第292話 ディープウッズ家の入学試験 実技
私の名はアレクセイ。
ユルゲンブルク騎士学校の武術教師だ。
私はこれまで毎年受け持つ学年のAクラスを担当していた。
だが、今年はディープウッズ家の子息が通うとの理由から、初めてAクラスの担任を外されてしまった。ハッキリ言って屈辱的である。
私にはこれまで多くの生徒たちを一人前に育ててきたという自負があった。
それがあの校長の申し出により全く認められていなかったのだと悟った。
心の内に悔しさを秘めて居ると、私の代わりのAクラスの担任になるのはあの有名なジェルモリッツオの英雄、カエサル・フェルッチョだと知った。正直言って腹立たしい……腹立たしいのだが……
剣士を愛する私としては間近でカエサル殿の剣技が見れるのは喜ばしい出来事であった。
勿論同じ教師としてそんな事は表に出さないようにしているが……絶対に仲良くなって一緒に汗を流そうと、そしてその後は風呂にでも一緒に行き、その鍛え上げられた体をじっくり見たいと、密かにそう心に決めたのだった……
そして、驚いたのがディープウッズ家のご子息の入学だ……
子供たちはあのアダルヘルム・セレーネ様とマトヴィル・セレーネ様の指導を受けているらしい……
正直言って実に羨ましい……私が物語を読んでから憧れていたあの方たちの指導を直接受けているなど……憎たらしいほど羨ましかった。
入学試験の剣術と武術の試験の時はどれほどの腕前なのか見てやろうと思っていたのだった……
「いや、いや、いや、ディープウッズ家のご子息の面接は素晴らしかったよ!」
毎年面接など教師達に押し付けて自ら行わない校長が、今年は率先して面接を行うと言ってきた。勿論ディープウッズ家のご子息だけの面接だが……この校長は自分より家格が上の者に取り居るのが好きだ。今回もその為の動機だろう。
だが……普段腰ぎんちゃくにしか見えない教頭までも校長に白い目を向けていた。それに薬学の教師マヌエル先生に至っては殺してやりたいぐらいの視線を校長に送っていた。女性の気持ちに疎い私には何故あれ程怒っているかは分からなかったが、校長がこの学校の教師に嫌われている事だけはよく分かった。
そんな危険な視線などには気が付かず、校長は自分の小さな髭を触りながら自慢を続けた。
「あの子達はこの学校の歴史に残る人物になるよ。いやー、いい子達だ。私の事も尊敬の眼差しで見ていたよ!」
ハッハッハッと突き出た腹をさらに突き出しながら校長は笑って居た。
確かにディープウッズ家の子であればその可能性はあるだろう……あのアダルヘルム様とマトヴィル様に師事を受けて居るのだ。羨まし……いや……当たり前の事だろう。
ディープウッズ家の子息とはどれほどの者か、剣術と武術の試験では私が実力を測ってやる……そう、決してアダルヘルム様たちの指導の結果が知りたいわけではない! 断じて違う、教師としての心構えだ、決して自分の欲望に従う訳では無い……まあ、少しは私もアダルヘルム様やマトヴィル様に師事を受けたいという気持ちはあるのだが……
心の中で色々と考えているとあっと言う間にディープウッズ家のご子息の試験日がやって来た。
先ずは私の得意とする武術の試験からだ。
私はこの日を心待ちにしていた。憧れのマトヴィル様の弟子とはいえ、二人の子息の事は厳しい目で見させて貰うつもりでいた。ディープウッズ家だからと特別扱いを私はするつもりは無いのであった。
「1036番、ルイ・ディープウッズ君」
「はい! 宜しくお願いします!」
赤い髪の少年ルイ・ディープウッズ君は元気いっぱいと言ったなかなか可愛らしい少年だった。
この試験は在校生の中の優秀者が相手となり組手をするものだ。ディープウッズ家のご子息には三学年の一番の優秀者を付けさせてもらった。まあ、まだ入学前の子だ、ケガが無い様にいつでも私が止めに入ろうと思ってはいるがな……
「それでは、始め!」
私の ”始め” の合図を聞くとルイ君はワクワクした表情で体格の全く違う三学年の先輩に果敢に挑んでいった。ハッキリ言って互角の戦いと言えるべき様子だった。これで武術を始めて約2ヶ月とは……信じられない出来事に認めるしかなかった……流石マトヴィル様!! と……
「止め!」
息が弾んでいる三学年の生徒に比べてルイ君はケロッとしていた。まるでこんな物は練習にもならないと言って居る様だった……これは私が相手をするべきだったか……と思ったが……そこは試験を見る側としてそうは行かないだろうと高揚する気持ちを落ち着かせた。ルイ君は既にこの学校のA判定のレベルだろう。私は試験用紙に迷わず ”A” と記入したのだった。
「1041、セオドア・ディープウッズ君」
「はい、宜しくお願い致します」
美しい顔立ちの紺色の髪の少年セオドア君はとても落ち着いた様子で対戦相手の三学年の生徒と向かい合った。セオドア・ディープウッズ君は既にこの年で戦いに慣れているかの様な佇まいだった。
この年でこれだけの落ち着き……どう指導してきたのかを是非マトヴィル様にお聞きしたい!!
