第419話 闇ギルドのオークション②

(ジュ スキ ジュ スキ)

「ああっ! 私も大好きだよテゾーロ!」


 あれから水色の熊のぬいぐるみであるテゾーロは、片言の言葉を喋れる事が分かった。

 私の事は ”カミサマ” と呼び、主であるジュンシーの事は発音が難しいのか ”ジュ”と呼んでいる。テゾーロが喋り出した途端ジュンシーはその場に崩れ落ち、神に祈りだしてしまったが、今はテゾーロを大事そうに抱っこしながら何とか歩いている。


 きっと私が軽い気持ちでテゾーロに魔力を流してしまった事が喋り出した原因だろう。今の所同じぬいぐるみを持っている子供たちやエイベル夫妻からはそんな話は届いていない。つまり私の魔法袋の中で眠っていたこの子だけが特別な存在だという事だ。


 ジュンシーはもうテゾーロしか目に入っていない様で、抱っこして頬擦りしながら私たちを自分の執務室へと案内してくれている。その様子にマトヴィルとセオはクスクスと笑って居て、アダルヘルムは我関せずだ。

 残りのリアム達はスター商会に来た時のジュンシーを知っているので、苦笑いを浮かべていた。ただジュンシーの補佐であるメルケとトレブは青い顔のまま申し訳なさそうにしている。上司がこれでは大変だろう。普段はここ迄可笑しな人ではないらしいのだけど……


 ジュンシーの部屋に着き、きっとまたあの商品だと言われていたお姉様が、セクシーポーズをしながらお茶を入れて持ってきてくれるのかなーと思って居たら、ジュンシーに抱っこされていたテゾーロがその腕の中からぴょんと飛び降りて、既に準備してある足の長い高めの椅子に飛び乗ると、皆のお茶の準備を始めてくれた。


 ジュンシーは赤い顔でそんなテゾーロの様子を見ながら「はわわわー」と声にならない様な変な音を出していて、補佐のトレブはテゾーロの横に行ってお手伝いをして居た。小さな体でちょこまかと動くテゾーロの姿は可愛い物で、ジュンシーがメロメロになるのも頷けた。ただしジュンシーのとろけた様な表情は直視したくはなかったので、出来るだけ見ないようにはしていたけれど。


(オチャ)


 テゾーロは可愛い声で「お茶」と言いながらトレブの手も借りて皆にお茶とお菓子を配ってくれた。一挙手一投足がすべて可愛らしいくてジュンシーも大満足の様だ。


 皆がくつろいだところで、私はテーブルにジュンシー用に作った賢獣キーホルダーを置いた。

 約束通りウサギの形をした賢獣キーホルダーだ。ジュンシーはお茶を配り終えたテゾーロを膝の上に乗せながら、賢獣キーホルダーを手に取った。その手は喜びからなのか少し震えていた。


 そんな様子は見向きもせずリアムはここぞとばかりに出されたお菓子を夢中で食べていた。最近はガレスのおやつ管理が厳しいので、こういうお出掛けの時がお菓子食べ放題のねらい目らしい。ジュンシーが用意してくれていたおやつはスター商会の物だったので、リアムは嬉しかったのだろう。今日はガレスも連れて来るべきだったかもしれない。


「ジュンシーさん、お約束の賢獣キーホルダーですよ、どうぞ魔力を流して見て下さい」

「ええ……ララ様……本当に、本当に、有難うございます……」


 ジュンシーは賢獣キーホルダーを手のひらにギュッと抱きしめ、それはそれは嬉しそうな顔をしてお礼を言ってくれた。ここ迄賢獣キーホルダーの事を楽しみにしてくれていたのかと思うと、作った甲斐があると言うものだ。ジュンシーは震える手でそっと賢獣キーホルダーの魔石部分に魔力を流した。目も潤んで居る様だった。


 すると魔力を流されると黒色のウサギが元気にぴょんとキーホルダーの中から飛び出してきた。体の大きさはテゾーロと変わらない位で、ジュンシーのご要望通り、耳は長くピーンッと立っているし、白い鼻をひくひくさせて部屋の匂いを嗅いでいるみたいだ。そして首をこてんと倒して私を見てきた。その瞳はジュンシーと同じ緑色の瞳だ。とっても可愛い。


(神様? 私、神様に呼ばれましたか?)

