第349話 星に願いを

 レオナルドとの会話を終えてそろそろ室内へと戻ろうかと話していたところで、裏庭から聞きなれた声が聞こえてきた。


 今日のユルデンブルク騎士学校の裏庭は、普段の訓練の為の広々とした簡素な物ではなく、花を飾りライトアップをしてと、夜会の庭にピッタリな美しいものに様変わりしていた。王族がこれだけ来ているのだから、質素なものには出来なかったのだろうけれども、学校側のこの日に対する気合の入れようが分かった気がした。


 卒業式には父兄もやってくる、ユルデンブルク騎士学校の父兄は貴族が殆どだ、噂や情報社会で生きている貴族に対してあまりにみすぼらしい庭は見せられなかったのだろう、急遽であってもテラスから見えるその庭は十分に美しい景色だった。

 その庭に一組のカップルが楽しそうな様子で会場から出てきた。

 手を繋ぎとても良い雰囲気だ。


 私は身体強化を掛けなくても最近は少しは動けるようになっていたが、今日はダンスだけでなく、長い時間の活動だった為に、朝からずっと身体強化を掛けっぱなしだった。

 その為遠くで楽しそうに話している会話も聞く気がなくてもそれなりに聞こえて来てしまった。


 そう、私の耳に飛び込んできたのはルイとマティルドゥの会話だった。二人は良いムードのまま庭のベンチに腰かけた。この場でその話を聞いても良いのかと思っていたら、遂にルイからの告白が始まってしまったのだった。


「マティルドゥ……マティは今も結婚なんてしたくないと思ってるのか?」


 ルイはマティルドゥの瞳をまっすぐと見ながらそんな事を問いかけた。

 マティルドゥは昔から周りの男の子達に ”鬼娘” と恐れられていたそうで、結婚には何の期待も持っていなかった様だ。王家にシモン家が気に入られると、掌を返したように結婚の申し込みや見合いの申し込みなどが実家に押し寄せたらしい、学校内でも突然声を掛けられたりしたこともあって、結婚したいなんて絶対に思わないとそう決めていたようだ。そう、恋を知るまでは……


 マティルドゥは恥ずかしそうに首を横に振った。

 きっとルイとなら結婚しても良いとそう思っているのだろう。離れた場所に居る上に、暗闇なので良く分からないが、それでもマティルドゥが頬を染めて居るのが身体強化を掛けている私にはなんとなく分かった。マティルドゥは可愛らしい少女に見える、とても鬼娘なんて言われるようには見えなかった。


 ルイは「そうか……」と呟くと、マティルドゥの前に膝まづき手を取った。

 

「マティルドゥ・シモン嬢……正直に言う、俺にとって世界で一番大切な人はララ様なんだ……」

「「えっ?」」


 私とマティルドゥの声が遠く離れていたが揃った。

 私の横に居るレオナルドがどうしたのかと私を覗き込んできたので、「シー」と静かにの合図をすると、ルイ達の方を指さした。かなり離れているので、レオナルドは目に身体強化を掛けるとやっと二人の事が認識できたようだった。そのまま私に頷き「了解」と合図してくれた。このまま二人の事の成り行きを見守る事にした。


「前にも話したかも知れないけれど、俺がスラムで困っていた時に助けてくれたのがララ様なんだ……」


 マティルドゥはルイの言葉に小さく頷いた。知っていると言って居るのだろう。マティルドゥはルイを見つめながら言葉の続きを待った。


「だからさ、ララ様は命の恩人で、世界で一番大切な人で、恩返しをしたい人なんだ。俺はララ様を愛してるんだと思う……でも、マティルドゥは、マティはそうじゃなくって傍に居てくれるだけで俺が世界一幸せになれる人なんだ……一緒に居るとすっげー楽しいし、家族になって一緒に幸せを作りたいって思う、そんな相手なんだ。ララ様に対する気持ちは俺の一方通行で構わないのに、マティには好かれたいって思っちゃうんだ……」

 

 マティルドゥはまた小さく頷いた。ルイの言葉を胸に受け止めて居る様だった。


「俺はララ様がこの前みたいに襲われる事が有ったら、絶対に戦いに行って助ける気でいる、そんな時でさえもマティには俺の横で傍に居て一緒に戦って欲しいと思ってる……ずっと一緒に居たい……幸せな時だけじゃなくって、辛い時も苦しい時もそばに居て欲しい……俺はマティがそばに居てくれるだけで強くなれる、そんな気がするんだ……」


 マティルドゥは静かに頷いた。そして――


「マティルドゥ・シモン嬢、俺は、いえ、私は貴女の事が好きです。私ルイ・ディープウッズと結婚を前提にお付き合いいただけますでしょうか」


 ルイがそう言って頭を下げると、マティルドゥは深く息を溢した……そして両手でルイの手を取ると、返事をした。


「ルイ、私も貴方が好きよ。ララちゃんの事も大好き。だから二人で強くなって貴方の主であるララ・ディープウッズ様をお守りしましょう……夫婦として……申し込みをお受けいたしますわ」


 話を聞いて嬉しくなった私とレオナルドは思わずハイタッチをした。

 二人の世界になったルイとマティルドゥから離れるようにテラスを後にして会場に入ると、すぐにセオと会った。私とレオナルドの戻りが遅かったので、心配して迎えに来てくれたようだ。

 レオナルドは私とセオに先に戻るといってセオの肩をポンポンと叩きながら戻っていった。時間をくれて有難うと言って居る様だった。男の子同士の友情も素敵だなと二人の様子にほっこりと心が温まった私だった。


