第293話 入寮
俺の名前はトマス、12歳、自分で言うのもなんだがその辺に居る極々平凡な少年だ。
俺は王都に住む平民の子だけど、憧れだったユルゲンブルク騎士学校の試験に運よく合格することが出来た。
それも一番下のEクラスじゃなくて、Dクラスだった! 信じられない!
ユルゲンブルク騎士学校に通う平民の子なんて高々20人いるかどうかだ。
俺って実は凄い? なんてちょっと思ったりもした。勉強をここまで頑張って来たんだ少しぐらい調子に乗っても良いだろう?
試験結果が届いた日の事は一生忘れないと思う。”合格” って文字を見た時の感動! 喜び! 幸運!
人生って捨てたもんじゃ無いって心底思った! 俺の幸運はもしかしてここで全部使っちゃった? なんて恐怖もあったけど、それよりも喜びの方が大きかったんだ。
俺の合格には両親も兄弟も大喜びだった。母さんなんか涙を流して喜んでいた。それもこっちが照れるぐらいの喜びようだ。兄ちゃん達なんて 「ウチの末っ子がスゲーんだ!」 とか言って近所中に自慢しまくってたぐらいだ。
そんなはしゃぎまくる家族みんなの期待を背負って、俺は入寮の為に学校へと向かった。
「えっ? えっ? ええっ?」
学校の受付で自分の寮の部屋を確認した。三年間同室の相手の名前を見ると信じられない事に
【一年Aクラス セオドア・ディープウッズ】
って書いてあった。【ディープウッズ】……見間違いかと思って三回も目をこすって見直した。でもやっぱりどう見ても【ディープウッズ】で間違いなかった。
終わった……俺の三年間は奴隷としての生活だ……確実に虐げられる……
俺とは世界の違う人間と、何で同じ部屋なんだと学校を恨みたくなった。
でも確かにどっかの貴族の子供と一緒の部屋だと、同室の相手を妬む者や虐める者が出てくる可能性もある。ディープウッズ家の場合不敬な事をしでかしたら親の首も飛ぶ可能性もある、だったら平民を相手にさせて、最初から奴隷として認知させようって事なんだろうなと俺は諦めた……
でも何で俺? それにディープウッズ家の子なら1人部屋でいいじゃんか! なんで一般部屋なんだよー!
俺が受付の前で一人うだうだとして居ると、隣の受付から「へっ? はっ? 何で? ええっ?」って声が聞こえてきた。
そいつの指さしている所を見ると【一年Aクラス ルイ・ディープウッズ】と書いてあった。その横には【一年Dクラス コロンブ】と書いてあったので、こいつは同じクラスのコロンブで俺と同じ奴隷に選ばれた奴だと悟った。
俺はコロンブの肩にポンッと手を置き、俺の名簿を指さした。
するとコロンブは勢い良く俺に抱き着いてきた。
「わー! 友よ! 心の友よーーー!」
俺とコロンブは同じ奴隷の立場として一気に仲良くなったんだ。
「なあ……何で俺達が選ばれたんだ……」
「これは俺の勝手な想像だけどさ……」
「うん……何?」
「俺達って平民の受験者の中で一番成績が良かったんじゃないかな?」
「へっ? 何それ? ディープウッズ家の子と同室がいい成績のご褒美って事?」
「いや……そうじゃなくて、あんまり馬鹿は同室の相手に出来ないし、貴族の子なんかを付ければ面倒なことになるだろうし、丁度良いのが俺達だったって事だと思うんだ……」
「へっ? 何それ……試験勉強頑張って、やっと入学出来たらそれって酷い仕打ちじゃねぇ?」
俺達は大きなため息をつきながら寮の部屋へとトボトボと足を運んだ。
幸いなことに俺達は隣の部屋同士だった。これならディープウッズ家の子にいじめられたり無理難題を言われたりしても助け合えるとホッとした。
緊張しながらそっと部屋の扉を開けると、まだディープウッズ家の子は来ていなかった。コロンブと奴隷迄の寿命が延びたとホッとした。あと何日間かは自由でいられるようだった……
「初めまして、セオドア・ディープウッズです。今日から宜しくね」
ディープウッズ家の子息は想像していたのと全然違った。偉ぶった様子も無くて、とっても優し気に微笑んでいた。それに平民の俺に手を差し出して挨拶をしてくれた。顔には出さないけど心の中でちょっとだけホッとした自分がいた……でも、まだ分からない……トマス、油断するなよ!
