第407話 どんどん行こう!
魔道具屋を出て次に向かうのは近くにある化粧品店だ。
こじんまりとしたお店だが、店の外は掃除が行き届いているようでガラスには何の汚れも見えなかった。店内に入ると、沢山の化粧品が並べられていて、たぶん他の国の商品だと思われる様な、私達が使う文字とは違う字で書かれた物まで取り扱って居た。流石王都のお店と言うべきだろう。凄い品揃えだ。
「いらっしゃいませ」
店長らしき壮年の男性が私達の来店に気が付くと声を掛けてきた。
だからといって近づいてくるわけではなく、ゆっくりと店内を見て回って下さいというような余裕の笑みをこちらに見せてくれた。
先程の魔道具屋の店員の様に、私達の持ち物や服装をチェックする訳ではなく、自分の仕事を黙々とカウンターで行って居る様だった。納品があったのかその確認作業をしている様だ。
私は数点の気になる化粧品を手に取った、見たことのない文字で書かれている、不思議な化粧品だ。一つは緑色の瓶で化粧水の様な物が入っている。もう一つは黒い瓶で中身はどんなものか分からなかった。鑑定を掛けようとしたところで、店員が話しかけて来た。
「お嬢さん、そちらが気になりますか?」
「はい、見たことの無い文字だったので」
「ほほう! それが分かるとは、素晴らしいお嬢さんだ、これはモッソゾ国の中にある小さな村の物なんだけどね、若返りの化粧品って言われて居る物なんだよ」
「若返り?」
どうやら緑の瓶の方は若返り化粧品らしい。確実に怪しい……
店長さんは怪しんで誰も買わないんだけどね。と言いながらも嬉しそうだった。
瓶は綺麗な状態なので丁寧に扱われているのだろう、だけど誰も買わないという事は古いのかもしれない……中身の効能が心配だ。私の怪しんでいる様子が分かったのか、店長は最近手に入れたばかりだよ。と言って居たが、最近という曖昧なニュアンスは信用できない。アダルヘルムの件が有るからね。エルフの最近は30年前だ。人によって最近という感覚は違うのだからどれくらい前のものかは分からないだろう。
次に店長は黒い瓶の方を私の手から取り上げると、これは子供用じゃないんだよとニッコリと笑顔で返されてしまった。そしてセオも居るのに何故かクルトだけにそっと耳打ちをして「男性同士用のローションです」とぼそりと呟いていた。
ごめんなさい……内緒話ハッキリと聞こえてしまいました。
クルトは私とセオに聞こえて居る事が分かったのだろう、苦笑いを浮かべていた。勿論私は聞こえぬふりだ。子供だからね。
その後もこっそりクルトにだけどんなものか分からないように珍しい文字で書かれているのだと教えて居た。もしかしたらクルトが使うと思ったのかもしれない。
結局、私は初めて見る文字が気になったので両方購入することにした。
店長は本当に良いのか? と私の親に見えるクルトに助けを求めていたようだけど、研究所の皆と調べて見たいとクルトには伝えてあったので、渋々許可してくれた。
アダルヘルム様に知られたら……とぼそりと呟いていたので、その時はリアム用にでも買ったと伝えておこう。きっと納得してもらえるだろう。
化粧品店の次はお隣の装飾品店に向かった。
先日と同じ豪華な宝石が泥棒避けの柵のついたショウケースに入れられて飾られてあった。
王都の中央地区の装飾品店の品だけあってとても豪華な物だった。でもちょっと品がないような気がして欲しいとは思わなかったけどね……
「ようこそお越しくださいました」
そう言って店長らしき人がクルトに深々と頭を下げてきた。
着ているもの、魔法鞄、それに護衛のセオの剣などなど、一瞬でなめるように私達を見てきた。
上客だと思ったのだろう、とっても良い笑顔で他の従業員達も含め皆私達に一斉に頭を下げてきた。怖い……
「本日はどのような物をお探しで?」
「ああ、娘の為に装飾品が欲しくてね、何かこの子に合いそうなものはあるかな?」
はい、お任せくださいませ。と私の姿をジッと見ると店長は店の裏へと入っていった。
その間に女性従業員が私達にお茶を出してくれた。ウエルス商会お得意の高級カルド茶が出されたので、貴族か富豪だと思われたのだろう。クルトの父親役も板についてきたものだ。
「お嬢様の様なお可愛らしい方にはこちらなどいかがでしょうか?」
出されたのはアクアマリンの様な薄い水色をした宝石だった。きっと私の瞳の色から選んできたのだろう。ごめんね。お屋敷に一杯あるんだ……
先ずはクルトが手に取って宝石を確認したふりをする、そして私に見せたが、私が気に入らないのを確認すると、違うものを店長にお願いしていた。出来れば珍しい物を頼むよとも付け加えてくれた。流石クルト仕事が出来る。
「こちらは珍しい物ですが……お嬢様には早すぎるかも知れませんが……」
そう言って店長が出してくれたのは虹色に輝く虹石だった。
前世のパーティーカラードトルマリンに似ている。けれどこの世界の物はもっと七色に見えるように光っている。本当の虹の様だ。これはディープウッズ家に無かったかも知れない? 地下倉庫を全て確認しているわけでは無いので分からないけれど……
「これは素敵ですね……」
「ほほう、お嬢様お目が高い、この貴重さがお分かりになるとは……」
「加工する前の原石の状態で購入は可能ですか?」
「げ、原石ですか?」
「はい、私は装飾品作りが趣味なんです」
「はっ?」
