第416話 魔道具技師ヨナタン
ヨナタンの手を引きスター商会の中へと入った。
ヨナタンは背が高く、リアムの護衛のジュリアンと変わらないぐらいある。その上で横幅もあってガッチリしていて強そうに見える。けれど話を聞いてみると特に鍛えている訳ではなく、日雇いの仕事でついた筋肉なのだそうだ。
岩を運んだり、木材を運んだりと普段の仕事は力仕事だそうで、日にもこんがりと焼けている。服装もまだ春だと言うのに半袖だし、靴もサンダルの様な物を履いていて軽装なのだが寒くは無いそうだ。どうやら見た目だけじゃ無く、本当に逞しい体の様だ。
「な、なあ、ちょっとアレ見ても良いか?」
受付前のロビーに入ると、スター商会の商品が色々と並んでいる為、ヨナタンはそれが気になった様だ。ショーケースに張り付く様にして覗き込み、涎を垂らさんぐらいの勢いだった。
その中でも一番気にいったのが折り紙式の手紙魔道具だ。
飾られて居る物は鶴の型に折られているので、その形も気になったのだろう。ショーケースを開けて、鶴をヨナタンの手に乗せて上げると弾ける様な笑顔を見せた。
後で研究所にいるオクタヴィアンの所へ連れて行って上げたら、話が合ってきっと大喜びするだろう。なんてたってヨナタンからは魔道具が大好きなのが伝わってくる。とっても素直な人のようだ。
(お客様、ようこそお越しくださいました)
魔道具人形のランちゃんが挨拶をすれば、ヨナタンは口を開けたまま動かなくなってしまった。でも手にして居る鶴の折り紙は大事そうに抱えていて、首だけをランちゃんにくぎ付けにして居た。目もうるっとしていて頬も赤い。どうやらランちゃんに一目ぼれをした様だ。
花でも持っていたら結婚してくれと申し込みそうなほどの愛を感じた。ヨナタンはそっと私に折り紙を渡すと、ランちゃんにゆっくりと近づいて行った。
「おま、いや、きみ、いや、あんた……な、名前は?」
(ランちゃんです。宜しくお願いします)
「ラ、ランちゃん! 世界一素晴らしい名だ! お、俺はヨナタンだ。呼んでみてくれ!」
(ヨナタン様、ようこそスター商会へお越しくださいました)
「グハッ!」
ヨナタンは頭? 顔? を抱えると、その場で転げまわってしまった。
ランちゃんが可愛すぎて立っていられなくなってしまった様だ。大きな体で転げまわる姿はちょっと怖い……何だか闇ギルドのギルド長であるジュンシーとちょっと変態気質の所が似ている様だ。勿論ヨナタンは魔道具にしか反応しないだけマシだろう。ジュンシーは気になる物全般に興味全開になってしまうのだから……
仕方がないのでランちゃんにジュンシーの時と同様に、部屋まで抱っこして運んでもらう事にした。
体の大きなランちゃんだけど、ヨナタンも大柄なので絵的には微妙だ。
うっとりとランちゃんを見つめるヨナタンは恋する乙女だった。いずれ私も誰かに恋をしたらあんな顔になるのだろうか……ちょっと恋を知るのが怖くなってしまった。気を付けよう。
「クルトー、お客様を連れてきましたー」
私の執務室へ戻ると、クルトは袖をまくり三角巾を付けて、ピンク色のフリフリのエプロンをして掃除をいしていた。あのエプロンは以前私がオルガやアリナに作った物で、ニカノールも同じものを持っている。だけど、残念なことにクルトには似合わなかった……何故そのエプロンなの? と突っ込みたくなったが、クルトは気にもしていないようだった。
それよりも大きな男性が、ランちゃんにお姫様抱っこで連れてこられたことに呆れている様で、私に「また生き物を拾ってきて!」と子供が捨て犬でも拾ってきたことに、母親が怒るかの様な視線を送って来た。世話係と言うのは色々な才能が芽生える様だ。クルトがおかん化している気がした。
「ランちゃん有難う、ヨナタンをここに降ろして上げて」
(畏まりました)
ヨナタンはランちゃんにソファへと降ろされると、明らかに残念そうな表情になった。その反対にランちゃんはホッとしている。なので私達に挨拶をすると逃げるように部屋を出て行った。ヨナタンの「ああ……」という残念そうな声を残して。
