第303話 夏の長休み
夏の長休みがやって来た。
セオとルイはディープウッズ家の屋敷に戻り、アダルヘルムと向き合っていた。
テーブルにはそれぞれの成績表が置かれ、アダルヘルムがジッとそれを見つめている。
セオもルイも納得の行く成績が取れている筈なのに、アダルヘルムに見られていると思うと、何故かドキドキと緊張してしまう。マトヴィルだったら全然違うだろうとそう感じていた。
アダルヘルムの持っている雰囲気がそうさせるのか、自分達がアダルヘルムに怯えているのか……
とにかく緊張中のセオとルイであった。
「ふむ……二人共良く頑張っているようですね。セオは全てにおいて高い得点を取れている様で、私も教師として満足していますよ」
「有難うございます」
「ルイは良くここまで成績を上げましたね。一年間で3位まで順位を上げたのは素晴らしいと思います」
「有難うございます」
セオもルイもアダルヘルムに褒められてホッとした。
自分の為に頑張っている事とは言え、指導をしてくれているアダルヘルムに恥はかかせられない。その上ディープウッズ家の名を背負っているから尚更だ。この成績を維持して行こうと決意した二人であった。
「担任からのコメントの欄に、セオは誰にでも優しいと、ルイは場を明るくすると書かれている。二人共友人も多い様で安心をしたよ。この評価ならばララ様にも満足して頂けるだろう……」
アダルヘルムは笑顔だが、少し悲しげな表情でそう言った。
ララはまだ目を覚さない。発作の様に体に溜まった魔力を放出する日がまだ度々あるのだそうだ。危険な状態からは出たとはいえ、心配は続いている。アダルヘルムは自分の不甲斐なさを責めている様だった。
アダルヘルムの執務室を出て、セオとルイはララの部屋へと向かった。寝ているララに声を掛ける為だ。
リタやブライス、アリスがいつも声を掛けると、何となく微笑んで見えるのだそうだ。だからセオとルイも声を掛けて、ララに早く目覚めて貰おうと思っていた。
ララの部屋に着くと、あの時の蝙蝠がララの側にピッタリとくっついていた。セオは蝙蝠を見るとあの日を思い出して胸が痛む。
この蝙蝠が悪い訳では無い事は、頭では分かっているのだけど、どうしても心の中では憎くなってしまう。
蝙蝠の体の色と瞳の色を見ると、あの青年を思い出してしまうからかもしれない。
この蝙蝠も痛め付けられていた被害者なのは分かっているのだけど……
ララの側に付いていたクルトが、気を利かせてか席を外してくれた。三人で「ゆっくり話して下さい」と言って部屋から出て行った。
ララがまるで起きているかの様な口ぶりに、クルトもララの目覚めを待ち侘びているのだなぁと思った。
セオは気を取り直してララの手を握ると、学校の事を話して聞かせた。ルイもセオの隣りに座り、合いの手の様に会話に加わっている。
成績の事、剣術、武術大会の事、カエサルの事、トマスやコロンブの事、部活の事など、一年間の思い出を沢山話した。ララが早く起きてくれれば良いなと思いながら。
「ララ、皆んな待ってるから早く起きてね……」
セオがそう言うとララが手をギュッと握り返した気がした。驚いているとルイが「ララ様笑ってる!」とララを指差した。
この後声を掛けてもララが起きる事は無かったけれど、ちゃんと話が聞こえているのだと思うと嬉しくて、セオとルイは笑い合った。
その後はスター商会に向かった。
リアム達に会うのも久しぶりだ。逞しくなったセオとルイを見て、リアムはガバッと二人をいっぺんに抱きしめて来た。リアムは背が高くて手足が長い。幾ら二人が大きくなったとは言え、リアムからみたらまだまだ子供の様だ。
「良く帰って来たな! 待ってたぞ!」
リアムはセオとルイの肩を抱きながら、ソファに座る様にと促した。スター商会は相変わらず忙しい様なので、仕事は大丈夫かな? と心配になったが、周りの皆もニコニコして三人の様子を見ている事から、セオとルイが帰って来るのを楽しみにしていてくれたんだなぁと分かって、二人共ちょっと頬が熱くなるのを感じていた。
ガレスがお茶とおやつをセオとルイの前に置いてくれた。リアムには何故かお茶だけだ。あんなにお菓子大好きなリアムにおやつが出ないなんて! 病気か何かなのかと二人は心配になった。
「リアム……お菓子食べないの……?」
そう問いかけるとリアムはお茶を飲みながら、固まってしまった。ランスがニヤリとしている所を見ると、聞いて欲しく無かった事の様だった。
リアムはちょっと赤い顔になりながら、頭をカリカリ掻いた。やっぱりちょっと恥ずかしそうだった。
「まー、何だ……願掛けだ……」
リアムはボソリとそんな事を言ってフイっと顔を逸らした。バクバクおやつを食べていたルイが、お茶をぐびっと一気に呑み干すと、服の袖で口元を拭い、リアムに話し掛けた。
「リアム様、ララ様が起きるまでお菓子食べないのか?! スゲーな、あんなにお菓子大好きだったのになっ、それだけララ様の事愛してるって事かっ?!」
「はぁ? ばっ、ルイ! 馬鹿、何言ってんだ!」
リアムは真っ赤かである。周りの皆はクスクス笑いだ。ルイは何故リアムがそんなに赤くなるのかと首を傾げた。
「へっ? 俺なんか変な事言ったか? セオもララ様の事愛してるだろ? 俺もだぜ、ララ様がこーゆーのを ”家族愛” って言うんだって教えてくれたからな!」
「かっ? 家族愛?!」
