第372話 クルトの怒りと建設状況

「たくっ、何なんですか、あいつは! あんなんで本当にリアム様とルド様の兄貴なのかよっ!」


 スター商会の王都店建設予定地の土地迄まで戻る馬車の中で、クルトは抑えられない怒りをあらわにしていた。

 ひょんなことからウエルス商会に行くことになってしまった私とクルトは、リアムとティボールドの兄であるロイドに散々失礼なことを言われてしまったのだ。


 クルトは今ロイドに馬鹿にされたことを思いだし、怖い顔になっていた。

 気持ちはよく分かる、私だってココやキキや大豚ちゃんを馬鹿にされたのは許せなかった。だけどロイドがわざと私達を怒らすような事を言って居たとしたらどうだろうか……ロイドはもしかして私達が誰なのかを知っていたという事は無いだろうか……と何となく不安が残る出会いだった。


「ララ様、妾とか言われたんですよ?! 怒ってないんですか?」


 うーんと腕を組んで考え込んでいる私にクルトが問いかけてきた。

 私の為にクルトが怒ってくれていたと思うと何だか嬉しい。二ヘラっと笑う私を見てクルトは毒気が抜かれたのか、ため息をつくと体から力が抜けた様になり少し落ち着いたようだった。


「それで、ララ様は今度は何を企んでいるんですか?」

「クルト、人聞きの悪い事を言わないでください、企んでなど居ませんよ」

「じゃあ、何を考えてそんな間の抜けた顔をしたのか教えて下さい」


 間の抜けた顔といわれ思わず頬を摩った。

 可愛い笑顔を向けたはずなのに酷い良い草だ。私に一番失礼なのは実はクルトなんじゃないだろうか? とちょっとムッとした。私は唇を尖らせたまま、クルトの質問に答えた。


「ロイドがわざと私達に失礼な事を言ったのではないかと考えていただけです」

「わざと?」

「そうです。クルトをわざと怒らせて備品を壊させたり、ロイドを殴ったり、店を破壊させたり? そうして賠償金なり、さっきの商品を取り上げたり、私を妾にしたり? したかったのかなーってちょっと思ったんです」

「はんっ、なる程、以前のブルージェ領の警備隊員の奴らみたいですね。あのロイドってやつの性格ならやっても可笑しくない! ただし――」

「そう! そんな事を繰り返せば、店の評判はがた落ちですよねー」


 クルトは高位の警備隊員達に嘘の罪で捕まえられてしまった。

 クルト本人は本当に暴行を働いたし、器物破損で物を壊しもしたから仕方が無いんだと自分の罪を認めていたけれど、今日のロイドの行動を受けても感情を抑え込んだクルトを見て、悪いのは高位の警備隊員達で、クルトは免罪で捕まったことが分かった。 

 すでにいなくなったラーヒズヤの事を今更憎んだり恨んだりしてもしょうがないのだけれど、人一人の人生を平気で壊したあの人達には本気で呆れてしまう気持ちがあった。


 ベアリン達もそうだ。

 酒場で暴れたからと嘘の罪で捕まっていた。本当は高位の警備隊員達から女性を助けるためだったらしい。なのに腹いせでベアリン達を捕まえて牢屋に入れていたのだ。考えるだけで腹立たしい物である。まあ、今はベアリン達ともクルトともその事件のお陰で私は巡り会えたのだからと思えるけれど、ハッキリ言ってぶん殴りたい気持ちはまだある。きっとクルトやベアリン達はもっとだろう。


 ロイドはウエルス商会という大店の王都店の店長だ。(本人は次期会頭と言って居たけれど……)悪い噂は立てたくは無いと思うのだけれど、あの行動をいつもしているのだろうか? あれではブルージェ領の高位の警備隊たちと変わらない、商人として周りに嫌われてはやっていけないはずだろう。


 困って青くなっていた店長補佐のヴァロンタンの事を思いだす。

 ロイドが応接室に来るのを本気で嫌がって困って居る様だった。やっぱり私達が来たから嫌がらせをしたのではなくって、ロイドは常にあの様子だと考えた方がいいだろう。どう見てもそこまで頭の切れる人物には見えなかったし……


