第420話 闇ギルドのオークション③

「ララ様それは……売れ残りの奴隷を購入するために奴隷市に行きたいと言う意味で仰っているのですか?」 


 アダルヘルムの冷たい魔力が部屋を覆っていた。

 慣れている私達は平気だけど、ジュンシー達にはキツいだろう。ある意味威圧になっているのだから、そう思って向かい合っているジュンシー達の方へと視線を向けてみると、ジュンシーは宝物を目の前にしたかの様にキラキラした目でアダルヘルムを見つめ、後ろに控えているメルケとトレブは真っ赤な顔でアダルヘルムに見入っていた。美しすぎる笑顔にノックアウトされた様だ。可哀想に。


 アダルヘルムの言いたいことは分かる。

 今回奴隷市に行って処分されてしまう奴隷を私が買ったとして、じゃあ次も同じようにするのか? 毎回奴隷市に行くのか? とそうなってくるのだろう。


 それに奴隷商としても毎回売れ残りを買ってくれる人がいるとなれば、どんな状態でも良いだろうと、かえって奴隷にキツく当たる可能性もある。


 アダルヘルムはそういった事を私に深く考える様に言っているのだろう。それは分かる……

 だけど……


「アダルヘルムの言いたい事は良く分かります。売れ残ってしまう方達は病気かも知れないし、動ける状態じゃないのかも知れないですよね。それに1人助けたからと言ってそういう処分扱いされる方が減る訳では無いですものね……だけど話を聞いたからには一度見に行ってみたいと思います」


 奴隷市がどういった状態なのか分からないのに、今後の対策を練る事は難しいだろう。売れ残りの奴隷が奴隷市で出ない可能性もある。出来れば毎回そうであってくれるのが一番良いのだろうけど、それは難しいだろう。


 アダルヘルムは大きくため息をついた後、ニヤニヤしてるマトヴィルをひと睨みして、その後ジュンシーの方へと向いた。肌がピリピリする程のお怒りを感じるけど、ジュンシーは嬉しそうだ。やっぱりジュンシーはちょっと変態……いいえ、危険人物だと思う。


「闇ギルド長……ワザとララ様に奴隷市の事を話をしましたね?」


 アダルヘルムにギロリと睨まれても喜んでいられるジュンシーは、ある意味凄い人だろう。私でも怖いのにクスリと笑っている。あの顔はアダルヘルムをワザと怒らせたのかも知れない。マトヴィルまで嬉しそうだから。


「フフ、アダルヘルム様から奴隷のお話が無ければ話す気はございませんでしたよ。ああ、そうそう奴隷市にもアグニエアベ国の奴隷買取が来るかもしれません……」

「それは本当ですか?」

「ええ、最近では使い捨て出来る奴隷まで買い取り始めていると……まあ、こちらは噂ですがね……」


 最初にアグニエアベ国が買い取っていると聞いた奴隷は、魔力もそれなりにある健康な奴隷だとジュンシーは話していた。でも最新の情報では生きていれば良い様な、それこそ使い捨て出来る奴隷まで買い取っているのだと言うのだ。でも何故二回に分けて情報を教えてくれたのだろうか……


 これってアダルヘルムを怒らせたくてワザとやっているのだろうか? それともアグニエアベ国の情報を無料で教えてくれるというジュンシーなりの優しさなのだろうか?


 ジュンシーは闇ギルドのギルド長だけあってかなりの情報を掴んでいるのだろう。それをアダルヘルムに見せたかったのかも知れない。まるで自分と懇意にしていると得があると見せているみたいな……ああ、もしかしたらアダルヘルムに私が闇ギルドに好きな様に来たり、スター商会にジュンシー達が来たりすることを認めてもらいたいのかも知れない。


 アダルヘルムは私に余り闇ギルドと関わって欲しくないみたいだったからね。


「はー……分かりました。貴方をララ様の友人と認めディープウッズ家に来る事を許可しましょう……」

「えっ?」

「おお! アダルヘルム様から許可頂けるなど光栄でございます! 願い出てみる物ですねー」

「はい?」

「ですが、くれぐれもこの事は!」

「ええ、勿論でございます。私共はあちら側ではなくララ様の味方でございます。仕入れた情報はすぐにお渡しいたしますのでご安心を」

「ちょ、ちょっと待って下さい、どう言う事ですか?」


 アダルヘルムとジュンシーの間で話がどんどん進んで行くが、つまりアダルヘルムはジュンシーがウィルバート・チュトラリーの仲間? だと疑っていたと言う事だろうか?

 私が困惑しているのが分かったのだろう。ジュンシーがクスクス笑いながら話してくれた。


「フフフ、ララ様、私はララ様ともっとお近付きになりたいとアダルヘルム様にお願いしていたのですよ」


 だけどアダルヘルムはすぐにはうんとは言ってくれなかったそうだ。闇ギルドには裏で暗躍する者達からも依頼など入る。勿論ジュンシーは闇ギルドのギルド長として顧客の情報を誰かに話す訳には行かない。

 けれど今回アグニエアベ国の情報をアダルヘルムに伝えた事で信用を勝ち取ったと言う事だろうか。私の友人として情報を流してくれると言う事なのかも知れない。それはギルド長として良いのだろうか?


