第314話 ユルデンブルクの他学校との交流②

 ユルデンブルク領民騎士学校の剣術教師は、授業前に校長、教頭に呼び出された。

 その内容は交流に来ているディープウッズ家の生徒二人に、くれぐれもケガが無い様にお願いしますとの事であった。

 手を握られ耳が痛くなる程頼まれ、正直(面倒だなー)と思いながら少し遅れて授業を行う校庭へと行くと、そこには驚く光景が広がっていた。


 噂のディープウッズ家の子息二人の周りには、三年二組の生徒たちが白目を向いて横たわっており、それを一組の生徒がポカンと口と目を大きく開けて見ていたのだ。


 剣術教師はそこに足を引きずる様にして近づいて行くと、一組の生徒たちと同じように目と口を大きく開けてしまった。


「い……一体何が有ったんだ……」


 ディープウッズ家の子息は剣術の教師である自分が来たことに気が付くと、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をした。

 そして 「直ぐに皆を起こします」 といって、普段生意気で教師の言う事など聞かない一組の生徒たちを使い、鞄からポーションらしき物を取出して、寝転んでいる二組の生徒たちに飲ませ始めた。


 剣術の担当教師はポーションなんてそんな高価な物を、この子達に与えて良いのかと怖くなったが、自分と同じ様な気持ちの生徒達に「ポーションの代金なんて払えません……」と言われたディープウッズの子息は、「部活で作った物だから気にしないで」と言われ、益々目を丸くして飲んでいた。


 飲み終わった生徒たちからは「うめー!」「何じゃこりゃ!」「ポーションって苦いんじゃなかったのかよ!」などなど驚く声が上がっていた。

 それを聞いた剣術の教師の喉は、思わずゴクリと良い音を立てていたのだった。


「先生すみません、剣の稽古をしていたらついやり過ぎてしまったようで」

「ああ……いや、うん、構わないぞ……」

「有難うございます」


 そう言うとディープウッズ家の子息は、また二組の生徒達を起こす作業に戻った。

 普段生意気な筈の二組の生徒も、一組の生徒もディープウッズ家の子息を、憧れの少女でも見る様な目で見ていた。

 目をキラキラさせている者、頬を染めている者、傍に行って「兄貴手伝います」なんて言って居る者まで居た。

  

 一体授業前に何があったのか、ディープウッズの子息二人は、すっかり暴れん坊の生徒たちの心を掴んで居る様だった。


 皆が起き上がると、セオ君の方が剣術教師に相談をしてきた。少しだけ時間をもらって生徒たちを指導させて欲しいと言うのだ。

 生徒たちも普段ではあり得ない直立不動の姿勢になって「是非お願いします!」と声を掛けてきた。剣術教師は勿論やる気のある生徒達の味方だと、了承の意味で頷いて見せた。


 そしてディープウッズ家の子息の生徒たちへの指導が始まった。皆、身体強化の掛け方が弱いと言うのだ。

  

 剣術の教師も含め、生徒たちはディープウッズ家の子息の言葉に耳を傾ける。自分の体の中心から感じる魔力が大切なのだと、皆を1列に並ばせては腹の辺りに、セオとルイが自分の魔力を軽く流し、魔力の感じ方を教えて上げた。


 普段から鍛えている子達だからか、コツが分かると身体強化の掛け方が格段に上達した様で、セオとルイに褒められて頬を染めていた。もう一組も、二組の生徒達も皆、彼らにメロメロの様だ。


