第304話 夏の長休み②

 間もなくブルージェ領で ”第二回夏祭り” が開催される頃、セオとルイはクルトと一緒にユルゲンブルク騎士学校へと向かっていた。


 それは騎士学校の友人であるトマス、コロンブ、マティルドゥ、アデルの四人が、今日から一週間ディープウッズ家へと訓練を兼ねて泊まりに来るからだ。


 ララの事件があった為、去年約束していた ”合宿” は無しにしようと思っていたのだが、アダルヘルムから「皆が来ればララ様が喜ぶ」と言われ遠慮なく誘う事にしたのだった。


 学校の前に着くとマトヴィルの兄であるオクタヴィアン・シモンの付き添いの元、皆既に馬車から降りてセオ達が到着するのを待っていてくれた。


 この暑い中外に居て大丈夫かなとも思ったが、かぼちゃの馬車と違い普通の馬車に室内の温度を調整する物など無いため、外の日陰にでもいた方が涼しいのだろうなと納得したのだった。


「皆、おはようー」

「「「「セオ、ルイ、おはよう!」」」」

「おはようございます!!」


 オクタヴィアンの大きな挨拶でセオもルイもクルトも耳がキーンとしたが、顔には出さずに握手をした。オクタヴィアンは気合いが入り過ぎているのか、顔が真っ赤だった。使用人たちやトマス達はそれ程では無いのに既に汗だくだくで、一人だけ日陰ではなく太陽の下にでも居るかのようだった。どうやらかなり興奮して力が入っている様だ。


「よし、それじゃー行きやすかい? 皆馬車に乗って下さい」


 トマス達がクルトに促されてかぼちゃの馬車に乗り込み始めると、オクタヴィアンがつぶらな瞳でそれを羨ましそうに見ていた。前回の冬の長休みの時もそうだったが、ディープウッズ家に来たいのが見るからに分かった。マトヴィルに憧れがあるからだろう。


 オクタヴィアンは今年でユルゲンブルグ騎士学校を卒業だ。就職先は王城だとマティルドゥから聞いている。武術が得意で体も大きくその上父親が王家の指南もしていたと有って、オクタヴィアンは様々な就職先から引く手あまただった。

 その中から自分の希望通り第一王子の近衛隊への就職ができた様だった。マティルドゥの話からだとオクタヴィアンは本来は見かけとは違って本好きの穏やかな性格のようだ。厳つい風貌だというのを自分で認め、そうある様に努めて来ていたようだった。なので王子を城で守る近衛になれて良かったと思っているそうだ。


「一番上の兄上と私は見た目は母上に似て中身は父上似なの、アン兄上はその反対、見た目が父上で中身が母上なの、本当は騎士などになりたくは無かったのではないのかしら?」


 以前マティルドゥが皆で中庭でお昼を摂っているときにそんな事を言って居た。オクタヴィアンは優しくて自分の気持ちを我慢してしまうそうだ。王城勤めも実は図書室に自由に出入りできるようになるから希望したらしい。


 しかし、今後城勤めになるという事は、もうディープウッズ家へ来ることも難しくなるだろう。仕事もあって時間が取り辛いという事もあるし、卒業してしまえばマティルドゥの兄とはいえセオ達と顔を合わすことも無くなる、それに王家嫌いのアダルヘルムが来訪を許すとは思えないからだった。


 大型犬の様なオクタヴィアンが、皆が楽しそうに馬車に乗りこむ姿を、寂しそうにシュンッとなっている見ている所を目の当たりにして、魔獣好き、動物好きのセオは何だか可哀想になって来た。


 それに以前ララも冬祭りの後に「次回はマティルドゥのお兄さんも誘ってあげよう」と言っていたのも思い出した。チラッとクルトに視線を送り、クルトも「しょうがないでしょう……」と頷いたのを見て、セオはオクタヴィアンに声を掛けることにしたのだった。


「オクタヴィアン先輩、先輩も一緒に来ませんか?」

「へっ?」

「あー……ディープウッズ家へ……我が家へ遊びにいらっしゃいませんか? 急ですけど、洋服などは我が家にありますので遠慮はいりませんし、マティルドゥ達の保護者役として、どうでしょうか?」

