第236話 ヴェリテの監獄③

「今のは……なんだ……」


 リアムが驚いた顔をしながらそう呟いた。


 他の皆も先程までアザレアがいた場所をジッと見ている。存在自体が消えて居なくなってしまった事に驚き、言葉も出ない様であった。


 アダルヘルムはまずアザレアが消えた辺りを観察した。そしてポケットからハンカチを取り出すと、アザレアが使っていた毒入りの簪を丁寧に包んだ。着ていた緑色のワンピースのような囚人服も気を付けながら触ると、自分の魔法鞄にしまった。ディープウッズの屋敷に持って帰ってじっくりと調べる様だ。


 次にアザレアの簪で刺されてしまった女性の方を確認した。やはり事切れている様で、手首を触り脈を確認したあと首を横に振っていた。


 皆はまだ驚いた顔でアダルヘルムを見ていて、女性の看守は立って居られなくなったのか、青い顔で地べたに座り込んでいた。皆まだアザレアが消えてしまった事を理解出来ない様であった。


 アダルヘルムは看守に癒しを掛けるとポーションを与え、毒で亡くなった囚人女性を運び出す様に指示をした。頬を染めた看守が動き出したのを確認した後、私達は部屋を後にして、ヴェリテの監獄内にある領主の部屋へと向かった。部屋へ向かう間誰も言葉を発する者はおらず、血の契約による酷い行いに胸を痛めている様な苦い顔をしていたのだった。


 部屋に入るとジョンがお茶を入れようとしてくれたのだが、顔色が悪かったので私がやる事にした。ジョンは申し訳なさそうにしていたが、私がうばいの葉で作った滋養茶を入れるのでと言ってソファに座る様にと促した。温かいお茶を出すとまだそれ程寒くない時期だと言うのに、皆カップを抱え暖を取る様にしていた。指先まで冷えてしまっていた様だった。


「あの者は……チェーニ一族で間違いないでしょう」


 アダルヘルムの言葉に皆首を傾げた。チェーニ一族を知らないようだ。アダルヘルムは簡単に暗殺や情報収集、潜入などを得意とする一族だと話し、セオの名は出さなかった。


「マスター、あの女はマスターの名を聞いて喜んでた。ディープウッズの者が生きているって……あの女の主って一体誰なんだ……」


 アダルヘルムはリアムの問いに首を横に振った。あの女ことアザレアの主には覚えが無いようだ。ただ、主にディープウッズの事を伝える為だけに自分の命を使ったと思うと、その酔心振りには怖さを感じた。伝説の人物となっていて既に生死が分からないディープウッズの人間……噂ではなく自分の目で生きている事を確認が出来た。その事がアザレアの主にとってどんな意味をもたらすのかは私達には分からない事であった。


「アザレア……あの女がどういった経緯で領主邸に勤める事になったのか、タルコット様調べて頂けますか?」

「勿論です。必ず調べ上げてみせます」


 タルコットの力強い返事にアダルヘルムは嬉しそうに頷いた。そして今度はリアムの方を見た。


「リアム様、スター商会はディープウッズ家と繋がりがあると噂されております。これから確実にあの者の主という者から狙われることは間違いないでしょう、警戒を強固して頂けますか?」

「勿論です。ララの事はスター商会全員で守ります」


 アダルヘルムはリアムの言葉に満足そうに頷くと今度は私を見た。本当に怖いぐらい綺麗な顔でアダルヘルムは笑った。敵に怒りを感じている様だった。


「ララ様、ノア様、何者かは分かりませんが我々を狙っている者がおります。くれぐれも勝手な行動はしない様にお願い致しますね。特にララ様……くれぐれもお願い致しますよ」

「は、はい」


 アダルヘルムに返事を返すと、やっといつものアダルヘルムらしい表情に戻った。部屋の皆も滋養茶のお陰か少し顔色も落ち着いた様に見えた。それだけアザレアの死は衝撃的だったのだ。未だにあの場面が頭から離れなかった。あんな風に人が塵になって消えていくなんて……話では聞いていたが、酷い物であった。