「いい、身体強化の覚えたては魔力切れを起こし易いからくれぐれも気をつける事、暫くは一人の時は身体強化を行わない様にね」

「「「「はい!」」」

「よーし! じゃあ覚えた奴は俺と手合わせしようぜー」

「はい! ルイの兄貴宜しくお願いします!」

「げっ、ベアリン達みたいな言い方やめろよなー」


 セオはまだ身体強化が出来ない者の面倒を、そして身体強化が出来た者はルイが指導をして手合わせを行った。

 たった一時間の授業だったが、入学してから一番良い授業だったと皆思って感動していた。勿論剣術の教師もである。


 そして二時間目も無事? に終わり、三時間目、四時間目も男子ばかりの生徒たちから熱い視線を浴びながら、セオとルイは楽しく授業を終わらせた。


 お昼の時間になり、セオとルイも魔法袋から何か出して食べようかと思ったが、一部の生徒しか昼を摂って居ない事に気が付いた。

 すっかりセオとルイの舎弟の様になった、ルイの隣の席のアーロンに聞いてみると、貧乏な奴が多いから昼は抜く奴ばかりなのだと教えてくれた。


 体を作るには食事が大切だ。

 育ち盛りの彼らの事を考えると、セオとルイは何かをして上げたくなった。すっかりララに染められ彼らの親の様になっていたセオとルイだった。


「よし! それじゃあ、裏庭で皆でバーベキューをしようか!」

「おっ、それ良いなー! やろやろ!」

「ば、ばあーべきゅう?」

「そう、アーロン、先生に許可を取りたいんだけど、どの先生に聞けば良いかな?」

「あ、た、担任なら……多分、大丈夫っす……」

「了解。ルイ先に裏庭行ってて、他のクラスのお昼の無い子達も誘って上げてねー」

「おう、了解。準備始めとくぜー」


 アーロンを含む一組の生徒を誘い、剣術の授業の時に声を掛けてきた二組のベンも誘い、二組の生徒達皆も引き連れて、裏庭にルイは向かった。


 他のクラスの奴にも声を掛けてとルイがアーロンとベンに頼むと、沢山の生徒たちが裏庭に集まった。


 そして裏庭でルイがこの中で魔獣を倒せる奴がいるかと声を掛けると、数名が冒険者をやっていると手を上げた。

 ルイは魔法袋から陽炎熊やレッカー鳥などを出し、魔獣に慣れている者には捌くようにと指示をだした。

 その他の生徒達には野菜を切らせたり、簡易テーブルなどの準備をさせた。


 バーベキューのコンロを準備すれば、後はセオを待つだけだった。


「ルイ、先生から許可降りたよー」

「おーし、焼くぞー!」


 セオはニコニコしながら、職員室から先生を沢山引き連れて裏庭へとやって来た。

 先生達もバーベキューが気になったのか、ディープウッズ家の子が何をやるのか気になったのか、興味津々でワクワク顔をしている。


 生徒たちはルイの掛け声と共に肉を焼き出した。焼肉のタレという良い香りのするソースが配られると、皆肉が焼けるのを待ち切れなくて涎が垂れそうな様子だった。


「皆、肉ばっかじゃ無くて野菜も食べること! パンもご飯も有るから取り合いしないでね!」

「「ウィッス!」」

「ホラ、焼けたぞー、一年も二年も遠慮するな、肉はまだ有るからなー!」

「「アオイッス」」


 生徒も先生たちも皆「美味い、美味い」と言って口いっぱいに頬張って食べている。

 焼き係に徹したセオもルイも、皆の喜ぶ様子に大満足だった。


 若い子達ばかりなのであれだけ準備したお肉も、あっと言う間に食べ尽くしてしまった。ほぼ全校生徒言っていい人数がいたので、それも納得だろう。


 片付けは準備をしていない生徒達が率先して手伝ってくれた。セオとルイは「休んでいて下さい」と言われて、片付けの様子を見守りながら過ごす事にした。


 ユルデンブルク領民騎士学校は、余り評判の良くない学校だと聞いていたけれど、全然そんな事は無いとセオとルイは思った。

 きっと皆素直になれなかった理由があっただけなのだろう。


 片付けが終わるとセオとルイはアーロンとベンに質問をする事にした。ブルージェ領からこの学校に来てる人は居ないか? と言う質問だ。二人が知っているのは三年三組のチャーリーだと教えてくれた。


