第399話 戸惑い

 私の名前はキラン。

 新しい主に付けて頂いた、初めての名だ……


 チェーニ一族に生まれ、今までずっと名では無く番号で呼ばれていた。

 それが当たり前、名がなくとも何の感情もわかなかった。

 私の村での成績はそれ程良くはなかったが、奇跡的に最後の試練に勝ち残ることが出来た。

 

 そしてその試練の後、10歳を過ぎて、暗殺者としての本格的な教育が始まった。

 そこでも私はあまりいい成績を残すことが出来なかった。

 その為売られる場所はろくなところでは無いだろうと覚悟していた。使い捨て、もしくは命が無くなるまで使い切られるかのどちらかだろうと半ばあきらめていた。


 私程度の実力で暗殺に向かったとしても、自分の能力では大人数は相手に出来ないし、能力の高い護衛でもいたら太刀打ちできない事は簡単に想像がついた。


 自分はそれ程体格にも恵まれて居ない、ここまで生き残れたのも運が良かったからにすぎなかった、生まれ持った魔法の才能だって一般人とほぼ変わらないのだ。


 チェーニ一族の中には、転移の出来る者や、大きな魔力を持つものがたまに生まれるが、それは極稀だ。ほとんどの者が自分と同じ暗殺者として命を惜しまないように教育されて、短い人生を歩むのが一般的だった。


 そして私が15歳を迎え、初めて主になった人物は、外国と取引をする商家の老人だった。

 私は ”影” と呼ばれ、海外に行っては情報を集めるという仕事を補うことになった。比較的命を失うことのない安全な仕事だ。能力が低かったことが功を奏したのだと思った。


 順調に進んでいた店の経営だったが、主が年を取り、傾き掛けて来たところで、私は売りに出されることになった。殆ど店に居なかった私は別に主に愛情があったわけでも、店に愛情があったわけでも無いので、店がどうなろうと、主がどうなろうと何の感情もわかなかった。

 私を売った金で店が潰れないならそれで良かったと思っただけだ。


 ただ次の勤め先では生き残れるかは分からないだろうと……覚悟しただけだった。


 そして少しでも高値で売れる様にと、闇ギルドへと私は売られた。


 闇ギルドのギルド長は少し変わった人物で、何度か購入したいとの申し出を受けて、買い取り手と面談をしたが、ギルド長が気に入る人物がいなかったという事で私は販売される事は無かった。


「私は商品の販売価値が上がるところにしか貴方を売るつもりはございません、楽しみにして居て下さい」


 「フフフ……」と悪い笑顔を浮かべるギルド長はそれから一年もの間、私を闇ギルドへと身を置かさせた。そしてあの日信じられない人物と出会う事となり、私は自分の運の良さを改めて感じたのだった。





 私の名はセリカ、それは初めて主から頂いた美しい名前……

 これ迄何度か主が変わることはあったけれど、私に人間の名を付けたのは今回の新しい主である、ディープウッズ家の姫様が初めてだった。


 私は買主の元を転々と渡り歩いた経歴があるので、商品価値が低い。

 つまりは主を守り切れないと劣等商品だとレッテルを張られているのだ。


 闇ギルドに売られてからも何度か買いたいと言う人物が現れたが、不幸を呼ぶ女、そして髪色がチェーニ一族特有の紺では無く黒に近いため、購入することを決める人物は現れなかった。


 あの日ディープウッズ家の姫様は、私を家族に迎えたいのだと不思議な事を言った。

 血の契約をしないという事は、私が命令に背くことも可能で、逃げ出すことも可能なのだ。


 それに……勿論主を仕留めることも出来てしまう。


 甘やかされたお姫様の現実が見えて居ない幸せな考えなのだろう……


 とそう思ったが、彼女の「それでも良い」のだという言葉を聞いて、姫様の私達を受け入れる覚悟を知った気がした。姫様は私達を商品とは見ていない、人として見ているのだと……


「これに着替えて下さい。その姿では外は寒いですからね」


 姫様に渡された服は、今まで着た事も無いほどの高級品だった。


 それは、今はこれで我慢してねと言われる様な物では無いので、キランと共に困惑して居ると、闇ギルドだから二人に似合いそうな色が出せないの黒でごめんね、という訳の分からなくなる言葉を貰った。


 ”商品” では無く ”人” だから……


 姫様は私達の好みや希望を聞いてくれようとして居るのだと分かった。

 ただ、今までそんな事をされたことがない私とキランはどういう顔をして良いのか分からず、何も返事が出来なかった。

 私達は愛情の返し方を知らない人形の様な ”物” なのだ。返事を返さなければそのうち新しい主になった姫様にも飽きられ、また売られるのではないかと私はそんな事を考えて居た。





 屋敷に着くと、家族に紹介すると言われ、私達はディープウッズ家に住まう人達と顔を合わせた。皆、私とキランを見ると何故か良い笑顔を浮かべる。夜には歓迎会なる物を開いてもらって、好きな食べ物は何かとも聞かれた。

 自分の好みなど今まで考えたことがなかった私はまた此処でも困惑してしまった。


 けれど姫様に「これから一緒に好きな物を沢山見つけましょうね」と声を掛けられると、何故か胸が温かくなった気がした。


 自分の中の何かが変わろうとして居るのだとそう思えた。


 不幸を呼ぶ女……


 新しい主になった姫様には私の不幸を振りかけたくないと、初めて自分以外の人間の事を考えた気がした。


☆☆☆


 キランとセリカがディープウッズ家に来てから早数日が経った。


 二人の上司はアダルヘルムだ。けれど今の所は先ずはここでの生活に慣れなさい(ララ様の行動にも慣れなさい)との指示で、キランとセリカは暫くは私と行動を共にすることになった。


