第438話 ジュンシーとディープウッズ家④

お母様の絵画も十分に確認し、満足そうなジュンシーを連れてディープウッズ家の裏庭にある小屋へと行く事になった。ここはどう考えてもジュンシーを興奮させるものばかりなので、今日の締めにしようと思っていたのだけど、お母様の絵を見るために応接室に居るときからジュンシーは私を賛辞する言葉を並べ始め、少し壊れ初めてしまったので小屋に連れて行くのがとても心配だった。

 けれど今夜はこのままお泊まりだし、この後はリアム達と一緒のディナーだけの予定だし、最悪倒れてしまっても大丈夫だろうと、ある程度覚悟して小屋に向かった。


 すると裏庭に出た途端、キキとココが私たちに近付いてきた。森へと今日もお出掛けに行って居たのだろう、ココの大きな背中にはいくつもの魔獣が縛られて乗っていた。まだ手足をバタバタと動かしている事から蜘蛛の糸で生け捕りにした様だ。今日の戦利品と行ったところだろう。流石我が子! 天才だ!


(アルジ オキャクサマ ココ アイサツスル)

(オカアサーン キキモ アイサツスルノー)

「キキ、ココお帰りなさい、ではお客様に紹介をしましょうね、ジュンシーさん――」


 可愛いキキとココから視線をジュンシーの方へと送れば、手を顔の前でくみ、キキとココをキラキラした目で見つめていた。その目は恋する乙女その者で、一目でキキとココの事を気に入ってくれた事が分かった。ジュンシーの賢獣であるビジューやぬいぐるみのテゾーロも二人の姿にぴょんぴょん飛び跳ねて大興奮だ。ただ……可哀想なことにメルケとトレブは真っ青になっていた。それもそうだろうココは凶暴な爆食蜘蛛魔獣の銀蜘蛛だ。それも成長してかなり大きい、ココはとても可愛い子だと私達は知っているけれど、初めて会う人は恐怖を感じてしまうだろう。それにキキも普通では考えられない喋る蝙蝠だ。それもこの世界では見たことの無い不思議な蝙蝠なので、メルケとトレブの驚き方が普通なのだと思う。


「なんと……なんと……美しい銀蜘蛛でしょうか……オークションに出して頂いたあの銀蜘蛛の毛はこのココ様の物なのですね。ララ様のお身内ならばあれ程の良質な毛であることも頷けます。それにキキ様も美しい体の艶をお持ちだ。さぞかし良質な魔力を毎日浴びているのでしょう。それに珍しい蝙蝠でもあらせられるようで……流石ララ様というしか無いでしょう……ああ、なんと今日は良い日なのでしょうか!」

(テゾーロモ スキ)

(キキ様、ココ様、ビジューです。大好きです)


 キキとココはテゾーロとビジューの事を仲間だと思ったのか、すぐに打ち解け庭で遊びだした。ココの背中の上にキキ、そしてテゾーロとビジューの三人が乗り、庭の中を駆けずり回っていると、ジュンシーは何とも言えない満足そうな表情になっていた。魔獣大好きっ子のセオも幸せそうな表情だ。確かにこの可愛さは犯罪級だろう。私も納得だ。キュン爆死しても可笑しくは無いほどだと思う。


「ララ様……出来ましたら今日のこの尊い日を絵に描いていただけないでしょうか……お金は幾らでもお支払いいたします……ううう……」

「ララ、俺も四人の絵が欲しい……部屋に飾りたい……」


 珍しくセオまで私にお願いしてきたので勿論OKをした。セオが喜ぶのならいくらでも絵を描いて見せよう。私も欲しいしね。ジュンシーにも友人として絵を贈る約束をした。勿論無料でだ。私だってこの可愛さは取っておきたいと思うからね。気持ちは良く分かるもの。


