第258話 ステラ

 私の可愛いステラが生まれて早数週間たった。

 私はステラとミアの主治医として毎日の健康観察は欠かさず行っている。

 決してステラが可愛いから毎日会いたくてたまらないという邪な考えではなく、純粋な医師としての診察なのだ。クルトが 「毎日は要らないんじゃないんですか?」 と言ってきたが聞こえないふりをしたのは内緒で有る。


 アーロは今育休中だ。このまま年末年始の店の休みまではミアと一緒に子育てに集中してもらう。この世界には ”育休” などという制度は無いため最初は驚かれたが、如何に子育てが大変かを結婚できそうにないリアム達 ”女心分からない隊”に力説した所、どうにか分かってくれたようだった。

 アーロは恐縮していたが、他の人達に子供が出来た時に同じことをしてあげられるように【パイオニア】になって下さいと伝えると、「子育て頑張れって事ですよね、分かりました」と理解してくれたのだった。これでミアの負担が少しでも軽減されればいいなと思うばかりである。


 アーロ一家の部屋へと行くと、ピートが玄関まで来て出迎えてくれた。少しお兄さんらしくなったピートはステラのお世話を頑張っている様だった。


「ララ様いらっしゃい」

「ピート、おはよう。ステラはどうですか?」

「うん。とっても良い子だよー」

「そうなの。やっぱりお兄ちゃんが優しいから分かるのねー」


 へへへっと照れながらピートはミアとステラが居る寝室へと案内してくれた。アーロは部屋で洗濯物をまとめていた様でエプロン姿で出て来た。ステラの事が可愛すぎる様で、締まりのないデレ顔だった。


「ララ様、毎日有難うございます」


 私はアーロに頷き、ミアとステラに近づいた。今日も文句無しに可愛い。ミアも産後は順調に回復している様で顔色も悪くない様だった。


「ミア、どうですか?」

「有難うございます。至れり尽くせりでピートの時より楽をさせて頂いております」


 アーロもピートも家の事をやってくれているので、ステラの事だけに集中出来て楽なようだ。

 それでも生まれたての赤ちゃんがいるのだ、大変だと思う。


「ステラちゃーん。おばあちゃんですよー」

「まあ、ララ様ったら、またおばあちゃんになってますよ」


 ついつい孫の様な気がして ”お姉ちゃん” では無く ”おばあちゃん” と言ってしまい。皆にいつも注意されてしまう。私的にはおばあちゃん呼びで何の問題も無いのだけれど見た目が子供なのでしょうがないだろう。


 ステラを抱っこし十分に堪能……診察を終えた後は、毎日恒例のノアからの洋服のプレゼントを渡す。

 ノアはステラを(自分好みに)可愛く育てたい様で、毎日の成長に合わせて洋服を作っている。裁縫室に行ってはブリアンナ達と楽しそうにベビー服を作っているので、スター商会のベビーグッズは今売れに売れている。

 使い勝手が良く可愛らしい物が多いので、出産のお祝いにも喜ばれている様だ。リアム達もまた忙しくなり、嬉しい悲鳴を上げていたのだった。


「ステラちゃーん、ノアおじい……お兄さんからお洋服のプレゼントですよー」

「まあ、ララ様、ステラの服がタンスに入りきらなくなりますわ」

 

 フフフっと可愛く笑うミアに今日の服はちょっと違うのだと説明した。


「今日はピートとミアの洋服もステラとお揃いであるのですよー」

「僕のもー?」

「そうですよ、頑張ってるお兄ちゃんとお母さんにはステラとお揃いのお洋服を用意しましたー」


 ミアもピートもステラとお揃いとあって大喜びだ。明日早速三人で合わせて来てくれるのだと約束してくれた。きっととっても可愛い事間違いないだろう。


「……あの……ララ様……俺には……?」

「あっ! 忘れてました!」


 ガックリとうなだれるアーロに、次は必ず家族全員お揃いの服をプレゼントしますねと約束して私はアーロ一家の家を後にした。来週にはステラも少しお散歩に出ても大丈夫だろう。皆会うのを楽しみにしているので、早くお披露目をしたい物である。決して孫自慢したいわけではない、皆の希望なのだ。


 クルトと一緒に裏庭へと向かう。今度はバイクの練習をしている星の牙のメンバーとベアリン達の様子を見に行くためだ。ベアリン達はすっかりスター商会へ来ることにも慣れ、私が来るときは必ず一緒に来ている。「ララ様のおそばを離れるわけにはいかねー、アダルヘルムの兄貴にもしっかり見ているようにと言われたんだ」とのアダルヘルムからのお達しがあったようで、いつも一緒に来ているのだが、彼らの本当の理由はスター商会へ来ると可愛い子が沢山いるからでは無いかと思っている。


 歓迎会の様な物を彼らの為にスター商会で開いた時、ベアリンをはじめ、バーニー、ファルケ、ハーン、カシュもスター・ブティック・ペコラで働いているキャーラ、ビオラ、レベッカ、マルタに骨抜きにされていた。彼女たちのちょっと豪快なところやお酒好きなところがとても気に入ったようだった。

 なので彼女達にいいところを見せようと魔石バイクの練習を頑張っているのではないのではと思っていた。まあ恋愛は自由なので問題は無いのだが、気付かれようとして大きな声を張り上げようとするのだけは止めて欲しい物であった。


