第390話 王都店開店③

 ディナーの為の着替えが整った私達は、先ずはリアムの執務室へと向かった。


 各店は開店日とあってまだ混雑しているが、今夜はスター・リュミエール・リストランテで開店記念の招待ディナーが開催される為、閉店時間がいつもより早い。


 その為リアムもそろそろディナーに向けての準備を始めた頃だろうと思って様子を見に行ったのだが、リアムの執務机に座っていたのは何故か王都の商業ギルドのギルド長であるルイス・デニックだった。そしてその補佐のナシオはソファへと小さくなって座っていて、申し訳なさそうな表情を浮かべながら出されたお茶を飲んでいた。


 ジョンとガレスや双子のグレアムとギセラ、それに新しく入ったばかりのヴァロンタンとチコは苦笑いを浮かべていた。何故ならルイスがリアムの執務椅子の座り心地が気に入ったようで、くるくると椅子を回転させて遊んで……いや、座り心地を愉しんで居る様だった。そうまるで子供の様に……


「ウイーっす、ララ様よー、この椅子凄いな! 滅茶苦茶楽しいぜー!」


 ハッキリ「楽しい」と口にするルイスに思わず笑みがこぼれる、ルイスは「うひょー」と言いながら椅子に座ったまま、またくるくると回転させて遊びだした。ルイスはリアムと同い年なのに随分と子供っぽい様に感じる。ナシオが頭を抱える訳だ。でも商人として気になる物を試したくなるのはしょうがない事だと思う。


「ルイス……お前まだ俺の椅子に座ってたのかよ……」


 リアムがディナー用の服装に着替えて執務室へと戻ってきた。

 秋色のセピア色のスーツが良く似合って居てカッコイイ、喋らなければ王子様みたいだ。ルイスも「ワァオ!」と声を出して喜んでいる、私が着飾った姿には何も言わなかったのにだ。やっぱり初恋に人は特別なようだ。羨ましい。


「リアムとっても――」

「リアムすっげーカッコイイじゃん! うわー! マジ惚れ直すなー!」


 あれだけ気に入って遊んでいた椅子からサッと立ち上がると、ルイスは私の言葉を遮ってリアムに飛びつきに行った。リアムは慣れたようにそれをサッと避けて私の方へと近づいてきた。

 片思いの相手であるセオにルイスとの関係を誤解されないようにしている様だ。モテる男は大変だよね。


「あー……ララ、その、良く似合ってるぞ……」

「有難う、リアムもとっても素敵」

「そうか……有難うな……よし! さあ、じゃあ行くか、先ずはタルコット達かな?」

「うん」


 リアムの執務室の中をまた探り出したルイスの事はジョン達に任せ、私とリアムはタルコット達を出迎えに転移部屋へと向かった。

 予定の時間になるとタルコット達はやって来た。王都のスター商会に来るのは初めてなので凄く嬉しそうに微笑んでいる。背が伸びて少年らしくなったメイナードも一緒だ。護衛にはトマスとピエトロが来ている。夫人はロゼッタだけだった、第二夫人のベアトリーチェは出産したばかりだそうで今日は来て居ない、残念だけど仕方がないだろう。


「ララ様、お招きありがとうございます」


 タルコット達の挨拶を受けると、軽くスター商会の中を案内し、会場であるスター・リュミエール・リストランテへと向かった。ルイスたちもジョン達に案内されて会場へと来ていた。そして昨日から来ている招待客たちも皆会場入りしていた。

 招待客達はスター・リュミエール・リストランテの中を見て楽しんだり、お喋りに花を咲かせたりしている。お母様の描いた絵も皆の興味を引いていた。勿論私の描いた絵もだ! 気持ち悪いなんて失礼なことを言う人は一人も居なかった。


 暫くすると、ティボールドに連れられてこの国のお姫様であるシャーロットとジュリエットがエステを終えてやって来た。肌は艶々で、セオがエンカンタドルグレッグみたいだと言ったのも頷けるものだった。ドレスもスター商会で作られた色違いのドレスを仲良く着て居てとても素敵だった。きっとティボールドならそつなく褒めて居る事だろう。


 私とリアムはスター・リュミエール・リストランテの入口に立ち、ディナーの招待客をお出迎えする事にした。最初にやって来たのはワイアット商会のジョセフ・ワイアットだった。これからはスター商会との商談も近いので楽になると嬉しそうだった。ワイアットは私達と挨拶を済ませるとすぐにスター商会で仲良くなった ”星の会” のメンバーであるタルコット達の所へと向かって行った。きっと次のお祭りの話でもするのだろう。


 そして次にやって来たのはダレル・プリンス伯爵だった。一緒に来たのは夫人では無く、プリンス伯爵の息子で、私の友人であるメルキオッレ・プリンスだった。久しぶりに会うメルキオッレは背も伸び大人びていた。ゼンと同い年なのでユルデンブルク魔法学校に通い始めているそうだ。今でもあの秘密基地は庭に残してくれてあるらしく、いつでも遊びにおいでと言って貰えた。


 そして双子が待ち焦がれていたチャーリー・エイベルとユリアーナ夫妻がやって来た。長男のダニエルはブルージェ領のお祭りのたびに双子に会う口実で来ているが、エイベル夫妻と双子が会うのはウチに双子たちが就職した時以来になる。エイベル夫妻は双子のグレアムとギセラの事をギュッと抱きしめていた。きっと話は長男のダニエルから色々と聞いていたとは思うが、自分の目で顔を見て二人が元気そうで安心したのだろう。親の愛情を目の前で感じて、何だか私まで胸打たれてしまった。


