第442話 善は急げ

「えー……それで、ララちゃ……ララ姫様、アダルヘルム様、私共に話したい事とは一体どう言った事でしょうか?」


 レチェンテ国の王城に善は急げとやって来た私達は、今この国の王様であるアレッサンドロ・レチェンテ王と向かい合って座っている。レチェンテ王こと私の友人であるアー君は、アダルヘルムからの手紙を受けてすぐに私達との話し合いの場を設けてくれたが、今日の話し合いの内容までは詳しく聞いて居なかったらしく、不安気な様子でこちらを見ている。


 きっとアダルヘルムがあの時ササっと書き上げた手紙には、今回の件は何も書かれていなかったのだろう。多分「話があるから時間作ってー」的な感じで、アダルヘルムとしては友人に送る感じの気軽な手紙を送ったのだろう。受け取った側のアー君は昨夜は緊張と恐怖で眠れなかったのかも知れない、顔色が悪い、可哀想に……。


 私は早くアー君の緊張を解さなければと思い、単刀直入に話を進める事にした。今回の話のメインであるジュリエットもティボールドもいるし、それにわざわざこの場に呼んでもらったシャーロットとデッドリック・シモンもいる。今まさに役者全員揃った。問題ないだろう。


「レチェンテ王、お願いがあります。ジュリエット様を私に下さい!」

「はっ?」

「あ……」


 しまった。これでは私がジュリエットに結婚を申し込んだみたいだ。まあスター商会の小説家になって貰うのである意味正解かも知れない。

 だけど隣に座って話を聞いていたアダルヘルムは頭を押さえている。うん、やはり失敗してしまった様だ。ごめんねアダルヘルム。

 それにリアムやセオも苦笑いを浮かべて居る。説明なく話しを進めるなという事だろう。えへへと笑ってみれば、アダルヘルムがため息をついた後、アー君に説明を始めてくれた。


 アダルヘルムは先ずこの国がアグアニエベ国に狙われている話から始めた。

 そして私が以前その国の関係者に襲われた話や、今もなお私を狙い画策している事、そして罠を張るかの様にレチェンテ国、そしてフォウリージ国に手を出そうと動いている事を話してくれた。人払いが前もってしてあったので、ここに居る人達はアー君が信頼している人物だけの様だったけれど、アダルヘルムは口外しないようにと念押しをして居た。そして――


「テネブラエ侯爵家は我々の敵であるアグアニエベ国の者と繋がっていると私どもは見ております」

「た、確かにテネブラエ侯爵家は元はアグアニエベ国出身の貴族です……ですがそれは何十年も前の話で……」

「ええ、人族からしてみればそう感じることでしょう、ですが我々からしてみればつい最近の事、テネブラエ侯爵家の忠誠心は未だにアグアニエベ国にあると思われた方が賢明かと思います」

「……それでララ様はアグアニエベ国を気にしてジュリエットを欲しいと……?」


 ジュリエットには婚姻の申し込みがアグアニエベ国とテネブラエ侯爵家から来ている。アー君は私がジュリエットをスター商会の小説家として雇う事でそれから助け出そうとしていると感じたのか、感動から目をウルウルとさせてしまった。王妃様二人も同じように感動しているようでハンカチを取り出し目頭を押さえだした。

 勿論ジュリエットを敵に渡したくないという事は大前提にあるのだけど、ティボールドとの婚約とスター商会の小説家になって欲しいというこちらの欲あっての事なので、何だか感動されて申し訳ない気持ちになってしまった。ごめんねアー君、私の身勝手なのに感動させてしまったね……許してね。


「そうです。ララ様はジュリエット様をお守りしたいと、スター商会の小説家として雇入れ、そして婚約者にティボールド・ウエルス様をと申しております」

「ティボールド・ウエルス殿? あのウエルス商会のご子息ですか?」

「ええ、ですが今はララ様お抱えの小説家であり、王妃様方はご存じだと思いますがスター・ブティック・ペコラの支配人でもございます。ララ様がリアム様と同じ様に信用されている方ですので、婚約者として申し分ないかと思われます。それにティボールド様はいずれ世界一有名な作家になるだろうとララ様が太鼓判を押された方、レチェンテ国としても繋がりを持っておくのは得しか無いと思われます」

「な、なんと……ララ様はそこまでこの国の事を……」


 アダルヘルム……言い方ー……これじゃあ私がすっごく良い人みたいじゃないですか?

 話の内容は間違ってないし、ティボールドには小説家としての才能はあるのは分かってる。だけどね、凄く恩着せがましく感じてしまうのは私だけでしょうか? 皆うんうんと頷いているし、アー君に至っては泣き出しそうなほど感動して居る。王妃様達はジュリエットの気持ちとティボールドの人柄を知っているからか、良かった良かったと喜んでいる様だ。ここでそれは違いますと口をはさむ勇気は私には無かった。居た堪れないがアダルヘルムに全てお任せしよう。


 アダルヘルムがティボールドの名を出したことで、ティボールドは立ち上がり挨拶をした。その姿はどこぞの貴族の男性よりよっぽど優雅で品があり、優しく微笑む姿に王妃様たちも「まあ」といって頬を染めて居た。流石マダムキラーのティボールドだ。ここでもそれは健在らしい。


