第322話 心配かけてごめんね。

「ララ様は……約二年眠っていらっしゃいました……」

「えっ? えっ? ええー!」


 アダルヘルムに診察してもらい、魔力の使い方を少し学んだあと、私はまたベットに戻され衝撃の事実を知った。


 ココの成長や、自分の体が不自由だったこと、それからチラッと会ったセオが大きく成長していたことを考えて、それなりに時間が経っていたことは覚悟していたのだが、それでもまさか二年もの長い時間眠っていたとは思わなかった。


 倒れた時は七歳の終わりだったよね……つまり私はもうすぐ十歳になるの?!


 ウイルバード・チュトラリーは私の体から魔力を無理矢理引き出した。それだけならばここまで眠ることは無かっただろうとアダルヘルムは言った。


 その後私が怒りに任せ、自分の身の丈に合って居ない魔力を体から呼び起こし、暴れたのがいけなかった様だ。

 まあ、要は自業自得である……甘んじて受け入れるしかないだろう。


「アダルヘルム……それにクルトも、心配とご迷惑をお掛けしました……」


 私が布団の中に顔がうずまる程に頭を下げると、頭の上の方でクスクスと笑う声が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げて見ると、アダルヘルムもクルトも一緒になって笑っていた。今日はご機嫌なようだ。


「フフッ、ララ様は、二年も寝ていても、怒ったりはなさらないのですね?」

「えっ? 怒る? 怒るですか? えっ? 誰にですか?」


 アダルヘルムは「はー……」と息を深く吐くと私の目をジッと見てきた。

 アダルヘルムの瞳は緑色で、グリーンガーネットの様に美しい。その目が私を真剣に、そして申し訳なさそうに見ていた。


「ララ様をお守りするのが私の役目です……私はそれが果たせませんでした……あんなにもそばに居ながら油断をし、まんまと敵にララ様を奪われ、これ程の傷を負う羽目になりました……ディープウッズ家の家令として失格でございます……」

「ララ様、俺もだ……俺はララ様の世話係だ……なのにあの時、なんで男子会なんかに出席したんだろうって後悔しかない……本当に済まねえ……」


 二年も私が寝込んでいたのだ、二人は私のお世話を間近でしていた分、自分たちの責任を深く感じてしまって居るのだろう……


「アダルヘルム、クルト……私の方こそごめんなさい……」


 私ももう一度二人に頭を下げた。

 私の無鉄砲な行動が二人を深く傷つけてしまって申し訳なかった。


 謝り合った私達はお互いの顔を見合わせる。


「アダルヘルム、やっぱり私を助けてくれたのはアダルヘルムだと思います。二年もの間、どうなるか分からない私のお世話は大変だったでしょう?」


 アダルヘルムは困ったような顔になった。何ですぐに助けてくれなかったの? とでも言われたかったのかもしれない。

 だけどやっぱりあの時アダルヘルムとマトヴィルが来てくれたことで、私は絶対に助かるとそう思えた。今まさにその通りになっているし、アダルヘルムには感謝しかなかった。


「クルトも、寝たきりの私のお世話は大変だったでしょう? 本当にありがとうございました。クルトがいてくれて良かったです」


 クルトはくしゃくしゃの顔になって涙を流してしまった。それでも何とかこらえようとしているのか顔を天井の方に向けて鼻をすすっている。心労を掛けてしまって申し訳なかったと思う。


 蘭子時代、父が亡くなる前に、私は少しだが介護の経験がある。

 父は認知症とまでは行って居なかったが、それでも介護は大変だった。


 私の場合いつ魔力発作が起きるか分からない状態だったのだ、朝も夜も目を離せなかった二人は、とても大変だっただろう。


 それに勿論ドワーフ人形のスノーとウインも……


 スノーとウインにもお礼を言った。アダルヘルムとクルトはそれを見てホッとしたのか、やっと笑顔になってくれた気がした。責任感の強い分自分を責めてしまうのだろう。


「はあ……ララ様には敵いませんね……さあ、皆が扉の前でララ様に会えるのを今か今かと待っているでしょう……今日は皆に会うのは少しだけで、挨拶だけで終わらせてくださいね、目覚めたばかりなのですから……」

