第229話 プリンス伯爵邸②

 プリンス伯爵邸の裏庭へとメルキオッレと仲良く手をつなぎながら向かった。私達の後ろからは護衛や使用人がぞろぞろと付いてきていた。伯爵家の跡取りで、一人息子のメルキオッレはとても大切にされている様だ。奥様に似た可愛い容姿なのでプリンス伯爵も少し過保護になっているのかもしれない、自分は護衛一人だけ供に付けて屋敷を飛び出して行くのに、息子の事はがんじがらめに守っている様だ。ちょっと親ばかかなとも思うが、王都では爆破事件の事もあるので、それもしょうがないのかなと思い、せめて今日だけは自由に遊ばせてあげたいなと思ったのだった。


 メルキオッレは後ろを振り返るとぞろぞろ付いてくる者達がうっとうしかったのか、ふーと小さく息をついた。ただ裏庭で遊びたいだけなのにそれが自由に出来ない事がもどかしい様だった。私は手を繋いで歩いているメルキオッレに小さな声で話しかけた。そう、後ろの者たちに聞こえない様に……


「メル、隠れん坊しよっか?」

「えっ? 隠れん坊?」


 私はメルキオッレに頷いて見せると、くるりと使用人たちの方へと振り向いた。皆急に私達が振り返ったので、驚いてピタリと停止した。護衛たちは剣に手を置き、何か有ったのかと警戒をしている様だった。そんな皆に私はレディの笑顔で微笑んだ、お母様譲りの微笑みは大人でも頬を染めるぐらいで有った。


「皆様、ただいまから隠れん坊を致します。隠れるのは私とメルキオッレです。皆さんは鬼です。私達二人を探し出してくださいね。見つけた方にはスター商会自慢のお酒 ”星酒” をプレゼントいたします。それでは、始め!」


 啞然とする使用人と護衛たちに構わず私は身体強化を掛けるとメルキオッレをひょいっとお姫様抱っこした。そして一気に最スピードを出して走り出した。後ろでは 「お待ち下さいませ」 とか 「メルキオッレ様」 とか叫ぶ声が聞こえた。護衛たちは何とかついて来ようとしていたが、勿論アダルヘルムとマトヴィルに鍛えられた私の足についてこれる者などいる訳もなく、どんどんと引き離していき、私はメルキオッレに道を聞きながら裏庭へと一直線に向かった。メルキオッレは年相応の嬉しそうな声を上げ、私に抱えられながら手を叩いていた。


 やっぱり子供は笑顔じゃなくっちゃね!


 裏庭に着くと今度は木々が茂っている辺りに行って、後から付いてくる者たちに見えない場所へと行きメルキオッレを抱っこから降ろしてあげた。メルキオッレはキラキラと目を輝かせ私を尊敬するような眼差しで見ていた。


 メルキオッレ可愛い! とっても可愛い!


「ララ凄いぞ! 今のはどうやったのだ? 私にも出来るか?」

「今のはね、身体強化って言うの、メルは普段剣や武術の稽古はしているの?」

「ああ勿論だ。伯爵家の子としての嗜みだ。毎日練習しているぞ」


 興奮している様子のメルキオッレに頷き、体を鍛えているなら大丈夫かなと、身体強化を教えてあげる事にした。体の魔力を感じるという事が難しい様で、メルキオッレは苦戦していた。


「ふむ……中々難しいのだな、私もいつかララのようになれるか?」

「勿論、毎日練習して居ればすぐに使えるようになるよ。でも一人のときは魔力切れを起こすと危ないから、必ず大人と一緒のときに練習してね」

「うむ、分かったぞ、約束する」


 私とメルキオッレは指切りげんまんをした。メルキオッレは指切りを知らなかった様で、最初首を傾げていたが ”仲良しの約束の契り” なのだと教えてあげると、とっても嬉しそうにしていた。きっと今迄年の近い友人が居なかったのだなと思うと、少し可愛そうになってしまった。今日はとことん遊んであげようと思った。


 私は使用人や護衛たちに邪魔されない様に結界魔道具で辺りに結界を張ると、メルキオッレの裏庭に秘密基地を作ることにした。メルキオッレはワクワク顔だ。


「秘密基地とは、隠れる場所か? 父上にも母上にも内緒なのだな?」

「私とメルだけの秘密のお家だよ。勿論お友達が新しく出来たら招待しても良いからね」


 元気よく頷くメルキオッレを可愛いなと思いながら、私は勝手にプリンス伯爵邸の裏庭に小さな小さな小屋を建てた。メルキオッレは私があっと言う間に小屋を建ててしまったのに驚き、少し羨ましそうな顔で見ていたので、メルキオッレが身体強化を覚えたら小屋作りを教えて上げると約束をした。メルキオッレは頑張ると言って ふん と気合を入れていたのがまた可愛かった。


 小屋を建てた後は、小屋の中を空間魔法で広くした。あまり広すぎても危ないので、ディープウッズの屋敷の私の部屋位にした。それでも秘密基地としては十分に広いだろう。中に入ったメルキオッレは驚いた顔をしてとっても喜んでいた。


「凄い、凄い! ララはとっても凄いぞ!」


 褒められて調子に乗った私は小屋の中に、お風呂やトイレ、キッチン、メルキオッレと私の部屋、そして客間も作った。全て小さめの物だが、メルキオッレはとても喜んでくれた。 「秘密基地とは最高の遊び場なのだな!」 と可愛い言葉を付けてくれた。本当にメルキオッレは良い子だ。私は外に出て、小屋のすぐ横にブランコと滑り台も作ってあげた。メルキオッレは毎日遊びに来るといって喜んでくれたのだった。