「あ、あの、セオドア様……トマスです……宜しくお願い致します」
挨拶をして握手をするとディープウッズ家の子息は「同級生なんだからセオって気軽に呼んで」っと優しい事を言ってくれた。もしかして優しくていい奴なのか? とまたちょっと安心をした……だけど最初だけかも知れないと俺の危険信号は鳴ったままだ。油断するなよ! と自分で自分に注意を出していた。
「セオ、セオ、お前の部屋どうなってんだー?!」
ノックもせずに赤い髪の少年が部屋へと堂々と入って来た。後ろにコロンブが居るのが見えて、この子がもう一人のディープウッズ家の子息だってすぐに分かった。俺とセオの部屋を勝手に見て回ると満足した様子になった。
「なあ、コロンブ、セオ達の部屋、俺達と反対の造りだな?」
「ルイ、だから言ったじゃんかー」
「へへっ、だって見て見ないと分かんねーし、それにつまんないだろ?」
なんかコロンブと仲良くなってるしー! 普通に喋ってるしー!
得意そうな顔をするルイをセオがペチンと叩いた。俺はちょっとだけドキリと心臓が鳴った。ここで遂に本性が?! って冷たい汗が出そうになった。
「ルイ、先ずノックしてから部屋に入る事、それからきちんと挨拶をして!」
「いってー、セオのはたきって結構痛いんだぞー! 師匠よりはましだけどさー」
「良いから! 先ずは挨拶!」
ルイは頭を摩りながら「へい、へい」というと俺に手を出して向き合った。
「俺、ルイ・ディープウッズ、ルイって呼んでくれよな、宜しく!」
「ああ、ええっと、トマスです。ルイ様宜しくお願い致します」
「アハハハハ! ルイ様なんてやめてくれよ! コロンブにも言ったけどさー、俺はブルージェ領のスラム出身なんだ、だから気軽にルイって呼んでくれ」
チラッとコロンブの方へと視線を送ると、大丈夫だという様に頷いていた。俺はやっとそこでホッとすることができたんだ。
良かった……奴隷は免れた……ディープウッズ家! 思った以上に良い奴みたいだ!
セオとコロンブもお互いに挨拶を済ませると、突然セオが「良しやるか!」と気合を入れた。俺とコロンブは何だ? と首を傾げる。
「今から風呂場とトイレの改装をするから」
「「へっ?」」
「あー、担任の先生の許可は取れてるから安心して」
「「はっ?」」
「セオの奴、ここに来る前に先生のとこ寄って来たんだぜ、風呂に関してはモディの事が有るから動きが早いよなー」
「ルイ、うるさいよ、ルイは皆のベットを直して」
「「えっ?」」
「はいよー」
セオとルイは話終わると、突然当たり前の様に動き出した。
セオは結界を魔道具で風呂場に張ってしまったから動きが見えないので、俺達はルイの行動を見ることにした。ルイは寮に備え付けのベットを魔法袋にそのまましまうと、同じ魔法袋から新しいベットを俺達の分まで出してくれた。
「トマス、コロンブ、シーツ自分で張ってくれー」
「「ああ、うん……」」
ルイに渡されたシーツは高級品だった……俺達の顔は一瞬で青くなった。
「ル、ル、ルイ君……これって……」
「ああ、気にするな、スター商会の商品だ。あ、でも、使ったら感想を言わなきゃダメだぞ、それからトマス、ルイって呼び捨てで良いからな」
「えっ? ああ……う、うん……」
俺とコロンブは動揺しながらもシーツを取り付けた。ルイは慣れた手つきでセオの分までサッサと仕上げていた。
「ほら、掛布団、めっちゃふわふわで気持ちいぜー!」
