第324話 ダメ?

「ララ……目覚めて良かった……」


 セオはそう言いながら大事そうに私の頭を撫でた。


 先程まで泣いていた瞳はまだウルウルと潤んで居て、紺色の宝石のようでとても綺麗だった。


 私はもうあまり幼さの残っていないセオの頬にそっと手を置いた。


 セオの事を愛おしいとそう思えた。世界一大切な私の家族。大事な人……


 あの場所から二人とも生きて帰れてとても良かったと心からそう思えた。


「……ララ……俺お願いがあるんだけど……」


 セオはそう言うと私の手を取り、ジッと目を見つめてきた。

 カッコ良くなったセオの大人びた姿に、母親同然の私とはいえ少しドキリとした。


 セオは優しい笑顔を浮かべ私にそのお願いをした。


「学校の卒業式のパーティーに俺のパートナーとして出席してもらえないかな?」

「えっ? ええっ?」


 ユルデンブルク騎士学校の卒業パーティーにはパートナーを連れて出席するそうで、セオは学校の女の子ではなく私を連れて行きたいのだと言ってくれた。レチェンテ国の王子たちも同級生ではなく姉妹を連れて出席するそうだ。どうやら相手を決めれない場合は家族を連れて行く事が普通らしい。

 それならばとは思ったのだけど、ウチのセオならモテモテのはず……本当に幼い姿の私で良いのかと不安になった。


「セオ……ルイは? ルイは誰を誘うの? あ、リタとか?」


 セオは笑いながら首を振った。どうやらリタでは無い様だ。


「ルイはマティルドゥを誘ったよ、三年生に入ってすぐにね。お陰で女の子からの熱烈なアピールは免れたみたい、ルイは結構モテるんだよ」

「えっ? セオだってモテるでしょう? 女の子からアプローチを受けなかったの?」

「ハハハッ、俺は全然だよ、誰からも声なんて掛けられてないよ」


 絶対嘘だ! と思ったが、セオなら気が付かない可能性があると思った。


 何せ長年のリアムの恋心にも気が付いていない位なのだから……


「ア、アデルは?」

「アデルはトマスと、コロンブは妹を連れてくるって行ってたかな……俺だけが決まってないんだ……だって俺はララと参加したかったから……ダメかな?」


 こてんと首を傾げて可愛くお願いをして来るセオが、余りにも破壊力満点で言葉に詰まった。

 こんな私で良いのなら勿論一緒に参加したい。だけど……私のこの状態で大丈夫かなとも不安になる。折角のセオの卒業パーティーを魔力暴走で台無しにしてしまったらどうしようと、少し不安な気持ちで一杯になった。


「セオ……卒業パーティーまであとどれくらいなの?」

「あと……一か月半かな……」

「一か月半……」


 それなら何とかなるかな……と淡い期待が胸に湧き上がる。


 セオが私と行きたいと言うのなら叶えて上げたい! それが親心!


 私はセオの為にも体を一か月半で取り戻して見せると決意した。


「セオ任せて! 私絶対に卒業パーティーに参加できる様にして見せるから!」

「ララ……無理はしなくていいよ、ダメだったら俺は出なくてもいいんだから」

「それは絶対にダメ! セオの折角の卒業パーティーなんだから、絶対に一緒に参加できる様にして見せるから、ね!」


 私はベットの上で フンッ! と気合を入れて少し膨らんできた胸を張って見せた。

 それを見てセオはギュッとまた私を抱きしめた。


「わがまま言ってごめんね、でもララじゃなきゃダメなんだ……俺は一緒に居るのはララが良いんだ……」

「……セオ……」


 セオってば、もう何て可愛い事を言うのだろうか!! 母親冥利に尽きるって言えばいいのかな? もう私の萌え処を良く分かってるよね……本当にもうすぐ成人なのかしら……セオの事が可愛くて仕方ない! 二年会えなかったなんて信じられない位大好きだよ!


