第296話 ユルゲンブルク騎士学校の授業

 マティルドゥ・シモンは騎士家の女の子。


 そしてシモン家は、伝説の武術家であるアラスター・ディープウッズ様とマトヴィル・セレーネ様を尊敬……いや崇拝する家系でもあった。

 マティルドゥも小さな頃から二人の伝説を聞き憧れていた。


 父は騎士だが武術が得意で、屋敷には道場があり、多くの門下生を抱える有名な師範でもあった。一番上の兄は見た目は母似だが性格は父そっくりで、既に王城にも勤めていて、父の跡を継ぎ、この道場の跡取りになる勉強もしている。

 二番目の兄はユルゲンブルク騎士学校の三年生だ。見た目は父似で長男の兄よりも大きく、まだ14歳なのに10歳ぐらい上に見えてしまうほどだ。ただ性格はとても優しく小さな頃は引っ込み思案で良く泣いていた印象があった。今の厳つい様子からは想像できないほどだ。

 


 マティルドゥはそんな兄二人よりも武術に関しては才能があると父親に褒められて育ってきた。

 だからこそ、武術に関してだけは同級生の男の子たちにも負けないという自信があったのだ。それがユルゲンブルク騎士学校に入ってから粉々に打ち砕かれることとなった。


 入学式にあのアラスター様の生家であるディープウッズ家の子が居ることが分かった。それもマティルドゥと同じクラスで、一人の子は新入生代表だった。

 それでも自分の方が武術は上だろうと思っていたのだが、耳にした噂で驚くことになる。


「セオドア・ディープウッズは入学試験で武術も剣術も ”S” の評価だったらしい……」


 マティルドゥの評価は ”A” だった。この学校で ”S”の評価が付いたのはこの100年でセオドア・ディープウッズだけのようだった。昔にアダルヘルム様が ”S”の評価を受けたらしいがそれ以来の事の様だ。

 噂をする中にはディープウッズ家の名で評価を、そして新入生代表を買ったのだろうと揶揄する物もいたが、初めての授業の時にそれこそが嘘で有り、マティルドゥは自分との実力の差で愕然としたのだった。


 武術の授業。クラスの人数は25人、二人ずつ組んで組み手をするには一人余ってしまう。

 普通ならばどこかの組を三人組にするはずなのだが、セオドア・ディープウッズだけは先生と組むことになったのだ。


「始め!」


 先生の号令とともに皆が組手を始めた。

 武術の担当教師のアレクセイ先生はマティルドゥも知っている有名な武術家だ。この学校に来る者の中には憧れている者もいる。そのアレクセイ先生の合図と共に始まったセオとアレクセイ先生の組手は生徒たちの視線を釘付けにした。

 

 セオは全くアレクセイに引けを取っておらず、体格の差を微塵も感じさせない物であった。

 自分たちも組手をしないといけないのだが、その戦いが気になり皆が手を止め二人を見ていた。セオの踏み込むスピード、技を出す速さ、これで背が伸び体格が大人と変わらない程になったのならばどうなるだろうと、皆がごくりと喉を鳴らしているのが分かった。


 ただし、同じディープウッズ家の子息、ルイ・ディープウッズだけは、「セオ、ずりー、先生には手加減してやがる……」と口を尖らせて信じられない事を言って居たのだった。


「止め!」


 その合図でセオとアレクセイ先生が組手を止めた時には、アレクセイ先生は息が苦しそうだったが、セオはケロッとした表情だった。 ”S” の評価はディープウッズ家だからでもなんでもなく、伊達では無かったのだとマティルドゥには良く分かった。

 自分が如何に彼と差があるのか、そして天狗になっていたのかと恥ずかしくなった。


「セオドア・ディープウッズ、君の攻撃をルイは受けれるのかね?」

「はい、ルイなら怪我することはありません」


 セオとアレクセイ先生の会話を聞いて、ルイが近くで「ゲッ」と言って居るのが聞こえた。


「ルイ・ディープウッズ」


 ルイはアレクセイ先生に名前を呼ばれると「はい」と返事をして、渋々と行った表情で二人の所へと近づいて行った。


「試合形式の組手以外は二人で組むように、良いな」

「はい」「……はーい……」


 つまり成績を付けるときの試合形式の組手では仕方が無いとしても、セオとは練習の組手でさえも組むのはこのクラスの生徒の実力では危険という事だ。でも同じディープウッズ家の子であるルイはセオの相手が出来るだけの力量があるという事だろう。マティルドゥの悔しさは一段と大きくなった。


「さあ、もう一度始めるぞ」


 アレクセイ先生の声でボーッとやり取りを見ていた生徒たちもハッとして動き出した。また組手を始める。ルイと組んでいた子は別のグループに入れられていて、その子はホッとした様子を見せていた。


「始め!」


 アレクセイ先生の合図で始まった組手だったが、生徒たちはまた手を止めることになった。セオとルイの戦いが凄かったからだ。自然と手を止め、皆食い入る様に二人の戦いを眺めていた。

 セオは先程のスピードよりも速い動きでルイに攻め入り、ルイはそのセオの目にも止まらない速さの攻撃を難なく受け止めていた。


「セオ、ずるいぞ、先生の時ばっかり優しくしやがって」

「ハハッ、だってルイは俺の攻撃になれてるだろ」


 これだけの攻防をしながらもセオとルイにはまだ話をする余裕がある様だった。まるで遊んでいるかのような二人の組手を、生徒だけでなく教師であるアレクセイ先生まで呆けて見ていた。