「そうだぜ、ララ様はスター商会の皆んなの事を家族だって言ってたからな! 愛してるんだって!」
「ハハハ、そ、そうか、家族愛か、ララらしいな……」
ハハハーと力なく笑いながら、リアムはソファの背もたれに寄り掛かった。セオとルイと会った、ちょっとの時間で疲れきった様な顔をしている。
セオは立ち上がるとそんなリアムの肩をポンポンと同情する様に優しく叩き、他の皆にも挨拶に行くと言って部屋を後にした。ルイもセオの真似をしてリアムの肩を叩いていたが、リアムは苦笑いを浮かべていた。
スター商会の皆にも戻った挨拶をする為に、まずは裁縫室へと向かった。
裁縫室ではノアと女性たちが楽しそうにお喋りしながらも、手だけは高速にせわしなく動かしていた。
セオとルイはその仕事の様子を見て、女性とは実は目が四つあるのではないかと、少しだけ怖くなった。
「セオ、ルイ、お帰り、戻って来たんだねー」
少し背が伸びたノアが、ニコニコっと可愛らしい笑顔で話しかけて来た。あまりララに似ていないはずなのに、やっぱり笑った姿は兄妹だなと思えて、先程見たララの寝ている姿を思いだし、少しだけ胸が痛んだ。
ノアはそれに気が付いたのか、全くもう……というような困ったような顔をして、セオとルイに抱き着いてきた。
「わあ、セオ、背が伸びたねー」
ノアは明るく場を和ませるように、セオの周りをまわりながらそう言った。女性たちがそのノアの様子に、可愛い子犬でも見る様な目を送っていた。
この部屋ではノアは皆のアイドルなのだ。ちょっとした仕草でも可愛くて仕方が無い様だった。
「ちょっと大人っぽくなってるし、ララが目を覚ましたらきっと驚くよー」
フフフッっと笑いながらも、ノアはララはきっと目を覚ますから大丈夫だよとでも言うように、セオの腕をポンポンと叩いた。セオはララと繋がっているノアの言葉に、ちょっとだけホッとした。
「ちょっと、ノア様、俺は? 俺だって背が伸びたんだけど!」
「ああ……ルイ……そうだね……そう言われれば伸びたかな?」
「はあー? 何だよそれー」
「ハハハッ、だって僕だって背は伸びているからねー、同じぐらいだけ伸びても、あまり変わったように見えないんだよねー」
「げー、何だよそれー」
ルイは不服そうに唇を尖らせ腕を組んでいた。ノアがそんなルイの頭をポンポンと叩いた。
「ほら、僕が背伸びしなくてもルイの頭には手が届くだろう?」
皆がクスクスと笑いだし、ルイはガックリと肩を落としていた。
そんなルイの手を引いて、仕事の邪魔になるからとセオが裁縫室から出て行こうとすると、ノアがそっと話しかけて来た。
「セオ……ララは今夢見てるだけだから……大丈夫だからね……」
ウインクしてそう言ったノアに「有難う」と言ってから、今度こそ部屋を後にした。
それから各店にも挨拶に回った。
スターベアー・ベーカリーは相変わらずの人気だったし、スター・ブティック・ペコラは忙しそうだったので、目が合ったティボールドの護衛のディエゴにだけ、手を振って店を後にした。
決して夏物セール開催中のスター・ブティック・ペコラに押し掛けたマダム達が怖かったからではない……目の色が変わっていてゾッとしたのは確かだが……セオもルイも恐怖を感じたが声には出さなかった。
そして最後にスター・リュミエール・リストランテにも顔を出した。厨房ではディナーに向けて忙しそうだったので、セオとルイは少しだけお手伝いをした。
料理部に入った話をしながら、手際よく野菜を切ったり剥いたりと手伝っていて楽しかった。
それから子供たちにも会いに行った。
王都の有名店の甘ーいお菓子をお土産で渡すと、皆一口食べて酷い顔になった。
こんな物が有名なのか?! と真面目な顔でゼンが言うので、セオもルイも思わず噴き出してしまった。
二人も初めて食べた時は同じ感想を持ったからだ。その菓子はただただ甘いだけで、全く美味しく無い物だった……
それから可愛いステラにも会いに行った。
ステラは体もしっかりとしてきて、セオとルイを指差して「だー」とか「うー」とか言って居た。ララが居たら「可愛い可愛い」と大騒ぎしそうだなと思って、ふっと笑いが出た。
スター商会はララが居なくなっても変わらず温かいままだ。
皆が努力してララの為にと、変わらないようにして居るのが分かった。ララが起きた時にガッカリさせないように、驚かせられるように……皆前に進んでいる様だった……
「はー……俺も負けてられないな……」
「なんだよ、セオは学校で一度も負けてないだろう?」
「ハハハ、違うよ、そうじゃなくって、もっと頑張らなくっちゃって事だよ」
「はあ? セオそれ以上強くなるのかよ……はあ……もう、嫌になるぜ……」
そんな事をルイと話しながら、ディープウッズ家へと戻った。ララはまだ寝たままだけど、自分がやる事は一つだけだとセオはもう俯かなかった。
ララが起きた時に絶対に驚かせてやろうと、そう思うだけでセオは自然と笑みがこぼれていた。
次の日……メルキオール達が、自分たちには挨拶が無かったと拗ねて居るのをセオとルイは見合って笑い、ごめんなさいの意味を込めて、剣の練習の相手を買って出たのだが、護衛達皆にポーションが必要になる程に張り切ってしまった為、その後暫く声が掛かることは無かったのだった。
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