第315話 嬉しい悩み

「グフッ、グフフフッ」


 とある昼下がり、ユルデンブルク騎士学校の教職員男子トイレから怪しい笑い声が響いていた。


「今年こそ我がユルデンブルク騎士学校が学校対抗武道大会では優勝だ……ククククッ」


 個室トイレに籠りながら笑って居るのはユルデンブルク騎士学校の武術教師のアレクセイだ。


 今年度の三年生にはディープウッズ家の子息であるセオとルイが居るため、学校対抗の武道大会では負けることは無いだろうとアレクセイは気持ち悪い笑いが止まらなかった。


 毎年ユルデンブルク騎士学校は武道大会では決勝戦までは残っている。

 ただ、ユルデンブルク魔法学校には魔法騎士コースがあり、そこの生徒たちに苦戦を強いられているのだ。昨年は優勝を逃し、苦い思いをした。その為今年はメッタメタのギッタギタにやっつけてやろうとアレクセイは思っていた。勿論戦うのは生徒たちなのだが……


 学校対抗の武道大会は剣術3名、武術2名、そして補欠2名でチームを組み、先に三勝した方が勝ちとなる。勝ち抜き戦では無いため、相手との相性も大切だ。

 ユルデンブルク魔法学校の生徒は剣に魔力を流すのがとても上手で、身体強化に頼りきりのユルデンブルク騎士学校の生徒達が、一番苦手なタイプばかりが集まるチームでもあった。

 これ迄の戦歴も負け越していて騎士学校として恥ずかしいぐらいだった。騎士学校の世界大会よりもユルデンブルク魔法学校に勝つ方が難しいとさえ思う程であった。


 トイレから出て職員室へと向かう途中で英雄のカエサル先生に声を掛けられた。

 アレクセイは一瞬胸がドキッと鳴ったような気がした。英雄であるカエサル先生は獅子のようでとてもカッコ良く、アレクセイの憧れでもあった。

 ちょっとその厚い胸板に手を置いてみたいな……出来れば服の中に手を入れて触ってみたいな……と同僚(・・)としてそう思っていた。決して邪な気持ちではなく、一騎士としての好奇心からである!


「アレクセイ先生、校長がお呼びです。私も一緒に呼ばれていますので、一緒に参りましょう」

「ふわぁい、ゴホン、はい、参りましょう」


 カエサル先生の笑顔が素敵すぎて思わず変な声が出てしまったが、アレクセイは何とか誤魔化した。英雄の不意打ち笑顔は心臓に悪い様だ。騎士大好きアレクセイであった。


 校長室へ着くと、校長はちょび髭を触りながらにこやかに向かい入れてくれた。

 ソファへ促されると、校長が好きな高級なお茶を珍しく出してくれた。


 カエサル先生が口を付けたカップを、後で貰えないか校長の傍付きメイドに相談してみようとアレクセイが考えて居ると、校長がまたちょび鬚を触りながら話を始めた。


「今度の学校対抗の武道大会だがね……カエサル先生に担当していただこうと思っているんだよ、二人共どうだろうか?」


 アレクセイは心の中で『なっ! なんでやねん!』と突っ込んでいた。

 これ迄毎年アレクセイが学生を率いて武道大会には参加していた。それが今年で退職される予定のカエサル先生が引率するなど、自分が今まで頑張って来たことが否定された気がして、アレクセイは怒りからなのか、カップを持つ手がフルフルと震えているのが分かった。


 カエサル先生はそんな様子のアレクセイにチラッと視線を送ると、ある提案をしてくれた。


「校長先生、でしたら私とアレクセイ先生の二人で担当させて頂けないでしょうか?」

「むっ? 二人でかね?」

「ええ、アレクセイ先生はこれ迄の経験がありますし、大会の事もよくご存じです。私も担当するにしても、アレクセイ先生のような心強い味方がそばに居れば、指導する気持ちもより力が入りやすくなります、どうでしょうか?」

