第369話 王都散策

「ねー、クルトー、良いでしょう?」

「ダメですよ。外には出られません」

「ぷー」

「頬を膨らませてもダメです。ここで大人しくして居ましょう」


 私は今馬車の中だ。

 建設工事前に、光り輝き出した体から魔力を放出しようと試みた所、セオに粉々に切り刻まれた私の魔力玉は、結界の壁にぶち当たりその威力で結界を壊してしまった。

 その為大人しく待っているか、先にブルージェ領主に戻るかを選択され、待つ方を選んだのだが、何故か馬車の中に押し込まれてしまったのだ。


 王都店建設用の土地の端に休憩用のテントを準備したので、私はその中から皆んなの作業の様子を見てテント内で待つつもりで居たのだけれど、リアムに 「作業を見てたらまた興奮するだろう」 と言われてしまい、今馬車の中に閉じ込められている状態なのだ。酷い話しである。


 勿論かぼちゃの馬車の中は空間魔法のお陰で広い。普通の馬車よりかーなーりー広い。座席は柔らかいし、居心地は決して悪くない。だけどここで何もせずに大人しくしているのはつまらなかったのだ。


 なので一緒に閉じ込められたクルトにちょっとお散歩にでも行こうと声を掛けた所、却下されてしまった。それもマッハで。


 別に遠くまで行こうと言っている訳ではなく、近くにある商業ギルドあたりまでお散歩しましょうと言っているだけなのだが、それでもクルトは危ないからといって認めてはくれなかった。とっても残念だ。私はどこまでも信用が無いらしい……


「ララ様、良いですか、護衛であるセオ様が今建設工事の作業でララ様の側を離れているんですよ。慣れているブルージェ領ならまだしも、ここは敵の占い師がいるかも知れない王都です。絶対に散歩なんてダメですからね」

「じゃあ散策は? 散策なら良い?」

「言い方を変えたってダメです。だったらブルージェ領に先に帰りましょう」

「ぷー」

「頬を膨らませても、俺を睨んでも、可愛い顔をしてもダメな物はダメです。ララ様はもうちょっと危険を引き込まない努力をして下さいね」

「ぷっぷー」


 結界を壊したのは私とセオなのに、何故か悪いのは私になってしまった。

 勿論新店が建てられるという興奮を抑え込もうとして溢れ出した魔力を放出したのは私なのだけど、皆が目の前で楽しい作業をしているのに馬車で大人しくしているなんて耐えられなかった。時間があるので、壊した結界魔道具でも直そうかなと思ったら、オクタヴィアンが実験したいと自分の物にしてしまったのだ。


「この結界魔道具を研究して、ララ様が魔力を爆発させても壊れない様な結界魔道具を作りたいと思います!」


 と目をキラキラさせて言われてしまっては、お願いしますとしか言いようが無かった。リアムがそれ程の強度が必要な結界魔道具はララしか使い道がなさそうだけどな……なんてぽそりと言って居たので、オクタヴィアンには絶対に成功してもらって使い道が他にも有る事を証明してほしい物だ。

 例えば……ドラゴン襲撃とか? 魔王襲来とか? ウイルバート・チュトラリー登場とか? かな? 折角なのであの子を閉じ込められるぐらいの結界が欲しいところである。





 馬車の窓から見える景色をボーっと眺めながら、私はある良いことを思い付いた。

 そう、要は馬車から降りなければいいのだ。

 馬車に乗ったままこの辺りを見て回ればクルトも文句は無いだろうし、私も楽しい。一石二鳥じゃないか! と――

 ニヤニヤ顔でいるのが分かったからか、クルトがため息をつきながら話しかけて来た。それもあきれ顔で。


「ララ様、また何か悪い事を考えているんじゃないんですか?」

「悪い事なんて考えてませんよ。ただーー」

「ただ?」

「馬車で王都を見て回れば危険はないかなーって思って」


 王都には知り合いもいる、ワイアット商会のジョセフ・ワイアットや、ダレル・プリンス伯爵、その息子のメルキオッレとは友人だし、ブルージェ領のスター商会の燐家だったチャーリー・エイベル夫妻とも友人だ。夫妻の長男のダニエルはブルージェ領の祭りのたびに、双子のグレアムとギセラに会いに来たという口実で遊びに来て居る。

 それにセオの騎士学校での友人であるコロンブの鍛冶工房も王都にある。王子であるレオナルドやアレッシオにも会いに行こうと思えば行けるし、魔石バイク隊の様子を見に行ってもいい。考えてみれば王都にも行きたい場所が沢山有る事に気が付いた。


 その事をクルトに伝えると、アダルヘルムが良くやる頭を押さえる仕草をした。頭が痛いといったところだろうか。そんなに悪い案では無いと思うのだけれど……


「ララ様、そんなにつまらないならブルージェ領に戻りましょう」

「でもこの後何か手伝う事が出てくるかも知れませんし……」

「だったらこのまま大人しくここで待ちましょう。大好きな本でも読んで」

「ぷー」


 私は魔法鞄からクルトに言われた通り、本を取り出した。

 ティボールド・ウエルスこと ”ルド・エルス”先生の新作小説だ。

 大人しくティボールドの本を読もうとしたところで、クルトに本を取り上げられた。


「 ”ルド・エルス” の本はダメです!」と真っ赤な顔で。


 会頭としては従業員の作った物は把握が必要だと思うのだけど、結局クルトにそう説明してもその本を返してくれることは無かった。まあ、原稿の時に既に読んでいるから内容は分かっているのだけれど……クルトの怖い顔を見てその事は黙っておいた。


