第478話 クルト先生の厄介な生徒たち
クルトはここ最近頭を悩ませていた。
ディープウッズ家の使用人になってから早数年が経ち、クルトはそれなりに仕事もこなしている自信があったし、主であるララの事も全てとは行かないまでも、行動を制御することが出来ている自信もあった。
その事は勿論上司であるアダルヘルムも認めてくれていて、最近のララは少し……そう以前に比べると少しは落ち着いたと、クルトの頑張りを褒めても貰えた。
魔力が増えたララを以前よりも落ちつかせるなど土台無理だろうとアダルヘルムは半ば諦めていただけに、クルトの仕事ぶりをとても評価してくださり、苦労をねぎらっても下さった。
以前ララとクルトでウエルス商会へ行った時は、ララはロイドの物言いに爆発せずに何とか耐えていた。アダルヘルムへ報告した際に、もしこれがアラスター様ならば、店を潰すだけでなくロイド迄つるし上げて再起不能にしていただろうと恐ろしい事を言っていた。
それだけクルトが頑張っていると褒めようとしてくれたのだろうが、アダルヘルムのこれ迄の苦労が分かったとともに、ララがそうならないとは限らないな……と恐ろしい考えが浮かんでしまった。
そう間もなくララは学校に通う事になる。
ララに今更普通の令嬢の様になれなど、絶対の絶対に無理な事は流石にクルトだって分かっている。けれどせめて多少なりとも女の子としての行動や、振る舞いが身に付いてくれたならば……いや、令嬢としての振る舞いは完璧だからこそララは尚更たちが悪いのだ。
それに誰が誰を好きだとか、他人の事にはララは良く気が付く。
それが尚更厄介事を運んでくるのだが……ララ本人は全くその事に気が付いてはいない。
要はララに足りない部分は女の子としての羞恥心のような心の部分なのだろう……そうそれは乙女心……ララにはそれが欠如しているし、自分が他人からどう見えているかもよく理解していない節がある。
見た目がどんどんと美しくなり始めているララは、母親であるエレノア様に匹敵する程の美貌を持ちつつある。けれどそんな事は気にもせず街中で平気で愛想を振りまくし、簡単に人をその気にさせる言葉を掛けてしまう。
もし、それがクルトやセオが入る事の出来ない学校内で起きてしまったとしたら……
被害者が続出することは間違いないだろう……
もし、ララに夢中になる生徒ばかり増えてしまったら……
下手したら婚約解消や恋人同士のもめごと、それにレチェンテ国での結婚自体が減る可能性まで出てくるかも知れない……
まあ、そこはアダルヘルムが介入すれば、レチェンテ王からの何かしらの指示が出て、貴族の子供たちはどうにか心を諫めるかもしれないが……クルトは出来るだけ他学生たちには平穏な学校生活を送って貰いたかった。
その為にはララが余計な被害者を増やさない事……
それがクルトには今一番優先される仕事でもあった。
ただ……それが途方もなく難しい事だけはクルトにも良く分かっていたのだった……
☆☆☆
今日はクルトとの授業の日。
学校入学まで一年を切った今、クルトの授業に対する熱には凄い物があった。
別に私は戦場に出向くわけではないのだけれど、被害者が増えるだとか、危険すぎるだとか、瞬殺される恐れがあるだとか……意味不明な事を良くブツブツと呟いている。
たぶんユルデンブルク魔法学校の校内には、従者を連れては行けないからクルトはピリピリとしているのだろう。学校に居る間はクルトもセオも私の傍を離れなければならない。王族ならば申請すれば護衛を連れて歩けるらしいが、私はそんな事は望んでいない。勿論アダルヘルムもだ。ディープウッズ家の子だからと特別扱いされるつもりはない。なので普通の学生として生活し、普通に友人も作り、普通に学園生活を楽しみたいと思っている。だからこそ尚更クルトは警戒しているのだろう。
もしクルトとセオが傍にいないときに、学校にウイルバート・チュトラリーが現れたとしたら……
たぶんそんな事はまず起こりえないと思うのだけど、私の世話係のクルトとしては最悪の状況を考えて、前もって対処しておきたいのだと思う。セオもクルトも学校にある従者用の待合室で待とうと思えば学校内に残ることも出来るし、お昼を一緒に摂ろうと思えば摂ることも出来る。
それにノアだって私と一緒に学校に通う事になるだろう。だからそこまで不安になることは無いとは思うのだけれど……クルトの授業に対する気合の入りようは物凄い物だった。
「えー……では前回提出していただいた感想文をお返しします。先ずはララ様」
「はい」
クルトから出された課題本を読み、十分に本の内容を理解し、感想文を提出した私はクルトから返された感想文を笑顔で受け取る。そこには勿論A判定と書かれていると想像していた私だったのだけれど、見てみればそこにはCマイナスと書かれていた。
愕然とする私にクルトは言葉を掛けてきた。
「ララ様……もう少し普段からも少女向けの恋愛小説を読んでみて下さい……あ、ですがティボールド様の小説は禁止ですよ。乙女はそう簡単に誰かに好きだとかは言えないものなのです。手を繋ぐことだって恥ずかしいですし、好きかどうか気持ちが分からないなら取りあえず付き合っちゃえば? みたいなことは普通の乙女には無理なのです。ですからもう少し恋愛小説を読み込んでみて下さいね……」
「……あー……クルト先生?」
「はい、何でしょうか?」
「小説を読むのではなくって、実践してみてはダメでしょうか?」
「実践とは?」
「うーん……誰かに付き合って貰って、恋人ごっこをして見るとか? そうすれば私も少しは――」
「絶対にダメです!」
「えっ? どうしてですか?」