「うーん……あのドアマンの子もウチに誘えばよかったかなー」

「はー……ララ様、子供扱いしてますけど、どう見てもララ様より年上の、タッドぐらいに見えましたぜ、もう一人前と言ってもいい年だ。自分で考えられるでしょう」

「でも……あの子ずっと外に居てドアの開け閉めしてたんですよ、休憩をちゃんと貰えているんですかねー」


 クルトは呆れたようにため息をつくと、私の頭を撫でた。

 触れられたその手は優しくって大きくってやっと何時ものクルトに戻った様だった。笑顔も自然の物だ。


「ララ様は優し過ぎますぜ……世界中の人間を救うつもりですか?」

「フフフ、まさかまさか、私は気になる人と好きな人しか助けたりしないですよ」


 お父様と約束したこの世界を守ってほしいと言う物は、きっとウイルバート・チュトラリー達からという事だろう。世界中の一人一人が幸せになる様にと助けることは私にはどう考えても無理だ。神様では無いのだから。

 でもせめて気になる人や傍に居てくれる人達には幸せでいて欲しい……私が少し手助けするだけで幸せになれるのなら尽力するつもりだ。


 ふとそこで自分の考えに気になるところがあった ”気になる人” つまりこれは恋なので無いだろうかと!


「なる程! これが一目で恋に落ちるってやつですね!」

 

 考えを巡らせ呟いた私にクルトが今日一番の笑顔を向けてきた。


「ララ様、何をどう考えてそう結論づいたかは分かりませんが、たぶん違うと思いますよ」


 私が恋を知るのはまだまだ先のようだ……残念である。


  



 王都店の建設場所へと戻ると、もうお昼をとっくに過ぎていた。私とクルトは結界の中へと入りテントの中でお昼を食べる事にした。


 一歩結界内へと足を踏み入れると、そこには大分出来上がったスター商会が建っていた。庭や内装はまだの様だが、外壁や店を囲む塀や門。短時間での早い作業に私は驚いて目を丸くした。


 ここのところブルージェ領ではホテルの建設ラッシュがあった為、ビル達は手慣れた物だった。そこへ魔力が多く作業の早いセオとルイの登場だ。あっという間に店が建つのは当たり前だった。

 リアムも頑張って居た様で、袖をまくり、髪を後ろで一つにまとめていた。額には汗を掻き真剣な表情だ。慣れない仕事のはずなのに元々要領が良いからか、十分に戦力になっている様だった。

 これは私が残りの庭や内装に手を付けたら今日中に店が出来てしまうのでは? と言う早さだった。


 リアムは私とクルトに気がつくと、作業の手を止め笑顔で近づいて来た。汗をかいて居るリアムは妙に色っぽくって、とてもあの ”平凡ロイド” と兄弟とは思えない美男子ぶりだった。


「ララ、クルト、ブルージェ領に帰ったのかと思ってたぞ、どこに行ってたんだ?」


 私とクルトは顔を見合わせると苦笑いになった。リアムにロイドの事を話すべきかどうしようかと、悩むところだ。

 曲がりなりにもロイドはリアムの兄だ。兄の悪口になりそうな、本当の話しをしても良い物かと考えてしまう。

 私達の様子にリアムは何かあったと悟ったのだろう。テントに入って話をしようと凄まれてしまった。怖い怖い。


 私とクルトはお昼もまだだったので、魔法袋から食事を出してお昼を摂りながらリアムと話をすることになった。リアムはクルトがお茶を入れて席に着いた途端「それで?」と早速聞いてきた。私は食べかけていたサンドイッチを思わずごくんと噛まずに吞み込んでしまい、クルトも熱々のシチューを同じ様に飲み込んだのか涙目になっていた。なんだかリアムが怖い気がする……