 先ずは二人の好みが知りたくて、いろんな色の服を出し、気に入った物を選んでもらおうと思った。キランとセリカは武器を隠せるもの重視で今までの服は選んで居たようで、色はとにかく目立たない物を選択して居たそうだ。

 それを聞いて、仕事用の服を二人に作ろうと考えた。武器を隠せる部分を沢山作り、暗器をしまえるようにしたい、そう言えばメイナードの家庭教師だったガブリエラのポケットは魔法袋になっていたなと思いだし、キランとセリカに相談しながら面白い服を作ろうと考えた。

 最初の二人の仕事はそれになりそうだ。楽しみでワクワクした。


 好きな食べ物も二人は思いつかないようで、今まではお腹さえ膨れれば何でもいいという考えでいた様だ。キランは成人男性にしては細く少し小柄で、セリカも細く男装も似合う体型だ。ふくよかにしたいとは思わないけれど、好きな食べ物が見つかると良いなと思う、二人の魔法鞄にはおやつを沢山入れておこうと思った。


 キランとセリカは私とセオの大豚ちゃんたちのお世話にも付いてくる。

 魔獣である大豚が、これ程人間に懐いて居る事にとても驚いては居る様だったが、表情は硬かった。目が少しぱちくりした程度だ。二人のちょっとした表情の変化が可愛くって仕方がない。戸惑っている姿も私にはご褒美でしかなかった。可愛い可愛いと大豚ちゃんと共にナデナデしたいぐらいだ。


「……あの……ララ様……セオ殿は……その……」


 そんなある日、朝練の稽古をアダルヘルムとマトヴィルに付けて貰って居るときに、キランとセリカが私にセオの事を聞いてきた。きっと出会った日からセオが自分達と同じチェーニ一族だとは気が付いていたのだろう。セオは美しい紺色の髪と瞳を持っている。

 キランやセリカよりも一族の特徴が良く出て居るので、すぐに分かったのだろう。けれど今まで聞いてこなかったのは、自分の他はどうでも良かったからだと思う。それが周りに目が向いたのだ、母親代わりの私にはキランとセリカのちょっとした成長が嬉しかった。


「そうです、セオはキランとセリカと同じチェーニ一族の出身です。でも購入したわけでは無くって森に居たのを拾ってきたんですよ」

「森に居た……」

「拾ってきた……」

「はい、そうです。ココも森で拾ったので、同じですね。二人共キランとセリカと同じ私の子供みたいな物ですよ」

「「……子供……」」

「はい、皆私の可愛い子供で大切な家族です。キランとセリカもそうですからね、困ったらお母さん代わりの私に何でも言ってくださいね」

「「……はい……有難うございます」」


 子供に子供だと言われたからか、キランとセリカの頬は少しだけ赤くなっていた。

 そんな姿がまたたまらなく可愛くってキュンとなる。まだ二人の笑顔は見れていないけれど、こうやって疑問を持ったり、何かに興味を持ってくれることがとても嬉しい。


 セオが我が家に来てから笑い上戸な性格になって、友人も沢山出来て、幸せそうにして居る事を見ていると、あの日の森での出会いはやっぱり間違いでは無かったのだと思える。


 だからキランとセリカとの出会いも神様が用意してくれた物だと私は思っている。二人が幸せになる様に出来るだけの事をしようと決意した私だった。




 昼間の学習の時間は、キランとセリカも一緒に勉強をする。

 彼等は特殊なことはとても良く知っているが、森に住んでいる私と同じで一般の人が知っている事をあまり知らない事に気が付いた。

 絵本なんて呼んだ事がないと言っていたし、歌も知らない、これからは夜会の場に行ってもらう事もあるかも知れないから、ダンスや教養もオルガから習うことになっている。

 勿論チェーニ一族ではそう言った事も習う者もいるそうだ。ただ高度な教養を教え込まれる者は成績が優秀な者だけだそうだ。


 つまりウイルバート・チュトラリーという王子付きのコナーは、チェーニ一族で成績が良かったという事だろう……転移も出来る様だし、優秀な人材の様だ。

 ただ人としての感情はもう残されてはいないようだったけれど……


「その、それで……つまり……私は成績が良くなかった……運だけで生き延びてきた人間なのです……」


 キランが申し訳なさそうにそんな事を言ってきた。しょんぼりとしていて可愛い。


「私は……主がコロコロ変わる不幸を呼ぶ女と言われておりました……」


 セリカも子犬の様にしょぼんとしてしまった。可愛い。


 可愛いけど……自分たちが優秀じゃないからごめんなさい……と言って居る状態なのだろう。

 そんな事気にしなくっていいのに……


「キラン、セリカ、チェーニ一族での成績など気にしなくっていいのですよ。セオは一番成績が悪かったようですけど、今は素晴しい騎士ですからね」

「「えっ?」」


 セオも二人に笑いかけ、その通りだよと頷いて見せた。目を大きく見開く二人の姿を見れて嬉しい。知らず知らずのうちに感情が表に出て居る様だ。本人達が気が付いているのかは分からないけれど、人間らしさを取り戻している気がした。


「キランもセリカも出来ることを頑張ってくれたらそれで良いんですよ。無理して自分を追い込まないで下さいね。これから一緒に成長しましょう」

「「……はい……頑張ります……」」


 二人はそう返事をすると、小さな笑みを浮かべていた。


 彼等が初めて浮かべた笑顔は、未来に向けて頑張ろうと決めた笑顔だったと思う。


 戸惑いながらでも少しずつ成長をして行ってくれたら良いなとそう思った。

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