第482話 受験です。③

お昼休憩が終わる鐘が鳴り、私はモルドン先生に、そしてノアは教頭先生に案内されながら、試験教室へと戻る事になった。


 廊下をモルドン先生の後に続き歩いていると、やっぱり多くの生徒たちの視線を感じた。皆、何故あの子先生に連れて行かれてるの? もしかして自分の教室が分からなくなっちゃったのかしら? なーんて思っていそうな顔をしていた。


 モルドン先生に「一人で戻れます」と伝えてはみたが、ただ遠慮しているのだと思われた様で、大丈夫、大丈夫と、何度も言われながら教室に戻る羽目になった。


 これじゃあ本当に迷子になって励まされているみたいだ。入学前に何だか凄く自分の評判を落とした気分になった私だった。


 午後の試験は社会学からだった。

 席に着き、筆箱、ボロボロの受験票を出して準備をする。この教室の担当の女性の先生がやって来ると、席に着いて居ない生徒はいないか確認して、回答用紙が配られて行った。


「では問題用紙を配ります。午前中同様、鐘が鳴るまでは問題を見ないように裏返しのままでいて下さいね」


 先生の説明に皆無言で頷く。

 緊張気味の周りの女の子達を見ながら、私も頑張らねばと気合いを入れ直す。先程までの校長先生との話し合いのせいで、気分は受験生からスター商会の会頭に代わっていた。

 ここでもう一度自分は受験生なのだと意識しなおした。


(首席を狙うならノアには負けられないものねー、一つのミスも許されないんだから!)


 気合を入れるためパンパンと自分の頬を叩くと、教室中の視線をまた集めてしまった。つい普段通りに振る舞ってしまうがここは学校だ、気を付け無ければと思っていると試験開始の鐘が鳴った。


 「始め!」の先生の声が掛かり、皆一斉に問題用紙を開く、社会学は前世の歴史や地理的な物だが、それ程難しくはない。そうこの国の誰もが知っている問題ばかりが出るからだ。

 最近発展著しい領は? と問題が出て、勿論ブルージェ領と書く。それからお父様やお母様、アダルヘルムやマトヴィルの問題も出ていた。難しく無いように、3択の答えが用意してあったのだが、マトヴィルの問題だけ三択の中に答えがなかった。


 そうその問題とは、アラスター・ディープウッズの一番の共であるマトヴィル・セレーネの職業は? だ。答えは勿論 ”料理人” なのだけと、3択の答えは1、剣士、2、武術家、3、家庭教師だ。

 うん、マトヴィルが料理人だと言う事は世間には知られていない様だ。ここは家族としてしっかり説明しておいた方が良いだろう。取り敢えず一般的な答えは2と言う事で、2番を選択しておいて、テストの裏にはマトヴィルとお父様との出会いから、マトヴィルが料理人である事、それとマトヴィルの得意料理も書いておいた。これなら社会学のテストを作った先生も満足してくれる事だろう。


 それからいくつかあるお父様の問題の中にも訂正箇所があった。お父様の趣味は鍛治の刀作りと、お母様だ。けれど答えには武器作り、旅、料理、とあった。まあ、全て間違いでは無いが一番大切な ”お母様の観察” が入っていない。これもテスト裏に如何にお父様がお母様を幼い頃から可愛がっていたかを書く。


 あれだけのお母様に関する日記が残されていて、お父様がお母様の事をそれはそれは大切にしていた事は、私達ディープウッズ家の者には常識だ。それに各国の王族にもそれは何となく伝わっているとは思う。けれど一般的には、人生を掛けたお父様の趣味で有った事は知られていないようだ。


(毎日日記を付けるぐらいお父様はお母様の成長を楽しみにして居たんだよねー)


 そんな事を思いながら解答用紙の裏にお父様の本当の趣味を書いた。それに武器作りではなく刀造りが趣味だったこともね。お父様の最高傑作の一騎当千は素晴らしい刀だ。いつか私もあれだけの作品を作れたらとそう思う。


 順調に問題を解きながら、時折補足で解答用紙の裏に正しい歴史を書いておく。アダルヘルムやオルガが我が家にいる為、彼らが言う最近の記憶は正しい事を私は知っている。おかしい問題だなと思えば遠慮なく注意書きをしておいた。


 これでスター商会の教育系グッズにこの学校の先生は興味を持ってくれることだろう。しめしめとほくそ笑んだ後、今が受験中だったことを思いだした。いけないいけない。気持ち悪い子だと思われてしまう……いや、既にもう手遅れかもしれない……担当の先生が何度か私をチラチラと見てたからね。うん、気を付けよう、気を付けよう。




 試験終了の合図の鐘がなると答案用紙が集められた。

 そして休憩に入ると私は教室を飛び出し、大急ぎでトイレに駆け込んだ。その行動はおトイレが漏れそうなことを我慢していた女の子に見えたかもしれない、でも休憩時間は10分しかない、そんな事を気にしている時間はない、私は急いでリアムの元へと転移した。


「リアム!」

「ラ、ララっ?!」


 王都のリアムの執務室へと一瞬で転移すると、リアムだけでなく、ランス達、リアムの部屋にいた皆が驚いた様子になった。それもそうだろう、今は試験の真最中だ。私がここに来る自体可笑しい事だと思う。だけどスター商会の会頭として、早く報連相しなければならないと、急いでやって来たのだけど、リアムは何故かお怒りの様だった。