渡された布団は見たことも無いほど柔らかかった。それに軽くて暖かい……
俺達がこんな物使って良いのか? って疑問が浮かんだけど、当たり前の様に動いているルイに質問はしないで置いた。
するとセオが風呂の工事を終えて、今度はトイレの工事に入っていた。ルイがその様子を見て俺たちに早くベットのセッティングをしろって小声で声を掛けてきた。セオは行動が遅い奴が嫌いのようだ……気を付けよう。
「トマス、コロンブ、枕選んでー」
「「はっ?」」
ルイは魔法袋から何種類かの枕を取り出して俺達に好きな物を選ばせた。「睡眠は大事だってララ様が言ってたからな」と良く分からない言葉を言って居た。俺とコロンブはもう何も突っ込まないぞと目で会話をして、作業に戻った。
「ルイ、トマス、コロンブ、工事終わったよー」
セオが満足げな様子でトイレから出て来た。セオは俺とセオ、ルイとコロンブの両方の部屋の工事をもう終わらせたようで、あまりの速さに驚き俺達は声も出なかった。
「よっしゃー! 早速入ろうぜー!」
「ルイとコロンブは自分の部屋の使ってね、俺はモディ出すし、ルイだってティモと入るでしょ?」
「あ、ああ、そうだな、良し、コロンブ部屋に戻ろうぜ!」
ルイは放心状態のコロンブの手を引っ張って隣の自室へと戻っていった。
セオは同じ様に放心状態の俺に微笑みかけた。
「今から俺の賢獣のモディを出すけど驚かないでね、優しくていい子だからさ」
「へっ?」
セオが何かに触れると明るく光が出てきて、気が付くと目の前に蛇の魔獣のモデストがいた……
それもセオと同じ紺色の体をしたモデストが……
(ふぉ、ふぉ、ふぉ、これはこれは我が素晴らしき主のご友人、私は勇猛果敢な主の賢獣、モディと申しまする。どうか仲良くしていただけますようお願い申し上げまする)
「ふぇ、ふぇ? しゃ、喋った?」
ふぉふぉふぉとまた笑うモディを連れて、セオは風呂場へと向かった。
誘われた俺もその後にゆっくりと付いて行く、風呂場の中は見違えるほどに豪華に、綺麗に、そして信じられない物ばかりが置かれた作りに変わっていた。
「な、なんじゃこりゃー!!」
裸で驚く俺をセオとモディは笑いながら見ていた。気のせいかもしれないが、遠くからはコロンブの驚く声が聞こえた気がした……
風呂を出ると、セオは寝間着ではなく普段着に着替え、皆に挨拶をすると言い出した。
先ずは俺にお菓子らしきものを差し出してきた。
「トマス、これクッキーって名前のお菓子だよ。これから三年間宜しくね」
「ああ……うん……宜しく……あと、有難う……」
セオはニッコリと笑うと部屋を出て行った。同じ階の全員に挨拶をする様だ。
ルイがまたバンッと勢いよく扉開けて俺達の部屋へと入って来た。ルイも俺に「宜しく」って言いながら キャラメル? とかいう物を渡していった。ルイも皆に挨拶に回るようだ。
ポカンと驚いている俺の所にコロンブがやって来た。コロンブの顔も同じ様にまだ驚きが抜けて居ないようだった。
「あー……トマス……俺達ってもしかして……すっごい幸運引き当てたんじゃないかな……」
「……うん……そうかも……俺もう家に帰れないかもしれない……」
この後食べたお菓子は滅茶苦茶美味しくって、俺は試験を頑張って良かったとそう思った。
それにとっても仲良くなれそうな友人と会えて、これ以上ない幸運だったとそう思ったんだ。
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