「はー……分かりました。ララ様、馬車でこの辺りをぐるっと一周しましょうか」

「えっ?! 良いの?」

「はい、その代わり、その後は馬車で大人しくしていて下さいね」

「はーい」


 良い笑顔でお返事すれば仕方がないなーという風にクルトも笑顔を向けてくれた。

 ようやく王都観光を納得してくれたようだ。


 馬車でこの辺りを一周という事なので、先ずはゆっくりと商業ギルド方面にと向かった。

 王都の道路だけあって、広いのでゆっくり馬車で走っていても邪魔にはならない。かぼちゃの馬車は御者なしで走るため、のんびり走っていても注目を浴びる。セオの出してくれた紺色の馬車なので綺麗な馬だなーと、道行く人が振り返っているのが分かった。

 こうやって旅にでも出たかの様に窓から外を眺めるのも楽しい物だなーと旅行気分でそう思った。


「フフフ、クルト、【バス】旅行みたいで楽しいですねー」

「はい、こうやって王都を見るのも中々面白い物ですね」

「あ、あの店は何でしょうか?」


 気になる店が見えると、クルトが紺馬君に指示を出して止まってくれた。

 馬車の窓から見えた店は魔道具屋さんのようだった。身体強化を掛けて店の中を覗き見る。

 一番いい場所にはガラスに入れられた魔法袋が飾られていた。形は前世のナップザックのようだ。背負って使えるようにしてあるという事は旅行用なのだろうか? クルトに聞いてみると冒険者向けかもしれないと教えてくれた。


 値段はなんと13ロット、かなり高い。

 どうせならスター商会の魔法袋を買って欲しいと思ってしまう金額だ。もしかしたら私が作る物よりも中の容量が広いのかも知れないけれど……


「クルト、今度あのお店に行ってみたいです。色々な魔道具の値段を見てみたいです」

「そうですね、セオ様がいるときなら構いませんよ」


 クルトから許可が下りたので、スター商会の王都店が出来たらお散歩の時にこの店には行ってみようと決めた。きっと私では想像できない様な魔道具があるに違いない。何てったって王都だもん! 森の中で育った田舎娘が都会に出てきた感じなのだから、ワクワクが抑えられなかった。


 また馬車は進み、今度は大きなレストランが見えてきた。

 ガラス張りで、外には護衛も待機している、どう見ても高級そうな店だ。

 店の看板には ”ブロディシ” という名の店名が書いてあった。サシャに聞けばどんなお店か分かりそうだ。


「クルトあのレストラン、”ブロディシ” ってお店知ってますか?」

「いや……俺はあんまり詳しくは無いですね……ずっとブルージェ領に居ましたし、王都に来たのも仕事のついでばっかりですからねー」


 それも王都の一等地にある高級店だから、自分には無縁だとクルトは笑って居た。

 だったらここにも次回セオとクルトと私の三人で来てみようと決めた。クルトは頷きながらスター商会より美味しい食事を出す店は無いと思うけれどと笑って居た。この辺の店はスター・リュミエール・リストランテのライバルとなる、敵情視察は大事だろうと納得してくれたのだった。


 馬車はまた進み、ぐるっと回って新店の裏側の大通りにへとやって来た。

 こちらの道もスター商会新店側の道に負けじと賑やかで栄えている。大きな店ばかりと言ってもいいだろう。


 その中で化粧品店を見つけたので馬車をまた止めた、隣の店は装飾品店だろうか、女性好みの宝石が店のショーウインドウに飾られてある。この辺りは女性向けの店が多いのだろうか、ドレスがショーウインドウに飾られている店もあった。でもショーウインドウと言うよりもガラスの窓の大きいバージョンと言った方が正しいかもしれない。それも柵付きのだ。スター商会の様に割れないガラスでない限り、泥棒に入られる可能性もあって、何もせず窓際には怖くて高価な商品を飾ってはおけないだろう。幾ら護衛を雇って居たとしても商品が盗まれる可能性はあるのだから。


 この辺りもスター商会王都店が落ち着いたらゆっくりと見て回りたいものだ。

 リアムは王都に住んでいたし、この辺りの店には詳しそうだなと思った。リアムに案内してもらえば楽しく回れるかもしれない。そう出会った時にブルージェ領を案内してもらった時の様に……


 懐かしい思い出に頬を緩めながらまた馬車を走らせ進んでいくと、レンガ造りの二階建ての、この辺りでは一番大きそうな店の前に着いた。

 店の前には護衛が数名いて、それからドアマンらしき人物も見えた。この世界だと下働きの子かも知れない。見るからに若そうで、成人前と言っても納得できるような子だった。店は豪華な造りで、門は金色で出来ていて、ちょっと派手過ぎるようにも感じた。店の作りも白っぽいレンガを基調にした固い作りになっていて、全体的に角ばった建物だった。有名店なのかな? と止まってみると、”ウエルス商会”と看板に書いてあるのが見えた。


 クルトも気が付いた様で「あっ、ここは……」と声を出していた。

 どうやらこの豪華な店はリアムの実家であるウエルス商会の本店のようだ。窓から目を凝らして店を見ていると ガチャッ と外から馬車の扉を開けられる音がした、振り返って見てみると、ドアマンのようだと思った男の子が私達の馬車の扉を笑顔で開いたところだった。


「ようこそ、ウエルス商会へ」


 私とクルトは引きつった笑顔を浮かべたまま、少年に促されるように馬車を降りたのだった。


 

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