「ふむ、それは心強いねー、アレクセイ先生はいかがですかな?」


 校長の自分勝手な行動には頭に来ていたアレクセイだったが、カエサル先生と一緒にと言うのは悪くない……というかラッキー! だと感じていた。


 練習中にカエサル先生の匂いを嗅ぐことも出来る……握手だと言ってそっと手を握ることも出来る……アレクセイにとってこれはラッキーすぎる幸運であった。


「ええ、カエサル先生となら……喜んで……」

「そうかね、なら良かった、二人共優勝目指してぜひ頑張ってくれたまえ!」

「ええ、勿論です。ね、アレクセイ先生」


 カエサル先生はそう言ってアレクセイに向かってウインクをしてきた。

 アレクセイは何かに胸を攻撃されたかのような痛みを感じた。


 カエサル先生……素敵だ……ああ……ずっとそばに居たい……


 こうしてカエサル先生とアレクセイは武道大会に向けて協力する日々が始まった。


 先ずは選手選びで有った。


 剣術の代表はセオ、レオナルド、アレッシオとした。武術の代表はルイとマティルドゥだ。そして補欠にトマスとコロンブが選ばれた。

 

 彼らと共に放課後は厳しい練習を始めた。魔法騎士が居るため、剣からかなり強い魔法が発せられる。生徒たちにそれを説明すると、セオとルイだけはケロッと普通の顔をしていた。


「せんせー、魔獣と一緒って事だろー? 陽炎熊とか火を噴くし」

「ああ……まあ、そうだが……」


 ルイが陽炎熊などと危険な魔獣の名を出したことには驚いたが、アレクセイは平気な顔をして誤魔化した。カエサル先生に恥ずかしいところは見せられないからだ。


「俺のモディとかルイのティモを出して練習しますか? 本当はマスターと師匠のアルとアーニャもいてくれたら一番なんだけど……」


 何だか聞きなれない名が出たとアレクセイは思ったが、カエサル先生は分かっていらっしゃるようで、それは良い練習になるだろうと納得している様だった。

 そしてセオとルイが出した ”モディ” と ”ティモ” という物にアレクセイは腰が抜けそうなほど驚くことになった。けれど憧れのカエサル先生の前だったので何とか踏ん張って堪えたのだった。


 こうしてユルデンブルク騎士学校の生徒たちはモディとティモのお陰もあって、とってもいい練習を行い、試合当日を迎えることとなったのだった。


☆☆☆


 そして試合の日。

 会場はレチェンテ国の管理する大武道場だ。

 広い会場にレオナルドとアレッシオ以外の生徒は目を輝かせていた。

 天井も高く学校の武道場が三個位軽く入りそうなほどの大きさが大武道場には有った。皆こんなところで試合が出来るということに興奮していたのだった。


「セオとルイの兄貴ー!」


 何処からか大きな声でセオとルイを呼ぶ声が聞こえた。振り返るとガラの悪そうな青年達が近づいてきてアレクセイは焦った。ディープウッズ家の子息に何かあったら私の責任になる! だかアレクセイのそんな心配は杞憂に終わり、セオとルイはその青年達に手を振り良い笑顔を向けた。


「アーロン、ベン、チャーリー! 久しぶり!」

「よー! 元気だったかー!」


 どうやら彼らはユルデンブルク領民騎士学校の生徒達の様で、セオとルイとは友人の様だった。

 暫く仲良く話すと手を振って去って行った。「絶対優勝して下さいよ! 兄貴!」とそんな言葉をセオとルイに掛けていた。他の生徒達はセオとルイから話しを聞いていたのか、驚いてはいない様で、結局アレクセイ一人が焦って居たようだった。

 だが、カエサル先生に肩をポンポンと優しく叩かれたので良しとしたアレクセイだった。


 試合が始まりユルデンブルク騎士学校は順調に勝ち上がって行った。

 三回戦では先程のユルデンブルク領民騎士学校の生徒達とも当たったが、問題なく勝つ事が出来た。彼らは我が学校を応援するのだと試合後に宣言していた。

 セオとルイに惚れ込んでいる様なのでそれも納得の事だった。


 決勝戦まで勝ち進むと、やはり相手はユルデンブルク魔法学校だった。ユルデンブルク騎士学校の代表者達は練習の成果を思う存分発揮することとなった。

 先ずはアレッシオ対魔法学校の生徒だ。相手は氷魔法が得意だった様だが、アレッシオはなんなく捌いていた。自分の指導の成果だと喜ぶアレクセイ。

 次はマティルドゥ対魔法学校の生徒。マティルドゥは軽い体を利用して素早く動き、相手が魔法技をだしても軽く避けて居た。相手の魔力が減った所で腹に一撃を入れての勝利だ。