ジュンシーに引き続きヨナタンも運んだことで、ランちゃんのトラウマにならないと良いけれど……心配だ。
掃除用に開けて居た窓を閉め、エプロンと三角巾を外したクルトにリアム達を呼んできてもらう事をお願いした。
その間にお茶と軽食を出すことにした。私とセオも外で花壇の手入れをして居たのでお腹が空いていたこともあるし、聞いてみたらヨナタンは朝ご飯もまだだと言うのだ。その身体で食事抜きはきついだろうと、サンドイッチを沢山だしてあげた。
ヨナタンが嬉しそうにサンドイッチを食べだしたところで、ドタバタとリアムの足音が聞こえてきた。廊下を走っているのが丸わかりだ。きっと後でランスにお小言を貰うことだろう。
バンッ! とノックもせずにリアムは私の部屋にと入ってくると、無言のままソファへと座り、ジロッと私を睨んできた。きっとどう言う事だと言って居るのだろう、それを説明したいから呼んだのだけど酷い物だ。
だけどテーブルにクッキーがあるのを見つけると、リアムはすぐに手を伸ばしていた。後からやって来たガレス達に見つからないように、サッと口の中へと入れていたので思わず笑ってしまった。今食べ過ぎでおやつを制限されているので子供の様だ。リアムは相変わらず可愛い人である。
「ヨナタン!」
「えっ? ボロンタンさん? な、何でここに?」
「ヴァロンタンです……」
皆と後から入って来たヴァロンタンがヨナタンに声を掛ければ、ヨナタンは驚いた顔になった。
それもそうだろう、ヴァロンタンは元々ウエルス商会の人間だったのだ、それも頷ける。
結局私の執務室にはリアムだけでなくランス、ジュリアン、双子のグレアム、ギセラ、それにガレスとヴァロンタンとチコまで来てしまった。つまり全員だ。
これなら仕事中だと気にしないでリアムの執務室に向かえば良かったかなと気が付いた。まあ、でも急にランちゃんに抱えられたヨナタンが仕事中の部屋に入ってきたら、リアム達が書類を落としていた可能性もあるので、これで良かったと割り切ろう。
クルトが皆にお茶を配るのを待ってから、詳しい話をする事にした。
先ずは何故ヨナタンが朝からスター商会の門の前に居たのかを聞くことにした。
「あー……名前を言うなってウエルス商会の次期会頭って人から言われてるんだけどよー」
うん、もうそれだけでロイド・ウエルスだってこの場の全員に分かっちゃったね。
勿論ヨナタンの話に誰も口を挟まず、うんうん、と話を促す。
ヨナタンの話では、どうやらそのウエルス商会の次期会頭(ロイド)が、ウチでは雇えないがスター商会の前に作った魔道具を内緒で置いておくと、魔道具技師として雇われる可能性があるとひっそりと話してくれたようだ。
それも出来るだけ見つから無い様に魔道具を置く方が良いと言われ、その上スター商会の副会頭は呪いの魔道具が好きだとも教えてもらったらしい。
それが先日の呪いの魔道具事件の魔道具だろう。ウエルス商会の次期会頭(ロイド)は親切で良い人なんだとヨナタンは教えてくれた。
そんな言葉を信じる人がいるなんて……とは思ったが、素直そうなヨナタンだったらあり得るなと思ってしまった。ヨナタンの事を以前から知っているヴァロンタンは納得気に頷いていた。
そしてそんな事があり、今朝も出来立ての呪いの魔道具をスター商会の前に持って来たらしい。
店の前にそっと置いて帰ろうとしたところで、フクロウ君が目に入った。
なので気になってスター商会の広い土地周りをぐるっと回ってみると、同じ魔道具が各店の門の前に飾ってあった。その為魔道具技師としてヨナタンは目が離せなくなってしまった様だ。
「それじゃあヨナタンさんは今日も何か魔道具を持って来たってことですか?」
「あ、ああ……」
ヨナタンは返事をすると鞄から茶色い塊を出した。
何となく顔がある様な……尻尾がある様な気がするが、今度は何だろうか?