 暫くブランコで二人乗りをしたり、近くの木を木登りしたり、滑り台を堪能したりとしていると、私の魔法鞄の中で 『ピーピーピー』 と音が鳴った。これは通信魔道具の音だと気が付き、直ぐに鞄から通信魔道具を取り出してみるとアダルヘルムからの連絡だった。


『ララ様、そろそろこちらへお戻り下さい、皆見つけられずにヘトヘトになっておりますよ』

「は、はい。すぐに戻ります」


 そう言えば ”隠れん坊” をすると言って使用人たちと護衛をまいたのを思いだした。つい遊びに夢中になって忘れてしまっていた。申し訳ない。

 メルキオッレに戻ろうと声を掛けると、しょんぼりとしてしまった。私ともっと遊びたかったようだ。可愛い。可愛すぎる。


「メル、午後は違う遊びをしましょうか?」


 私の言葉を聞いてしょんぼりと落ち込んでいたメルキオッレは勢いよく顔を上げた。何かを期待するような目で私を見ている。その可愛い様子に私の胸はキュンキュン鳴った。


「ララはまだ帰らないのか?」

「勿論、今日はメルと仲良くなるために来たんだもの、お昼を食べてもまだたくさん遊びますよ」

「そうか! そうなのか! よし! お昼を食べたらまた沢山遊ぶぞ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるメルキオッレと手を繋ぐと、結界の外へと出た。ここは私とメルキオッレだけが入れるように登録し、結界魔道具を固定した。メルキオッレは自分だけの世界が持てた事にとても嬉しそうな表情を浮かべていた。幾ら子供とはいえ、自分一人の時間が持てないとストレスになってしまう、プリンス伯爵に少しメルキオッレ警戒網を解くように話した方が良いかな? と思った。ただ、王都がどれだけ危険かは分からないので、そこは聞いてからにしなければならないとは思った。


 私達が裏庭の開けた場所に手を繋いで出て行くと、護衛や使用人がフラフラになっていた。ずっと探し回っていたかと思うと申し訳ない気持ちになり、ここに居る皆に癒しを掛けてあげた。突然の光に驚いていたが、メルキオッレの手を叩いて喜んでいる姿に、護衛や使用人達はハッと我を取り戻したようで、応接室へ向かう私達の後を、ジッと もう目を離さないぞ と言っているような目で見つめながら付いてきたのだった。ちょっと怖いなと思ったが、そこは振り回したのは私なので黙っておいたのだった。


 応接室へ着くとプリンス伯爵がすぐにメルキオッレに抱き着いてきた。心配で心配で仕方なかったのか頬擦りし、半泣き状態だった。一人息子が可愛いのは分かるが、メルキオッレの表情を見ていると、うっとおしいなぁーと思っているのが見て取れたので、やはり少しくぎを刺すことにした。何故なら奥様もアダルヘルムも苦笑いだったからだ。


「プリンス伯爵、メルはもう9歳ですよね? いつまでも小さい子の扱いではダメでは無いですか?」


 プリンス伯爵はメルキオッレに頬擦りしているのをピタリと止めると私の方へと驚いた顔を向けてきた。まるでメルキオッレが9歳だと今気が付いたような表情であった。


「……いや、しかしララ様……メルキオッレはまだ未熟でして……」


 私もアダルヘルムも奥様のシルヴィアも はー…… とため息をついた。未熟で幼いままでいて欲しいのはプリンス伯爵の方なのだ。このままではメルキオッレが家を飛び出していく未来しか見えない。そもそもプリンス伯爵自体が縛られるのが嫌いな人のはずなのに、それを息子にやっているのだから困った話である。アダルヘルムがプリンス伯爵をじろりと睨んだ。


「プリンス伯爵、ララ様の護衛であるセオは9歳の時に既に魔獣を倒しております、そしてララ様はまだ7歳ですが、既に店を開業しております。貴方がどういったお子様をお望みかは分かりませんが、縛り付けて居れば、いつかは反動で反抗したくなりますよ。それに今のままでは甘やかされて、何もできない愚かな息子の出来上がりです。貴方はそれで宜しいのですか?」


 プリンス伯爵はグッと押し黙ってしまった。可愛い可愛いと鳥かごに入れている様では子供は育たないだろう。危険な目や自分で痛みを知らなければ成長できない。プリンス伯爵も子供時代が有ったのだから分かるはずなのだ。


 プリンス伯爵とメルキオッレは見つめあると、息子が期待している事が分かったのか、プリンス伯爵は頷いて見せた。そして――


「メルキオッレに年の近い護衛を付けよう、家の中だけはその者だけで守らせる、ただし外へ出るときは今までと一緒だ、ララ様とセオ様は規格外だからな、自分と比べてはならないぞ」

「はい、父上有難うございます」


 メルキオッレは今度は自分から嬉しそうにプリンス伯爵に抱き着いた。プリンス伯爵の 私の息子最高! という心の声が聞こえた気がしたが、メルキオッレの可愛さならそれも仕方ないかなとちょっと同意した。


 応接室のテーブルに促されると昼食を取ることとなった。プリンス伯爵はスター商会の食事には負けますがと言っていたが十分に美味しい料理だった。プリンス伯爵は香辛料をスター商会で購入しているので役に立てている様だ。


「そう言えば、今日はワイアットさんもこちらに来る予定でしたよね?」


 王都に行ったときは三人で会いましょうと約束していたので、ワイアットが居ない事が不思議になった。プリンス伯爵は嬉しそうに頷くと理由を話してくれた。


「実は先日ワイアット商会に爆弾魔が来たのですよ」

「ええっ?!」


 ワイアットが襲われたという話なのに、何故プリンス伯爵が面白そうにしているのか意味が分からない私なのだった。

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