「い、い、いいいいんですか?!」

「はい、御迷惑でなければどうぞ」

「は、は、はい! 是非お願いします!! あ、あ、有難うございます!」


 オクタヴィアンは「はわわわわー」と口元を抑えながら蒸気した顔になった。

 元々暑さと興奮で真っ赤だったのに今や湯気が出そうなほどだ。周りの使用人達が「良かったですね、アン坊ちゃん」と言いながらハンカチで目元を押さえていた。

 それ程オクタヴィアンはディープウッズ家へ来たかった様だ。使用人たちがこれ程喜んでいても妹のマティルドゥは肩を竦めるだけで特にオクタヴィアンに対しての思い入れは無い様だった。流石父親似と自分で言うだけの妹である。


 皆で馬車に乗り込むとやっと出発だ。

 シモン家の使用人達は涙を拭ったハンカチを振り、見送りをしてくれた。

 オクタヴィアンはクルトの隣に座り色々と質問をしていた。


「何故馬車の中が涼しいのですか?」

「この馬車の中の広さはどうなっているのですか?」

「馬は? 御者は? 椅子の座り心地の良さは?」


 とにかく色んな事が不思議で仕方がない様で、クルトがタジタジに成程だった。質問する声が段々と大声になってくるとマティルドゥに「兄様五月蝿いですわ」とピシリと注意され、外に居た時の様に真っ赤になったオクタヴィアンだった。


 ディープウッズ家の屋敷に着くと、転移部屋の前には時間を見計らって迎えてくれたアリナとドワーフ人形のルミとアイスが待って居てくれた。それを見たオクタヴィアンがまた「はわわわわ」と変な声を出した。


「こ、これは……彼らはもしかして、魔道具ですか?!」

「まあ、分かりますの?」

「は、はい! ドワーフの様ですが、こんなに和かなドワーフには私は会った事が有りません! どちらかと言うと人族に近い様な造りですね!」

(オキャクサマ オハナシクダサイ)

「成程、素晴らしい着眼点ですわね。ララ様にお話しておきますわね」

「何と! この様な素晴らしい子達をあの方が?! 素晴らしい叡智をお持ちなのですねー」

「まあ! 分かりますの?」

(オキャクサマ ニオイヲカガナイデクダサイ)


 ララが褒められてアリナはご機嫌だ。他の子達との挨拶もそっちのけでララの素晴らしさについてオクタヴィアンと話し出してしまった。ポカンとしてる皆を連れてクルトが先導してアダルヘルムの部屋へ向かう事になった。

 オクタヴィアンはドワーフ二体を軽々と抱っこし、アリナと楽しそうにお喋りしながら後を付いて来ている、話の内容はかぼちゃの馬車を作った天才少女ララだった。

 アリナも大切なお嬢様であるララの話に生き生きとして嬉しそうだった。


 アダルヘルムの部屋に着くと流石のオクタヴィアンもドワーフ達を離し真剣な表情になった。有名な騎士であるアダルヘルムが目の前にいるのだそれもしょうがないだろう。


「本日はお招き頂きまして有難うございます!」

「ふむ、ようこそいらっしゃいました。夏祭りの日はともかく、それまでは訓練をしっかりと行いましょう、皆成績表は持ってきましたか?」

「「「「はい」」」」


 皆鞄から成績表を出すとアダルヘルムの前に置いた。アダルヘルムはじっくりとそれを見てから皆に声を掛けた。なぜか一番緊張していたのは成績表を出していないオクタヴィアンだった。


