第406話 今度こそはお散歩へ

「ララ様、忘れ物は有りませんか?」

「クルト大丈夫です! 魔法鞄の中になんでも入ってます!」

「ララ、落ち着いて、早く行ってもまだ店は開いてないよ」

「セオ、それでも良いの! 外からお店を見てるだけで楽しいから!」


 苦笑いを浮かべるセオとクルトと共に、私は今ユルデンブルク王都の街中に出て居た。

 開店したスター商会王都店も落ち着いてきたという事もあり、今日はセオとクルトと一緒に王都観光をするのだ。


 朝起きた瞬間から興奮気味の私は早く街に出ようと、まだ開店していない店が殆どの中、セオとクルトの手を引っ張ってスター商会王都店を飛び出した。今日はいろんな店が見てみたいと前日から楽しみで仕方がなかった。


 前にクルトからは護衛のセオが一緒なら王都をお散歩しても良いと、この前の店建設の際に言われていたので、いつでも行こうと思えば行けたのだけど、開店から激混みのスター商会をほったらかして遊びに行くわけにもいかないし、私宛の来客も多かったり、キランとセリカが来たりと、色々あったため、結局今日になってしまった。まあ、堂々と出かけられるので何の文句も無いのだけどね。


 キランとセリカはディープウッズ家での生活にも随分となれ、そしてスター商会との行き来にもなれ、最近は私の付き添いではなく、アダルヘルムの仕事の手伝いが基本業務になっている。

 年明けからは外に出て情報を集め出したいと言って居て、私は二人に美味しいそうな食材や面白そうな人が居たら教えて欲しいとお願いをしてある。勿論アダルヘルムの仕事優先なので、私のお願いは後回しになるけれどね。


 そしてイライジャの子飼いだったルベルはあの話し合いの後、すぐに両親を説得してスター商会に来たそうで、イライジャとジョンの下で一生懸命頑張っているらしい。元々実家では跡取りでは無いためフラフラしていたらしく(ルベル曰く情報収集らしい)ルベル一人いなくなったところで実家の店は何の問題も無いらしかった。(ルベルは話を聞いて落ち込んでいたけど……)それよりもスター商会に勤めることが出来て凄いと家族には褒めてもらえたようだ。良かったとルベル本人も喜んでいた。それにスター商会でずっと寝泊まり出来ることが一番嬉しいらしかった。




  少し道を進みスターベアー・ベーカリーの前に差し掛かると、相変わらずの込み具合で、護衛のニールとベンが来店する客を並ばせていた。店内からはいい匂いがして、並んでいる人たちも涎を垂らしそうな幸せな顔をして居た。出勤前にスターベアー・ベーカリーに立ち寄ってお昼を買って行く人が多い様だ。有難い事だと思う。


 そして少しまた進むと、王都の商業ギルドが見えてきた。

 まだ街中の店の開店までは時間がある為、お付き合いのある商業ギルドに少し声を掛けて行く事にした。商業ギルドの職員達は良くスターベアー・ベーカリーにお昼時に訪れてくれている、ウチのパンの虜になってくれたようだ。これも宣伝効果のたまものだろう。




「おはようございまーす!」


 受付のいつものお兄さんに元気に声を掛けると、一瞬きょとんとした後、真っ青な顔になってしまった。隣の人が慌てて上司のもとへと駆け寄って行っていき、そしてその上司もどこかへ行ってしまった。きっと商業ギルドのギルド長であるルイスを呼びに行ってくれたのだろう。別に会いに来たわけではないので申し訳ないけれどね……


「ス、ス、スター商会様! きょ、今日は……お約束がありましたでしょうか」


 青年が青い顔で慌てだした理由は、大店であるスター商会との面会を忘れていたと思ったからだろう。この前来たときはにこやかに挨拶をしてくれた他の職員たちも、今日は引きつった笑顔だ。ギルド長お気に入りの店でもあるスター商会に失礼が合ってはと緊張させてしまった様だ。申し訳ない。

 私は魔法鞄からホールケーキを箱でいくつか取出し、受付の青年に差しだした。勿論お詫びを兼ねてだ。朝から心労をお掛けしてしまい申しわけない……


「驚かせてしまってすみません、今日はお散歩の途中で寄っただけなんです。この箱の中に苺のケーキやチョコのケーキが入っていますので皆さんでどうぞ。今後もスター商会を宜しくお願いしますね」

「は、はい、有難うございます! こちらこそよろしくお願いします!」


 周りの職員の人達もあからさまにホッとすると、私にお礼を言ってきた。

 商業ギルドと友好関係を築けるのならいくらでも賄賂……いえいえ、差し入れいたしますよ。皆さんの胃袋はガッチリ掴ませて頂きますね。と内心ニヤリとしていた。


 ではまた。と受付を離れようとしたところで私を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、ララ様、朝からどうしたー? 急用かー?」


 やって来たのはルイスとナシオだ。やっぱりあの上司さんは二人を呼びに行って居た様だ。ぜーはー言いながらルイスの後ろに控えている、もう少し運動した方が良さそうだ。お腹もポッコリ出て居るしね、次回は食べ物じゃないお土産の方が良いのかもしれない。


「ルイス、急にすみません。お散歩ついでに立ち寄っただけなんです」

「おさんぽぉ?」


 それに初恋のリアムも一緒じゃなくってごめんね。と心の中だけで謝っておく、商業ギルドのギルド長がスター商会の副会頭と……なーんて噂が出たら大変だ。裏金でも積まれてるとかそっちの噂まで出かねない。まあ、今思いっ切り賄賂を渡しちゃったけどね。


