第300話 王の頭痛

 レチェンテ国の王であるアレッサンドロ・レチェンテは執務室の机に着き、ニンマリと良い笑顔を浮かべていた。


 フッフッフ……まさかあの噂が本当だったとは……ディープウッズ家と縁が結べれば、この国は私の代で更なる発展を迎えることは間違いないだろう……


 レチェンテ王は三男であるレオナルドの事を思い浮かべていた。

 始め騎士になりたいと言い出した時は、王子なのに何を馬鹿なことを言って居るのだと叱咤した。守られるべき王族が守る側に回るなどあり得ない事だときつく注意をした。


 きっと従弟である二歳上のカミッロ・ユルゲンブルクが騎士学校に入学したことで、馬鹿な憧れを持ったのだろうとそう思っていた。


 大公は一代限りだ。いずれユルゲンブルク家の子供たちは長男以外は王族からは離れることになる。

 だからこそ下の子達は自分で生き抜くために騎士を目指した様だが、レオナルドも自分を同じ立場に見ていたのかと、父親として腹が立っていた。

 だが、レオナルドの話を聞くと自分の浅はかな考えにアレッサンドロは恥じ入ったのだった。


『私は王族として兄上の手助けが出来る、そんな人間になりたいのです!』


 レオナルドが騎士を目指したのは第一子で有り、皇太子である兄を助けるためであった。


 その話を聞きレチェンテ王は涙した。何と兄思いで優しい息子かと感動をした。


 誰からも認められるような成績で卒業し、兄の近衛隊の隊長になれるほどの実力を付けるようにと激励して、ユルゲンブルク騎士学校への入学を許可したのであった。


 そしてそこで思わぬことに、ディープウッズ家の子息と同級生で有る事が分かった。


 レオナルドが友人となり縁を結べば、この国の発展は間違いないだろう。

 だからこそ王としての命令で、入学式の日に息子のレオナルドにディープウッズ家の子息と仲良くなる様にと伝えたのだった。


 フッフッフ……ディープウッズの娘を我が息子の嫁に出来たならば……


 友人の妹と婚姻など貴族では良くあることだ。

 入学式で見たディープウッズの娘は、見たところ孫や末の息子と変わらないぐらいだった。

 見た目が良いレオナルドならばあの姫の心を射止めることが出来るかもしれないと、レチェンテ王はほくそ笑んでいた。


 レオナルドが無理でもわが国にはまだ末息子と孫がいる……チャンスは十分に残されているだろう……


「ハッハッハッ!」と王が突然笑い出したことで、周りに居る事務官達は驚いた顔になった。

 王はハッとし一つ咳ばらいをすると、「すまぬ……あー茶を頼む」と言って誤魔化した。ただ心の中では高笑いは続いたままで有った。



 ある日の事――

 それは朝、王が寝室で目覚めた時だった。

 突然目の前に見たことのない黒い物が現れ、レチェンテ王の胸元へと降り立った。


 恐る恐るその不思議な紙を開いて中を見てみると、ディープウッズ家の伝説の騎士、アダルヘルム・セレーネ様からの手紙であることが分かった。


「なっ、なっ、何と! アダルヘルム様!!」


 直ぐに飛び起き枕元にある眼鏡を付けた。

 もしやもう姫とレオナルドの婚姻の申し込みか? と期待に胸が弾んだが、手紙の内容を見て冷たい汗が溢れだした。


『レチェンテ王、そなたがご子息のレオナルド・レチェンテ殿が、我が姫に働いた無礼に付いて聞いておられるでしょうか? また王子付きの護衛殿ですが、我が姫に暴力迄働こうといたしました。そしてこれまでの我が家の養い子であるセオドアとルイに対しても、養い子と見下した態度が多く見受けられたそうです。これはディープウッズ家に対しての攻撃とみなして宜しいでしょうか? 戦う気が無いのであればすぐさま行動を改める様、レオナルド殿に指導を願います。ちなみに次は無いのでご注意ください。アダルヘルム・セレーネ』


