第237話 クルト

「タルコット、クルトさんを連れて帰るので、手続きをお願いします」


 皆は驚いていたが私はもっと詳しくクルトから話が聞きたいと思っていたので、早く手続きを済ませたいと思い、領主であるタルコットにお願いをした。

 タルコットはチラリとアダルヘルムへ視線を送り、アダルヘルムが苦笑いで頷くのを見ると、看守とイタロに指示を出し手続きを始めてくれた。アダルヘルムはふーとため息をつき、リアムはソファの背もたれにぐったりと寄りかかっていた。ここまでの囚人との話し合いで疲れた様だった。ノアだけがニコニコ顔で魔法鞄からクッキーを取出し、一人食べていた。こんな時でも可愛いノアにはとっても癒された。


 クルトは周りの者が着々と自分の買い取りの準備を進めて居る事を理解できない様な顔でただ見ていた。でもハッとすると慌てた様子で私に話しかけて来たのだった。


「ま、待て待て嬢ちゃん、俺は犯罪者だぞ? 犯罪奴隷だ、分かるか? 危険なんだぞ、怖いんだぞ、おもちゃじゃないんだぞ、分かってるのか?」


 周りに居る大人たちの顔もチラチラと見ながら、何で子供を止めないんだと言っているような表情でクルトは喋っていた。こんな小さな子が連れて帰りますと言った一言が通ってしまう事にも驚いて居る様だった。自分で自分を犯罪者と言っておきながら心配するその姿はとても可笑しく、そして優しい人だなと思わせる物であった。


「クルトさんはここに居たいですか?」

「いや、そう言う訳じゃないけどよ、良く知りもしねーで、子供が俺を買い取るとかおかしいだろう?」


 クルトは意見の同意を求めるように、アダルヘルム、リアム、タルコット達を哀願するような顔で見ていた、皆苦笑いを浮かべ気持は分かるよと言った風に頷いていた。やはり子供が決めたと言うのがネックなようだ。

 でもアダルヘルムは反対をしていないし、リアム達も呆れてはいる様だが反対していない、つまりクルトさえ良ければ連れて帰って良しという事だろう。以前奴隷を買い取ることを人身売買の様で嫌だなと私が渋い顔をしていた時、ランスが助けることになると言っていたが、こういう事なのだなと思った。

 多分クルトは本当に執行妨害、器物破損、暴行傷害を行っているのだろう。ただし、相手が誰かで、どうしてそうなってしまったかという事だ。私も”スカァルク”の店で同じ様な事をしている。捕まっても可笑しくないという事だろう。ただし、私は正当防衛だった。それだけは間違いないのだ。


「クルトさんは正当防衛だったんじゃないんですか? 想像ですけどね」

「はっ?」


 そうこうしているうちに看守が奴隷売買の書類と担当者らしきものを連れてきた。それからクルトの所持品らしき物も小さな箱に入れて持ってきていた。差し出された奴隷としてのクルトの値段は10ロットだった。たったの10ロットで人間を販売するのかと思うと胸が痛んだ。


「あのー……これは値段が間違えて居ませんか? 10ロットですよ」

「ああ、この囚人は武術が出来るのでね少し高いのですよ、購入は取りやめますか?」

「いいえ、安過ぎると思って、1ロンドくらいはすると思っていました」

「ロッ? ……ロンドですか? いやいやそれ程の奴隷となると闇ギルドか大店の奴隷商しか扱っていませんよ、この様な監獄ではそういった高価な奴隷は扱っておりません」


 ふーんそうなんだと思いながら、奴隷でも色々と有るんだなと分かり、私は魔法鞄からクルトを買うお金を出し担当者に渡した。私が安すぎると担当者に言った事から、クルトは目を真ん丸にして驚いていたが、もう何も反対意見を言う気は無い様で、観念したかのように担当者がお金を数えたり書類をまとめる作業をただじっと見つめていたのだった。

 奴隷販売の担当者が確認作業を終えると、何かの紋章が入ったような押し印の様な物を出してきた。それは大人の握りこぶしぐらいあってかなり大きい物だった。担当者が魔力を通すとそれが焼き印のように熱を持った。どうやらクルトにそれを押し付ける様だった。私は慌ててそれを止めに入った。


「ちょっと待ってください! 何をするのですか?!」

「ああ、奴隷としての印をつけるのですよ、これであなたの言う事には逆らえなくなりますから安心してください」


 そう言って印をクルトに押そおとする担当者の手を引っ張り急いで止めた、そんな物は必要ないからだ。


「やめて下さい、クルトさんが傷つきます!」

「しかし、これを押さなければこいつは逃げるかもしれませんし、貴女を襲うかもしれませんよ?」


 確かに普通の奴隷ならそれもあり得るだろう。だけど私はクルトに私の奴隷になって欲しい訳ではない、話を聞いた後は、やりたい事をやって貰う予定でいる、ただそれだけなのだ。押し印など必要ないのだった。

 私の様子を見てアダルヘルムが担当者に声を掛けてくれた、他に方法が有るのではないかと。すると担当者は鞄から腕輪の様な物を取出し、これを買い取ってつけることも可能だと言った。お金がかかる為殆どの人がそれを選ばないそうで、まず使われることは無い物だそうだ。