 セオの頭を良い子良い子と撫でて居ると、セオは私の体を離して額に口づけをした。

 そして手を取り、パーティーへの申し込みをしてくれた。


「ララ姫……僕の美しい人。銀蜘蛛の毛並みの様に輝く美しい髪、青く光る瞳はモデストの閃光の様……そして戦う姿は陽炎熊が10匹掛かっても敵わない程の素晴らしさ、俺には貴女しか誘いたい人はいません……どうか俺と……いえ、私と卒業パーティーに参加してください、お願いします」

「……セオ……喜んで! 宜しくお願いしますですわ」


 セオはフフフッと嬉しそうに笑うと私の手の甲に口づけをした。

 感動する言葉に、カッコイイ誓い迄立ててくれて、セオはとっても素敵だった。

 これが乙女心なのかもしれないと、ちょっとだけ胸がきゅんとなった。




 卒業パーティーの話が落ち着くと、私は深呼吸をして、覚悟を決めた表情でセオを見つめた。

 セオは何か有るのだろうと分かったのか、私の視線を受け止めてくれた。


「……セオ……私……元気になったら、チェーニ一族の村を探そうと思うの……」

「ダメだ!! 絶対にダメだ!!」


 セオはこの話はもう終わりだという様に私のベットから立ち上がると離れようとした。でも私はそんなセオの手を引っ張り、出て行こうとするのを止める。これはどうしてもセオに認めて貰わなければならない事だと思っていたからだ。


「セオ、お願い、話だけでも聞いて……ね、お願い……」


 セオはため息をつき、渋々だが元のベットの脇に腰を降ろしてくれた。

 ただ、私の方は見てはくれない、顔を合わせたら認めてしまいそうで怖いのだろう。下を向き意識だけは私の方へと向けてくれて居る様だった。

 それだけセオは私をチェーニ一族に近づけたく無いのだろう……コナーの事が有ったから尚更なのかもしれない……だけど……だからこそチェーニ一族に近づかなければならないとそう思っていた。


「セオ……あのね……私、味方を作ろうと思っているの……」


 セオは何も言わず顔を背けたままだ。だけど聞いてくれていると思って私は話を続ける。


「私ね、コナーみたいな人を作りたくないの……コナーはあの時笑顔を張り付けていたけど、全く感情を感じさせなかった。あの人はきっとチェーニ一族の中では優秀だったんでしょう……だけど普通の人としてはとても悲しい人だと思ったの……チェーニ一族を見つけて伝統を変えて行かなければ、ずっとコナーの様な悲しい人が増え続けていくでしょう? ヴェリテの監獄で会ったアザレアだって同じ……自分で生き方を選べなかった可哀想な人だと思う……私はもうそんな人達を増やしたくないの、それに出来たらチェーニ一族の人達を、私達の仲間に付けたいとそう思っているの……」

「……ララ……それは……」

「うん、危険なのは良く分かっている……だから完璧に準備が整うまでは、村を見つけても行くつもりは無いの……だけど……大好きなセオが産まれた村を、いつまでも思いだすのが辛いままにはしておきたくないの……だからお願い……私に力を貸してくれないかしら? ねえ、セオ……ダメかな?」


 セオは苦しそうな表情になった。

 あの村の事を思い出すときっと今でも辛いのだろう……


 そこに私は行きたいと言っている。

 大事なセオを傷つけているのかもしれない……

 本当ならば近づかない様に、主としてはセオを守らなければならないのかもしれない……


 だけど、私はセオを理由にして村に行こうと言っている。大好きな人に酷いことをしているのかも知れない、ズルい言い方なのかも知れない……だけどもうセオの産まれた村からコナーの様な、人間とは呼べない様な人を出したくなかった。


 あの日会ったコナーは感情の無い人形の様だった。

 笑顔は張り付いて居たけれど、全く笑って居ない事だけは良く分かった……


 もしセオがあのまま助かって村にいたら?……同じ様に感情の無い人形になって居たのだろうか?


 それだけは我慢ならなかった……セオは優しくて面白くって、ちょっと過保護で、それで心が強い素敵な人……チェーニ一族の人達は自分を知らない被害者だ……


 もう同じ様な被害者は出したく無い。

 