「なっ、なっ、何だこれは!! どう言う事だ!!」


 レチェンテ王は思いがけない手紙に驚きが隠せなかった。


 ユルゲンブルク騎士学校にレオナルドが通う為に付けた護衛はシャトル侯爵家の息子で、今年ユルゲンブルク騎士学校を卒業したばかりの若者だ。

 レオナルドの行動を監視し、諫める役目もあるはずの護衛のルイージ・シャトルが、手紙には姫に暴力を振るおうとしたと書いてあった。

 ルイージからの報告書にはレオナルドの学校での生活は至って順調と記されていて、ディープウッズ家の子と剣術大会の代表になったとも書いてあった。

 王はてっきり仲の良い友人となり上手くやっている物だと疑いもしていなかった。


 それがディープウッズ家からのこの手紙である。この国の存亡の危機だと王の顔は青ざめた。


 王はすぐさま部屋付きの執務官に指示を飛ばした。


「朝一番でレオナルドと、学校に付き添った護衛のルイージ・シャトルを呼び出せ!」

「はい、畏まりました」


 王の怒りは部屋の水入れを投げつけても収まらなかった……



☆☆☆


 レオナルド王子は冬の長休みで帰城しており、久しぶりの王城での生活をのんびりと過ごしていた。

 騎士学校の生活は規則正しく、リラックスした時間を作ることは難しい。

 それに前期のテストでは、セオはともかくルイに抜かされないようにと必死に勉強した。


 剣術、武術の成績は認めたくは無いがルイの方が上なのは分かってしまった。せめて勉強では負けないようにと必死になって勉強していたのだ。


 今はそれから全て解放されて、やっと王子らしい優雅な生活を取り戻せていた。


 せめて今週いっぱいは何もせずにのんびりと過ごそうとそう思っていた矢先に、父である王からの呼び出しが入ったのだった。


「ふむ……何であろうか……」


 王に会う為の身支度を整えながら、なんの呼出しかとレオナルド王子は考えていた。


 学校から戻ってすぐに帰って来たことの挨拶は済ませてある、となると考えられるのはディープウッズ家の ”冬祭” とやらに誘われなかったことだろうか?


 祭りはブルージェ領で行うと言って居た。所詮田舎の祭りだ、誘われなかったから何だと言うのだ。父もきっと理由を聞いたら納得するはずだろう、レオナルド王子はそう甘く考えていたのだった……


 父と会う為面会室の前へと向かうと、レオナルド王子の学校の護衛騎士であるルイージが父親のシャトル侯爵と共に青ざめた顔で待っていた。


「ルイージ……そなた迄呼び出されたのか?」


 ルイージは青い顔のまま小さく「はい……」と呟くと、父親と一緒に面会室へと入った。ルイージの父親であるシャトル侯爵には何故か怒りの色がにじみ出ていて、レオナルドとは簡単な挨拶をするだけでその後は目も合わそうとなしなかった。

 一体何事かと、ここに来てやっとレオナルドは何か大変な事が起きたのではないかとそう思い始めていた。


 父である王が部屋へとやって来た。父は怒りを隠すことなくその顔をレオナルドとルイージに向けていた。レオナルドは父の意味が分からない怒りに驚き、ルイージは恐ろしさからか小さく震えているのが分かった。


「シャトル侯爵よ、本日は突然呼び出して済まなかった、ルイージからは詳しく話は聞いてくれたかな?」

「はっ、王よ、我がシャトル侯爵家第二子のルイージが、この度はご迷惑をおかけして大変申し訳なく――」

「シャトル侯爵よ、謝罪は要らぬ、私は真実が知りたいのだ。ルイージがディープウッズ家の姫に暴力を働こうとしたことは本当か? と聞いておるのだ」

「は、はい、愚息が申すには、王子と話をさせようと振り向かせようとしたらしく……その際にマトヴィル様に止められたようで……」

「何という事だ! ルイージ、お前は自分が起こした問題がどれほどの事か分かっているのか? それもマトヴィル様の目の前でなど……あり得ない事だ!」


 遂にルイージだけでなく父親のシャトル侯爵まで青くなってしまった。レオナルドは理不尽な父の怒りに思わず反論をした。


「父上、お待ちください、ルイージは何も悪くはありません! そもそもあの娘が王子である私の話を聞かなかったのが行けないのです! ただの養い子でありながら王族に楯突くとはなんと無礼な――」