 メルケとトレブは庭に置かれた椅子で休み、クルトに温かいお茶を入れて貰った事もあり、銀蜘蛛であるココにだいぶ慣れた様だった。まあ、ココはお喋りもするし、リボンも付けて居てとってもキュートだからね。話に聞く魔獣の恐ろしい銀蜘蛛とは違う事はすぐに分かるだろう。狂暴なんてココにはあり得ない事なんだから。


 子供たちが遊ぶことに満足したところで、やっと小屋に入ることになった。

 ジュンシーとセオは意気投合したのか、どう子供たちが可愛かったのかと会話に花を咲かせていた。ココの逞しい体にジュンシーも乗ってみたいと言えば、今度ココにお願いして一緒に森へ出かけようと話したり、キキが何蝙蝠か分からないから、オークションで魔獣図鑑が出たら購入しようとか、テゾーロとビジューの可愛さがまた増しただとか、とにかくずっとそんな事を話していた。仲良くなって何よりだと思う。


 小屋に入り先ずは擬似森に向かった。

 ジュンシーには前もって小屋の中は空間魔法で広げて有ると伝えてあったけど、それでも擬似森を見た瞬間は「おお……」と声が漏れていた。メルケとトレブは勿論の事で目をパチパチと何度もさせていて可愛かった。

 カイコの糸を使いドレス生地やレースを作ったことを説明したり、疑似森の中の土や木はディープウッズの森から運んで来たものである事を話すと、ジュンシーは何度も素晴らしいと言いながら頷いてくれた。テゾーロとビジューは初めての森の中だったので、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。可愛いものだ。


 次は鍛治室に向かった。最近はセオが使うことが殆どで、セオが作った剣や刀ばかりが増えていっている。私は儀式様の剣の注文や魔道具での部品作りの時にこの部屋に来るぐらいだ。今はスター商会の鍛治室の方が使う頻度が増えている。それだけスター商会に行っていると言う事もあるが、何よりも私の他にも作ってくれる人が居ると言う事が大きいと思う。スター商会の従業員達は皆素晴らしいからね。


 その後は裁縫室に向かった。

 ジュンシーはカイコ達の糸を使って織った生地やレースを手袋をはめて丁寧に見ていた。その顔は真剣そのもので、あの変態気質な部分は隠れ、まさに闇ギルドのギルド長らしい様子だった。

 常にこうやって仕事をして居れば文句なしにカッコいいのだけど、時折見せる変態チックなところが残念だ。だけど完璧な人間なんていないからそこがジュンシーの良いところなのかもしれない。闇ギルド長としてじゃなく、ジュンシー本来の良いところを見てくれる人が出来ることを祈ろう。私がいつまでも恋人候補でいるわけには行かないものね。


「ララ様のお作りになられた小屋はとても素晴らしい場所でした……ここは他の者には見せれませんねー、宝の宝庫ですから……」

「宝……あ、そうか、そうですね、ジュンシーさん、地下倉庫見てみますか?」

「地下倉庫?!」

「そうです、これ迄のディープウッズ家の当主が集めた? 作った? 品物が地下倉庫には沢山あります。勿論お父様の刀も」

「行きます!! いいえ、是非連れて行ってくださいませ!!」


 大興奮したジュンシーを連れて地下倉庫へ向かう事になった。

 万が一倒れたとしてもメルケとトレブもいるし、セオとクルトもいれば大丈夫だろう。それに気を失う事があっても後はディナーだけだ。食べれなくなってショックを受けるのはジュンシーだけなので問題はない。明日の朝食を豪華にしてあげればいいだけの事だろう。





 地下倉庫の入口に着き階段を下りていく、ジュンシーの期待が高まっているのがその表情を見れば良く分かる。メルケやトレブだって興奮気味なのだろう頬が赤く、そして目はアダルヘルムを見つめて居るときのような熱を持っていた。やはりそこは二人も闇ギルドの一員なのだ。期待して居ることだけは良く分かった。


 階段を降り、地下倉庫に着くと、ジュンシーたち三人とも「おお……」と声を出していた。私も初めて地下倉庫に来たときは物の多さや物珍しさにとても驚いたが、その時はこのディープウッズ家がどれだけ凄い家かは良く分かっていなかった為、凄いお宝がある場所だとも良く分かっていなかったと思う。