 そして慌ててやって来たのはジェルモリッツオ国の商人であるマクシミリアン・ミュラーだった。

 本当はジェルモリッツオの英雄であり、幼馴染であるカエサル・フェルッチョと合わせて昨日のうちに来る予定だったのだが、間に合わず今日になってしまった。何とかディナーの前には無事についてホッとして居る様だった。


 立派な馬車に乗ってやって来たのはこの国の大公であるアントーニオ・ユルデンブルクだ。パートナーは夫人では無く、セオやルイと馴染みのある次男のカミッロを連れてきていた。弟であるアレッシオとよく似ているが、髪の色は同じ金でも少し違った。それでも笑顔は兄弟だなと思えるほどそっくりだった。


「ララちゃん、今日は呼んでくれてありがとうね」

「いいえ、トーニも忙しいのに良く来てくれました」

「当たり前だよ、僕らは文通友達だろう、それに ”親ばか同好会” の仲間だしね」

「うん、トーニ、今日は楽しんでね」


 ユルデンブルク大公と気軽な会話をして居ると、会場内にいる皆の視線を集めて居る事が分かった。

 文通友達なので気軽に ”トーニ” と呼ばせて貰っているが、そう言えばアントーニオはこの国の大公なんだよねーと、改めて大物だったことを皆の様子を見て思い出した。

 アントーニオ的には今日は大公としてでは無く、私の友人として来ているので余り畏まっては欲しくないだろう。それに親ばか同好会のメンバーとして、タルコットやプリンス伯爵も紹介したいと思っているので、出来れば立場など気にせず仲良くなって貰いたいと思う。難しいかもしれないけれど……


 護衛手伝いをしていたレオナルド達やスター商会の従業員達も会場へとやって来た頃合いで、この国の王であるアレッサンドロ・レチェンテが、白地に金の飾りがついた綺麗な馬車でスター・リュミエール・リストランテへと到着した。会場に居る皆が立上り、出迎えるために玄関口へとやって来た。アレッサンドロ王は第一夫人と共に出席してくれた。夫人も金色の髪をして居てシャーロット達に良く似ていた。


「ララちゃん、やっとこの日が来たねー」

「アー君、ようこそお越しくださいました、急な日程で調整が大変だったでしょう?」

「いやいや、スター商会開店はこの国で一番大事な行事ともいえるからね、何を押しても来る気でいたよ。それよりも付き添いの護衛や使用人を決めるのが大変だったよ……」

「まあ……それは……お疲れさまでした……」


 一緒に来た護衛や使用人たちにもスター・リュミエール・リストランテの食事が同じ様に出される。勿論主のお世話があるのでゆっくりと味わってとはいかないが、これだけ美味しいと評判になっている店の食事に無料で有り付けるとあって、一緒に来る者を決める競争が勃発した様だ。

 護衛の中にはマティルドゥとオクタヴィアンの父親であるバルドリック・シモンも居た。本当はシモン家は別で声掛けをしたかったのだけど、そうなると夫人も一緒となってしまい、家族全員がこのスター商会に来る形になってしまう。家を空ける訳にはいかない夫人は泣きながら(マティルドゥ談)我慢したそうだ。その代わりエステの予約を頼まれたようだけど……





 招待客が皆揃い、副会頭であるリアムの挨拶からディナーが始まった。

 今日の料理はモシェとナツミと私で考えたものだ。前菜のサラダでは秋のメニューとしてスター・リュミエール・リストランテで使われるかぼちゃを使っている。

 ピエールの兄であるヘンリー・ドルダン男爵は、かぼちゃを栽培しているのでこの料理が気に入ってくれたようだった。同じ席に座るローガンやヒューゴ、それにオーギュスタン達イベント担当者と、かぼちゃ話で盛り上がって居る様だった。


 そして今日はスター商会自慢のお酒が自由に飲めると有って、皆メニュー表とにらめっこしていた。食事を摂りながら飲める量はそれ程多くないし、流石にこれだけの人の前で酔っ払う訳にもいかないので、どれにしようかと悩んだのだろう。

 リアムがお酒は本日購入も出来ますのでと声を掛けると、ホッとしていた人が多かった。ランスやイライジャ、それにヴァロンタンまで口元が緩んでいた。お酒の売り上げがまた伸びるとほくそ笑んで居る様だった。


 そして今日のメインは大豚のソテーとカツレツから選べるようになっている、幻の魔獣と言われている ”大豚” が食べられると聞いて、皆の目の色が変わるのが分かった。

 養豚場が出来てスター・リュミエール・リストランテで気軽に大豚が食べられるようになったら、店は激混みになりそうだ。リアムがその事を話した時は、招待客の皆は絶句していたけれど……普通ではやっぱりあり得ない事の様だ。


 デザートは秋という事でブドウを使ったムースと、リンゴを使ったパイのクリーム添えにした。これは女性だけでなく男性陣の舌も虜にした様だった。ナツミのパティシエとしての才能は成長を続けている。これ程のデザートは他では食べられないと、とても喜んでもらえた。

 スター・リュミエール・リストランテは益々予約の取れない店になりそうだ。ルイスは食事に夢中になっていたけれど、商業ギルドへ問い合わせが行くのは間違いないだろう。心の中でひっそりとごめんねと謝っておいた。初恋のリアムの為なら頑張ってくれるだろう……


 食事が終わり十分にお酒も味わってもらえたところで、今日の開店記念の招待ディナーは終了となった。

 食事に大満足してもらえたようで、帰っていく客達は皆笑顔だった。

 そして今日泊まる客達は寮に行って二次会をやる様だ。私の友人達が仲良くなってくれて本当に嬉しい、良かった。


 こうしてスター商会王都店の開店は無事に終了した。


 明日からはまた忙しい日々が始まるだろう……

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