 セオとルイは三組の教室に行くと、そのチャーリーに声を掛ける事にした。アーロンとベンもセオとルイの舎弟気分なので、勿論兄貴の後について行く。

 学校中の生徒の胃袋を掴んだセオとルイは、本人達の意図しない所ですっかりこの学校の番長(ボス)になっていた。他校の生徒なのにだ。


「君がチャーリー?」

「ああ……あの、さっきは美味かった。ありがと……」


 チャーリーはアーロンに負けないくらいガッシリとした青年だった。平均よりちょびっと小さいルイは羨ましそうだ。それにアーロンは三組の子達に声を掛けて、バーベキューの片付けを一生懸命やってくれていた好青年だった。

 セオはニッコリと笑って手を差し出した。


「セオです。チャーリー宜しくね、こっちはルイ。俺達ブルージェ領から来たんだけど、スター商会の星の牙って知ってる?」

「し、知ってる! 憧れだ! メルキオールさんとかマーティンさんとかスゲー尊敬してる!!」

「そっか、なら良かった。冬の長休みの頃にスター商会で護衛の募集をするんだ。もし興味あるなら受けにおいでよ」

「えっ? な、なんで、俺に?」


 突然の事に驚くチャーリーに、星の牙が今までこの学校から生徒を採用していたことを話した。

 そして人柄を見て大丈夫そうだったら、スター商会の代表として、この学校に来たときに就職しないかと声を掛けてみようと思っていたことも伝えた。


「チャーリーはきちんとお礼を言える人だ、クラスの皆に声を掛けて片付けもしてくれたし、それだけで十分だと思ったんだ」

「そうだぜ、元奴隷とか、元囚人とか、元スラムの人間とかもスター商会には居るんだぜ」

「「「へえええっ?!」」」


 チャーリーだけでなくアーロンとベンまで驚いていた。そんな店はあり得ないようだ。


「もし受ける気があるなら、俺とルイの名前言えば大丈夫だよ。交通費も出るから、安心して受験してみて」

「ああ……受ける……受けたい……有難うな……」


 チャーリーと話し終わってアーロンとベンの方へと視線を送ると、二人が何故かもじもじしていた。何かセオとルイに言いたい事がある様だ。


 二人は顔を見合わせると、頷いてセオとルイに声を掛けてきた。


「あ、あの、兄貴たち、それってブルージェ領出身じゃない俺らでも受けれるのか?」

「二人共……スター商会が分かるの?」

「な、名前は知ってる……最近王都でも聞く名だから……」

「そうか、面接は誰でも受けられるから、大丈夫だよ」


 セオの言葉を聞いてアーロンとベンは明らかにホッとしている様だった。でもそこでセオが二人にくぎを刺す。


「でも、人に意地悪するような奴は取らないからね、そこだけは良く考えてね」

「ああ、勿論だ」

「兄貴、分かったぜ!」


 こうしてセオとルイのユルゲンブルク領民騎士学校での生活は、生徒達とも先生たちとも打ち解けて充実した一週間となった。


 そして遂に最終日。

 皆に挨拶をするセオとルイ。

 二組の生徒や三組の生徒たち、それから一週間の間、食事や稽古を付けて貰った生徒たちは、学年関係なく二人の見送りに現れていた。


 涙を流すもの、握手を求める者、先生たちまでもが狭い一組の教室に皆集まっていた。


 セオとルイはそんな皆に笑顔で別れの挨拶をした。


「楽しい一週間だったよ、有難うね」

「学校対抗の剣術、武術大会でまた会おうぜ」


 こうしてセオとルイが去った後も、毎年ユルゲンブルク騎士学校からユルデンブルク領民騎士学校へ生徒が訪れるようになり、以前の様に喧嘩腰の問題事は起きることは無くなり、学校の評判も上がったのだった。


 そして校長、教頭は全てディープウッズ家のお陰だと、感謝したのだった。

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