 ジュンシーは私が以前襲われた情報も掴んでいた様だ。

 そしてその敵となる相手も誰なのか分かっていた。だからアグニエアベ国の動きを私達に流してくれる様だけど、それはとても危険な事では無いのだろうか? 何故そこまで私達に良くしてくれるのかが分からないけれど……ジュンシーには私の疑問が手にとる様に分かる様だった。


「フフ、ララ様、ララ様はこの世界の宝なのですよ、あんな落ちぶれた国にその宝を壊されては堪りません。それに私は貴女に返しきれない程のご恩が出来ましたからね……」

「ご恩? 私……ジュンシーさんに何もしてないですよね? どっちかって言うと、キランやセリカの事とか、それと今回のオークションの事とかも、私の方がずっとジュンシーさんに良くして頂いていると思うのですけど?」


 ジュンシーは私の話を聞くと、またクスクスと笑いだした。どうやらテゾーロとビジューの事だとか、スター商会に泊まった事だとか、トイレやお風呂の改装だとか、色々私の側に居ると良い事があると判断して貰えた様だ。とりあえず素直に感謝しておこう。闇ギルドのギルド長が味方ならばとても心強いものね。私が理解したのを確認すると、ジュンシーはそれとと言って古傷が治った話をしてくれた。


「先日ララ様に癒しを掛けて頂いて、私の古傷は綺麗さっぱり消えました。裏ギルドに襲われた時の傷ですがもう今は何も残っておりません、ララ様はそれだけ素晴らしい魔法使いなのですよ」


 素晴らしい魔法使い……


 それが私の心を撃ち抜いた。皆を守れるぐらいの魔法使いになるのが私の夢だからだ。お父様やお母様の様な素敵な魔法使いになりたい。人を見る目に厳しい闇ギルドのギルド長に認められて、なんだか嬉しくなった。一歩お父様とお母様に近づけた気がした。


「ジュンシーさん有難うございます。とっても嬉しいです。これからも宜しくお願いしますね」

「ええ、勿論です。それに恋人候補としても宜しくお願い致しますね」


 あの冗談をまた持ち出しながらジュンシーはニッコリと笑った。それを見てリアムとセオがちょっと怖い顔になっていた。きっと恋人候補と言う言葉に反応したのだろう。リアムもセオが成人したのだからそろそろ告白とかしても良いと思うのだけど、やっぱり今の関係を壊したくなくて尻込みしているのかも知れない。セオは私の事を妹の様に思ってくれているから、冗談でも恋人候補とか言って欲しくないのだろう。多分セオが認める私の恋の相手は魔獣の様な人だと思う。そんな人には出会える気がまったくしないけどね。





 話を終えた後はまだ人が入って居ないオークション会場へと足を踏み入れる事になった。

 最初の部屋には今日のオークション商品が部屋の至る所に並べられ、沢山の護衛達がついて居た。

 

 私達はそれをゆっくりと見せて貰える事になった。


「コレは古代の魔道具です。すでに使えない状態の物ですが、その価値は計り知れません、今日の目玉の一品ですね」

「そちらは有名な殺人鬼のヴェリテ・アイトが後期に使っていた剣です。まあある意味呪いの品でしょうね、そちらもかなりの高額商品です」

「これはゲオルク・グラスミスの初版本ですね。かなり破れてはおりますがコレクターがいるので値が上がるでしょう。ララ様もゲオルク・グラスミスの作品はお好きなのでは?」


 闇ギルドのギルド長に説明して貰いながらオークションの品を見て回ると言う事がどれぐらい贅沢な事かは世間に疎い私でも流石に分かる。

 これからオークションがあるのだからジュンシーは忙しいはずだ。私達ばかりに気を使っていて大丈夫なのだろうか? でもジュンシーは生き生きとして商品の事を話してくれている。とっても楽しそうだ。


 ふと、ある物が気になった。

 それは刀だ。アダルヘルムやセオも立ち止まって刀に視線を送っていた。とても古い物で状態もあまり良い物では無かった。けれど何故かとても気になった。


「それはアラスター・ディープウッズ様の刀と言われております」

「お父様の?」

「はい、私は鑑定が使えますので鑑定を掛けてみたところ、確かにアラスター様の刀と出ました。ですがどう言った経緯でアラスター様の手元を離れたのかは分かりません。なんせアラスター様の刀はディープウッズ家で全て管理されている筈ですからね……」


 アダルヘルムはショーケースに近づくとお父様の刀をジッと見つめた。そしてマトヴィルも近くに寄ると納得した様に笑顔になった。やっぱりお父様の刀の様だ。


「これはアラスター様がある子供に上げた刀ですね」

「子供?」

「ええ、腹が減ったならコレで魔獣を倒して稼げとその刀を渡していました」

「ハハッ、懐かしいなー、もうすげぇ前の話しだぜ。そりゃあ、売りに出ててもしょうがねーだろう」


 アダルヘルムはオークションでお父様の刀を取り戻すと決めた様だ。ランスと何やら話し始めた。オークションのやり方はランスが良く分かっているらしいので全てお任せする予定だ。お父様の刀ならかなりの高額になりそうだ。そこはランスに頑張って貰おう。


 その他にも呪われた絵や(リアムは絶対近づかなかった)宝石類などもあって、見ていてとても楽しかった。セオはモデストの抜け殻(怪しい)をジックリ見ていた。小さな物で初めての脱皮の抜け殻らしい。値段によっては買おうかなと言っていた。魔獣好きは健在だ。


 私は古い文字の辞書が気に入った。

 この前の化粧品店でみた文字の辞書に見えた。それも初版本で持っていた人もロレンゾ・スミスという名の作家で、とても有名人らしい。その人のサイン入りなので尚更値が上がる様だ。私も値段によっては買い入れたいと思ったのでランスに相談しておいた。


 こうしてジックリと商品を見た後は個室の席へと案内された。トイレまで完備してあって、オークション会場にある一般の客席からは見えずらくなっている。でもステージは良く見える様になっているので特等席だろう。

 飲み物や食事までセッティングされていて、オークションではなく劇場にでも来たかの様な気持ちになった。


 軽く皆で食事をしながら会場の雰囲気を楽しんでいると、遂にオークションの時間になった。私は座席の一番前に陣取りステージを眺めたのだった。



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