 その次はレオナルド。レオナルドも魔法技を使い攻撃を仕掛けた。レオナルドは雷魔法が得意な様で、剣から発せられる雷の威力に相手は大ダメージを受けて倒れた。


 これでユルデンブルク騎士学校の優勝は決まったが、決勝戦なので最後の5人目まで戦う。


 次はルイ。ルイの相手は炎系の魔法が得意だった様で、ルイは「陽炎熊みてー」とワクワクしていた様だが、その魔法の威力は陽炎熊よりも弱く、ルイは残念な顔をして相手を仕留めていた。


 そして、セオだ。

 な、なんと、相手の学生は毒の刃をセオに向けて来た。こんな危険な戦いにまさかなるとは思って居なかったアレクセイは、もう優勝は決まっているのだからと、試合を止めようとした。だがカエサル先生に素敵にウインクされて止められてしまい、違う意味でも胸がドキドキしたアレクセイであった。


 セオは毒の刃を自分の剣で受けても何ともない様だった。「うーん、軽い毒だね」とボソリと呟く余裕がある様だった。普通の生徒が毒の刃を剣でいなせたとしても、やはり多少は毒を受けてしまう。なのにセオには全く効いていない様だった。

 そして、セオが攻撃を仕掛ければ、相手はすぐに倒れてしまった。

 これで全員が勝利したため、ユルデンブルク騎士学校の完全優勝が決まった瞬間だった。


 優勝旗を貰い。胸を張って学校へ戻ろうとした時に


 「セオ、ルイ」


 とまたディープウッズ家の子息を呼ぶ声が聞こえた。

 邪魔する奴は誰だ?! とアレクセイが振り向くと、そこには憧れの彼の方が立っていたのだった!


「よう、セオ、ルイ、勝ったな」

「「師匠!!」」


 マ、マトヴィル様だー!!


 アレクセイの心臓は早鐘のように鳴っていた。心臓早打選手権が有れば優勝出来るのでは無いかと思うぐらいだ。

 マトヴィル様がセオとルイを抱きしめる姿を見て。アレクセイは羨ましかった。

 自分も背骨が折れる程抱きしめて欲しいと思った。その鍛え上げられた拳で気が狂う程殴られてみたかった。出来たら倒れた自分を踏んでほしかった。右頬も左頬も殴って欲しかった。

 二人の事が羨ましすぎて憎らしくなる程だったが、何とか平常心で堪えてみせた。


「よう、カエサル先生、弟子達が世話になったなぁ」

「いえいえ、マトヴィル様、頑張ってくれたのは生徒たちと、こちらのアレクセイ先生ですよ」


 カエサル先生ナイスパスッ! とアレクセイは心の中でカエサル先生に親指を上げた。マトヴィル様はアレクセイに近づくとバンバンと背中を叩いた。

 アレクセイはその痛(・)気持ち良さに顔が熱くなるのを感じた。鼻血が出ているのではないかと心配になる程だった。


 はわわわわーん、マトヴィル様が俺を叩いている―!!


「カエサル先生、弟子達の指導、有難うなっ、感謝するぜっ!」

「い、いえっ! とんでもござぃやせん!」

「ガハハッ、面白い先生だぜ、気に入った」


 アレクセイはマトヴィル様と握手した手を出来れば保存したいと悩んだ。

 このまま切り取って金庫にでも保管出来たらどんなに良いだろうかと、そんな怖い考えが浮かぶほど嬉しかった。マトヴィル様が帰っていくまで瞬きをしたくないとアレクセイは思う程だった。危険人物である……怖い怖い……


 こうしてユルデンブルク騎士学校は無事優勝し、校長は大喜びする事となった。


 そしてアレクセイは違う意味で忘れられない日となったのだった……


 


 


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