 少し皆が落ち着くと、私はタルコットにお願いしていた資料を出してもらうことにした。それはルイ達を助けてくれていた ”おじさん” と呼ばれていた人がこのヴェリテの監獄に居るのでは無いかと思い、ルイ達に風貌や年齢をある程度聞いてタルコットにそれらしい人が居ないかを探して貰っていたのだった。


 年齢は40代前後、髪の色はカーキ色、瞳はブラウン、背は標準位……


 ヴェリテの監獄に同じ様な風貌の人がどれだけ居るかは分からないが、警備隊に捕まったと言って居たので、ここに居る可能性は十分にあった。 ”おじさん” を見つけ出して助け出したいとそう思っていたのだった。


「ララ様が出された条件に当てはまる人物は十名ほどいました」


 タルコットが出してくれた資料を私とアダルヘルムで目を通した。カーキ色の髪色はそれ程多くは無かったようで十名ほどに絞れた様だ、これが一般的な茶色の髪色だったらもっと沢山いただろう。

 資料の中でスラムで捕まったとされる人物は五人だった、この中に ”おじさん” がいるのか会ってみれば分かるだろう、本当に捕まる程悪い人なのか、それとも警備隊員に嘘の理由で無理矢理捕まえられた人なのかは、会ってみればすぐに分かると思った。特にアダルヘルムの厳しい目なら間違えようが無いだろう。


「タルコット、この五名に会いたいのですが宜しいですか?」

「はい、この者達は大部屋に居る物ばかりですので、面会室に一人ずつ連れてこさせましょう」


 タルコットはそう言うとイタロに指示を出して、看守に面会室へと囚人を連れてくるようにと資料を渡し伝えていた。私達はその面会室へと向かった。アダルヘルムとノアと三人でと思っていたが、何故かタルコット達もリアム達も付いてきていた。嘘の罪で捕まった人に興味があるのか、先程のアザレア件があるからかは分からないが、皆で一緒に居た方が安心と言うのがある様だった。


 面会室はそれ程広くはなく、看守が二人扉の前に立ち、中はテーブルと椅子が準備された簡単な物だった。前世の様な仕切られた壁など無く、普通に囚人と向かい合って話せるようになっていた。ジュリアンとピエトロは私達が座った両端に立ち、とても警戒しているようであった。やはりアザレアの事が後を引いている様だった。


 一人目の囚人が看守に連れられて入って来た、何故自分がこの場に呼ばれたのか分からないからか、挙動不審で目があっちこっちきょろきょろとしていた。ギリギリ40代かなと思える様子だが、実は30代後半らしくガリガリに痩せていてとてもそうは見えなかった。大部屋だと力関係があるそうなので、大変な思いをしているのかなと少し同情をしてしまった。ただし、罪状は殺人だった。


「君はスラムで暮らしていたのかな?」

「へ、へい……」

「ルイという名の子供の事を知っているか?」

「こ、子供? うんにゃ、しらねー……俺は殺してねーぞ」

「ふむ。有難う良く分かったよ……」


 アダルヘルムの問いに囚人はびくびくしながら答えていたが、ルイを知らないのはうそでは無い様だった。そもそもこんな人がルイ達の ”おじさん” というのはあり得ないなと思った。アダルヘルムも同じ考えだった様だった。


 二番目の男の人は太っていて明らかに違うのが分かった、三番目の人は私とノアの事を舐める様な厭らしい目で見ていて、アダルヘルムの怒りの威圧で失神し倒れてしまって、この人も違う事が分かった。四番目の人はカーキ色とは少し髪色が違う気がした。態度も悪く私達の事を馬鹿にしたような態度だった為、直ぐに看守に連れ戻されていた。


 そして最後の五番目の人となった。ここまでそれらしい人は居なかったことから ”おじさん” がここに居る可能性は低いのかなと思った。既に奴隷として売られている可能性もある。探し出すことは難しいのかもしれなかった。