「ララ! お前何やってんだよ! まだ試験中だろう?!」

「うん、そうなの、だからね、時間が無いの、リアム話を聞いてくれる?」

「はあぁぁ?」


 プリプリしているリアムに先程校長先生から頼まれた食堂改善の件を伝える。

 ユルデンブルク魔法学校の食堂を、スター商会で受け持つとなれば貴族の子息令嬢の殆どが、スター商会の味を知る事になる。という事は……そう、益々スター・リュミエール・リストランテなりスターベアー・ベーカリーなりは人気店になる事だろう。王都にも第二店舗が必要になるかもしれない。そう伝えるとリアムは大きなため息をついた。


「また人材不足かよ……永遠に続く問題だな……」


 今年新人で料理人やパティシエが入る予定だし、タッドの友人たちも就職をした。これで少しは楽になるだろう……と思っていたところでのこの話、リアムは頭が痛い様だった。


「あ、リアム、でもね、今ユルデンブルク魔法学校に居る料理人たちを、スター商会に修行に出して構わないって校長先生が言ってたよ」

「ああ、まあ、そうだな……取りあえずこっちに来てもらって、料理を覚えてもらうしかないだろうな……それと共にスター商会の料理人も増やしていくか……ハァー、やることが増える一方だなー……」


 リアムは「ハハハ」と力なく笑いながら私の頭をクシャクシャと撫でた。そこでランスが私に声を掛けてきた。


「ララ様、お時間は大丈夫ですか?」

「はっ、もう戻らなきゃ!」

「ララ、ユルデンブルク魔法学校には俺から連絡を入れるから、お前は試験に集中しろ。良いな、この件はもう忘れろよ!」


 リアムの言葉に頷き転移する、最後に見えたリアムが「受験中に生徒に話すことかー?」とちょっとだけ呆れている姿が見えて、校長先生が何故この時間に話をしてきたのかを、リアム達に伝えるのを忘れたことを思いだした。


 まあそれは帰ってからでも良いかと、学校のトイレに転移して呑気に扉を開けると、外には人だかりが出来ていた。


「貴女、大丈夫? 体調が悪いんじゃないの?」

「えっ……」

「トイレから出てこない子がいるって連絡が来たのよ、体調は大丈夫なの?」


 社会学の試験が終わってすぐ、トイレに駆け込んだ私は思った以上に人目を引いていたようだった。優しい誰かが心配して救護の先生を呼んできてくれたようだ。それに私の試験教室の二人の女性の先生と、他の生徒たちも集まっていた。


 まさかこんな大騒ぎになって居るだなんて……


 入学前にトイレっ子のイメージが付いちゃったかも……


「あの……先生ご心配をお掛けしました……体調は問題ありません。その、少し緊張していて……」

「まあ、そうね。緊張はお腹にくるものね。残り後1教科だけど受けられそうかしら?」

「あ、はい。もう大丈夫です。スッキリしましたから」

「そう、なら頑張りなさい」


 流石に転移してましたとは言え無かったため、どうにか誤魔化してみたけれど、私やっぱりトイレっ子の印象皆に付けちゃったよね? ここが女の子ばかりの教室前のトイレで良かったよ。

 もし男の子達がいたら百年の恋も一瞬で冷めるって言うか、恋の相手として見てもらえなくなっちゃうよねー。クルトにあれだけ恋について勉強する様に言われてるのに、入学前に自分でダメにする訳には行かないよね。


 とそんな未来の恋愛に向けての、希望を心配しながら私は自分の教室に戻った。


 そして時間となり今日最後の試験が始まった。最後は魔法学の試験だ。試験始まりの鐘が鳴ると、リアムに話した事でスッキリした私はスイスイ問題が解けた。余りに簡単過ぎる問題ばかりだったので、ここでも答案用紙の裏にこんな問題いかがですか? と書いていく。スター商会の教育部門がこれで人気になると良いなとそう願う。


 会頭としてどの試験の答案用紙にも、スター商会の紹介も書いておいた。きっとすぐに連絡が来る事だろう。リアムの喜ぶ顔が今から楽しみだ。


 試験の終わりを告げる鐘がなり。これで全ての基礎学科の筆記試験が終わった。


 明日は試験がお休みで、明後日は魔法試験、そしてまた休みが入り、今度は選択教科の試験に入る。選択教科は沢山あって、薬草学や武術、剣術などもある。ノアは裁縫学科だけ受けるようで、二年になったらまた考えると言っていた。


 私は選ぶ為にも実践してみたいと、全ての選択教科を受ける気でいる。基礎教科は飛び級が出来るそうなので、もしかしたら今回の試験で全ての基礎教科が飛び級出来れば、選択教科だけを受ける形になるかも知れない。そうなった時を考えて、受けれる教科は多い方が良いと思ったのだ。

 ノアはまったくその気は無く、出来るだけスター商会に居たいようだった。まあ学校が始まってお友達が出来れば、きっと気持ちも変わると思うけれどねー。


 そして試験が終わり、持ち物の片付けをしていると、入口にモルドン先生の姿が見えた。きっとノアの事は教頭先生が迎えに行っているのだろう。モルドン先生は私を出迎えるとそのまま玄関へと向かった。そしてそこには迎えに来たアダルヘルムとマトヴィル、それにセオにクルト、それとルイ。そしてなんと、校長先生までニコニコしながらアダルヘルム達と一緒に待っていた。


 私が玄関に着くとノアも丁度教頭先生に連れられてやって来た。ノアは何だかとっても疲れている顔をしているけど、そんなに男の子ばかりの教室は大変だったのだろうか? そんな事を考えていると、モルドン先生がアダルヘルムに声を掛けた。


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