 

 アダルヘルムはそう言いながら優しい笑顔を私に向けてきた。氷の微笑のアダルヘルムは綺麗だと思うけど、この笑顔は美しいと思った。


 こんなに美しい男性がこの世界にはいるのだから、女性として生まれた私は旦那様を見つける事が出来ても努力し続けなければならないだろう……気が付いたら旦那様がアダルヘルムに惚れていた! なんてなったら立ち直れなくなってしまいそうだ……


 そんな事を考えて居たら、アダルヘルムとクルトが扉の前の人達に、私と会う時間は挨拶をする程度にして下さいと、指示を出している声が聞こえた。皆が返事をする声を聞いて、やっとこの世界に戻ってこれたことを実感できた気がした。


 そう言えば神様が「10年振りに会えて嬉しかったわ」と最後に言って居たことを思いだした。神様が教えてくれていたのだから、もっと早く十歳に近い年齢になっている事に気が付くべきだったと、自分のお馬鹿さ加減に笑いが起きた。


 神様はきっと起きた時に私が驚かないようにと教えてくれたのだろう……まんまと驚いてしまったけれど……




 最初に部屋にやって来たのは、タルコット達領主一家だった。

 太陽の日だったからかスター商会に来て居たようで、直ぐに駆けつけてくれたようだった。


 皆がホッとしたように私を見て涙を流している。メイナードは私に抱き着こうとしたが、体が弱っていると思ったのだろう、手を引っ込めようとした。私はそんなメイナードに手を開いて呼び寄せた。


「メイナード、心配かけてごめんね」

「ララ、ララ、良かった……母上達を助けてくれて有難う……」


 メイナードはぎゅうっと私を抱きしめた。私もメイナードを抱きしめ返す。でも魔力が多いのでそっと抱きしめるのを意識する。メイナードの骨が折れてしまっては笑い事ではなくなってしまう。久しぶりに抱きしめるメイナードはとても成長していた。


 私からすると一、二週間ぶりぐらいの感覚なのだけど、実際は二年ぶりに会うメイナードは、幼さが抜け少年らしくなっていた。

 ロゼッタにそっくりだった容姿も、少しタルコットに似てきている気がした。男の子らしくなったのだろう。


「ララ様……妻と、そしてメイドたちを助けて頂いて有難うございました……あの時の癒しがなければロゼッタもベアトリーチェもそしてハンナもドナも助からなかったでしょう……領主として感謝いたします!」


 タルコット達はそう言って皆で頭を下げた。

 本当はもっときちんと助けてあげられたら良かったけれど、あの時の私はあれが精一杯だった。ガブリエラに刺されて亡くなったメイドには申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

 そして泣き止んだ女性陣を見て私は有る事に気が付いた。


 ベアトリーチェのお腹が膨らんでいると……そしてハンナのお腹も……


「タルコット、まさか……」

「ああ、ええ、ベアトリーチェは今八カ月ぐらいです……ハンナは六カ月? だったかな?」

「えっ? ええっ? まさかハンナにまで手を出したのですかっ?!」


 私の怒りにタルコットは高速で首を横に振った。

 凄い慌てように他の領主一家の皆から笑いが起きた。ハンナの赤ちゃんはタルコットが父親では無い様だ。良かった……


 すると誰が? と思ったら、ピエトロがそそっとハンナに近づき肩を抱いた。二人は見つめ合い頬を染めている。どうやらピエトロとハンナは結婚したようだ。嬉しくて思わず顔が綻んだ。