「初めまして、神様ではなくってララですよ。えーと、ジュンシーさん、この子に名前をお願いします」


 口元を両手で押さえ息も出来ない様子のジュンシーに声を掛けた。

 ジュンシーは返事が出来ないのかこくんこくんと何度も頷き了承を示した。

 たぶんウサギが自分の理想通りかそれ以上だったのだろう。余りのウサギの可愛さに益々真っ赤な顔になって完璧に涙目になっていた。ジュンシーは闇ギルドのギルド長というよりは動物好きの男の人としかもう見えない。噂では冷酷非情な男の人らしいのだけど……その面影は今は全く無いだろう。


「あ、あ、貴方の名前はビジューですよ。本当はララ様と私の名前を兼ね合わせたジュラにしようかとも悩んでいたのですが、一目見てビジューしか無いと思いました。ああ、ビジュー私の可愛子ちゃーん!」

(私はビジュー、貴方は主。ビジュー主守ります)

「ああ! ビジュー! 何て可愛くっていい子なんでしょう!」

(ジュ スキ ジュ スキ)

「ええ、勿論テゾーロも私の可愛子ちゃんですよー」



 ジュンシーはテゾーロとビジューを抱きしめてとっても満足そうだ。いや泣き出しそうって言った方が正しいだろう。メルケとトレブはもう何かを諦めた様だ。ジュンシーの事は気にすることなくアダルヘルムとマトヴィルの事を見つめていた。


 アダムヘルムは涼しい顔でお茶を飲んでいて、ジュンシーの事は気にしてもい無い様で、マトヴィルは面白い生き物でも見つけたかのようにニヤニヤと楽しそうに笑って居た。リアムは相変わらずお菓子を食べて「俺のブレイも可愛いんだぜ」とジュンシーに声を掛けて居た。でもテゾーロとビジューに夢中になっているジュンシーには聞こえて居ないようだったけれど……

 セオは可愛いビジューに目を輝かせている。セオの動物好きは健在のようだ。


 ジュンシーがテゾーロとビジューとの愛を十分に堪能した後に、ジュンシーはやっと自分が闇ギルドのギルド長だと思いだしてくれたようだった。自分の両脇に抱きしめていたテゾーロとビジューを降ろすと、やっとやっと本題に入ってくれた。おやつのお皿はリアムのお陰ですでに空っぽだ。それ位時間が経ったという事だろう。


「お待たせしまして申し訳ございません……つい可愛い子達に興奮してしまいました。では皆様まずこちらをご覧ください」


 ジュンシーはトレブに指示を出すと、私たちの前に資料を置いた。

 そしてこれが今日のオークションに出る品の一覧表だと教えてくれた。

 本来はこんな風にオークションにどんな品が出品されるかは他の人には見せない物らしい。皆噂を聞きつけて闇ギルドにやって来るのだそうだ。それだけ情報はこの世界では大事な物らしい。つまり情報を掴めない程度の人間は闇ギルドのオークションには参加できないという事だろう。


 勿論情報が欲しければ購入することも出来る。自分で探るか、もしくは闇ギルドから情報を買うか、それとも何が出るかは分からないが取りあえずオークションに参加するかは、各自の自由という所だろう。


「ただし、事前に購入したいものが分かっていればそれなりの対応は出来ますからねー、ライバルになりそうな者は潰してしまえばいいだけですから」


 別に潰すと言っても殺すわけではなく、オークションに参加できなくなる様に仕組むだけの様だ。色々と方法はあるらしいがそこはご本人の自由なのでとジュンシーは笑って居た。闇ギルドのオークションでは高額になることが殆どなので、値があまり釣り上がってしまうよりは自分の払える金額までで収まって欲しくて色々と皆策を練る様だ。そうすることで益々商品に価値が出来るのだが皆それが分かっていないのだとジュンシーは良い笑顔で話してくれた。

