第298話 部活動

ユルゲンブルク騎士学校には部活動がある。


 授業では賄いきれない先輩後輩の交流や、違うクラスの同級生との交流、そして専門的な勉強をする為の大切な場である部活動。


 二年三年生が今年注目するのは、何と言っても新入生代表のセオドア・ディープウッズの入部先だった。部活動説明会の会場裏で今、剣術部と武術部の戦いが始まっていた。


「良いか、お前たち何としても我が剣術部にセオドア・ディープウッズを入部させるぞ! 絶対に武術部には取られないように気合を入れて行くぞー!」

「「「おー!」」」


 ステージ裏で燃え上がる剣術部、それを見てさらに燃えて居るのが武術部で有った。


「良いか、二年前のユルゲンブルク大公が第二子、カミッロ・ユルゲンブルク様を剣術部に取られた屈辱を思いだせ! 我々は今年こそ剣術部に勝つぞ! 必ずセオドア様を、出来ればルイ様も! 二人共我が武術部の招き入れるのだー!!」

「「「おー!」」」


 舞台裏で二つの部が火花を散らし大盛り上がりを見せる中、他の部は無難に各部のアピールを始めていた。


 ステージに立ち、自分たちの部の活動を説明をした後は、それぞれが特設コナーを作って新入生を呼び込む、ここでも狙いは ”セオドア・ディープウッズ!!” 剣術部と武術部の部長たちの目はギラギラと輝いていた。


 そして今正に、目の前にディープウッズ家の子息二人がやって来た。他の部の部長たちも今年の大注目の新入生は、果たして剣術部と武術部のどちらの部に入るのかと興味津々な様子だ。


 両部とも世界大会で優秀な成績を収める部で有り、この学校の生徒の大半が入部したがる花形の部でもあった。中には部に入る実力が足りなくて断られる新入生もいるほどの人気の高い部活に、学校中の注目が集まっている事が分かった。


「セオ、部活どうするんだ?」

「うーん……入りたい部が二つあって悩み中なんだよねー」


 注目する皆が 「そうだろう、そうだろう」 と頷いている。剣術部と武術部の部長は、やはり我々のどちらかが選ばれるのだろうと鼻高々だ。けれど相手にだけは負けたくないと部長同士のにらみ合いが続いていた。


「ルイは? どうするの?」

「ああ、俺も入りたい部が二つあってさー、なあ、セオ、先生に二つの部に入ったらダメなのか聞きに行かないか?」

「ああ、そうだね! 聞いてみよう!」


 これを聞いていた剣術部と武術部の部長は手を取り合い握手をした。どうやら今年は引き分けになりそうだ。

 ディープウッズ家の子息の希望とあれば校長が両部に入るのは許すはず。後はこちらで二人の部活日の調整をしてやるのみだろう……そう両部の部長は思っていたのだった。


 そして――


「セオ達、何部にしたんだ?」  


 トマスとコロンブが寮への帰り道、二人に問いかける。同じ様に帰宅する子供達は二人が剣術部と武術部、どちらを選んだのかと興味津々で耳を大きくしている。セオとルイはそんな事は気にせずに答えた。


「俺は料理部と薬学部」

「俺も同じだ、料理と薬学、本当は裁縫と鍛冶も悩んだんだけどなー」


 周りにいる皆が 「えっ? ええっ?!」 っとなったがそんな事は二人はお構いなしだ。


「なーんだ、剣術部とか武術部に入るかと思った」

「うーん……だって、マスターと師匠に家で教わってるし、これ以上は良いかなって思って……」

「てかさ、セオは自分より弱い奴の面倒見るよりも、違う事勉強したかっただけだろ?」

「ルイだって同じだろ? だってモディと朝、剣術も武術も練習してるから放課後は違う事したいんだよねー」

「そりゃあーそうか、アダルヘルム様やマトヴィル様と訓練してるんだもんなー、ここの学校の先輩なんて相手にならないよなー」


 話しを聞いている皆が、「それもそうか」 と納得している頃、剣術部と武術部では祝杯を上げていた。勿論お茶か水で。


「今年の世界大会は優勝だな!」

「ディープウッズ家の子がいるだけで自慢になりますよ!」

「女子も沢山入ってくるかも知れないな!」

「そ、それは楽しみですね!」


 なぁーんて盛り上がりを見せていたが、次の日になっても、その次の日になってもディープウッズ家の子息二人が両部に顔を出す事は無かったのであった……


 もし、カエサル・フェルッチョが部の顧問だったら、セオもルイも入部していたかも知れない事は誰も知らない事である。





 そしてまずは料理部、思わぬ棚からぼた餅状態の万年不人気部は、ディープウッズ家の子が入部した事で一躍人気の部となってしまった為、部長のクレモンは戸惑っていた。


 なっ、何でこんな事に?!