「そう、今日は王都内をお散歩しようと思ってて、セオとクルトとデートとも言うかな」

「でえと? なんだそれ」

「えーと……逢瀬? 密会?」

「ぶはっ!」


 こんな子供と逢瀬だなんて可笑しかったのだろう。ルイスは暫く笑っていた。セオとクルトは困った顔になっていたけれどね。


「まあ、いい、気を付けろよー、魔石バイク隊が出来たって言ったて裏通りは危ない場所もあるからなー」

「うん、有難う。ルイスは優しいね。あ、これ上げる、お昼ご飯にどおぞ。ヴィリマークと大豚で作ったハンバーガーだよ。ナシオさんの分もあるからね」

「……たく、また高価な物を……まあ、いいや、ありがとなっ、あ、あと、リアムに宜しく!」


 ルイスたちに手を振り別れた後は、そろそろ店も開きだしたという事で、楽しみにしていた近所の魔道具屋さんに向かった。中央地区に店を構えて居ると有って、高級な魔道具屋さんらしく、商品は一つ一つケースに入れられて飾られてあった。子供の私だけで来て居たら門前払いされそうだ。父親に見えるクルトと兄に見えるセオが一緒で良かった。まあ、顔は似てないけどね。


「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。何かお探しの物はございますか?」


 愛想の良い店員さんが私達が店に入ってくるとすぐに話しかけて来た。

 でも一瞬の目の動きで私の服装や魔法鞄に視線を送っていた。勿論セオとクルトの持ち物や服装のチェックも入っている、三人とも魔法鞄らしき物を持っているので上客だと思ったのだろう。手もみをして居た。


「あー……何か面白い魔道具はあるかな? 娘にせがまれてね……」


 以前のウエルス商会での親子演技ですっかり私の父親役がハマっているクルトが、店員にそんな事を言った。魔道具は高級な物なので普通は子供になど与えるものでは無い、それなのに娘にせがまれたから何か出してくれと言ってくるクルトは大金持ちに見えたのだろう。店員の目がギラリと光っている気がした。ちょっと怖い。


「そうですね、お嬢様ぐらいの年齢でしたら……こちらの時計などどうでしょうか?」


 店員が出して来たのは動物の絵が描かれた懐中時計だった。

 スター商会で売り出されている時計魔道具を真似して作ったのだろう。腕時計の作りとよく似ていた。ただ小さなものは技術的に作れなかったのか、かなり大きな物だった。アリスのウサギじゃないんだから、こんな大きな時計は持ち歩きませんよ。と苦笑いになってしまった。


 私が気に入らなかったのが分かったのだろう、店員は次に護符ペンダントを出してきた。

 攻撃から身を守ってくれるらしいが、そのペンダント自体が装飾品な為、それで狙われてしまうのでは? と突っ込みたくなった。いやいや恋人に上げるなら見た目も大事だよね。と納得はさせたが、私にはミサンガがあるので全く魅力を感じなかった。もっと面白い物が見たいんだけどね。


「これは、これは、お嬢様はお目が高い様ですね……うーん……ではこちらはいかがでしょうか?」


 店員が出してきたものは靴下だった。ひざ下辺りには刺繡で付けた様な真っ黒い小さな模様が入っている。黒い石? だろうか? 一体この靴下は何の魔道具なのだろうか。


「これは先日若い魔道具技師が買ってくれとウチの店に持って来たものなのですが、何でも早く走れるようになる魔道具らしいのです」

「早く走れる?」

「はい、珍しいので買ってみたのですが、いかがでしょうか?」


 私はそっと手に取りその靴下に鑑定を掛けてみた。

 早く走れるという事は身体強化系の魔法でもかけてあるのだろうか? 高級店だし足の形が変わってしまうような呪いの魔道具ではなさそうだけど。


『身体強化系魔道具 ”急がば履いて” 少しだけ早く走れるような気がするアイテム 駄作 効果薄 ヨナタン作』


「プッ! フフフ」


 急に私が声を出して笑いだしたので店員は驚いたようだった。幼い子がまさか鑑定を掛けて居るとは思いもしなかったのだろう。商品を気に入ってくれたのだろうと勘違いしてくれたようだった。セオとクルトはこの様子は……と気が付いてくれたのだろう。「娘が気に入った」と言って購入に動いてくれた。


「すみません、店員さん、この魔道具を作った方がどこにいるか分かりますか?」

「ああ、いいえ、申し訳ございません。その者は偶々この店にフラっと来て作った物を買ってくれと言ってきただけで、ウチと契約はして居ないんです。何分まだ技術が……」


 確かに魔道具としては駄作だし、靴下の見た目もイマイチで可愛くもない。サイズだって誰をターゲットにして居るのかも分からない様な物だ。

 だけどとても発想が面白い。オクタヴィアンと一緒だったらとても面白い物が作れる気がする。是非ともスター商会の魔道具技師としてゲットしたい人材だ。


 高級店だったからか魔道具の靴下は200ブレもした。きっと店が魔道具技師から購入した金額はその十分の一ぐらいだろう。店員はホクホク顔だった。まさかあんながらくたを買う奴がいるなんて、と子供で良かったとでも思って居る様だった。まあ、お互いが得をしたという事で問題無いだろう。


 私は靴下を大切に魔法鞄にしまうと次の店を目指したのだった。

 

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