第408話 ワイアット商会

「えーと、ララ様、今からワイアット商会へ伺うのですか?」

「そうです。一客として内緒で伺います。フフフ……楽しみですねー」

「ジョセフさんが聞いたら卒倒しますよ……」


 ワイアット商会はリアムの修行した店でもあり、私たちスター商会と最初に取引をした店でもある。いつもワイアット商会の会頭であるジョセフ・ワイアットはスター商会に遊びに来るばかりで、私達がワイアット商会に行った事はない。

 勿論リアム達元ウエルス商会組の皆は何度か商談で行った事もあるし、地元なので良く知っているお店だ。でも私はこんなにも長い間お友達なのにワイアットの店に伺った事がなかった、一度はお邪魔してみたいとずっと思っていたのだ。


 それもスター商会の会頭としてではなくお客様として……抜き打ちチェックがしたいわけではなく、普段のワイアット商会の様子を見て勉強したい。それが一番の理由だ。

 そしてどんなお店なのか楽しみでもあった。


「えーと、じゃあ馬車だそうか?」

「ううん、セオ、歩きたい。確かそんなに離れてないはずでしょ?」

「うん、まあ、ララが普通に歩いて30分位かな」


 普通に歩くとは身体強化を使わないでという事だろう。30分位なら何の問題も無い。身体強化を掛ければもっと早く着くだろうけど、ゆっくりと王都の街並みを見ながら向かいたいと思っている。食後のお散歩としては丁度いいだろう。




 という事で私達はワイアット商会まで歩いて向かう事にした。

 途中気になるお店があれば覗いて見たりもして楽しんだ。王都の街は想像以上に楽しくって、中央地区だけでなく他の場所も見てみたいと思った。勿論クルトにはセオと一緒なら良いけど……とくぎを刺された。最近は一人で出歩く事などして居ないはずなのにいつまでも信用が薄い私の様だ。おかしいと思う……


 本当はもっと時間が有れば、エイベル夫妻の家や、プリンス伯爵邸にもまたお邪魔したかったが、これはまた今度になるだろう。それに皆スター商会へ来ることの方が好きなのだ。寮で食べる食事は格別らしい。なので自然と集まるのはいつもスター商会になってしまうのだった。



 色んな店を見て回っていたため、ワイアット商会に着くには一時間ぐらいかかってしまった。

 セオもクルトも鍛えているため、これぐらい歩いただけでは何ともない、勿論私も同じだ。ディープウッズの森で遊ぶ時はもっと歩いている事は確実だ。ただし人ごみに慣れていない私は、それには疲れている気がした。きっと今日はぐっすりと眠れることだろう。


「おおー、あれが噂のワイアット商会ですかー、フフフ……なかなかの店構えですなー」


 ワイアット商会は明るい茶色の建物で、二階建てだった。店の扉は開かれていて、気軽に来店できるようになっていた。その店の前は賑わっていて、冒険者っぽい人や、職人らしき人達も沢山居る様だった。店員たちは一人一人丁寧に対応し、商品を紹介して居る様で、それだけでも大人数の店員を雇って居る事が分かった。流石ジョセフ・ワイアット、リアムとランスが認めるだけの人物ではある。


 私達も素知らぬ顔で店に入っていった。

 すると早速一人の若者が声を掛けてきた。成人するかどうか、セオやタッドぐらいの年に見える。それでもしっかりとした挨拶をしてくれて、彼の他にも周りには若い店員達が沢山いた。ワイアットはリアムの修行を受け入れて居たように、もしかしたら他にも多くの店の若者を修行先としてワイアット商会に受け入れて居るのかもしれないと気が付いた。そうでなければこれ程の店員は店の中に必要ないだろう。人を育てる……商人を育てる。それがワイアットの生きがいなのかもしれない。


「お客様本日はどのような物をお探しですか?」


 勿論父親役のクルトに店員の青年は声を掛けてきた。彼には舐め回すような嫌な視線は無い。けれどクルトの服や魔法鞄には気が付いては居る様だった。商人としての修行の成果なのだろう。


「この子が魔法鞄を見たいと言ってね、何か良い物はあるかな?」

「お嬢様用の魔法鞄ですか、畏まりました。どうぞこちらの商談スペースにおかけください。すぐに商品をお持ちいたしますので」


 魔法鞄は高価な物なので、店の奥にしまってあるようだ。

 青年が席を外すと、もっと若い私と変わらない様な子供がお茶を運んできてくれた。きっとこの店の下働きの子なのだろう。服装はきちんとしていて、私たちへの挨拶も綺麗にできていた。ワイアット商会はやっぱり人を育てるのが上手なようだ。ウエルス商会の次期会頭のロイドもここで修行して居れば少しは違ったかもしれないのに……残念だ。


「お待たせいたしました。こちらの商品はいかがでしょうか?」


 店員の青年が持ってきてくれたのは私が作ったポシェット型の魔法鞄だった。

 自分の作品をこうやって客として見ると嬉しくなる、ここまで来たかいがあったという事だろう。


「この魔法鞄の素晴らしいところは、どの魔法袋とも相性がいいという所なのです」

「相性がいい? と言いますと?」


 クルトの返事に青年は少し自慢げに頷くと話しだした。

 

「実はこの魔法鞄は……誰の作った魔法袋や魔法鞄でもこの鞄の中に入れることが出来ますし、反対にこの鞄を他のどの魔法袋や魔法鞄に入れることが出来るんですよ」


 どや顔で教えてくれた青年には申し訳ないのだが……それって普通の事では無いのかな?

