第260話 ガレス

「ガレス…… ”聖女” と言うのは嘘ですから……信じないでください……」


 私が相変わらず広まり続ける聖女伝説にうんざりして肩を落とすと、ガレスが困った表情になった。他の皆はクスクスと面白そうに笑って居る。


 私があの事件の日に癒しを領民に向けて掛けたので、聖女伝説は街中に凄い勢いで広まった。それはイライジャが満足するぐらいだ。「もうブルージェ領でスター商会の会頭が聖女だとは知らない者はいないと思います」とイライジャが胸を張って言うぐらいなので、かなりの物なのだろう……他領に広がらない事を祈るばかりだ。


 私が項垂れて居るとガレスがもじもじしながら話しかけて来た。


「あ、あの、嘘でもなんでも……ララ様が私にとって ”聖女” 様なのは間違いありません! 私は貴女がいなければあの場で死んでいても可笑しくなかった……助けて頂いた命を貴女の為に使わせてください!」


 ガレスは今までで一番力を込めた物言いになった。私に感謝してくれているのは嬉しいが、何だか会ったころのセオを思いだして少し胸が痛んだ。できればこれからの人生は自分の為に使ってもらいたい、せっかく自由になれたのだから……

 私はガレスに近付きそっと手を握ると、その綺麗な赤い瞳を見つめた。


「ガレス……有難うございます。でもこれからは私の為では無くて、一緒に楽しい人生を送れるように過ごしていきましょう」

「……一緒に?」

「せっかく自由になれたのですもの、ガレスが幸せになれる物を見つけなければ勿体ないですからね」


 ガレスは私に握られた手をジッと見ながら、自由……幸せ……と呟いていた。


 長い間奴隷でいたのだ、ヴェリテの監獄から出るために奴隷になったクルトとは違い、自分の為に何かをすると言う事は時間が掛かるだろう。

 ガレスが幸せの一歩を歩みだせるといいなと思う。セオの様に夢が見つかり、それに向かって歩き出せる日が来ることを期待するばかりであった。



 ガレスが落ち着いたところで、ベルティが商業ギルドに来た爆弾魔の話をしてくれた。

 彼らはガレスとは違い ”血の契約” がなされて居たようで、商業ギルドを襲うという目的が達成できなかった時点で塵となって消えてしまった様だった。


 スター商会に来た爆弾魔は商業ギルドに連れてきた後、正常には戻ったが、やはりガレス同様にブライアンの屋敷に奴隷として買われて行った後の事は覚えておらず、口の中に隠してあった毒を含んで亡くなったようだった。

 意識がハッキリしても最後まで「あの方の為……」という考えは捨てず、リアム達に何か語ることはなかったようだった。


「あ、あの……」

「何だガレス、何か有るのか?」

 

 ガレスはリアムの問いに頷くと、私達に思いだしたことを話してくれた。


「ブライアン様は私のような借金奴隷だけではなく、犯罪奴隷も買い取って居たようで……」

「犯罪奴隷……?」

「はい……それも出来るだけ罪が重い、もう一生外に出られない様な者を選んでいたように思いました……」

「なるほどな……罪が重ければ自由になることは一生無い……甘い言葉で ”血の契約” を結ばせたのだろうな……」


 つまり”血の契約”をすれば自由にしてやるとでもブライアンが言ったのだろうとリアムは考えを口にした。そして契約を結ばせた後は薬や奴隷契約で命令を利かせ爆弾魔にさせた。

 犯罪奴隷ならどうなっても良いという事だろう。人の命を軽く見る行為に嫌気がさす。ブライアン一人の考えでは無いかも知れないが、物の様に扱う行為に皆が嫌な気分になった。


 ベルティが調べた所、ブライアンがガレス達を購入した奴隷商は既に無くなっていたそうだ。

 後を探られないようにしたのだろうが、その店の人たちがどうなったのか心配でならない、仲間であれば購入という形にはなっていなかっただろう、店の人たちも消されている可能性があった。