 だけどジュンシーたち三人は闇ギルドで働いているだけあって、お宝の価値が良く分かっている。もう既に足はフルフルと震えているし、口元を押さえ、叫び出したいのを我慢しているようにも見える。それに顔は赤いし、目は涙目だ。血管が切れて倒れてしまわないか不安になったが、これだけのお宝を前にして倒れるなんて闇ギルドのギルド長としてあり得ない事なのだろう、そこは何とかふらつく足でも耐えていた。凄い根性だ。


「ラ、ラ、ララ様……私の頬をつねって頂けますか……」

「えっ?」

「夢じゃないかを確かめたいのです……」

「え、ええ、勿論良いですけど……」


 私がボーっと周りを見ているジュンシーに近づき、背伸びをして頬をつねろうとしたら、横からクルトが手を出しジュンシーの頬をつねった。クルトは「ジュンシー様の頬がちぎれたら大変ですから」とニヤリと笑って居たが、流石に身体強化を掛けてジュンシーの頬をつねろうとは私は思っていなかった。

 でもジュンシーは誰につねられたのかも分かっていない様で、赤くなった頬を摩りながら、足をひきずり歩いている。メルケとトレブは立ち止まったまま動かないのでセオが気を利かせて頬をつねって上げていた。いつも通りなのは可愛いテゾーロとビジューだけだ。ジュンシーの歌を歌いながら手を繋ぎ私の後をついて来ている。二人を見ていると和めて丁度いい。ジュンシーたちの緊張感は凄い物だからね。


「ラ、ラ、ララ様……あそこに見える生地は……まさか……」

「ああ、流石ジュンシーさんですね。私の曾おばあ様? がエルフの国から輿入れした時に持って来た生地の様です。綺麗ですよねー」

「はわわわぁー、ララ様……綺麗なんてものではございません。あれはもうこの世では見れない程の高級な品でございます。今のエルフの里では作れない生地なのですから……」

「へー、流石ジュンシーさん詳しいですねー。そうか……もう作れない品なのか……フフフ、ってことはスター商会で作れるようになったら凄い売れるって事ですよね?」

「ええ……それは勿論……ですが作り方がもうこの世には残っていないのですが……」

「ふっふっふ……そう聞くと尚更作りだしたくなりました。ジュンシーさん、出来上がったら見てくれますか?」

「ええ! 勿論です! ジュンシー・ドレイクハイム、命に懸けましても鑑定させて頂きます!」


 命はかけなくても良いけれど、闇ギルド長のジュンシーに鑑定してもらえれば出来上がりが本物同然は直ぐに分かるから安心だろう。生地などが沢山置いてる場所で心臓を押さえながら見ているジュンシーたちをを引き連れ、今度はお父様の刀がある場所へと向かった。

 お父様の刀はガラスのケースに入って居てアダルヘルムが管理している。なのでクルトかセオにお願いしてアダルヘルムにガラスケースの鍵を開けて貰おうかと思ったところで、ジュンシーたちから待ったがかかった。

 ジュンシーは胸を相変わらず押さえていて、顔は赤く息は荒い、興奮しすぎて今にも倒れそうなことは私でも分かった。補佐のメルケとトレブにジュンシーを落ち着かせて貰おうかと思ったが、二人も息が荒く赤い顔をして居る。こちらもお父様の刀を前にして興奮している様だ。三人とも倒れられては困る。ジュンシーが待ったをかけて止めた気持ちが良く分かった。


「ララ様……これ以上は我々の心臓が持ちません……アラスター様の刀は次回またゆっくりと見させていただけませんでしょうか……」


 ジュンシーに頷いて見せたが、また後日ジュンシーがディープウッズ家に来るのかと思うと、ちょっとだけ不安がよぎった。でも二回目ならきっと少しは落ち着いて過ごせることだろう。そう期待して自分を納得させたのだった。

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