 私たちの疑問が分かったのか青年は続けて話し出した。


「魔法袋や魔法鞄は魔法で作られているものですので、普通は他人が作った物を受け入れないのです。ですがこの魔法鞄は違います。どんなものでも受け入れてしまう凄い物なのです。その上容量がとても大きい、これ程の物は滅多に手に入れられるものではありませんよ」


 うん、青年よ、すみません……今現在私の魔法鞄の中には魔法袋がたっぷり入っています。

 でも普通はそれが出来ないって事なんだよね……そりゃあそれをホイホイ無料で上げてたらリアム達が怒るはずだ……有難う少し勉強になりました。


 きっとクルトもセオもそんな事は知らなかったのだろう。私と同じように驚いているようだった。けれど青年は魔法鞄の素晴らしさに私達が驚いていると納得してくれたようだ。まあそれで何も問題無いのだけどね。


 すると店内が少しざわついてきた。

 何事かなと思って店の開かれている入口の方へと視線を送ると、ワイアットが馬車から降りて来たところだった。店にいる客に挨拶をしながら奥へと進んでいく、勿論私達がいるブースへと立ち寄り頭を下げると、ワイアットのニッコリしていた商人スマイルが固まった。後ろに一緒にいた護衛のデニスと下僕のチャドもだ。驚かせてしまった様だ。ごめんね。


「ラ、ララ様! な、何故ごふおぶ――」


 大声で私の名を呼んだため、その後に続く言葉は護衛のデニスに口を押さえられてしまい、ワイアットは発することは出来無かった。とっても苦しそうだったけどね。ごめんね。

 けれど最初の大きな声に皆驚いた様で、店内中の客がこちらを振り向いていた。ワイアットは皆に頭を下げて謝っていた。本当は驚かせてしまった私が一番悪いんだけどねー。ごめんねワイアットさん。


 会頭であるワイアットが慌てる様な相手と有って、私たちの対応をしてくれていた店員の青年は顔色が悪くなってしまった。彼にも要らぬ心労をお掛けしてしまった様だ、申し訳ない。あとでワイアットさんから取り成しておいてもらおう。


「ゲイリー、すぐにこちらのお客様を私の応接室へご案内してくれ」

「はい、会頭、畏まりました」


 ゲイリーと呼ばれた人は、この店の店長なのか、落ち着きが有る様子で、ワイアットを除けば一番良い服を着ている気がした。ロイドと同じぐらいの年齢だろうか? まったく店長らしさが違うけどね。

 ワイアットは近づいてきたゲイリーに「スター商会の会頭様だ、失礼の無い様に」とぼそりと呟いていた。一瞬ゲイリーは目をぱちくりさせていたがそこは商人、すぐに笑顔に戻っていた。


 顔色が悪くなってしまった店員の青年にお礼を言ってから、ゲイリーの後に付いて応接室へと向かった。ワイアットは自室へ着替えに向かったようで、直ぐに参りますのでこちらでお待ちくださいと案内された。


 ワイアット専用の応接室は落ち着きが有って居心地のいい場所だった。決して広さは無いが、調度品も良い物を使っているのが分かった。流石ワイアットさん、見る目がある物だ。


 メイドさんがお茶を出してくれたが、それはスター商会のラディア茶だった。お客様用のお茶として店で使って貰って居るのだと思うとなんだか嬉しい。ワイアットはスター商会の商品を大切にしてくれている様だ。


「ララ様、お待たせいたしました」


 ニコニコと良い笑顔で部屋に入って来たワイアットは、普段スター商会で見るときよりもラフな服装だった。急に訪ねて来てしまったのに嫌な顔をせず対応してくれている。他の仕事は大丈夫だろうかと急に心配になった。今ワイアット商会は忙しいと聞く、急に申し訳なさが募って来た。


「ワイアットさん、急に来てしまい申し訳ありません。王都を散歩しながらワイアット商会に来てみたくなってしまって……」

「いえいえ、ララ様、私が居るときで良かったです。最近は他領へ行く事も多いですから、すれ違う可能性もありましたからねー」

「今日もお出掛けだったのですか?」

「ええ、昨日からワルシャックの方へ、ちょっとした商談です」

「そうなんですね。お疲れの所申し訳ないです……あ、癒しを掛けておきますね」

「えっ?」


 先程青くなっていた青年の事を思いだし、ついでなので店全体に癒しを掛けておいた。

 キラキラした光がワイアットに降り注ぐと「おお……」と目をつぶって喜んでくれた。

 良かった疲れは取れた様だ。


 それから魔法鞄から先日作ったばかりのお菓子二種類を取り出す。クレームブリュレとザッハトルテだ。クレームブリュレはまたセオにお願いして焼き目を付けて貰う、ザッハトルテの方は従業員の皆さまにと言って渡しておいた。とっても喜んでもらえたので良しとしよう。


 ワイアットが食べ終わるのを待ってから話をすることにした。ワイアットはクレームブリュレを一口食べると、無言で食べ続けた。後ろに控える護衛のデニスと下僕のチャドは、余りにも美味しそうに食べるワイアットをみて羨ましそうにして居た。彼らの分もあるのであとでゆっくり食べて欲しい物だ。


「それでララ様、私の店はいかかでしたでしょうか?」

「はい! 今日見た王都の店の中で一番素敵なお店でした」


 ワイアットは私の言葉を聞くととっても良い笑顔になったのだった。



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