「あのね……馬車に乗って少しだけ街を見てきたの」

「ふん、それで? どうだったんだ?」

「今度行ってみたいなってお店がいくつかあって……セオが居る時にでも行こうねってクルトと馬車の中で話してて……」

「ふん、それから?」

「すっごい大きなお店を発見して……」

「……なんか嫌な予感がするな……」

「気が付いたらリアムのお兄さんと商談してた」

「はっ?! はあ?!」


 リアムは信じられないと大声を上げて驚いた後、テーブルに肘をつき頭を抱えてしまった。

 見かねたクルトが詳しく経緯を話してくれることになった。


 馬車を止めて大きな店を見て居たら、客と勘違いされて店の中に入ることになった事

「そこで断れよ」

 応接室に案内されて商談になった事

「何か適当に購入して帰ればよかっただろ」

 店長補佐の人と話してたらロイドが飛び込んできた事

「話し込むなよ、間違いでしたって言えよ」

 ロイドがとっても失礼だった事

「それは何時ものことだ」


 とリアムのツッコミを受けながら話し終えたクルトは、ウエルス商会でのことを思い出したのか、またロイドに対する怒りが湧いて居る様だった。


「リアム様……あの方は、本当に貴方のお兄様なのですか?」

「残念ながらな、どうせお前達の事を馬鹿にしてきたんだろ?」

「ララ様を妾にしてやると……首根っこを捕まえて投げ捨ててやりたくなりましたよ」

「それは同感だ」


 クルトの話を聞き終わったリアムは、笑顔を浮かべていたけれど、明らかに怒って居る様だった。多分今までもリアムはあのロイドに私達と同じように酷い言葉を浴びせられる毎日だったのだろう。リアムがこれ程素直に育ったことが不思議なぐらいだ。もう一人の兄であるティボールドも良い子だしね。

 リアムは家族には恵まれなかったけれど、周りの人には恵まれたのかもしれない。ランスもそうだし、ワイアットもそうだし、ギルド長で友人のルイスもそうだろう、それに亡くなった友人も……

 リアムを支えてくれた優しい人達が居て本当に良かったとそう思った。


 この後、もう暫く天然失礼系のロイドの話を詳しくした。

 ロイドが私達の正体を知って失礼なことをしたのではなく、付き合いのない新しい商人が来るといつもそうやって相手の反応を愉しむのだとリアムに教えて貰うと、本当に人が悪い……性格が悪い人なんだなと思ってしまった。リアムのお兄さんなので勿論口には出さなかったけれど、あの性格は一生治らないだろう。


 ビルとカイの兄であるジンも妹を売り払うという最悪な行動をしたが、お酒と賭け事と縁を切ってからは心を入れ替えて真面目に頑張っている。反省しているのか怯えているのかは分からないけれど、やり直すことが出来ていると思う。

 けれどロイドは身内だけでなく他人の不幸も楽しむ人間のようだ。更生とか心を入れ替えるとか無縁な人のような気がしてしまった。実際はお尻ぺんぺんをして反省を促して見なければ分からないところだけれど……


「あ、リアム、店長補佐のヴァロンタンさんにウチにおいでって声掛けといた」

「はあ? ヴァロンタン?」

「知ってる人?」

「勿論だ、ランスの後を任せられるのはヴァロンタンぐらいしかいないだろうしな……っていうか、ランスが居なくなって、ヴァロンタンまでいなくなったらウエルス商会は潰れるんじゃねーのか?」

「わー、やっぱりヴァロンタンさんは凄い人だったんだー」


 あの我儘なロイドの下について店をまとめているんだ、ヴァロンタンはやっぱり出来る男だった様だ。あの店の本当の店長はヴァロンタンなのだろう。それを邪魔するロイド……目に浮かぶね。


 ニコニコと笑って「ヴァロンタンさんがロイドを捨ててウチに来てくれたらいいよね」とリアムに伝えたら、お前恐ろしい事言ってるぞと吹き出して笑って居た。リアムに笑顔が戻って良かった。クルトもぶり返した怒りが収まったみたいだしね。


 お昼を食べ終わると、既に夕方近くなっていたため皆で帰ることになった。

 結局私は店の建設を今日は手伝えなかったので、次回の内装と庭づくりは頑張ろうと誓った。どんなことがあろうとも絶対にね! こうして店舗建設一日目は無事に終了したのだった。

 

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