店長は驚いたままクルトの方に視線を送っていた。
10歳の子が装飾品作りが趣味と言うのはどうも一般的に可笑しい様だ。無理なら大丈夫です。と子供の気まぐれ、もしくは我儘風に見えるように誤魔化しておいた。クルトも「作ると言っても子供だましですよーアッハッハッ」と演技に乗ってくれた。セオだけが口元を押さえ下を向いていたけれど。演技は大根だったらしい。
結局ディープウッズ家に宝石は色々とあるので何も買わずに店を後にする事になった。
ここの装飾品は私のセンスとは少し合わず、ゴージャスなマダムに合いそうなものばかりだった。ベルティやブランディーヌなら似合うかもしれない。うーん……でもやっぱりスター商会の装飾品の方が素敵だよね。センスのあるビルとカイが作ってくれているしね。
間もなくお昼時、という事で、混む前に食事の為に店に入る事にした。
私達はこの前気になった ”ブロディシ” と言う名の店に入ることにした。
何でもサシャが以前働いていた店らしい。お味が気になるところだ。
店に入ると、クルトお父さんの立派さが店員に分かったのだろう、一番良い席ともいえる場所に案内された。三人しかいないのに、テーブルは大きく立派で六人掛けても余裕そうだった。でもお喋り(内緒話)には向かないけどね。
三人とも同じランチコースにすることにした。
お酒は飲めない事にしてお断りした。父親役であってもクルトは仕事中だし、セオは一応護衛中だからね。まあスター商会のお酒より美味しい物は無いだろうと、クルトは小さな声で言って居たので惜しい気持ちは無い様だった。
先ずは前菜だ。
色とりどりの焼いた野菜が綺麗に盛り付けされてやって来た。小さな入れ物にはドレッシング? なのかソースの様な物が入っていて、それを付けて食べる様だった。お味は不味くは無いけれど素朴さ満載だった。一度食べればもう十分だと思ってしまった。ブルージェ領での初めてのお出掛けの日を思いだしてしまったよ。
次はスープだ。
クリームスープっぽい物? という印象だ。味はミルク系だけど……それだけ……見た目だけで濃厚さが足りない……でもこれが一般的な味なんだと思う。今はもうブルージェ領の方が王都よりも食が進んでいると思った。夏祭りの屋台なんかはとっても美味しくなっているからね。他領の領民が押しかけるわけが良く分かった。
メインはペコラのローストだ。
塩味オンリー。でもお肉は固くはない。良かった。
が私の感想だった……スター商会で舌が肥えているって怖いね……残念としか感じなかった。
ここの料理人さん達はブルージェ領に来て少し修行すれば良いかもしれない。見た目は綺麗だったので、きっと素晴らしくいい店になるだろう。まあ、おせっかいなのかもしれないけれど……一応サシャに話してみた方が良いかな?
最後はデザートだ。
焼きリンゴ! オンリー……
クリームとかシナモンとか……なんか無いのかい? えっ? これが普通なの?
クルト父さんに聞いてみると、これでも十分なデザートらしい。
スター商会の食事に皆が驚くわけが分かりましたか? と小声で言われてしまった。森の中の田舎娘には都会の食事は分からないぜっという訳ではなく、そう言えば私は他の店で食事をした経験が殆どない事に気が付いた。これは私の勉強不足なのだろう。
「王都でも若い店は、スター商会と契約して香辛料を購入しては味の改善を始めてるみたいですよ。ただここの店みたいに歴史がある有名店は中々新規の商会に頭を下げてってのは難しいんでしょうね。プライドが許さなんですよ」
確かにここの店とスター商会のスター・リュミエール・リストランテは飲食店としてライバルになってしまうだろう。そう考えるとその店から何かを仕入れようとは思わないのかもしれない。お互いに切磋琢磨して美味しい物を作っていけたら良いのだけど。そうもいかないのだろう。
「まあ、でも王の来た店としてスター商会は今噂になっていますからね。そんなプライドも言ってられなくなるんじゃないんですかねー」
クルトは焼きリンゴの最後の一口を食べながらニヤリと笑っていた。
王都観光するために色々勉強してくれたのだろう。有難い。
セオも焼きリンゴまで完食していた。私だけが大人の分量が食べきれずリタイアだ。
決して不味くは無かった。でもスター商会の味になれているとどうしても物足りなさを感じてしまう。以前、クレモンとテオが働いて居た店であるテンポラーレはスター商会と契約してから店が凄く繁盛している様だ。この店もライバル店としてそうなって欲しいなと思った。
食事代は300ブレだった。
中々に良いお値段だ。あの靴下よりも高い。それにスター商会ランチではあり得ない高額な金額なので驚いてしまった。
「こんなもんですよ」
クルトのセリフを聞いて、私が1ブレとか言っていた時にあれだけ注意を受けた理由が今更分かった気がした。うん、それはあり得ない金額だもんね。納得納得。
「ララ、次はどうするの? もう帰る?」
セオの言葉に首を振る。私は行きたい場所があるのだ。
「フフフ……これから、ワイアット商会に行きましょう!」
セオとクルトの返事は 「おー!」 ではなく、何故か「えっ?」という間抜けな物だった。友達の店に行くだけなのに不思議だ。
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