 庭に着くとベアリン達に手を振って挨拶をした。

 皆すぐに私とクルトの所へと魔石バイクで飛んできて、慣れた様子でカッコ良く急ブレーキを掛けて降りたのだった。


「ララ様、ステラの診察は終わったんですかい?」

「はい。今日も元気でしたよ」

「ララの姉貴は凄いんですね、赤ん坊の診察迄出来るなんて小さいのに天才なんじゃないんすか?」

「有難うございます。でもディープウッズ家に居ると私が普通なのですよ」

「やっぱしディープウッズ家ってのは凄いっすねー」


 皆お父様に憧れがあるので、口癖のように、「ディープウッズ家は凄い!」と褒めてくれるこちらが恥ずかしくなる位だ。それ位彼らの里ではお父様は恩人であり尊敬できる人族の様だった。

 

 ベアリン達と別れて今度はリアム達の執務室へと向かった。


 執務室では今日も通常運転だ。

 そう、つまりとっても忙しそうと言う事である。

 ブルージェ領の育成施設が完成した事で、スター商会として慈善活動の一貫としてそちらの手伝いもあり、年末には冬祭りを開催するのでそちらの準備もある。それからベビーグッズの販売、年明けに迎える結婚披露宴パーティー、そして通常の業務とリアム達は大忙しであった。

 これでは、結婚どころか恋愛も無理だろうなと、”乙女心分からない隊” のメンバーのこれからが心配になるのだった。


「リアム、お疲れ様ー」


 私の挨拶にリアムはいつも通り「おう」と手を上げて答えてくれた。まだ返事が出来る余力はある様だ。

 私は頑張っているリアムに大好きなキャラメルを出して上げた。今日はチョコ味の生キャラメルだ。リアムは仕事中だが私が魔法鞄からキャラメルを取り出したのが分かると、手を止めすぐにソファへとやって来た。クルトはそれを見てクスリと笑い、ランスは はー とため息をつき、皆にも休憩を促していた。


 ジョンが滋養茶を入れてくれたので、キャラメルと一緒に味わうと、リアム達も少しホッと出来た様だった。


「あー、ギルド長から連絡が来たぞ、アイツの奴隷印が無事に取れた様だ」

「本当に?! あー、良かったー」


 アイツとは、スラムで爆弾魔にされていた青年だ。

 私がスター商会へと駆け込ませた後、商業ギルドのギルド長のベルティの知り合いの人に奴隷印を取って貰っていたのだ。

 これは、主であったブライアン達が行方不明になっているからこそ出来た事である。普通は契約内容通りに金銭を払ったり、何か武勲を立てたりしなければ奴隷印を消す事は出来ない。

 青年は爆弾魔にされたけれども、奴隷印が取れたので不幸中の幸いだったと笑顔を浮かべていた。この後は彼の希望次第だがスター商会で働いて欲しいと思っていた。

 ベルティもウチで雇っても良いと言っていたので、後は本人がどう選択するかだろう。何かやりたい事もあるかもしれないので、話を聞く予定でいた。


「商業ギルドへ行くのは明日で良いか?」


 気がつけばリアムは五個目のキャラメルに手を出していた。そろそろランスの目が細くなってくる頃だろう。

 案の定、ランスはリアムの前からキャラメルをどかすと、ジョンにお茶のお代わりを頼んでいた。やはり虫歯が心配の様だ。


「明日で大丈夫。でもリアム達は仕事は大丈夫なの?」


 リアムはハハハと乾いた笑いをだした。

 大丈夫じゃない様だ。明日はリアムとジュリアンだけが商業ギルドへ行くと言っていたのだった。


「それでステラはどうだった?」


 出産を間近で感じたリアムはステラの事が気になってしょうがないようで、毎日私に様子を聞いてくる。気持ちが分かる私としては、出来るだけ詳細にステラの様子を教えて上げるのだった。


「はー、私も早くあんなに可愛い子が欲しいなー」


 リアムが何故か私の言葉を聞いてゴクリと喉を鳴らした。そして少し頬を染めると、モジモジしながら話しかけてきた。何だか小学生の男の子みたいでちょっと可愛かった。


「あー、ララも子供が欲しいって思うのか?」


 私は良くそう言っている気がしたのだがリアムに言っていなかったかな? と首を傾げた。もしかしたらいつも子供の冗談だと思われていたのかも知れない。私はリアムにニッコリ笑って頷いた。

 クルトが私の会話が聞こえたからか、何故かちょっと離れてランス達の方へと行った。今ソファには私とリアムだけだ。


 リアムはあーとかうーとか言ったあと、深く深呼吸をすると私に真剣な顔で話しかけて来たのだった。


「ララ、俺の子供を産んでくれないか?」

「リアムの子供?」

 

 リアムは真っ赤な顔で頷いた。周りの皆は耳をそばだてている様だが、体は私達とは別の方へと向けていた。リアムの突然の子供欲しい宣言が気になる様だった。


「うーん……リアム、子供の前にまずは結婚した方がいいと思うよ」

「へっ?」


 セオとだと子供が出来ないから私に頼んでいるのだろうが、セオに振られた場合その後新しい女性と出会う可能性もある。今から私に保険を掛ける必要はないだろう。


「とりあえず……今後の事はセオが成人してから考えようか、ねっ」


 リアムをそう諭すと、ああ……と元気なく呟いていたのでセオが成人したら告白するようだ。同姓の恋でも私は良いと思う。リアムが幸せになれるのなら応援はする気満々なのだ。


 リアムはこの後一心不乱に仕事を頑張ったそうだ。

 セオへの告白日の為に、そして愛の為に頑張るリアムを心からかっこいいとそう思ったのだった。


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