第230話 プリンス伯爵邸③

 ワイアットが爆弾魔に襲われたと言いながらもニコニコと笑顔でいるプリンス伯爵に驚いていると、アダルヘルムがクスリと隣で笑っているのが分かった。どうやら私とメルキオッレが遊んでいる間にプリンス伯爵から事件の詳細を聞いていたようだ。二人が慌てた様子が無いところを見るとワイアットもワイアット商会も無事なのだろう。そう思うと少しだけホッと出来たのだった。


「ジョーも昼過ぎにはここに来ると言っておりましたので、ララ様事件の話は本人から聞いた方が宜しいかと思います。きっと驚くこと間違いありませんよ」


 ハッハッハッとプリンス伯爵は嬉しそうに笑った。その後はスター商会のお陰で今まで表面的な付き合いだったワイアット商会の会頭ジョセフ・ワイアットと、ジョーとダレルと呼び合う程の親友になったのだと教えてくれた。

 それからビール祭りで仲良くなったエイベル夫妻の長男ダニエルは ”ダニー” マルコの叔父であるブロバニク領の商人ファウスト・ビアンキは ”ファー”、ジェルモリッツオ国の商人マクシミリアン・ミュラーは ”マーク” と呼ぶなど、この年になって親友が出来たのだと喜んで教えてくれた。

 その話を聞きながらメルキオッレが羨ましそうに父親の事を見ていた。きっとメルキオッレも親友と呼べる様な友人が欲しいのだろう、それも同姓でだ。スター商会へなるべく早めにメルキオッレを呼んであげて、同い年のゼンやブライスそしてリタ、それから歳は違うがタッドやニックやキース、それに領主の息子のメイナードも紹介してあげたいなと思った。きっと仲良くなれるだろうなとそう感じた。


「それで我々スター仲間は ”星の会” というのを発足したのですよ」

「「 ”星の会” ?!」」


 プリンス伯爵はスター商会繋がりで仲良くなったスター仲間のメンバー、ジョー、ダレル、ダニー、ファー、マークで ”星の会” なる物を勝手に作ったようだ。これには ”カール” ことジェルモリッツオの英雄カエサル・フェルッチョとブルージェ領の領主タルコットも入れる予定なのだそうだ。そしてスター商会の宣伝と勿論スター商会の会頭の宣伝もしてくれるのだと話してくれた。


「イライジャ殿に頼まれました ”聖女伝説” を王都でも広めて見せますからお任せ下さい!」


 ハッハッハッと笑うプリンス伯爵を見て、私は頭が痛くなってしまったのだった。


 イライジャ……余計なことを……


 食事を終えたころワイアットがやって来た。どこもケガも無い様で元気な姿を見てホッとした。プリンス伯爵が問題ないと言っていたが爆弾事件と聞いていたのでやはり本人の姿を見るまでは安心できなかったのだ。ワイアットは機嫌のよさそうな顔で微笑むと私とアダルヘルムに挨拶をしてくれた。私達は皆でソファへと座り、お茶を楽しみながら話をすることになった。


「ララ様、先日はビール祭りに呼んで頂き有難うございました。ブルージェビールを我が商会でも販売させて頂いておりますが、評判がとても良く、先日買い求めたものはもう完売いたしました」

「それは良かったです。ブルージェ領の領主であるタルコットも喜びます」


 ブルージェビールが好評だと聞いて嬉しくなった。タルコット達もリアム達も忙しい中祭りの準備も、ビール販売の準備もとても頑張っていた。その努力が報われたと思うと早くブルージェ領に帰って皆と話がしたくなったのだった。


「ワイアットさん、あの……爆弾魔が店に来たと聞いたのですが」

「ええ、そうです。祭りから帰ったすぐ後の事でした。いやー、警戒していましたがやはり驚きましたね。ですがスター商会の、いえ、ララ様のお陰で助かりました」

「私の? スター商会のお陰ですか?」

「ええ、そうなのです……」


 ワイアットは頷いて、嬉しそうに経緯を話してくれた。


 爆弾魔事件はブルージェ領のビール祭りから帰った次の日の出来事だったらしい、店の前で急に大声で叫び始めた者がいたそうだ。『この店はあくどい営業をしている』『店の商品はどれも三流品だ』『王都から出ていけ』など勝手な評定もいいとこだった。勿論今まで爆弾魔が押し寄せた店も同じ様な被害に遭っている為、本気で信じる者は居なかった様だが、それでも店の前で大声で叫べば街を歩く人たちの目や耳を自分に向けることができる、それによってワイアット商会はそれほどまでに恨まれる店なのかなと猜疑心を生むことができる。犯人の狙いはそこにある様だった。