「ララ様……ララ様が仮にでも誰かとお付き合いをすると言いだしたら……アダルヘルム様はどうするでしょうか?」
クルトに言われてアダルヘルムの行動を想像してみた。
うん……どう考えても仮の恋人の命の保証は出来ないね。
これは無理な提案だと気が付いた私はクルトの提案に従う事にした。
アダルヘルムの認める相手。きっとお父様並みの人じゃ無ければ無理だろう。そう考えると私って一生結婚できないのでは? いやいやそれ以前に恋人さえも出来ない可能性があるのでは? とそんな恐ろしいことに気が付いた。
クルトの授業を受ける事は大事かもしれないけれど、出来ればクルトにはまずはアダルヘルムの理想とする私の恋人像のハードルをぐんと下げて貰いたいと思った。エベレストより高い状態の今ではとても無理だ……
せめて富士山ぐらいまでに落として欲しい……頼みますよ、クルト先生。
「では、次にマルコ」
「うむ、俺の調書……むほんっ、感想文は完璧だっただろう? ガハハハッ、結果は……なっ? D? D判定だと書いてあるぞ?! ななな、何でだ?!」
驚くマルコの姿を見てクルトは苦笑いを浮かべた後、一つ咳払いをしてから説明を始めた。
「マルコは先ず研究から離してもの事を考えましょう……」
「ムムム……それは無理だ。人生とは研究だと言うだろう、俺から研究を取ったら何も残らないだろう?」
そこは確かに! とクルトも私も思わず頷いてしまう。マルコと言えば研究だ。それを止めろと言っても無理だと思う。
ただ、マルコはメグとキチンと恋をして結婚したいらしい、なので恋心を知りたいらしいのだけど……
もうぶっちゃけ付き合っているんだし良いんじゃない? って思うのは私だけだろうか? メグはもうマルコの事好きだし、マルコだって研究したくなるぐらいにはメグの事が好きなんだから、クルト教室卒業で良いんじゃない? って思うのは私だけだろうか?
クルトはマルコの言葉を頭の中で理解し、飲み込んだのか、一呼吸置くとまた話出した。
「マルコ、分かりました。研究、多いにして下さい」
「えっ? い、い、良いのか?」
「はい。ですが研究内容は、メグにどんな言葉を投げかければ喜ぶか、です」
「ふむ、メグが喜ぶ言葉か……」
「くれぐれもどっかの誰かみたいに魔獣の名を出して褒める様なことはしない様にして下さいね」
「うむ、分かった。分かりました、だぞっ!」
マルコはうむうむと言いながら席へと戻った。
独り言で魔獣が駄目なら薬草か? と呟いていた事は、どうやらクルトには聞こえなかった様だ。
私もやっぱりマルコみたいに実践的な研究が良いなーと思ってクルトに笑顔を向けると、考えが分かったのだろう、笑顔で首を振られてしまった。
もう暫くは恋愛小説を読み込まなければならないようだ。それも少女向けの恋愛小説をねー。シャーロットとジュリエットにちょっと相談してみようかなぁと思った私なのだった。
夜になり、いつもの様にセオに今日のクルトとの授業内容を報告した。手元にはクルトが選んでくれた恋愛小説が数点ある。どれも王子様とか騎士様とかが出て来る物ばかりだ。
本物の王子様であるレオナルドともお友達だし、騎士だって沢山知り合いがいる中で、その人達と恋に落ちるだなんて想像するだけでも難しいのに、小説の中の女の子たちは出会った瞬間に相手と恋に落ちてしまう。
つまり彼女達は相手の顔しか見ていないと言う事ではないだろうか? 恋愛だけならばそれでも良いのかも知れないが、結婚となると、相手の家族だったり、お互いの生活習慣の違いだったり、体の相性だって調べたくなるものだろう。
そう考えるとこの小説の女の子達は恋に恋している様にしか思えない。実際に好きな人が出来たならば一度一緒に住んでみるべきだと今の私は強く思う。
蘭子時代は父親に勧められた相手とよく知らないままに結婚した。その後だって私は相手を知る努力が足りなかったと思う。
だからこそ、そうならない為にも相手を良く知ってから結婚したいし、恋愛もしたい。この小説は当てにはならないとクルトに伝えれば、きっとまた低い判定になってしまう事が分かる。
だけど運命の相手と出会った瞬間にビビビッとくるだなんて私には無理だと思う。
気になる相手と仲良くなって、友人になって、それから恋人になる。
理想はそうなんだけど……友人から恋人になるって言うのが一番難しいよねー。
「はー……」
「ララ、どうしたの? 宿題はつまらない?」
恋愛小説を読みながらため息をついた私を、セオが心配気に覗いてきた。確かにつまらないと言えばつまらないんだけど……このため息は違うんだよねー。
「セオ……好き」
「へっ? えっ? ど? どうしたの?」
「セオが好きなの……」
「えっ、あ、あの……俺もーー」
「うーむ、この好きは家族の好き? でもセオが一番大好きなんだよねー」
「へっ? あ、うん……?」
「あー、でもリアムも一番だし、クルトも一番だし、ココやキキだって一番なんだよねー。ねえ、セオ、好きには種類があるみたいなの……本当、難しい世の中だよねー」
「あ……うん……」
この後一緒の布団に入ったセオは、何故かいつもと違い私に背を向けて寝てしまった。妹の様な存在の私が、一番好きな人が沢山いると言ったから拗ねてしまったのかも知れない。
仕方がないので私はそんなセオの背中に抱きついて眠る事にした。
セオの背中はもう大人の男性その物だった。
ドクンと心臓が鳴ったのは、子供の成長を実感したからだと思う。
やっぱり私の中の一番はセオの様だ。
心の中でもう一度呟く。
セオ大好きだよ……と、セオといる時間が一番好き。それは絶対だった。
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