「始め!」
私が声を掛けた瞬間、三学年の生徒は地べたに寝転んでいた。一瞬の出来事に順番待ちの生徒たちも啞然としていた。一体何があったのかこの私でも理解できなかった……
「先生?」
セオドア君に声をかけられてハッとし、私は声を出した。
「あ、ああ、止め!」
そして救護班をすぐに呼んだ。その間にセオドア君は自分の鞄からポーションらしき瓶を取出し、倒れている三学年の生徒の口に入れた。始めは口から少しこぼしながら飲んでいた生徒も、気が付くと目を大きく開けてこぼさないように飲み始めた。
「う、美味い!」
私はポーションを飲んでそんな事を言う生徒を初めてみた。
ポーションとは高価で不味い物だ。セオドア君の持っているポーションは見た目からも明らかに違う物であった。
「すみませんでした……手加減したつもりだったのですが……」
あの早い動きでも手加減をしていたという事に驚いた。
私は教師として勿論顔には出さず、「気にするな」とセオドア君の肩を叩き安心させたのだった。
それにしても……マトヴィル様の指導内容が知りたい……
セオドア君とルイ君と何とか在学中に仲良くなってディープウッズ家の指導の秘密を知りたいものだと私は密かにそう考えていたのだった。
そして今度は剣術の試験日がやって来た。
今日も私は試験官として気合が入っていた。ディープウッズ家のご子息がアダルヘルム様に教わった剣ではどんな攻撃を見せるのか楽しみでもあった。
「1036番、ルイ・ディープウッズ君前へ」
「はい!」
今日も試験の相手は三年生だ。手合わせは学校が用意した木刀で行う。
三年生代表の学生は既に王家に仕えることが決まっている優秀者だ。今日は簡単には勝負がつかないだろうことは想像が出来た。
ルイ君の構えは初心者とは思えない物だった。やはりアダルヘルム様の指導が行き届いているのだろう。たった数ヶ月でここまでの剣士に育てあげたその手腕に感服するしかなかった。
「始め!」
号令と共にルイ君は飛び出した。知らない相手と戦えるのが楽しくて仕方が無いといった様子だ。剣術最優秀の三年生にも負けていない動きだ。まだ粗削りな部分はあるが、身体能力の高さでそれをしのいでいた、互角の戦いぶりにまた他の生徒達が見入って居るのが分かった。
「そこまで!」
結局決着はつかず引き分けとなった。これから入学する生徒が卒業間近の三年生とここまで戦えるのはあり得ない事であった。ルイ君の剣を受けていた三学年の生徒も驚きを隠せないようだった。
ルイ君は満足した様子で挨拶をすると試験会場から出ていった。
アダルヘルム様……流石でございます……貴方様は素晴らしい……
そして私が大注目するセオドア君の番が来た。セオドア君は相変わらず大人のような落ち着きだ。精神統一しているといった方が良いかもしれなかった……
「1041、セオドア・ディープウッズ君前へ」
「はい」
木刀を構えたセオドア君を見て、喉がごくりと音を立てた。
成人前の少年とは思えない隙のない構えに、相手をする三学年の生徒も困惑気味の表情になっていた。この私でさえも戦いたくないと思えるほどの気であった……
「始め!」
合図と共に ドサッ…… と誰かが倒れる音がした……
気が付くと勝負は付いており、三学年の生徒は地べたに転がっていた……
これ程迄の少年を育て上げるとは……アダルヘルム様は何と素晴らしい方なのだろう……
「あー……先生?」
「ハッ、すまん、そこまで!」
ついついアダルヘルム様の事を考えてしまって止めるのが遅くなってしまったが、試合を止めるとセオドア君はまた相手の生徒にポーションを与えていた。生徒は「なんだこれ!」と言いながら目を覚まし、瓶をなめるようにして飲み切っていた。
私が物欲しそうな顔をしていたと思ったのか、セオドア君は私にもポーションを分けてくれた。私はこのポーションを飲まずに我が家の家宝にしようと心に誓った。
アダルヘルム様……貴方の生徒は優秀です……天才です……そして良い子です……入学したら私が責任を持って指導いたします!
セオドア君は三学年の生徒に詫びを入れると私達に挨拶をして試験会場を後にした。
セオドア君の試験結果は武術も剣術も勿論 ”S” を付けさせてもらった。文句なしの結果であった。流石アダルヘルム様とマトヴィル様の弟子である。素晴らしい!!
そして時は経ち、ルイ君とセオドア君の入寮の日がやって来た。
私はアダルヘルム様かマトヴィル様に会えるのではないかとワクワク、ドキドキしていた。
校長、教頭が送りに来た父兄に挨拶をする中、私は護衛をさせてもらった。少しでもアダルヘルム様たちに会えるチャンスが欲しかったのだ。
そして――
アダルヘルム様がお見送りにいらっしゃった……
近づきたい、抱き着きたい、触れてみたい、匂いを嗅ぎたい、吐いた空気を吸いたい、剣で切られてみたい! 一度に色々な気持ちが込み上げてきてパニックになりそうなところをグッと堪え、何とか我慢した。
帰り際にでも握手をして頂けたら……そう思いながら校長、教頭の後ろで顔が緩みそうになるのを何とか堪えていた。こんなに緊張したのはいつ振りか……いや、初めてだっただろう……
結局、情けない事に握手どころか緊張のあまり声を掛ける事も出来なかった。
はあ、いつか、私もアダルヘルム様とマトヴィル様の指導を受けて見たい……
その日を夢に、私は今日も学生達の指導に励もうと決意したのだった。
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