 セオの蹴りがルイが構えた腕に当たり勢いよく吹き飛んで行くと、そこでハッとしたアレクセイ先生からの「止め!」の合図が入った。皆壁にぶつかったルイを心配したが、ルイは何事も無かったように起き上がって来た。


「セオ、お前、もっと手加減しろよー、壁にぶつかっただろー」

「ああ、そうか、ごめん、壁が壊れたらルイが直すの大変だもんねー」

「何言ってんだよ、一緒に直すに決まってるだろう」

 

 二人の呑気な会話を聞いて、突っ込むところはそこじゃないよルイ……と誰もが思ったが口には出さなかった。あれだけ人を吹き飛ばすセオの実力、そして吹き飛ばされてなおピンピンしているルイの実力を見て、この二人が普通ではない事をクラスの誰もが悟ったのだった。


「ふん、剣では負けぬぞ……」


 誰かがぼそりとそうこぼした。マティルドゥにはレオナルド王子が苦い顔でそう言って居るように見えた。あれは負け惜しみでは? と思ったが王子なりの自分を奮い立たせる言葉なのだと思って気にしない事にした。それよりも自分も彼らと組手をしたい! 純粋にそう思ったマティルドゥだった。


 授業が終わった後マティルドゥはセオとルイに話しかけた。他の子達は怖さと憧れからか遠巻きに二人を見て居る様だった。


「ねえ、私と組手をしてくれない?」


 セオとルイはマティルドゥの事を驚いたような顔で見た後、二人で顔を見合わせて「無理」と声を揃えて答えたのだった。


「何故? 私が女だから?」


 断られてもなお食い下がるマティルドゥに、セオとルイは困った表情になっていた。マティルドゥも意地になっていたかもしれない。それくらい自分のプライドは先程の戦いを見たことで、へし折られていたのだ。


「違う、そうじゃなくて……先生から試合の時以外誰とも、あー、ルイ以外とは組手してはいけないって言われたんだ」

「俺も、セオとだけしか組むなって言われたから、無理なんだ……」

「そう、分かったわ、試合の時なら良いのね?」

「「えっ?」」

「クラス間の試合が始まったら最初に試合を申し込むわ、宜しくね、セオ、ルイ」


 そう言うとマティルドゥは二人から離れた。二人がポカンと口を開けて居た事などマティルドゥが気が付くことは無かった。


 そして遂に試合形式の組手が始まった。

 マティルドゥは早速アレクセイ先生にセオかルイと試合がしたいとお願いした。クラス全員と戦わなくてはならないので、皆出来るだけ強い相手との闘いを最後にしたいと思っている中、マティルドゥの勇気ある行動にアレクセイ先生は密かに感動して居た。


 セオとマティルドゥの試合は一瞬で決着が付いてしまった。気が付いた時にはセオの拳はマティルドゥの目の前にあり、それで勝負が付いたと止められてしまった。


 ルイとは少しは戦う事ができたと思ったのだが、先生に評価の際、ルイがマティルドゥの攻撃を全て受け流していたと言われてしまった。ルイの攻撃は一度だけ、マティルドゥはそれを防ぐことが出来ず、吹き飛ばされたのだ。悔しくて悔しくて仕方が無かった。

 それでも学校の女子の中では一番だという事が、まだマティルドゥの心を支えていたのだった。


 そんなある日、マティルドゥは信じられない言葉を耳にすることになった。

 クラスの子達が負けなしのディープウッズ家の子息を褒めたたえていたのだが、それをルイが天狗になるどころか、自分の未熟さを口にしたのだ。それも小さな子と比較して……


「俺なんてまだまだだぜ、全然凄くないんだよ……ララ様……あー、俺の義妹? になるのか? 七歳なんだけど、滅茶苦茶強いんだぞ、本当、嫌になるぐらい……」

「えー、そんな子が居るの? セオ、本当か?」


 セオは普段見せない様な口元がにやけた様子で頷くと、自分の義妹の自慢を始めた。


「フフフッ、ララは、とっても強いんだよー! スピードは俺のが早いけど、パワーはララが一番だね。俺とも互角に戦えるし、それに……すっごく可愛いんだ!」

「えっ? 可愛いの? パワーあるのに?」

「滅茶苦茶可愛いぜ、俺初めて会った時天使だと思ったし」

「フフッ、俺は森の妖精だと思ったかなー」

「あ、あ、俺分かった! 入学式で見たかも、あの金髪の可愛い子だ!」


 何故か友人相手に二人の妹自慢が始まり、セオもルイも得意気だった。

 マティルドゥの最後に残っていたプライドはズタズタになった。


 私より小さな女の子が、セオと同じくらい強いなんて!!


 マティルドゥは妹話で盛り上がっているセオとルイに詰め寄った。


「セオ、ルイ、その妹さんに会わせて頂戴!」

「「えっ?」」

「その子と、妹さんと手合せさせてくれるかしら!」

「「えっ?……無理……」」


 それからという物マティルドゥはセオとルイと顔を合わすたびに、妹さんに会わせてとお願いすることになった。セオとルイは何とか逃げていたのだが、遂に冬の長休みの迎えの際に掴まることとなた……


 それがあの日のララとマティルドゥの手合わせだったのだ。



 ちなみに剣術もセオはクラスでぶっち切りの一位。剣術が苦手なルイもクラスの試合では負けなしで有った。

 ディープウッズ家は二人の活躍でこれからも益々注目を浴びることになるのだった。

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