第325話 修行の始まり
テレテン、テレテン、テレテーテテテン、テレテン、テレテン、テレテーテテテン、テレッテー、テレッテーン――
私は今頭の中で気合の入るBGMを流しながら裏庭で修行を行っている。
それは出来るだけ魔力を抑え込みながらただ普通に歩くという事だ。
今の私には猛ダッシュで走ったり、高く跳ね上がったり、長い距離を走る方がとても楽なのだ……レディらしく静々と歩くのがとても堪える……
額には汗をかき、レディスマイルは無残にも崩れ、引きつった顔になっている。
頭の中で元気が出る曲でも流していなければとてもじゃないが耐えられない。
でも スター商会に行く! という目標と、セオと 卒業パーティーに参加する! という目標がある私は、この辛く苦しい修行を頑張っている最中であった。
ううう……ゆっくり歩くことがこんなに苦しいなんて……
スター商会に行くのは今一週間後を目標にしている。
この歩き方を顔を引きつらせないで出来るようにならなければアダルヘルムからは許可が下りない。
皆が私に会いたいと言って待ってくれているとリアムから聞いて、修行に気合が入ったのは良いのだが、魔力を抑え込もうとすればするほど体から魔力が溢れ出そうになる……だけどここで負けたらダメだと私は歯を食いしばる。
絶対にスター商会に行くぞー! おー!
自分の店なのに、今や二年も眠っていたためにお上りさん状態だ。
店がどんなふうに変わっているのか気になって仕方がない、リアムもアダルヘルムに言われたからか、余り店の事は詳しく話してくれない、きっとディープウッズの屋敷から私が勝手に抜け出すのを恐れて居るのだろう。
こんな不安定な体では流石に私も屋敷を抜け出そうとは思わないが……
普通に生活したい……
今はただそれだけだ……
今朝も朝食の際、ナイフでお皿迄切ってしまった。グラスは持った瞬間砕け散り、少し気を抜けば床に穴が開く……
歩く魔力兵器……その名はララ・ディープウッズ……
このままでは子供たちを普通に抱きしめることも出来ない。
アーロとミアの子である(そして私の孫でもある)可愛いステラはもう歩き、言葉も少し話し始めているらしい。
会いたい、ステラに会いたい。ぎゅっと抱きしめたい!
でも今の私がちょっとでも気を抜いてステラを抱きしめたら……想像しただけで恐ろしくなる……
だからこそ修行にもいつも以上に気合が入る私なのだった。
「フーフー」言いながら顔を苦しそうに歪める私を、隣で並んで歩くクルトが心配そうに見てきた。
クルトは私の ”ゆっくり歩く修行” を隣について見守ってくれている。
出来るだけゆっくり裏庭を一周するという過酷な修行に嫌がることなく付き合ってくれているのだ。
仕事の一環としてなのかも知れないがハラハラした様子のクルトを見ていると、感謝の気持ちで一杯になる。ただし「ああ!」とか「うわ!」とか、私がフラフラするたびに合いの手を入れられると笑いそうになって魔力が爆発しそうになるので、それだけは止めて欲しいのだけど……
「ララ様、大丈夫ですか?」
「……ええ……クルト……ふう、ふう、もう少しで……ふう……一周です……大丈夫……」
クルトの応援もあり、そして心の中のBGMの効果もあり、何とか何も壊さずに裏庭を一周歩くことができた。
やった、やったよ! やっと一周できたよー!
と私は心の中で叫び、裏庭の木に手を置いた。
次の瞬間長く伸びていた大木は……ギギギギーと音を立てながら後ろへと倒れて行った……
ここに来て油断してしまった私とクルトは啞然となる。
ドドーン! 大きな音と共に砂埃が立ち、私はやばいと焦る気持ちで魔力が溢れてきた。
うわわわー! やばいよコレ! もう抑えきれないよー!!
体から溢れ出した魔力はもう抑えが利かなくなり、諦めた私は空へと癒し爆弾を打ち上げた。
ドーン! ドドーン! もういっちょドドドーン!