 誰だって幸せになる権利はあると思うから……




 セオは膝の上に乗せている手をギュッと握っていた。

 苦渋の選択なのかもしれない。


 私の事を大切に思うからこそ悩んでくれているのだろう……


 私は顔を背けている、セオの背中にそっと手を乗せた。

 セオの心が温かくなるように……と願いながら……


「ララ……絶対に無理はしないって約束してくれる?」

「勿論! 絶対に大丈夫だって思えるまではチェーニ一族には近づかない」

「俺も一緒に行くのは決定だからね……」

「勿論、セオの産まれた村だもの、一緒に行こう。それにアダルヘルムやマトヴィル、クルトもそれにベアリン達も一緒ね……」

「ハハッ……最強だね……」

「でしょう? ちょっと安心した?」


 セオはまたジッと考えている様で黙ってしまった。

 セオがどうしても嫌なら行く気はない。

 一番大切なのはセオの気持ちだ。

 酷い話かもしれないけれど、私は他の知らない人を救う事よりもセオが幸せでいる事の方が大事だ。


 皆が噂する聖女様なんて名ばかりだと思っている。

 自分の大切な人達が幸せなのが一番大事で……それでもいいと思っている。

 世界中の人達を幸せにするなんて、そんな事は無理なのは良く分かっているのだから……


「ララ……分かった。行く。あの村を探して一緒に行こう」

「セオ……」

「でも、絶対大丈夫だって思える程俺が強くなるまではダメだからね!」

「うん、勿論、私も強くなるし! 二年も寝てたから修行再開しなきゃだしね!」

「ああ、一緒に強くなろう ……今度はあいつに負けないぐらいに……」

「うん! 強くなるよ!」


 私とセオは笑い合った。


 必ず強くなる。


 やられて大人しくしているなんて性分じゃ無い。

 やられる前に迎え撃ってやる。

 あの子の好きな様には絶対にさせない。


 そう誓った……




「セオは今から学校に戻るの?」

「ああ、いや、今日は特別に泊まる許可貰ってきた。帰るのは明日の朝早くだよ」

「そうなの?! じゃあ今日は一緒に眠れるね!」

「えっ?」

「えっ? ダメ? 嫌?」


 セオの困った顔を見て気が付いた。

 そう言えばセオも間も無く成人、流石にいつまでも妹(親)と一緒に寝るはずがないよね……と

 私も10歳だし、胸も出はじめている……

 いくら妹にしか見えない幼い子で、セオの恋愛対象にならないとしても流石にセオも気にするだろう……


 私がしょんぼりしているのが分かったのか、セオは困った顔になってしまった。肩にいたキキまで心配そうに私の顔を覗き込んできた。綺麗なキラキラ輝く赤い瞳で私を見つめている。


(オカアサン キキ イッショニ ネルヨ)

「キキ有難う……」


 キキを撫で撫でしているとセオがマジマジとキキを見ている事に気が付いた。さっきまでの困り顔は消えている。どうしたのかな? と首を傾げるとセオがキキに話しかけた。


「キキ? キキって話せるの?」


 そう言えばセオにキキの紹介をして居なかったと思い出した。キキは恥ずかしいのか私の肩に戻ってきた。テケテケ歩く姿がまた可愛い。


「キキちゃん、大丈夫、セオはキキちゃんのお父さんですよー」

(セオ オトウサン? キキノ オトウサン?)

「えっ? お父さん?」


 セオは蕩けた顔でキキを見つめていたが、”お父さん” と言われて驚いて反応した。昔と変わらないセオの様子に思わず吹き出してしまう。やっぱりセオは可愛い。


「キキちゃん、お父さんは一緒に寝れないんだって、今日もお母さんと二人で寝ましょうねー」

(キキ オカアサン スキ イッショ ネルー)


 セオは羨ましそうな表情だ。

 初めてココやモディと会った時の様で可愛い。


 「うー……」 と言って、何かと葛藤している様だった。


「分かった……ララ、マスターに許可貰うから……そしたら一緒に寝よう」

「良いの?!」

「うん……何とか頑張るよ……」


 キキと「わーい」と喜んでいると、また魔力が溢れ出しそうになって来た。

 やばいやばいとセオに窓辺に連れて行って貰い、癒し爆弾をまた二発空へと打ち上げた。


 そのお陰か? アダルヘルムからはセオと一緒に寝る許可がすんなりと降りた。見張り役といったところだろう。

 セオは「精神統一……」とか何とかぶつぶつと呟いていた。私の異常を感じるためだろう……何だか申し訳なくなってしまった。


 その夜久しぶりにセオの鼓動を聴きながら眠ると、私はすぐに眠りに落ちた。ずっと寝て居た体にはやっぱり負担が掛かって居た様だ。


 明日からはこの体になれる為の厳しい修行を頑張ろうと気合いが入る。セオと一緒に卒業パーティーに参加する為に……


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