 私はセオと手を繋ぎ、もう一度踊ることにした。

 セオとこうやって夜会で踊れることも今後私の騎士になってしまうと中々できなくなると思ったからだ。勿論他の誰かに護衛を任せてパートナーになって貰うことも可能だろうけれど、セオは私の護衛から離れる気は無いと思った。

 そうあのウイルバート・チュトラリーがいる限り……


「ララ、俺ララに見せたいものがあるんだ」


 ダンスを楽しんだ後、セオがそっと耳元でそんな事を囁いた。

 音楽が鳴っているから近づかないと声が聞こえないと思ったのだろうけれど、カッコ良くなったセオに急に近づかれるとやっぱりドキリとした。セオは自分は学校でモテなかったと言って居たけれど、それは絶対に嘘だなって思った。今だって周りに居る女の子達の視線が痛いのだから。


 セオに手を引かれ、カーテンの裏へと隠れると、その瞬間学校の屋上に転移したことが分かった。

 セオは私の手を引き、屋上の中の一番見晴らしのいい場所へと誘導すると、空へと指をかざした。

 そこはユルデンブルク王都が見渡せる上に、満天の星空が輝く場所だった。

 ここがセオにとって学校で一番のお気に入りの場所なのだと教えてくれた。


 セオは上着を脱ぐと、寒くない様にと私の肩に掛けてくれた。

 小さな私にはセオの上着はぶかぶかで、セオが如何に成長したかが分かった。優しいセオのまま大人になってくれたことが何よりも嬉しかった。チェーニ一族にあのままセオがいたら、今の私達の幸せは無かったのだろう、出会わせてくださった神様には感謝しか無いのだった。


「俺さ、ララが眠りについてた時、良くここに一人で夜中に部屋を抜け出してきてたんだ……」

「そうなの? 誰にも気が付かれなかったの?」


 セオは小さくハハハッと笑うと、絶対に誰にも気が付かれていない自信があるのだと言い切った。セオは気配を察知する能力も高いけど、気配を消す能力もある様だ。チェーニ一族には戻りたいとは思わないが小さな頃の修行があったおかげで私を守れることが出来るのだと、そこは感謝して居る様だった。


「星を見てると、ララがそばに居るみたいでさ……」


 セオは夜空を見ながらそう呟いた。

 週末太陽の日はディープウッズ家に戻ることが許されていたけれど、平日は流石に戻れなかったそうだ。襲われた後の最初の頃は私の事が特に心配でたまらなかったのだと教えてくれた。アダルヘルムが付きっきりで看病して居る事から、通信魔道具で連絡するのも申し訳ない気がして、この星空を見ては私の無事を祈ってくれていたらしい。


 セオは私の前で片膝をつくと、手を取り、額を手の甲に付けた。


「ララ・ディープウッズ様、貴女の騎士として私がお守りすることをお許しください……そして一生貴女の傍に居る事を誓わせて頂けますでしょうか……」

「……セオ……」


 セオはそのまま私からの返事を待った。

 勿論私の心は決まっている、セオとずっと一緒に居たい。その気持ちは出会った頃から変わらないままだ。だけど、私に騎士になることでセオには危険が伴うことになる。ウイルバート・チュトラリーがこのまま何もしかけてこないはずなどあり得ないと思う、その時に大切なセオを危険な目に合わせて良いのかと不安になる。

 あの日あの時、セオが目の前で死んでしまうかも知れないと思った時、私の胸は張り裂けそうだった。怖くて辛くて苦しかった。また同じような状態になる可能性があるのだ。


 だけど……セオが要れば私は強くなれると思う。

 誰かを守りたいと思う事で力が湧いてくる気がする、きっとセオも私と同じ気持ちなのだろう。

 セオも私を守ろうとすることでここまで成長し、強くなったのだから……


 私は深呼吸をすると覚悟を決めた。大事な人を自分の危険に巻き込む覚悟だ。

 セオは私と離れて迄安全でいることは望まない、何故なら私がそうだから、だったら一緒に戦う方が良い……二人ならきっとこれからももっと強くなれるのだから。


「セオドア・ディープウッズ、私は貴方の主として、貴方が私の騎士になることを認めます……けれど、死ぬことは許しません、共に強くなり、一緒に立ち向かう事を私は望みます……だから……これからも私の側で私が成長することを支えて下さい……お願いします」

「……はい、誓います」


 セオは私の手の甲に口付けると、立ち上り私をきつく抱きしめて今度は私の額に口づけを落とした。抱きしめられているとセオの鼓動が良く聞こえた。


「ルイがちょっと羨ましいよ……」

「えっ? 何で?」


 もしかしてセオもマティルドゥの事が好きだったのかな? と思ったがどうやら違うようだった。「ララ早く成人してね」とセオに言われて、きっと背が低くて今日は大変だったんだろうなと悟った。私はその言葉に頷き、牛型魔獣ヴィリマークの乳を沢山明日から飲もうと決意したのだった。


 こうしてセオとルイの卒業パーティーは良い思い出と共に無事に終えることとなった。


 ちなみにトマスとアデルはと言うと……

 アデルからダンスの後で「友達として誘ったのだから無理に告白とかしようとしなくても大丈夫だからね」とトマスは言われてしまい、告白をする事は出来なかった様だ。

 もう暫く二人の友人関係は続く様だった。頑張れトマス……

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