第十五章 受験生

第477話 ウイルバート・チュトラリーの怒り

 アグアニエベ国の隠された王子であるウイルバード・チュトラリーは、自身の体の変化に戸惑いを感じていた。


 とある少女の噂を聞きつけ、彼女から無理矢理魔力を吸い取ってから間もなく三年。

 ウイルバード・チュトラリーは自分の中に病原体でも飼って居る様な、自分以外の魂が体の中にいる様な、そんな不快な感覚を感じていた。


「クソッ……あの女のせいだ……」


 自分から少女の魔力を体に取り込むことを望み、相手が死のうがどうしようが構わないと思いながらあの少女の魔力を取り込んだは良いが、ウイルバード・チュトラリーは今その事を酷く後悔していた。

 あの日から自分の魔法のコントロールが上手く行かなくなった。まるで自分の体が分裂して居る様な違和感を感じている。

 それにこれまで、物を壊すかのように気軽に殺めて来た者たちの声が、体の中から聞こえてくるような気までしていた。


 自分の体を壊し、その者たちの声を殺してやりたくなったが、勿論そんな事は出来る筈はない。

 それにあの少女の魔力が自分の中で徐々に広がっていくのが気持ち悪いほど感じられた。体の中からまるで癒しの魔法でもかけられているような、温かな光の塊が自分の体の内側から広がるようなそんな違和感を感じ、自分の体が気持ち悪くてしようがなかった。


「ララ・ディープウッズ……」


 ディープウッズ家の名は世界中で有名だ。

 勿論アグアニエベ国でもそれは変わらない。それに各国の王家には言い伝えがあって「ディープウッズ家には手を出すな」と恐れられてもいる。


 だがウイルバード・チュトラリーは今までそんな言葉を気にした事など無かった。自分にも同じような血が流れている。ララ・ディープウッズの母親のエレノアと、自身の母親であるレジーナ王妃は姉妹だ。自分の存在はララ・ディープウッズと何も変わらない、そう思っていた。

 けれどウイルバート・チュトラリーにはディープウッズ家の血は流れていない。そう思うと初めてあの少女の魔力を自分の体にいれたことを後悔し、恐怖まで感じて初めていた。


「魔力を上書きしなければ……」


 ウイルバート・チュトラリーはそう呟くと、古い魔導書を手に取った。

 その本はアグアニエベ国で厳重に管理されていた物だったが、ウイルバート・チュトラリーはその情報を掴んでからコナーを使い、アグアニエベ国の禁書庫から盗み出していた。それからは自分の計画の為にその魔導書を使い、色々と面白いと思う事を行ってきた。


 けれどここ最近は全てあのララ・ディープウッズに阻止されていた。それが尚更腹が立ち、いつかあの少女を自分にひれ伏させて見せるとそんな感情を生み出していた。


 そして古い魔導書から魔力上書きの魔法を見つけると、アグアニエベ国の王であるブランバードを呼び出した。

 ブランバードはウイルバート・チュトラリーに呼び出されるといつもビクビクとしている。それが尚更ウイルバート・チュトラリーの苛立ちを募らせる。


 こんな弱い奴がこの国の王であり、自分と血がつながっている。


 そう考えただけでも嫌気がさすが、ブラバードを消すわけにもいかない。それは自分の首を絞めるも同然だからだ。歴代の王の中でも一番弱気な王、それがブラバードだった。

 そんなブラバードにウイルバート・チュトラリーはため息交じりに指示を出す。


「ブラバード、悪いけど奴隷を又集めてくれるかなー」

「ど、奴隷……でございますか……しかしこの国にはもう……」


 奴隷は居ない。


 ブラバードはそう言いかけて口をつぐんだ。出来ないなどこの秘密の王子を前にして言葉にする勇気はブラバードには無かった。


「あの……な、何人ぐらい必要なのでしょうか……」

「うーん……まあ、最低でも100かな?」

「ひゃっ、100?!」


 そんな物はどう考えても無理だ。

 アグアニエベ国では奴隷が消されると噂されているため、他国から奴隷商が来ることもほとんどない。犯罪者たちをこれ迄奴隷に落としていたが、それももう無理がある。皆犯罪を犯すと殺されると聞いてからは国民達は犯罪を犯すこと自体恐れている。

 きっとすべて王である自分の所業だと国民達は思っているだろう。残虐王。それがブラバードの別名だ。いずれブラバードは家臣に寝首をかかれるかも知れないが、ウイルバート・チュトラリーそんな事はさせないだろう。常に秘密の王子に見張られている事はブラバードには分かっているのだから……


「あー……最低でも100だからね。もし遠い場所まで奴隷を買いに行くならソードたちに行かせるから遠慮なく言ってくれる? どこの国でも行かせるからさー」


 ソードと名付けられた青年へと視線を送る、紺色の髪色をしたチェーニ一族の青年だ。感情が余り無く、無表情のままブラバードに一礼をした。ウイルバート・チュトラリーに普段付き従っている、あのコナーと同じような印象を受ける表情にゾクリとした。

 チェーニ一族……今や人殺しの集団だ。いつからそうなってしまったのかと……この国の王であるブラバードには悔やまれてならなかった。


「あ、あの……他国まで出向いて頂けるようでしたら奴隷は手にはいるかと……」

「そう、分かった。ソード、ブラバードの指示に従ってくれる、奴隷は生きていれば何でもいいからねー」


 どうせ皆死ぬのだから……


 ブラバードにだけはそう聞こえていた。




 そして奴隷達は集められ、何か薬でも飲まされたのか朦朧としていた。

 そして一気にウイルバート・チュトラリーに魔力を吸い取られると、奴隷達は皆バタバタと倒れていった。だが魔力が抜かれようとも一人として命を落とす奴隷は居なかった。皆虫の息だが生きてはいた。ウイルバート・チュトラリーはそんな奴隷の姿を憎々し気に見つめながら、自分の手下となったソード、シュレック、イーサンに指示を出した。