「ふむ……そうですね、先ず、マティルドゥ、君は計算が苦手なようだね、アリナについて貰い計算を中心に勉強していきましょう」

「はい、有難うございます」

「トマス、君は魔法学が苦手なようだね、そこは私が見よう」

「はい、有難うございます」

「コロンブ、君は平均的に点が取れている様だ、全体的に伸ばせるように多くの問題になれるようにしよう」

「はい、頑張ります」

「アデル、君は古語が苦手なようだね、これもアリナに見て貰いながら本を読んで慣れてみよう」

「はい、有難うございます」


 アダルヘルムは子供たちに笑顔で頷くと、最後にオクタヴィアンの方へと向いた。オクタヴィアンは正面からアダルヘルムを見たせいか、また朝の時の様に汗が噴き出ていて、真っ赤な顔で緊張しているように思えた。


「マティルドゥの兄上のオクタヴィアン殿だったね、セオが急に誘ったらしいが予定は大丈夫だったのかな?」

「は、はい!! 全く問題ございません!!」


 隣に座っていたトマスはオクタヴィアンの大声に耳がキーンとなった。お前の兄ちゃん声でけえよ! とマティルドゥに視線で訴えておく。マティルドゥはペロッと舌を出し貴族の女の子らしからぬ行動をしていた。


「君は三年生で学校を卒業したのだね、就職先は決まったのかね?」

「は、はい! レチェンテ国の王城にて、第一王子の近衛隊に決まりました!!」

「……ほう……王子の……」


 何だか急に部屋の中の気温が下がったような気がして、皆一瞬顔を見合わせた。だが冷気を発しているのがアダルヘルムだと分かるとごくりと喉を鳴らした。


「フフフ……そうですか……ではここに居る間は私が鍛えてあげましょう……」

「は、はい! 光栄です! 有難うございます!!」


 後ろに控えているクルトでさえアダルヘルムの冷たい視線にゾクゾクしているのに、それを向けられているオクタヴィアン本人は嬉しいのか益々蒸気した顔になっていた。アダルヘルムに声を掛けられて嬉しくてしょうがない様だった。


 アダルヘルムと共にララが眠る部屋へと皆で向かう事にした。声を掛けて少しでも早く目覚めて貰いたいからだ。年ごろの男の子達は女の子の寝室に入って大丈夫なのかとドキドキしていたが、アダルヘルムは気にしていない様だった。


 ララの部屋に入りベットで横たわるララを見て皆が「ほう……」と息を吐いた。

 透き通るような白い肌に、赤く艶やかな唇、金色に輝く髪、まるで人形のように芸術的なララの美しさに皆が不敬かもしれないが 「美しい……」 とそう思っていたのだった。


 ララに近付き皆でそっと声を掛けた。

「遊びに来たよ」「会いたかった」「早く元気になったね」「また一緒に遊ぼう」などなど思いつくままに話しかけた。それを傍で聞いていたオクタヴィアンがアダルヘルムに提案をした。


「あの……アダルヘルム様、以前妹が声を吹き込める目覚ましをララ様から頂いてきたのですが……それに声を吹き込んで時間ごとに声を流すのは無理なのでしょうか?」

「ほう……」


 アダルヘルムに見つめられてオクタヴィアンは赤い顔になりながらも話を続けた。


「セオドア君や、ルイ君は学校が始まれば毎日は声はかけることが出来ないと思います……その目覚ましがあればララ様は喜ぶのではないでしょうか?」


 オクタヴィアンが話し終えるとアダルヘルムはニヤリと笑った。

 皆がその笑顔を見て「ひっ」と心の中で悲鳴を上げたが、オクタヴィアンだけは「はわわわわ」とまた変な声を出し自分の拳を本当に口に入れていた。良く分からないが感動して居る様だった。


「フフッ、オクタヴィアン殿……君は見所がある様だね……魔道具に興味があるのかな?」

「は、はい!! 私は魔道具造りが趣味でして……実はあの目覚ましも……妹に内緒で……ちょっと……」


 オクタヴィアンはマティルドゥが居ることを思いだした様で、最後の方は尻つぼみになってしまった。アダルヘルムは満足げな様子だ。


「ふむ……後で君をリアム様に引き合わせるとしよう……王家などには勿体ない人物の様だ……」


 クックック……と悪巧みをする様に笑うアダルヘルムを見て、皆が背中に冷たい汗を流したのだった……

 勿論オクタヴィアン以外が……

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