「おめでとうございます!! ああ、起きてすぐにこんな幸せに出会えるなんて! とっても嬉しいです!」


 ベアトリーチェとハンナのお腹をそっと触らせて貰った。嬉しさで魔力が溢れ出そうなのをグッと抑える。癒し爆弾を沢山打ち上げておいて良かったと心からそう思った。


 可愛い赤ちゃんが元気で無事に生まれてきますようにと、さっきまで会っていた神様に心の中でお願いをする。メイナードと一緒に滅茶苦茶可愛いがろうと決意した。


 それから話を聞くと、なんとドナまでもう既に結婚して居る様だった。相手はピエトロの部下のようだ。人柄には問題は無いとタルコットが太鼓判を押していたので安心だろう。タルコットにもメイナードにも心強い味方が益々増えそうだ。


「イタロは……結婚は?」

「いえ、私はまだ……」


 少し困ったような顔をしたイタロを見て、皆がスッと視線をそらした。

 イタロも夜会などには出て居るそうなので、出会いがない訳ではないらしいのだが……そこはやはりタルコット命のイタロだけあって、女性はまだ目に入らないようだ。


 メイナードがあと五年もしたら成人だし、その頃にはきっとイタロも……ダメだ想像がつかない!


 そうだ、神様にお願いしておくね! うん、任せておいて、きっといつか相手が見つかる筈!


 領主一家が出て行くとリアムとティボールドが部屋へと入って来た。


 スター商会を代表して二人が来てくれたようだ。兄弟仲良しの様で安心する。


「ララちゃーん、会いたかったよー!」


 ティボールドが私に抱き着いてきた。顔をぐりぐりと私の頭にこすりつけてくる。痛くは無いけれど、後ろに居るリアムの顔が怖い、大人らしく振舞えとでも思っているのかもしれない。

 ティボールドが離れると私はリアムに手を差し出した。リアムも私をギュッと抱きしめてくれた。いつものリアムのいい香りがして戻って来てよかったとホッとした。


「リアムの匂いがする―。はあー、良いにおーい」


 リアムの胸元でクンクンと匂いを嗅いでいたら、リアムがバッと私から離れた。匂いを嗅がれて恥ずかしかったのか顔が真っ赤だ。相変わらず純粋な乙女男子である。


「ララ……たくっ……お前は本当に……」


 リアムは何かをブツブツ言いながらも優しい顔で私の頭を撫でてくれた。それが嬉しくてへにょりと顔が崩れて「へへへー」と照れ笑いをしてしまった。口では何だかんだと言いながらもリアムはやっぱり優しい。


「リアム、ティボールドもお店を守ってくれて有難う……寝ていても ”任せろ” って声聞こえてたよ」

「……そうか……そうか……」


 リアムは私が声が聞こえたと話すと一瞬驚いたが、かみしめるように「そうか……」と何度も呟いた。リアムの瞳がゆらゆらと揺れていて泣きそうに見えたため、私はまた手を差し出しギュッと抱きしめてもらった。

 リアムの背中をポンポンと優しい力使いを意識しながら摩すり、「有難う……」と伝えた。リアムは涙を堪えているのか、はーと深呼吸をしていた。その姿を兄であるティボールドは微笑ましそうに見ていた。やっぱり兄弟仲は良い様だ。


 私はリアムを離すとニヤリと笑った。リアムに自慢したい事が有ったからだ。


「ふっふっふ……リアム君、実は私は二年間寝ていていい事が有ったのだよ……」

「はあ? 何だその喋り方は……」

「ふっふっふ……知りたいかい?」


 さっきまで泣きそうだったのに呆れた様な顔でリアムは私を見てきた。ティボールドはクスクスと笑って居る。


 リアムを手招きしてそっと耳打ちする。セオが大好きで、乙女男子であるリアムだからこそ話せることだ。あ、ニカノールにも話せるかなー。

 そう、それは……


「実はね……胸がちょっとだけ成長してたの……クックック、凄くない?」


 どうだ! と胸を張って見せたら「馬鹿! 変な事言うんじゃねー!」と真っ赤な顔で全然痛くないデコピンをお見舞いされてしまった。


 どうやら幾らセオ好きであっても胸の話しは男性には禁句のようだ……


 次からは気を付けるね、ごめんね、リアム。


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