第259話 助けた青年
「ララ様、あれは無いです……」
朝の身支度が終わり、スター商会へ向かった後、ノアが裁縫室へ行ったのを確認するとクルトが話しかけて来た。
今日は商業ギルドへ行くため自分の執務室でその準備をしていたのだが、”あれが無い” と主語が無い言葉で言ってきたクルトのセリフに私は首を傾げた。
あれとは何でしょう……かっ?!
「クルト……あれとは何ですか? 持ち物が無いって事ですか?」
何かを無くしてしまったのかなと思って周りをきょろきょろとして居ると、二人しかいない部屋なのに、クルトは私の側まで近寄り、小さな声で話しかけて来た。
「昨日の……リアム様の件です……あれは告白でしょう!」
はて? と考えてみる、告白? そんな事が有ったかな? と昨日の事を思いだしてみた。
どうやらクルトはリアムがセオの事を好きと知らないため、『俺の子を産んでくれ』イコール私へのプロポーズだと思った様だった。確かにこれまでのリアムの ”セオラブ” のあからさまな行動を知らなければそう見えても可笑しくは無いだろう。
私はクスクスと笑った後、クルトに簡単に説明をすることにしたのだった。
「クルト、リアムはちゃんと好きな人がいるのですよ」
「へっ? はああっ?!」
そこまで驚かなくてもと思ったが、私は頷き話を続けた。
「リアムの恋の相手とは……その……子供が作れない相手なのです……ですから私にお願いしてきただけなのですよ」
「……いや……そんなはずは……」
「それに、私はとっくにリアムに結婚の申し込みをお断りされているのです。ですから勘違いは止めてあげて下さいね」
個人情報なのでリアムの恋の相手までは教えてあげることはできなかったが、冬の長休みにセオが戻ってくればきっとクルトも気が付くだろう。何せ、リアムのセオに対するアプローチはかなりの物なのだ、気がつかない方が可笑しいともいえるほどなのだから……
クルトはまだ納得してい無ような顔だったが「……分かりました……」と言ってくれた。
きっと後で詳しくランスにでも確認をするのだろう。額を押さえる仕草を見てそう思った。
準備が整いリアム達の執務室へと行くと今日も変わらず忙しそうだった。もう少し人材を増やそうと思っているようなので早くいい人が見つかることを期待するのみだ。
「リアム、おはよう」
私が来たことに気が付くと、リアムはいつも通り手を上げて答えた、昨日の頑張りの成果か、机の上の書類がかなり減ったように思えた。ランスも満足げな顔でリアムの事を見ていたのだった。
仕事が忙しいく店を皆で離れるのは難しいため、今日は、リアムとジュリアン、そしてクルトと私だけが商業ギルドへと向かう。
いつも通り宣伝を兼ねてかぼちゃの馬車での移動だ、商業ギルドは目と鼻の先にあるのだが、これも大事な仕事の一つなのだった。
商業ギルドへ着くと受付の女性のグレタが案内をしてくれた。前もって誰が案内をするのか決めて居たようで、今日はジャンケンをする姿は見られなかった。
ノックをして部屋へと通されると、商業ギルドのギルド長であるベルティは既に部屋で待っていてくれた。それとフェルスとイベント担当で有り、フェルスの甥っ子でもあるヒューゴもいた。
そしてスラムで助けた奴隷の青年も緊張した面持ちでソファに座り待っていたのだった。
「よく来たねー」
ベルティがそう私達に声を掛けると、ヒューゴの隣に座っていたスラムで助けた奴隷の青年は勢いよく立上り、私達の方へ向かって頭を下げた。それは挨拶というよりもお礼にのような頭の下げ方だった。
「ガレス、いつまで頭を下げてるんだい、皆が座れないだろう」
「あ、は、はい。申し訳ありません」
スラムで助けた奴隷の青年はガレスという名の様だった。ベルティに注意されるとサッサと移動し、部屋の端に行ってしまった。それをベルティがため息をついてまた注意をした。
「ガレスあんたはもう奴隷じゃないんだよ、そんなところに居ないでちゃんとソファへと座りなよ」
「し、しかし……」
「しかしもなにもあるもんじゃない、早く席に着きな!」
「は、はい!」
ガレスは少し脅される様な感じでベルティに言われると元の席へと着いた。その姿はちょこんと小さく座っていて遠慮しているのが丸わかりだった。ベルティはその様子に苦笑いを浮かべていた。
皆が席に着いたことでベルティがガレスの事を話してくれることになった。やはりブライアンと主従関係を結んでいたようだった。
ガレスは少年時代に親の借金のカタに奴隷として売りに出されたようだ。幼いころは紫の髪で赤い瞳の為、闇ギルドで高く売れた様だった。売られた先の主が無くなると、今度は裏ギルド主催の奴隷市に売りに出されたようだ、前主にかなり傷をつけられたガレスは安い金額だった為、ブライアンが奴隷を大量購入する際に一緒に買われたようだった。特に審査も無くどんな奴隷でも構わないと、条件も見る事無く買われたのだと教えてくれた。