 その為そんな方法が有る事を知らない人が殆どの様だった。ただし、高価な奴隷の場合は傷を付けたくないという理由から、わざと派手で豪華な腕輪を付けることもある様だ。別に高価な物は要らないが、私は勿論腕輪を買う事にした。


「1ロットですが宜しいのですか?」

「勿論です。それでクルトさんが傷つかないのなら安い物です。その腕輪は、クルトさんが購入価格分を働いて私に返したら取れる物ですよね?」


 担当者は驚いた顔をして私を見た、普通奴隷には給料などでないそうで、そして一生奴隷のままらしい、その上食事代や衣服代などを買い取り価格に上乗せするような輩もいる様だ。結局奴隷から一生抜け出せないままで終わることが殆どの様だった。

 それは犯罪者を街へ出さないための手段なのかもしれないが、あまりにもひどい扱いに、奴隷と言うのは人として見て貰えないのだなと悟った。そんな事は無くなって欲しい物である。


「取れますが……その場合は貴女の奴隷ではなくなりますが……」

「ええ、勿論それでいいです。奴隷にしたいわけでは無いので」


 ホッと胸をなで下ろした私を、珍しい物でも見る様な目で見ながら担当者はクルトに腕輪をはめた。腕輪はクルトの腕でくるんと回ると、ぴったりのサイズとなって動かせなくなった。これでクルトとの契約は整った様だ。やっとディープウッズ家に戻れる。


「クルトさん、私はララです。これから宜しくお願いしますね」

「あ、ああ……嬢ちゃん、いや、ララ様……俺はあんたの物だ。クルトで良い……宜しく頼む……」


 クルトは囚人服なので担当者が所持品の中の服に着替えるようにと言ったが、捕まった時のそのままの状態の様で、何日も、下手したら何カ月も洗っていない様な服だった。私は魔法鞄からクルトに似合いそうな、メルキオールぐらいのサイズの服を出し、それに着替えるようにと伝えた。スター商会の服は高価な品物の為、担当者や看守までもが目を丸くしていたが、別室へ連れて行かれて着替えて戻って来たクルトは中々カッコ良かった。

 ついでに洗浄魔法を掛けようかと思ったが、アザレアの件が有ったので魔法を使わない方が良いかなと思っていたら、アダルヘルムがサッとクルトに洗浄魔法を掛けてくれた。さっぱりしたクルトは男前度が上がっていたので、流石アダルヘルムの魔法だなと思った。


 私達はタルコット達に見送られながらヴェリテの監獄を後にすることとなった、タルコットは叔父の悪行が分かり、私達は狙われている事と”おじさん”であるオベロンの事が分かり、その上味方となってくれるクルトを手に入れることが出来たので、十分な成果だったのではないかと言えるだろう。リアム達も満足げな様子だった。


 クルトの歓迎会も兼ねて夕飯を一緒にという事になったので、リアム達もディープウッズの屋敷にそのまま連れて行くこととなった。クルトは驚くことばかりだからか、押し黙って馬車に乗っていた。ジョンが見かねてたまにスター商会の話などをしてくれていたが、クルトはスター商会を知らないようだった。なので一年はヴェリテの監獄の中に居たことは確実の様だ。これもあとから詳しく聞きたいなと思った。


 ディープウッズの森へと入るとクルトの顔色が悪くなった、馬車に酔ったのかなとも思ったが違うようだった。


「あ、あの……ブルージェ領から出るのか?」


 ディープウッズの森の中を通るコンソラトゥール街道に入ったことで別の国に行くと思った様だ、隣に座るジョンにそっと話しかけている声が聞こえたので、私が答えることにした。


「クルト、私のお家はディープウッズの森にあるのですよ」

「へっ?」


 クルトは聞いたことも無い名前を言われたかのような驚いた顔を見せた。ディープウッズの森に家があるなど普通では考えられないからだ。そうこの森に住めるのはディープウッズ家の者しかいない事がクルトにも分かったのだろう。ごくりと喉を鳴らして青い顔になった。そして段々と城が見えてくると自分の考えが間違っていなかった事が分かったようだった。


「……ララ様……もしかして……ララ様はディープウッズの姫様なのか……?」

「はい、そうです。ヴェリテの監獄では名乗るのを止めて居ましたが、私はディープウッズの娘、ララ・ディープウッズです。クルト宜しくお願いしますね」


 クルトは益々青くなってふらーっと倒れそうになるところをジョンに支えられていた。やはりディープウッズの名は破壊力がある様だ。いつもの事ながらお母様やお父様の影響力の凄さには驚かされてしまう。私もいつかそんな風にディープウッズの者として驚かれるようになるのだろうか? と考えてみたが全く想像がつかないのだった。


 クルトの歓迎会は直ぐに始めることとなった、クルトは自分は奴隷だからと遠慮すると言っていたが、クルト本人の歓迎会なので勿論そんな事はさせず、私達と一緒に食事を取った。

 クルトはお母様と会った時は真っ赤な顔になり、息が止まっているのではないかと思うぐらいだったが、「ララをお願いしますね」 と手を握られてお願いされると、本当に息が出来ていないようだった。これからディープウッズの屋敷で一緒に暮らすのが少し心配になるぐらいだった。


 こうしてクルトの歓迎会も無事終わり、クルトは我が家の一員となった。これからやりたい事が見つかりクルトが幸せな人生を歩んでくれることを祈るばかりだった。

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