内緒で鑑定を掛けてみる。
『呪いの魔道具 ”木が落ちる猿” 客に細い木の枝が落ちてくるアイテム 駄作 効果薄 ヨナタン作成』
「プッ、フフフ、ヨナタンさん、凄い、面白いです!」
急に笑い出した私を皆がポカンと見ている。
茶色い塊にしか見えない魔道具は、どうやら猿だったようだ。
ヨナタンは動物が好きだけど形作るのは苦手なようだ。でもヨナタンが作る魔道具は全て面白い。ただお客様に迷惑になる物は戴けないけれど、そこはウエルス商会の次期会頭(ロイド)の指示だったので仕方が無いだろう。
それにしても、追い払い犬と良い、靴下と良い、ヨナタンは発想が面白い、これに技術が備わったら鬼に金棒だろう。
私は以前ヨナタンが置いて行った追い払い犬と、魔道具屋で購入した急がば履いてを魔法鞄から出してみた。ヨナタンは細めの目をパチクリして自分の作品の魔道具たちを見ている、何故ここにあるのか分からないようだ。
「これも、これも、ヨナタンさんの作品ですよね?」
「あ、ああ……そうだ……」
「これは犬ですよね、こっちの靴下のワンポイントのマークは何の動物ですか?」
「猫だ」
うん、全く猫には見えないね、ただの黒い丸に見える。勿論そんな事は口には出さずに頷いて見せる。ヨナタンはまだ意味が分からないといった表情だ。
「実は私、ヨナタンさんの作る魔道具のファンなんです」
「ファ、ファ、ファン?」
こくんと笑顔で頷いて見せれば、ヨナタンはヴァロンタンの方へと視線を送っていた。本当なのか確認して居るのだろう。
私の言葉を信じられないのもしょうがない事で、ヨナタンの作る魔道具はこれ迄認められて来なかった様だ。それも仕方が無いのかもしれない、何故なら見た目がイマイチだからだ。
だけど一人で考えてここ迄作り上げられたのは、凄い発想力の才能があるからだと思う。オクタヴィアンと一緒に魔道具作りをしたら、きっと良い物が作れる気がする。今から楽しみで仕方がないぐらいだ。
「ヨナタンさんはどうやって魔道具作りの勉強を?」
「あ、ああ……俺は学校も行ってねーし、学がねー、でも小さい頃に近所に魔道具屋があってさ、技師のじっちゃんが近くで魔道具作るとこを見せてくれてよー、じっちゃんが死んでからは、ガラクタ集めては見様見真似で自分なりに作ってみたんだ」
「そうなんですね、素晴らしい才能です。そのお爺様もきっと喜んでいらっしゃいますよ」
「さ、才能? 俺が?」
信じられないといった表情のヨナタンにヴァロンタンが笑顔を向ける。
嘘じゃないよと励ましてでもいる様な笑顔だ。
「ヨナタンさん、実は私がスター商会の会頭なんですけど」
「はあ?! はあ?! はああ?!」
「良かったら魔道具技師としてこの店で働きませんか?」
ヨナタンは驚きすぎてしまったからか椅子からずり落ちてしまった。
取りあえず落ち着いたらもう一度誘おう。ヨナタンが入ってくれれば、きっとスター商会の魔道具は益々面白い物が作れるはずなのだから。
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