やはり爆弾魔として使おうと奴隷を購入していたようだ。人を道具として見ているブライアンにはとても腹が立ったのだった。
ブライアンの屋敷では、特に何をするでもなく与えられた部屋で過ごす日々が続いていたらしい。ただし、毎日決まった時間に少し苦みがあるお茶を飲むように言われていたようだった。
そしてあの事件の日、甘ったるい香りのする部屋へと集められたらしい、その後からの記憶が無い様なので、催眠効果のある何かをかがせられたのだろう。
「二種類の薬があるのですね……」
一種類の薬が催眠効果のある物だとすると、もう一種類はなんだろうか……もしかしたら魔力が多くなる薬の可能性もある、爆弾を使い続け、誰かに攻撃されても動けるだけの魔力がある様にしたかったのかもしれない、但しその薬を使えば勿論後から後遺症が来る、ガレスの魔力はもしかしたらほとんど残っていないのかもしれないとそう思った。
私が深く考え込んでいると皆が心配そうに覗き込んできた、私はハッとしてから自分の考えを口に出した。
「ガレスさんは……魔力はまだ残ってますか?」
リアム達は驚いた顔を浮かべ、ベルティだけは私を感心した様子で見てきた。ガレスは曇り気味の表情で首を横に振った。
「俺……私には殆ど魔力は残っていません……」
やはり、無理矢理魔力を増幅させられた様だ。
あの時の爆弾は少しの魔力で火を着ける事が出来る物だった。そう考えると1人の奴隷に沢山の爆弾を持たせて居たのも納得出来る。
出来るだけ多くの領民を道連れにして欲しかったのだろう。ブライアンには怒りしか無かった。
「奴隷印は綺麗に取れたのですか?」
「いや……ブライアンってヤツはまだ生きているんだろう……書類上の手続きと共に奴隷印は薄くなったが綺麗には消えなかったよ……」
ベルティがブライアンの行為に腹が立たのか、苦い顔でそう教えてくれた。ガレスは奴隷では無くなったが、ブライアンの影響がどこまで残っているのかは分からないそうだ。
「あー……ララ様、私が専門家の所へガレスを連れて行ったのですが、強い意志を持って居れば問題は無いようでしたよ、ただ、本人の体に奴隷印が残っていますからねー、今後働くのも大変かと思います……」
ヒューゴが心配げな表情でガレスの事を見ながら教えてくれた。ガレスを保護したあと、一旦奴隷として商業ギルドで預かりとなっていたが、ブライアンが死んだとされたので、奴隷解約の処置をしてくれたのだ。ただし奴隷印が消えないとなると、これからも世間では奴隷として見られてしまう可能性があるのだと教えてくれた。
「うーん、じゃあやっぱりスター商会で雇った方が良さそうですね。ね、ベルティ」
「そうだね、商業ギルドとも思ったが、ここは人の前に立つ仕事ばかりだ、ガレスが平気だと言っても嫌な思いをする事もあるだろうよ」
「その点スター商会なら裏方の仕事に就けば何の問題も無いですからね、ね、リアム」
「ああ、そうだな。それに、ジョンの下に一人欲しかったから俺としても助かるしな……」
リアムはガレスにウィンクして見せた。
ガレスは自分の就職先がサッサと決まってしまう事に驚いている様だった。
「ま、お待ち下さい。そんな俺なんて!」
ガレスは慌てた様子で手を振ると自分が居ると迷惑になる様な事を言い出した。自由になったとは言え、奴隷時代が長かった為、まだ幸せになる事に慣れない様だ。クルトが微妙な表情でガレスを見ていた。
「ガレス、スター商会は嫌ですか?」
「嫌だなんてそんな、滅相もない!」
「でしたら是非スター商会へ来て下さい。文字の読み書きは出来ますか?」
「……はい、あの、最初の主が教育には厳しい方だったので……」
ガレスの最初の主人は奴隷であっても自分の所有物になったからには読み書きや作法を覚える様にと厳しく躾された様だった。その時の傷が今もガレスの体には残っているのだと教えてくれた。
「読み書きが出来れば尚更問題無いですね。それに魔力の事も私と一緒にいた方が元に戻せる可能性も有りますからね」
私だけでなくアダルヘルムやお母様もいる。
ガレスの心強い味方となってくれるだろう。それにクルトも私の側にいる。気持ちの面でもサポートしてくれる筈だと思った。
「ガレス、アンタはどうしたいんだい? これはアンタの人生だ。自分で決めて良いんだよ……」
ガレスはベルティに声をかけられて、周りに居る皆を見渡した。そしてギュッと手に力を入れると、決意を固めた表情になって私を見つめてきた。
「俺は……いえ、私は助けて下さった聖女様のお役に立ちたいです。ですからご迷惑でなければ、スター商会で働かせて下さい!」
ガレスの決意を聞いて、聖女と言われた私は「ぎゃー」と悲鳴を上げて、他の皆は笑い出したのだった。
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