 ちょっと目が怖いかったけどね……


「フフフ……ですが今日、ララ様が出品される品は誰も知らない物なのです」

「えっ?」

「ただ目玉商品で面白い品が出る……とだけは情報を流しております……フフフ……さあ、どれだけ値が上がることか……」


 クスクスと笑いながらジュンシーが教えてくれたのは、私が出した品であるワインとウイスキーは ”聖女熟成酒” としてオークションに出し、大豚の毛皮とモデストの鱗と銀蜘蛛の毛は、幻の魔獣商品の目玉商品で出すようだ。

 特にモデストの鱗と銀蜘蛛の毛は沢山あるので、何度かのオークションに分けて販売するのだととっても嬉しそうに話してくれた。高値で売れればそれだけ闇ギルドに手数料が入るわけだからジュンシーとしても嬉しいのかもしれないけれど……笑顔がまたちょっと怖かった。楽しくって仕方が無いのかもしれないけどね。


「ふむ……今日のオークションでは奴隷は売りだしてはいないのですね?」


 資料を見ていたアダルヘルムがふとそんな事をジュンシーに問いかけた。ジュンシーは頷きそれに応える。ただ……両側にぬいぐるみが2つ引っ付いているような感じなので、全く威厳とかは無いけれど……顔だけは闇ギルド長らしい表情ではあった。


「最近、とある国が奴隷を買い占めて居るそうなのです……」

「とある国?」


 アダルヘルムの眉間に皺が寄るとジュンシーがニッコリと頷いた。

 ジュンシーは色々と私たちの情報も掴んでいるのだろう。それが分かるような笑顔だった。


「今、ある国が奴隷を買い占めているのでこの国には殆ど奴隷は入って来ません、奴隷商もその国に行った方がよっぽど高値で買い取って貰えるため、この国に残っている奴隷は何か欠損がある物だけですね、その為オークションに出せる様な高級な奴隷などはレチェンテ国には入ってこないのです」

「もしかしてその奴隷を買い占めている国は……」

「ええ、アグアニエベ国です。何に使う奴隷なのかは分かりませんが……健康でそれなりに魔力もある奴隷は殆どアグアニエベ国に流れているようですよ……」


 アグアニエベ国の名前が出た途端、アダルヘルムとマトヴィルの空気がピリリと変わった気がした。セオやクルト、リアム達も怖い表情だ。


 アグアニエベ国……ウイルバート・チュトラリーの国……


 一体何を考えて奴隷を集めているのか……血の契約をして爆弾魔事件の時の様に無理矢理命令を聞かせようとしているのか……何かを企んでいる事だけは確実だろう。


 それにそれが良いことではない事は確かだった。もし出来るのならばウイルバート・チュトラリーの計画を阻止出来れば良いのだけど……


 アダルヘルムはジュンシーの話を聞いて、ジッと考え出してしまった。

 何か思う所があるのかも知れない……


「もし奴隷が必要でしたら近いうちに奴隷市がありますよ。私が紹介状を書けば良い席でご覧いただけますのでお声がけください」

「奴隷市?」

「ええ、もういい奴隷はアグアニエベ国に流れてしまっておりますからねー、邪魔な奴隷を叩き売り……まあ食い扶持を減らすための安売とでも言いましょうか、生きているだけで奴隷も金がかかりますからね」


 奴隷市では使い物にならなくなって要らなくなった奴隷を安く売る様だ。なんだか人間を”人”として扱わない事が腹立たしく感じてしまうが、仕方がない事らしい。中には犯罪奴隷もいる様で、自業自得と言う部分もある様だ。だけど……とても胸が痛むのは前世の記憶があるからなのだろうか……奴隷は出来れば無くなって欲しい物だ。


「それでも売れ残った奴隷はどうなるのですか?」


 ジュンシーはまるで私がその質問をして来ることが分かっていたかのようにニッコリと微笑んだ。アダルヘルムは資料から急に目をそらし私の方を見てきた。眉間には相変わらずの皺が寄っている。


「勿論処分されます」

「ジュンシーさん、私、奴隷市に行きたいです。紹介状をお願いします!」


 この言葉と共に部屋にいる皆がアダルヘルム症を発症した。


 いや、ジュンシーとマトヴィルだけは面白がっている笑顔だったけれど……


 

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