「馬鹿者!!」


 王は座っていた椅子が後ろへと飛んでいく程の勢いで立ち上がると、レオナルドが今まで見たことも無い様な恐ろしい表情になった。怒りからかその顔は赤く、机に置いた手はぎゅっときつく握られ真っ赤になっていた。レオナルドは始めてみる父のその姿に流石に青くなった。


「レオナルド! お前は今まで王子としてどういう教育を受けてきたのだ! ディープウッズ家の恐ろしさをこれ程分かっていないとは、王族として恥を知れ!」


 父はそう怒鳴ると補佐官を呼び出し、レオナルドの教育係を全員直ぐにこの場に呼ぶように指示を出した。そしてその間にレオナルドの方へと王は向かい合った。


「いいか、レオナルド、あの姫は紛れもないディープウッズ家の姫だ。それもお前よりもずっと幼い姫に、お前は自分の護衛を立ち向かわせ襲わせようとしたのだぞ、これが国際問題になることが分からないのか!」


 その言葉を聞いてレオナルドは自分のしでかしたことが初めて分かった。か弱い姫を自分の護衛に襲えと指示を出したように見られても可笑しくないという事、そしてルイージはマトヴィル様が止めなければそれを実行していたことは確実だった。

 幼くか弱い姫がルイージに引っ張られたら腕が外れたり折れたりした可能性もあっただろう、レオナルドの背中には冷たい汗が流れてきた。


「し、しかし父上、私は養い子と誤解していたからで有って……」

「馬鹿者! そんな事はどうでも良いのだ! ディープウッズ家はこの国の者では無いのだぞ! ディープウッズ家はどの国にも属しておらぬ! その家の者が養い子だろうが召使いだろうがディープウッズ家はディープウッズ家なのだ! 手出しは無用と王族としてお前も習って居るだろう!」


 レオナルドは自分の愚かさにハッとなった。

 レオナルドは王子ではあるがそれはこの国の中での事だ。ディープウッズ家に取ってみれば王子だろうが庶民だろうが関係ないのだ。どの国からも干渉されない、してはいけない国、それがディープウッズ家。今になって教育係達の言った言葉が身に染みていた。

 

 私は……何という間違いを犯したのだろうか……


 レオナルドは反省をし、王に誠心誠意謝った。

 そしてルイージと共に挽回のチャンスが欲しいと父に願い出た。


 レオナルドを学校を辞めさせることは簡単だろう、だが姫に謝らずしてそのまま済ませる訳には行かないという事が、レチェンテ王の脳裏をよぎった。きちんと非礼を詫びさせ、ディープウッズ家に納得していただかなくてはならないだろうと、そう考えていた。


 王はレオナルド王子の教育係達に再度ディープウッズ家に対しての行動の教育をさせることにした、それはルイージも一緒に勉強させる。

 もう二度と同じ過ちを起こさないようにと冬の長休みの間徹底的にだ。


 穏やかな冬の長休みが教育に消えることは、仕方が無いだろうとレオナルド王子は諦めたのだった……


「いいか、レオナルド、ルイージ、ある国の王子がディープウッズ家の婚約者を城へとだまし招き入れた事が有る、その国は城が崩壊し、その後その王子の代で国は滅びた。我が国がそうならないように心して掛かれよ、良いな、お前たちに次は無いぞ」

「「は、はい! 申し訳ありませんでした!!」」


 レオナルドとルイージはこの後徹底的に再教育されることとなった。


 教育係達も危なく自分たちの首が飛ぶところだったと肝を冷やし、レオナルド王子が悲鳴を上げるほど熱意のある教育を施すのであった。



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