そして犯罪奴隷を購入した ”ヴェリテの監獄” はブライアンが受け持っていたため、購入の資料も何も残されていないのだろう、そうでなければタルコット達がすぐに気が付いたはずなのだから……


「今後もブライアンには要注意だね……それと……”あの方”ってやつにもね……」


 ベルティの言葉にここに居る全員が真剣な顔で頷いた。また何か仕掛けてくる事は予想が出来たからだ。これからも気を付けなければならないだろう。



 その後、冬祭りの話になった。

 ヒューゴが生き生きとして今後の予定を話してくれた。

 やはり冬祭りは領主が領民に感謝する日にする様だ。

 その日は領邸のテラスに立ち皆に感謝の意を述べるらしい、その後は領邸の前で酒を振る舞う予定だそうだ。


 今年はそれのみにして来年からは何かイベントを考えたいとの事だった。ただ秋祭りと近いため、それ程大掛かりな物は出来ないだろうと言った。

 だったら氷の銅像を並べたりしてはどうかと提案したところそれは面白いとなり、今年からやってみると言って、ヒューゴはローガンとオーギュスタンに相談しなければと意気込んでいた。

 リアムとベルティはそれほど大きくはない祭りと聞いて、ホッとしている様だった。


「振る舞い酒は何にするのですか?」

「え、ええ、ビールではダメでしょうか?」

「うーん……寒い時期ですからね……温かい物が良いと思うのですが……」


 ホットワインでも良いがブルージェ領で何か作り出した物がいいような気がした。

 そこでジェロニモがお酒好きなのを思いだし、新しいお酒を作ってもいいかもしれないと思い至った。


「ブルージェ領の日本酒を作りましょうか……”ブルージェ領酒”……領主に掛けていて面白くないですか?」


 私が一人でクスクスと笑って居ると、リアムが困ったような表情になった。でもヒューゴは目をキラキラさせて喜んでいる様だった。


「なるほど! 流石ララ様です! ”ブルージェ領酒” ジェロニモさんに相談すれば宜しいですか?」


 ジェロニモは今やビール工場の工場長だ。相談すればすぐに動いてくれるだろう。私が頷くとヒューゴは嬉しそうに笑っていた、新しい事が出来て幸せそうだ。リアムとベルティは頭が痛いといった困ったような表情になっていたのだった。


「スター商会では【甘酒】でも配りますか?」

「いやいや待て待て、ララ、年明けにはトミーとミリーの結婚披露パーティーが有るんだぞ、そんな時間無いだろう?」

「うーん……じゃあスター商会からのプレゼント? あー……領主様への感謝のしるしとして領主邸に届けますか。【甘酒】なら温かくて丁度いいですし。ね、ヒューゴ」

「あまざけ? お酒なのですね? それは有難いです!」

「では、決定という事で」

「はい! すぐに領主邸とビール工場に行ってまいります!」


 ヒューゴはそう言うと張り切って部屋を出て行った。その足取りはスキップしそうな勢いだった。



 商業ギルドを後にして、ガレスも一緒にスター商会へと向かった。ガレスはかぼちゃの馬車を見て口を開けて驚いていて、クルトに「こんなの序の口だぞ」と声をかけられていた。

 スター商会に着くとまずはリアムの執務室へと向かい、ランス達への紹介と共に、今後指導をして貰うジョンに声を掛けた。気遣い屋のジョンならきっと良い指導係になってくれる事は間違いないだろう。ガレスが生き生きと働ける日が来ると良いなと期待した。


