第391話 憎悪

「おい、この菓子は美味いな、どこの物だ?」


 ウエルス商会の店長(自称、次期会頭)であるロイド・ウエルスは、昨日の夜遊びの疲れからか、お昼前になってやっと店にある店長室へと降りて来た。


 昨夜は高位貴族の子息である友人たちと共に花街にある馴染みの娼婦の所へと行ってきた為、朝帰りになってしまった。

 男同士の付き合いでは女遊びも嗜みとして必要になってくる、いずれは馴染みのあの女は愛人ぐらいにはしてやってもいいとも思っているが、自分の父親の様に後妻に据える様な愚かなことをするほど女にのめり込むつもりはない。どんな女であろうと利用する物だとロイドは思っていた。

 だからこそウエルス商会の跡取りであっても結婚には余り乗り気にはなれなかった。


(まあこの間の餓鬼は中々の美人だったがな……)


 先日急にやって来た商人の親子の事をロイドは思いだしていた。父親の方はロイドの次期会頭としての威厳に押されていたようだったが、娘の方は幼いながらも自分との会話を無難なくこなしていた。それにロイドを見つめる目には熱い物があった。あれは自分に恋慕して居るのだろうとロイドはすぐに見抜いていた。


(どんなに小さくっても女は女だな……あの年で俺に色目を使ってくるとは……)


 ロイドはあの ”ラーラ” とかいう名の少女を思い浮かべると口元が緩むのが分かった。

 ラーラはロイドの事を素晴らしいと尊敬し、心から慕って居る様だった。きっとロイドのことを街の噂などで聞いて、絵本の中の王子様のようだとでも思いこんでいるのだろう。幼いころは女は夢見がちになる物だ。

 ロイドのあの時のラーラに向けた「妾にでもしてやってもいい」というセリフは本心からだった。


(あの娘も喜んでいただろう……)





 夜遊びし過ぎた体には少し気怠さが残っていたため、本当は今日は休みにでもしたかったのだが、最近売り上げが落ちているウエルス商会の(自称)次期会頭としては、そんな店に出ないわけには行かないだろうと、気合を入れて仕事場へと降りて来た。


 実際はロイドが居なくても店は回る様になっている。次期会頭だか店長だかとロイドは名乗ってはいるが、実際は店長の補佐に就いている者が本当の店長であることは従業員皆が分かっている事だった。

 それに店の従業員達はロイドが居ない方が落ち着いて仕事が出来て良いと思って居た、自称次期会頭を名乗るロイドは、そんな事には気付きもしないのだった。




 そして今ロイドは店長室に入ると、ソファへとだらしなく腰を掛け、部屋付きのメイドが運んできたお茶を飲みながら見慣れぬ菓子を食べたのだが、ロイドはそのあまりの美味さに驚いたところだった。

 生まれた時からロイドは王都に住んでいるが今までこれ程の菓子を食べた事など無かった。これはすぐに契約をしてウエルス商会で大々的に販売するべきだろうと、そう閃いた。


「おい! これはどこの菓子だ!」

「は、はい、さ、先程頂いたスター商会様の菓子でございます……ご挨拶に参られまして……」

「……スター……商会……?」


 商人でありながら商売の事や商品の事に疎いロイドでもスター商会の噂話は耳にしたことはあった。貴族との繋がりを作れる夜会には進んで出席するロイドは、ここ数年スター商会の噂を夜会で聞かない日は無かった。


 スター商会のドレスを買っただの、スター商会の魔法袋は安くて容量が多いだの、スター商会のお菓子やパンは美味しいだの……と同じ商会を営む者としては腹立たしいことも何度かあった。だが所詮田舎の商会だ、皆物珍しいだけだろうと最初は高を括っていた。


 だが一人の男の名を聞いて、ロイドは愕然とした。


 スター商会の副会頭はあの ”リアム・ウエルス” なのだと……


 ロイドはメイドからスター商会の名を聞いて、怒りが一気に頭に上った。

 蹴り飛ばしたテーブルには菓子も茶器も乗っていたため、傍に居たメイドに直接ぶち当たって、メイドは痛みと恐怖で悲鳴を上げたが、ロイドはそんな些細な事など気にもならなかった。それよりもスター商会の者が挨拶にこの店に、自分の店に来たとメイドが言った言葉が一番気になった。