空へ癒し爆弾を打ち上げてスッキリした私は、ガックリと項垂れた。
「クルト……やってしまいました……」
「はい……ララ様、最初から上手くは行きませんよー。でも、今日は裏庭一周歩けたじゃないですか、それだけでも素晴らしいことです……」
「クルト……有難う……」
魔力を放出したので私の体は随分スッキリした。
もしや、毎朝癒し爆弾を打ち上げれば普通に生活出来るのでは? とも思ったが、結局感情によって急に爆破したくなる可能性もあるので、体に魔力を馴染ませる必要がある。
それにこのままでは魔道具作りや、お菓子作りなども出来ないままだ。少しでも力を込めてお菓子を作ろうものなら作業台まで壊してしまう。魔道具作りも同じだ。
やっぱりこの魔力量と上手く付き合っていくしか無いだろう。
木が倒れた事で大きな音がした為、アダルヘルムやマトヴィルが裏庭へと駆け付けてきた。二人とも癒し爆弾の音も聞いた為か、苦笑いを浮かべている。
「アダルヘルム……マトヴィル……」
私は修行が失敗した事にシュンとなるが、アダルヘルムとマトヴィルは呆れていた訳では無いようで、苦笑いからクスクス笑いに変わった。
「ララ様、大丈夫ですよ、初めから上手く出来たら修行とは呼べません、失敗も想定内です」
「そうだ、ララ様、どんどん失敗しちまっても大丈夫だぜ、癒しが飛べば皆喜ぶからなっ」
ガハハハハッ! と笑うマトヴィルの横でアダルヘルムが (どんどん失敗は無いだろ…… )という様な様子で目を細めてマトヴィルを見ていた。二人の姿に何だかディープウッズ家に戻って来たなっと言う気持ちに改めてなれた。
だからこそ気になる事が私にはある。
庭から見えるお母様の部屋の窓をジッと見つめた。
私が意識を取り戻してからお母様には一度もお会いしていない。
もしかして体調を崩しているのかしら? とも思ったけれど、それならそれでアダルヘルムが私に教えてくれるはずだ。
他の皆も私にお母様のことをなにも話さない。
何かあるのではないか? とどうしても思ってしまう。
「ララ様、今日の修業はもう終わりにいたしましょう。最初から無理は行けません、明日は先にベアリン達と武術の訓練をしてから魔力調整の練習をしてみましょうか、先にある程度魔力を使えばきっと体が随分楽になるはずですよ」
「はい、アダルヘルム、有難うございます」
私はクルトに抱っこされて部屋へと戻る事にした。
だいぶ魔力を使ったけれど部屋までまた魔力を抑えながら歩くのは大変だろうと、甘やかしてくれた。
部屋ではアリナが待っていてくれて、湯浴みをアリナが行ってくれる。着替えやお風呂場の入浴セットを使うのも今の私には難しいからだ。
洋服のボタンなんて全て飛ばしてしまう可能性があるし、お風呂は破壊する可能性もある。
アリナには申し訳ないが暫くはお任せするしか無いだろう。
「アリナ、ごめんなさいね。お世話お掛けします」
「まあ、お嬢様、謝らないで下さいませ、私は嬉しいのですよ」
「えっ? 嬉しい?」
アリナは私の背中を洗いながらクスクスと可愛いく笑う。やっぱり私のアリナは可愛い。
「お嬢様は小さな頃から何でもお一人で出来ますでしょう、私、ちょっぴり寂しかったのですわ」
アリナは私のお世話が本格的に出来ていたのは、二、三歳までだったと、それに私はその二、三歳の時でさえ小さな子に有りがちな我儘や癇癪など何も無い手の掛からない子だったと、懐かしそうに話してくれた。
確かに中身が蘭子だったのが小さな頃はもっと強かった気がする。早く大人になりたいとも思ってもいた。
お世話されることが自我が目覚めてからは恥ずかしかった記憶もある。そう考えるとアリナには物足りなかったかも知れない。
「フフフッ、でもお嬢様は違う意味で手が掛かりましたけどね。フフフッ、木から逆さまに落ちた時は流石に肝が冷えましたもの」
確かに……お転婆だったなと今なら分かる……
あの時はちょっと街を見てみたかっただけなのだけど、アリナには心配を掛けて申し訳なかったなと思った。
「アリナ……心配掛けて申し訳無いです……」
「フフフッ、お嬢様、私は嬉しいのですよ」
「嬉しい?」
アリナは私の髪を流しながら、本当に嬉しそうに話してくれた。
「お嬢様がお眠りの間、子供達が居たとはいえ、屋敷内はひっそりとしておりました。それがお嬢様が起きた瞬間から賑やかになって……私だけでなくオルガや他の者達もお嬢様が居て下さるだけで幸せなのですよ……」
「アリナ……」
「でも、あまりお転婆なのは困りますけどね、フフフッ、体調が戻られたらレディレッスンも再開致しましょうね」
私が力なく「はーい」と答えるとアリナはまた笑っていた。
湯浴みが終わり、部屋へ戻ると食事をスノーとウィンが運んで来てくれた。まだ暫くは部屋内での食事になりそうだ。
皆と普通に過ごす為にも修行を頑張らなければならないと思う。
私は食事のサーブをしてくれているアリナに、お母様の事を聞いてみる事にした。ただの風邪気味なだけかもしれないと淡い期待を持って……
「アリナ……お母様は……お元気なのかしら?」
アリナは一緒小さくビクッとなった気がしたけれど、直ぐに笑顔に戻った。私を心配させたく無いのが見て取れた。
「お嬢様、アダルヘルムからは何か聞いておりますか?」
私はフルフルと首を横に振った。
すると軽い風圧が起きてテーブルの上の物がガタガタと揺れ、スノーとウィンが慌ててテーブルを押さえていた。
ちょっとした動きも気を付け無ければと、焦ってしまった。
小さく声を出して答えれば良かった……
「奥様は今少し伏せっていらっしゃいますの……」
「えっ?! じゃあ直ぐに」
「いいえ、大丈夫ですわ、何の病気でもございません……お嬢様はまずは自分の体調を戻しましょう。奥様もそれをお望みですわ」
アリナの言葉に頷こうとして、グッと耐え、「はい」と小声で返事をした。
お母様は会話は出来るだけの元気はある様だ。
私の様に眠っている訳では無いと分かって少しホッとした。
まずは自分の事を自分で出来る様になってからお母様に会いに行こうと決めた。
もう大丈夫と胸を張って言える様に……
夜寝る前にアリナが本を読んでくれた。
アリナはお嬢様が字を覚える前以来ですわ! と喜んで楽しそうに読んでくれた。
ただ私がクルトと昼間に選んだ本は暗器の本だった為、あまり良い顔はされなかったけれど……
暫くは絵本にでもしておこうと思った夜だった。
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