかもしれない……ただその場合は友人が出来るかは微妙だけどね……。


「ああ……やはりスター商会の食べ物はとても美味しいですね……姫様、我が学校の食堂改善にお力をお貸ししていただけるでしょうか?」

「そうですね……副会頭のリアム・ウエルスに相談してからのお返事でも宜しいですか?」

「ええ! 勿論です! 是非お願い致します!」


 校長先生の返事にうんうんと頷きながら、次の休憩の時にでもリアムの相談してみようと思った私だった。


 フフフ……これで王都でも益々スター商会の名は知れ渡るね。リアム、やったね!


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