 そう……「処分しろ」と……


 けれど、奴隷たちの魔力を吸い取ってもウイルバート・チュトラリーの体の中にある違和感は消えることは無かった。それどころか新しく吸い取った魔力さえも、その違和感の塊のような光に奪い取られているような気がした。


 これはもう最終手段に出るしかないだろう……


 ウイルバート・チュトラリーは一つの決意をしていた。



☆☆☆



 私は今寝ているのだろう。


 これはきっと夢だと思う。


 真っ黒な闇の中。


 沢山の人達が私に助けを求めている。


 苦しみの表情を浮かべる人、泣きながら叫ぶ人、苦痛に悶える人。


 色々だ。


 私は夢の中でそんな人達に微笑み掛ける。


 大丈夫、大丈夫だよ。


 すぐに癒しをかけて楽にして上げるからね、と伝えながら。


 この空間を黒く覆って居るものを先ずはお掃除する。


 洗浄魔法でシュッシュッシュ。


 私の魔力を使ってもソレはすぐには綺麗にならない。


 もう一度、もう一度と魔法を使えば、私が見渡せる限りは綺麗になった。


 キラキラと辺り一面が光り出すと、苦しんでいた人たちは穏やかな表情になった。


「今癒しを掛けますからねー」


 周りに集まった皆に向けて癒し爆弾を打ち上げる。


 光に包まれると、今度は皆笑顔になった。


 私に「ありがとう……」とお礼を言うと、皆、高く高く空へと飛んで行った。


 それを見て分かった。


 そうか、ここはやっぱり夢の中、魔法を使い放題なんだね。


 そうかだったらこの黒い世界をどんどんお掃除してやろう。


 それに癒しが欲しい人達は、たーっぷり癒して上げましょう。


 お陰様で魔力使い放題。


 私としては有難い。


 さあ、どんどん行くからねー!


「みんなー、よってこーい!」


 移動してはお掃除をして、困っている人には癒しを掛けていく。


 魔力がたっぷりと使える感覚は、とっても気持ちが良かった。


 普段魔力を抑え込んで我慢しているからね。


 やりたい放題って最高だよね。


 なーんてニヤニヤしていると、声が聞こえてきた。


 あれ? 「ララ」って私を呼ぶ声?


 この声はもしかして……


「……ラ、ララ、ララっ!」


 ハッと目覚めると、そこは何時もの私の部屋だった。

 セオが心配そうな表情で私を覗き込んでいて、その後ろにはアダルヘルムやマトヴィル、それにクルト、アリナ、オルガ、ベアリン達に大豚ちゃん担当の星の牙の皆迄いた。


 一体何事があったの? と驚いていると、セオが「良かった……」と泣いているような声を出して私に抱き着いてきた。

 アダルヘルム達や普段ニヤニヤしているマトヴィルまでも、ホッとした表情を浮かべているのが分かった。


「えーと……私は一体……」


 すると自分が凄く汗をかいている事に気が付いた。

 そんな私に抱き着いているセオをべりっと剥がす。こんな汗くさい女に抱き着くなんてっと思っていたら、捨てられた子犬のように可愛い顔をされてしまったので、セオをいい子良いこと頭を撫でておいた。でもそれどころでは無かった。何故こんなに汗をかいているのか? それに体の魔力が凄く減ってすっきりしている。


 ずっと溜まっていた大きなものを体から出して、深呼吸でもしたかのような爽快感だ。アリナが冷たいお水を出してくれたのでそれを一気に飲み切った。けれど足りなくってもう一杯とお願いすれば、その間にアダルヘルムが説明を始めてくれた。


「夜中にララ様が突然光り出しまして……」


 夜中? と言われ時計に目をやる。今は夜中ではなく明け方と言った時間だ。私はどうやら数時間はキラキラ光っていたらしい。それは汗だくにもなるし、喉も乾くよね。セオが私が目を覚ましたことに安心して抱き着いてきた理由も分かった気がした。


 どうやら夢の中で使っていた魔法のせいで、私はずっと体が光って皆に心配をかけてしまっていたようだ。気持ち良かったからと夢の中で魔法を使い放題にしてしまった事を少しだけ反省した。


 だってまさかこっちでそんな事になって居るとは思わないじゃなーい! 私のせいじゃないよね? と思いながらも、やっぱり心配をかけたので皆にはごめんなさいはきちんとしました。皆さま本当に申し訳ございませんでした。


「では、ララ様は夢を見ていたと?」

「はい、真っ暗闇の中で、色んな人から助けを求められて……なのでお掃除と癒しを掛けてあげました」

「それで、どのようになりましたか?」

「はい、皆にお礼を言われました。それで……皆は……そう、あの時の、ブルージェ領のお化け屋敷を買うときのイザベラさんのように空へ登って行きました。綺麗でしたよ……」

「ふむ……なる程……」


 結局も寝るのも微妙な時間だった為、私達は朝食に着くことになった。

 そしてアダルヘルムの質問に答えていたところで、アダルヘルムがニヤリと笑った。私の夢の話で何かが分かったようだ。


「ララ様、また同じ様な夢を見たら、また存分に魔法をお使いください」

「えっ? 良いんですか?」

「はい、私の予想では面白い事が起きそうです。フフフ……後悔させてやりましょう……」


 アダルヘルムが良い笑顔で何やら呟いていたけれど、怖くてそれ以上は聞けなかった。

 取りあえずアダルヘルムにとって嬉しい事らしいので、夢での魔法は遠慮なく使わさせて貰おうと思う。我慢しなくていいって最高だよね。やったー!

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