 その後は私とクルトでスター商会内を案内した。

 まずは寮に連れて行き。ガレスの部屋を紹介する。


「こ、この部屋を一人で使って宜しいのですか?」


 やっぱりスター商会の寮は普通では有りえないぐらい広くて綺麗な様だ。

 お風呂やトイレの使い方も教えると目を丸くしていて可愛かった。

 クルトがガレスの肩にポンと手を置いて、分かる分かるぞっと、驚く気持ちが理解出来ると同情していた。


 その後はスターベアー・ベーカリーに行った。

 良い香りが漂い、美味しそうなパンが並ぶ店内をガレスは目を輝かせて見ていた。

 食べたいと言う気持ちと、パンの良い香りの理由を知りたいと言う気持ちが両方ある様だった。ガレスは以外と研究好きなのかも知れない。ビル達とも話が合いそうだ。


 忙しそうなボビー達に別れを告げ、次はにスター・ブティック・ペコラ向かった。店内が混み合って居るので、店長のニカノールと支配人の様になっているティボールドにだけ軽く挨拶だけして、店を後にした。皆の優しい様子にガレスはホッとしたようだった。


 次はスター・リュミエール・リストランテだ。

 レストランは予約客で混み合っている為、店長のサシャに声を掛けて挨拶をした後、厨房のマシュー達料理人に声を掛けた。皆によろしくと挨拶をされて、ガレスは嬉しそうに何度も頭を下げていたのだった。

 

 そしてノアがいる裁縫室へと向かった。相変わらずの注文の多さでブリアンナは嬉しい悲鳴を上げていた。ブリアンナは沢山衣装が作れるので喜びが勝っている様だ。これは見張っていないと休みの日も部屋に籠りそうだなと思い、皆によろしくと声を掛けた。


「ガレス、ノアは私の兄なのです。宜しくお願いしますね」

「ノアだよ、宜しくー」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」


 挨拶を済ませ裁縫室を出た後、クルトが「ノア様はララ様が作った人形なんだ」とぼそりと教えると、ガレスは驚きで固まり廊下で動かなくなってしまい、クルトが「言うのが早すぎた……」と言って謝りながら引っ張って歩かせていた。今日一番驚いたようだった。


 最後に護衛の皆の所へと向かった。

 ベアリン達は星の牙のメンバーと武術の稽古をしている様だった。相変わらず声が大きく結界があるのに何故か漏れて聞こえているような気がした。

 勿論そんなことは無く幻聴だとは思うのだが。口を開けてガハハハッ! と笑い声を上げると、やはり聞こえる気がするのだった。


「ベアリン、みんなー」


 私が声を掛けると、皆が稽古を止めてこちらへと駆けてきた。ちょっと走るだけなのに競争していて小学生男子の様で面白かった。メルキオールがいたら注意されそうだなと思った。


「今日からスター商会で働くことになったガレスです。皆仲良くしてくださいね」


 はーい! と小学生のような声を上げて、ついでに手も上げて皆答えてくれた。

 ピートやアリス位なら可愛げがあるが、いい大人達なので苦笑いしか出なかった。


「ララ様、後で稽古つけてくれや」

「ええ、良いですよ。着替えてくるので待って居て下さいね」

「ガレスも一緒に稽古するかい?」

「お、俺、いえ、私もですか?」


 ガレスはベアリンに誘われて驚いていた。剣術も武術も習ったことは無いのに、良いのかなと不安げだ。そこはベアリンが誘った理由を話す。


「まあ、あれだ、最低限、自分の身は自分で守れるようにしといた方が良いからな」

「ガレス無理しなくても大丈夫ですよ」


 確かに子供たちにも自分の身を守らせるために、剣術や武術の稽古をしているが無理強いではないので、ガレスの希望次第だろう。


「俺、やってみたいです! 是非教えて下さい!」

「よっしゃー! そう来なくっちゃなっ!」


 バンバンとベアリンに背中を叩かれ、ガレスは吹っ飛びそうになっていたが、その顔は嬉しそうだった。

 先ずは一つでもやってみたい事が見つかって良かったなとそう思えた。皆が楽しそうに盛り上がる中私は部屋へと着替へに戻った。


 この後ベアリン達が「もう十分です」と音を上げるまで、私がしっかりと鍛え上げて、満足させてあげたのだった。

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