「レチェンテ王、それからシャーロット姫の事ですが……婚約者は出来ればララ様と縁の有る方をお願いしたい……」

「縁の有る……それは……」

「ええ、デッドリック・シモン殿の事です」

「「えっ?」」


 シャーロットもデッドリックも急にアダルヘルムの口から自分たちの名が出たことで驚いた顔になったが、お互いに視線が合うと目を逸らし真っ赤になってしまった。両想いなのは丸わかりだ。


「シャーロットの事もララ様が……?」

「ええ、それは勿論です。大事な友人で在られるシャーロット様には幸せになって頂きたいですからね、それにオクタヴィアンの兄であるデッドリック殿ならばシャーロット様を守り抜くことが出来ると我々は信じています。デッドリック殿いかがですか?」


 伝説の騎士であるアダルヘルムに認められたと有ってデッドリックは嬉しそうな表情で頷いた。そしてシャーロットの側へと行くとそっと手を取った。これはまさにデジャヴかもしれない……。


「シャーロット様、貴女の気高く品のある姿を私はずっとお慕い申しておりました。もし許されるならば、貴女を私が一生お守りしたい……宜しければ私と結婚していただけますか?」

「……私は婚約者を亡くした傷物です……それでもデッドリック様は構わないのですか?」

「貴女は傷物なのではありません……貴女は私の宝です。とても美しい……」

「デッドリック様……申し込み……喜んでお受けいたしますわ……」


 二人の周りは花が咲いたかの様に甘い甘ーい空気が流れだした。

 王妃様の指示でシャーロットの横に椅子が置かれると、さっきまで護衛でずっと壁際にいたデッドリックはそこに座ることになった。もう婚約者として王家に認められたという事だろう。二人はずっと手を繋いではたまに視線を合わせ、はにかむような笑顔を見せていた。熱々の常夏だ。目のやり場に困る。皆は余り気にして居ないようだったけど……羨ましいと思えない私には乙女力がやっぱり足りないのかもしれない。ちょっとショックだ。クルトに色々教えて貰おう、それしかないよね。





 二人のお姫様の婚約が無事に整い、そしてジュリエットは結婚するまではスター商会で通いで働くことも決まった。ジュリエットはやる気満々で、小説の執筆だけでなく、子供向けの教材などにも私と一緒に取り組んでくれるそうだ。子供たちのお世話を受け持ってくれているロージーにも勿論参加してもらう。おもちゃ屋さんで売れる人気の商品になりそうだ。


 そしてシャーロットの方は年ごろという事もあり、早めに正式な婚約をして、年内にはデドリックと結婚をする様だ。シモン家も跡取りである長男の結婚と有って二人の結婚は盛大になることは間違いない様だった。これで王家と繋がりを持ったシモン家は益々レチェンテ国で強い立場となるらしい。ディープウッズ家とも繋がりがある為伯爵位とは言え、姫であるシャーロットが嫁ぐのには何の問題も無い様だ。良かった良かったと内心ほっとしていた。


「ただこの事でアグアニエベ国側がどう出てくるかは分かりません……デッドリック様もティボールド様もこれまで以上に身の安全をお気を付けください」

「アダルヘルム様……それは……フォウリージ国の王子も狙われたという事でしょうか?」

「はい……憶測ですが、フォウリージ国の王子は消されたのではないかと思っております……新しく第一王子になられた者は愚鈍だと聞いておりますので扱いやすいかと……」

「確かにそれは……ですがそう簡単にフォウリージ国に手を出せるものでしょうか?」


 アダルヘルムはブルージェ領の領主邸であったこれまでの話をアー君に話して伝えた。

 ブルージェ領はディープウッズの森に隣接しているため、ずっとアグアニエベ国に見張られていたのだろう、そこの領主を支配下に置くには欲深いブライアンは丁度よかったのだと思う。彼らが勝手に自滅してくれたのはこちらにして見たら有難い事だったかも知れない。もしブルージェ領がウイルバート・チュトラリーの物になっていたらどうなっていただろうか? ディープウッズの森も汚染されていたかもしれないし、レチェンテ国も今ごろどうなって居たかも分からない。それがアー君には分かったのだろうごくりと喉を鳴らしていた。






 話合いは終わり、帰る時間となった。

 二人のお姫様は婚約者にエスコートされながら歩いている。その表情はとても幸せそうで私までにやけてしまいそうになる。ラブラブで何よりだ。


「ララ、それでお前いつからルドとジュリエット様が両想いって知ってたんだ?」


 帰りの馬車の中、リアムが行と同じような質問を私にぶつけてきた。

 私の肩を組みまたヒソヒソ話だ。私の反対隣りにいるセオに聞こえないようにして居るつもりなのだろうが、セオは地獄耳だ、話は丸聞こえで笑うのを我慢しているように見える。セオも恋愛には無頓着だが人の気持ちに気付くのはリアムよりは上手だ。リアムが余りにも幼い事を言うので可笑しかったらしい。これではいつまで経っても二人の恋は進展しないだろう。困ったものだ。


「もう、リアムは少しルドから恋について教育を受けた方が良いんじゃないの?」

「はあ? な、何でだよ」

「そんなに人の気持ちに疎いんじゃリアムの恋心なんて好きな相手に絶対に伝わらないって言ってるの、ルドに大人の恋を教えてもらいなよー」


 子供の私に恋について注意されたからか、リアムの落ち込みようは酷かった。ブツブツと「伝わらない……」とか何やらずっと呟いていた。リアムとセオの恋はまだまだ前途多難の様だ。頑張れリアムー。


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