 五番目の人はかなりがっちりとした体型で、鍛えている事が分かる様子だった。髪はカーキ色というよりはもう少し濃い茶に近いような気がした。男性はドスッと乱暴に椅子に座ると私達の事を何者かと調べる様な目で見てきて、警戒しているのが良く分かった。


「君はスラムで問題を起こしたのかな?」

「……問題? 問題を起こしているのは奴らの方だ」

「ふむ、奴らとは誰の事かな?」


 五番目の男性はじろりとアダルヘルムの事を見た、信用に値する人間なのか、話してもいい男性なのかと見極めて居る様だった。看守に 「質問に答えろ」 と言われても、ジッと見ているだけだった。アダルヘルムが注意する看守を止めると、五番目の人はふふんと鼻で笑ったが、嫌な笑いではないものだった。


「あんた達何者だ? 俺に何を聞きたい?」


 五番目の人は今度は質問をして来た、自分が何故ここに呼ばれどうして質問されるのか、そして私達の事が気になる様だった。今までの人たちとは明らかに違った。資料には執行妨害や器物破損、それから暴行傷害など多くのことが書かれていたが、そんなに悪い人には見えなかった。ただ見た目だけでは何とも言えないのだが……


「私はある人物を探している、我が屋敷で引き取った子供たちの恩師だ、君はルイという子供を知っているかい?」


 五番目の人は目をぱちくりとさせたあと、ハハハと笑った。何だか安心したような本来のこの人の素の表情の様な物が出ていた。悪い事では無いと安心したのかもしれなかった。


「そうか、スラムの餓鬼の面倒を見てたやつを探しているのか……あんた達も変わってるな」


 五番目の人はまたハハハと嬉しそうに笑った。看守がムッとしていたがアダルヘルムが先程止めたため口を挟むことはしなかった。アダルヘルムも口の端を少し上げて笑っていた。この男性を気に入ったのかもしれない。


「そいつは多分オベロンだ、俺じゃない」

「オベロン? 知り合いか?」

「いや、顔を知っているって程度だ、オベロンは変わり者で有名だったからな」

「変わり者?」

「ああ、大して強くも無いのに弱い奴を助けようとするんだよ、危なっかしくて見てられなかったぜ」

「今どこに居るかは分かるか?」

「いや、多分オベロンより俺の方が先に捕まっちまってる、あいつが捕まったなんて知らなかったからな……」


 つまりこの人もルイ達の言う ”おじさん” と同じ様な事をしていたのだろうか、先程 ”奴ら” と言って居たのも、裏ギルドか警備隊員の様な気がした。この人からはもっと話が聞きたいとそう思った。


「あの、おじさんはどうしてここに居るのですか?」


 五番目の人は小さな子が居ることに今気が付いたような顔で私の事をまじまじと見てきた、罪状は書類で知っているが、本人の口から話を聞いてみたいと思ったのだった。


「こりゃまた、めんこい子だなー……あんた達こんな子をこんな場所に連れてくるなよ」


 五番目の人はアダルヘルムやリアム達、大人の事をギロリと睨んだ。それだけでいい人だなと思ってしまった。この人が悪い事をする様には思えなかった。どう考えても優しくていい人だとそう思えた。


「嬢ちゃん、俺は悪い奴なんだ、暴力をふるったから捕まったんだ、それだけだよ」

「その相手は誰ですか? 裏ギルドですか? それとも街の警備隊員ですか?」

「はっ?!」


 驚いている五番目の人の書類に目を通し、もう一度罪状とそして名前を確認した。 ”クルト” それが彼の名前の様だ。犯罪奴隷として買い入れることも可能の様で、私は彼を連れて帰ろうとそう決めたのだった。


「クルトさん、貴方を私に買い取らせてください。宜しくお願いしますね」


 周りに居る大人たちが皆唖然となりノアだけがニコニコと笑っていた。クルトのまた「はっ?!」という声だけが部屋の中に響いたのだった。

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