 あの運だけでここまでのし上がって来た愚弟が、自分が居ない間に店に来たのかと思うと、憎い気持ちが溢れ出した。


(どいつもこいつも俺に断りもなく勝手なことばかりしやがって……)


「おい! スター商会の者をこの店に招き入れた馬鹿を此処へ呼べ! 今すぐにだ!」

「は、はい!」


 メイドは自分から流れる血をハンカチで抑えながら、怯えきった表情で部屋を出て行った。

 ロイドの怒りは収まらず目に付くのもを手あたり次第壁に向かって投げつけた。一瞬でもあの弟の店の菓子を美味いなどと思った自分が許せなかった。

 そしてそれ以上に ”敵” であるリアムを、自分の店に入れた ”物” を憎む気持ちが込み上げてきていた。


「ロ、ロイド様……いえ、次期会頭……連れてまいりました……」


 先程のメイドでは無く従業員が連れて来た男は、最近入ったばかりの幼さがまだ残る青年だった。

 勤め出した時に自己紹介はされたが、ロイドはそんな下っ端の従業員の名前など覚えても居なかった。それにその青年が、ロイドの弟であるリアムの事を、ウエルス商会の息子であると知らなかった事など、ロイドにとってはどうでも良いことだった。

 ただ今湧き上がるこの怒りをぶつける ”物” が欲しかっただけなのだ。


「て、店長……わ、私は……」


 言い訳をしようとしてきた青年の腹を先ずは力一杯蹴っ飛ばした。何故かロイドは体を鍛えて居なくても身体強化の様な力が使えた。その為蹴られた青年は壁際へと吹っ飛んでいった。ロイドは転がった青年の髪を鷲掴むと、今度は顔を握り上げた手で力一杯殴った。青年は何度か殴り続けると気を失い、ピクリとも動かなくなった。


(ゴミが、こんな使えないやつが俺の店に居たなんてな……)


「店長!」


 大きな声を上げて部屋へと入って来たのは、他店との取引をして居て席を外していたはずの、店長補佐であるヴァロンタンだった。

 ヴァロンタンはボロボロになって倒れている青年を見ると、駆け寄りロイドの事を睨んできた。


 生意気な目で……


「ロイド様、何故このような酷いことを! チコはリアム様の顔など知らなかったのですよ!」


 ロイドは少し冷静になり始めていたはずなのに、ヴァロンタンの口からリアムの名が出たことで、また頭に血が上りカッとなった。気が付けば大事な店長補佐であるヴァロンタンに「出て行け!」と怒鳴っていた。

 ヴァロンタンの代わりは幾らでもいる……

 けれど……以前いたランスロットやヴァロンタンと同じぐらい仕事ができるの者が、既にこのウエルス商会に居ない事ぐらいはロイドにも分かっていたのだった……



☆☆☆



「呪いの魔道具が置かれていた?!」

「ああ、店の結界の外にだがな、朝の見回りで護衛のメルキオールが気が付いた」


 私は何時も通りスター商会王都店に出勤してきて、先ずはリアムの執務室に顔を出した。

 そこには怖い顔になったリアム、ランス、ジュリアン、そしてブルージェ領側の店長のイライジャ、護衛リーダーのメルキオール、ブルージェ領側の護衛リーダーのトミーが揃っていた。


 私とセオとクルトを席へと座らせると、リアムの口から ”呪いの魔道具” という物騒な話が始まったのだ。皆が朝一からリアムの執務室に揃っていたので何事かと思ったのだが、想像以上危険な話だった。


「今朝は俺とアーロンが見回り当番でした。もしこれが若い奴らだけだったら……直接手で触れていたかもしれない……」


 メルキオールの真剣な言葉に皆が頷いていた。特に護衛であり、ブルージェ領側のリーダーであるトミーは真剣だ。護衛全員に徹底される事だろう。


「それがこのテーブルに置かれている物ですか?」


 ローテーブルに置かれた物体は、小さな結界魔道具に包まれて置いてあった。爆弾魔用に作った結界魔道具がここで役に立ってくれたようだ。私はその ”呪いの魔道具”に鑑定を掛けてみた。