 とにかく明らかにディープウッズ家目当ての新入生は、入部をお断りさせて貰う事にした。料理部の部室は狭く、部活で使う厨房部屋は入れる人数に限りがある。毎年多くても5、6人しか入部希望者が居ないのに、今年は50人近くいる。どう考えても全員入部は無理であった。


「りょ、料理部の部長のクレモンです。余りの人数なので面接を行います。失格者は別の部に行って下さい」


 面接の結果、結局入部出来たのは10人だけだった。勿論その中にはディープウッズ家の二人の子も居る、クレモンは緊張しながらも先輩として二人に声を掛けた。


「あ、あの、セオ君、ルイ君、分からない事があったら何でも聞いてくれて良いからね……」


 不敬になるかなとドキドキしていたクレモンだったが、二人からは良い笑顔が返ってきた。


「有難うございます。クレモン先輩」

「先輩、美味い料理沢山作ろうぜー」


 二人共素直な良い子そうでクレモンはホッとした。


 だが二人の料理の腕前はプロに近い物があった。特にパン作りは王都の有名店でも出せない味を作り上げていたのだった。


「こ、これは……美味い! えっ、君達、料理うま過ぎないか?」


 二人は顔を見合わせ首を振る。これ程美味しい物を作っても納得していない様だ。


「まだスターベアー・ベーカリーの真似なんだよなぁー」

「そう……ララを超えられてないよねー」

「師匠の料理も世界一だしなぁー」

「あの二人に追いつくのは三年じゃ足りないかもねー」


 クレモンは二人の目指すところが、世界一と言うかなり高い山だと知って絶句した。まずは二人に料理の指導をしてもらおうとそう思ったのだった。




 さてさて、もう一つの部、薬学部。

 こちらは毎年まあまあ人気の部であった。騎士に怪我は付き物、薬師ギルドの高い薬を買わなくても自分で薬を作れたら一石二鳥と言う事で、其れなりに入部する学生は多い、だがディープウッズ家の子息が来たことで、こちらも彼ら目的の入部希望者が殺到していたのだった。


 そこで立ち上がったのが部長のコンタン! ではなく……顧問のマヌエル先生であった。

 教頭から見せて貰ったポーションと胃薬を手に取ってからと言うもの、二人に声を掛ける日を今か今かと楽しみにしていたマヌエル先生であった。


 まずは邪魔な……いえ、邪な気持ちでの入部希望の生徒を落として行った。先生の鋭い視線に怯える生徒達。結局残った新入生はディープウッズの子を含め十二人であった。薬学部にして見たらホクホクの入部数である。


「セオドア君! 君は以前教頭先生に薬を渡していたわね? アレを見せて頂けないかしら?」

「ああ、ポーションと胃薬ですね」


 セオが魔法鞄から二つの薬を出すとマヌエル先生は早速香りを嗅いでみた、部長のコンタンはそのやり取りをハラハラしながら見ていた。


「やはり、この薬は薬師ギルドの物とは違いますね」

「ああ、奥様……えーと、エレノア様のレシピを元に、ララが……あー、義妹が作ったもので、体調の悪い方でも飲みやすい様な味の物にしています」

「えっ? エ、エレノア様の? レ、シ、ピー?!」

「はい……でも俺の一存ではお教えすることは出来ないのですが……」

「ええ、ええ、それは勿論分かっておりますよ、そんな国宝級の案件は隠匿すべきです!」


 コンタンを始め薬学部の面々はあの伝説の聖女、エレノア様の名が当たり前の様に出た事に驚いていた。やはりディープウッズの子息なのだと改めて二人を尊敬の目で見ていた。マヌエル先生は憧れるエレノア様の名が出て興奮気味だ。


「それで君達は何故薬学部へ? これだけの薬が手元にあるのならそれで十分じゃ無いのかしら?」


 マヌエル先生……せっかく入部してくれた二人に余計なことを……と、部長のコンタンは口を挟もうとした。だがセオもルイも気にせず理由を述べた。


「マスター、あー、アダルヘルム様は薬学の知識があって、主に、何が有っても対応出来る人なんです。俺もそんな風になりたくて入部を決めました」

「俺もです。マスター……あー、アダルヘルム様とララ様はエレノア様並みに凄いんだ。俺も少しでも二人に近付きたいんだー」


 つまり二人の目指すところはエレノア様!  

 世界一有名な薬師! どんだけ高い山なんだー!!


 二人の目標の高さに圧倒される薬学部部員達、部長のコンタンは感動して涙を流していた。


 こんな素晴らしい後輩と巡り会えるなんて!!


 感動しているのはマヌエル先生も同じであった。自分の教える生徒の夢を叶えたい! そう思った。


「ええっ! 貴方達の目標は分かりました! 微力ながらこのマヌエル、力を尽くし貴方達を指導致しましょう!」


 こうして薬学部は熱血薬学部に生まれ変わり、ガムル国の学校にある薬学部に負けない存在になって行くのであった。


 その頃の剣術部と武術部は、待てど暮らせど来ないディープウッズの子息に困惑していた。


「何故来ない? 間も無く1週間だぞ、締切になってしまうではないかっ!」

「部長、ディープウッズの子息は料理部と薬学部に入部した様です!」

「なっ、何ー! 何故だ、何故なんだー!!」


 学校中に剣術部の部長と武術部の部長の叫び声が響いたが、後の祭りであった……


 救いだったのは、ユルゲンブルク大公の三子であるアレッシオが兄を追って剣術部に、そしてレチェンテ国の第三王子のレオナルドが苦手な武術の克服の為に、武術部に入部したのが両部の部長の救いであった。


 それにより王家と縁を持ちたい貴族の子達が入部希望を出した事により、今年も両部とも人気の部となったのだが、何故か虚しさが残った部長達なのであった……





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