『呪いの魔道具 ”追い払犬” 客を寄せ付けないためのアイテム 駄作 効果薄 ヨナタン作成』


「ぷっ! フフフフ」

「ララ、どうした?!」


 私は鑑定をすると、声を上げて笑いだしてしまった。

 ”追い払犬”って招き猫の反対見たいなネーミング、それも駄作と来ている。これを作った人は呪いの魔道具だとは思っても居なかったのかもしれない、きっと少しの嫌がらせのつもりで作った物だろう。


「この呪いの魔道具は客を寄せ付けない効果があるみたい」

「そうか……じゃあ元ゴミ捨て場だから捨てに来たとかでは無く、スター商会の人気を妬んでの犯行って事だな……これは今後も続く可能性があるな……」


 私は結界を解除して呪いの魔道具を手に取ってみることにした。

 茶色の不思議な形をして居るけれど、よーっく見れば犬に見えなくもない、これを作った人は面白い物を発明する力はあるけれど、それを形にするのがまだ苦手なのかもしれない。

 魔道具は高価な物だ、研究したくても手に入れて中を確認してと言うのは、貴族でもお金がいくらあっても大変だろう。スター商会で魔道具技師として今働いているオクタヴィアンだって、父親に怒られながら何度も同じ魔道具を壊していたと言って居た。もし庶民なら本でしか知識が無かったのかもしれない、その中でこれだけの物を作り上げたのだ。この ”ヨナタン” いう製作者は天才かも知れないとそう思った。


「リアム、私これを作った人に会ってみたいです」

「「「はあ?!」」」


 リアムだけでは無くこの部屋に居る皆が「何言ってんだ?!」と言う顔で私を睨んできた。なのでキッチリと説明することにした。


「これを作った人は発想がとても面白いです。それにユーモアもあります。玩具なんかを作らせても良いかもしれません」

「いやいやいや、待て待て待て、呪いの魔道具を作るやつだぞ?」

「うーん……でも作った本人はそんな気持ちは無かったかもしれないですね」

「はあ? なんでだ」

「推測ですけど、誰かに依頼されて作ったのではないかと思います。ちょっと脅かしてやりたいとか何とか言われて……この魔道具を店の前に置くぐらいだったら、動物とか魔獣の死骸でも置いた方がよっぽど嫌がらせになりますよ。それ位この魔道具は効果が薄いです」

「そうなのか?」

「はい、玩具に毛が生えた程度ですね。でも製作者のヨナタンさんは――」

「ヨナタン?!」


 呪いの魔道具を作った人の名前を口に出した途端、仕事をしながら話しを聞いていたヴァロンタンが驚いた顔をして私達の所へと近づいてきた。どうやらヨナタンの名に聞き覚えがある様だ。


「ヨナタンはウエルス商会に自分が作った魔道具を売り込みに来ていた者です」

「ウエルス商会……」


 実家の店の名が出てリアムの眉根にグッと皺が寄った。この嫌がらせも兄であるロイドの仕業なのかと疑ったのだろう。こんな子供じみた嫌がらせをするなんて……ロイドらしいと言えばそうかもしれない。


「じゃあヴァロンタンはヨナタンの自宅を知っているのですか?」

「いえ、ロイド様はヨナタンの事を常に門前払いにしておりましたので……」


 それは残念と私が落ち込んだところでリアムが話をまとめた。

 呪いの魔道具を店の前に置いたのがヨナタン本人か分からないため、結界内の一番外側の門にフクロウ君を設置する事、暫くは護衛たちに結界外の見回りもして貰う事、それからもしヨナタンらしき人物を見つけたら店に連れてくること、という事に決まった。


「ロイドって本当にいい人材をウチに紹介してくれる良い人だよねー」


 と、つい呟くと、皆が噴き出した、先程まで怒っていたリアムもだ。

 皆にいつもの笑顔が戻ってホッとした私なのだった。 

 ロイド、有難う!



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