 騒ぐ犯人が爆弾に火をつけた瞬間、ワイアット商会の護衛はその爆弾に向けてスター商会の結界魔道具を投げた様だ。すると爆弾だけがその結界の中で爆発し、犯人も周りの王都民もそれからワイアット商会の従業員も誰一人怪我をする事が無かった様だった。

 そして騒ぐ犯人を取り押さえると、目もうつろで、意味不明な言葉を繰り返していたので、護衛の判断でスター商会のポーションを飲ませてみたところ、我に返ったのだそうだ。


「スター商会の商品のお陰で我が店もその犯人も無事だったのです。ララ様のお陰でございます」


 そう言って笑うとワイアットは話を続けた。その犯人をワイアット商会の応接室へと連れて行きワイアットが詳しく話しを聞くことにした。犯人はどうやら奴隷だった様で、契約の為か多くの事を話せなかったようだ。自分がどうしてワイアット商会の前に居たのかも、爆弾でなにをしようとしていたのかも覚えていないようだった。ただ犯人は何かを飲まされてからの記憶がないのだと話したそうだ。そして――


「どこの奴隷商に居たのかと尋ねた瞬間急に苦しみだしたのでございます……」


 そのままその奴隷は答えることなく、塵になって消えてしまったそうだった。


「それはまさか…… ”血の契約” をしていたという事ですか?」


 皆が怖いぐらいの顔で頷いて見せた。アダルヘルムはこの事もプリンス伯爵から話を聞いていたのだろう、驚くことは無く何かを考えて居る様だった。 ”血の契約” は以前聞いた事が有るが、契約する内容が重い程その後が危険なようだ。ただ、奴隷の場合、”奴隷契約” の時点で主の不利になるような事は喋られない様になっている為、両方の契約を勝手に結ばれていた可能性もあり、その奴隷が何か力を得た様な様子はなかった様だ。それよりも薬で可笑しくなっていたことが危険では無いかと皆は言った。


「興奮作用のある薬なのか……自分の意思を消されてしまう薬なのかは分かりませんが、危険であることは間違いありません……」



 確かにこの薬が世界中でばらまかれる様な事が有れば、危険なことは間違いないだろう。自我を忘れて危険な行動を起こし、周りを巻き込んで爆発する……誰が考えたのか分からないが人の命をもて遊んでいる行為で吐き気がする思いがした。

 ワイアットはスター商会で購入した魔法鞄から綺麗に包まれた衣類を取り出し、そしてアダルヘルムに差し出した。


「これはその犯人が……いえ、犯人にさせられた奴隷の男が着ていた物です。アダルヘルム様なら何か分かるかと思い持ってまいりました……」


 アダルヘルムは怖いほどの真剣な顔でそれを受け取ると自分の魔法鞄にしまった。話が通っていたのか、持って帰って詳しく調べる様だった。勿論私も手伝う気満々だ。危険な薬をいつまでものさばらせている訳には行かないだろう。


 皆で話し合っているとメルキオッレが私の事をジッと見つめている事に気が付いた。午後も遊ぶと約束したのに話し合いになってしまった為、我慢しているのか、何かを期待するような、それでいて押さえているようなウルウルとにじむ目で私を見ていたので、私の胸にはハートの矢が刺さった。


 はう、メルキオッレ……可愛い……可愛すぎる……


「あの、メルと……メルキオッレと遊びに行ってもいいでしょうか?」


 私が大人たちに声を掛けるとメルキオッレの瞳はキラキラと輝いた。可愛いその姿に私だけでなくプリンス伯爵もメロメロになっている様だった。皆から了承をえると、裏庭ではなく今度はメルキオッレの自室へと行くことになった。午前中振り回されていた使用人や護衛達はホッとした様子を見せていた。また探すのは嫌だなと思ったのだろう。教育されているはずなのに顔によく出て居た。


「あー……メルキオッレの供には、護衛はトンマーゾ、メイドはマルティルデだけで良い、後はここで待機だ……」


 プリンス伯爵がそう皆に指示を出した。午前中はあれだけぞろぞろと人を引き連れていたことを考えると、護衛一人メイド一人はあり得ない人数だ。室内という事もあるのかもしれないが、私達に注意されたプリンス伯爵は過保護にならないようにと考えた様だった。

 名前を呼ばれた護衛とメイドはこの中で一番若い様で。成人し立てに見えた。メルキオッレの事を考えての人選だったのだろう。メルキオッレもプリンス伯爵夫人のシルヴィアも満足げだった。


 メルキオッレの部屋へ行くとドールハウスを出して上げた。可愛い本物の様なお家に男の子と言えメルキオッレはとても嬉しそうな表情を見せていた。小さな人形を出し、魔力を通して動かすと、メルキオッレだけでなく護衛のトンマーゾとメイドのマルティルデも驚いた表情をしていた。皆まだまだ可愛い年頃なのだなと、一人可愛い皆の様子に満足する私だった。


「このドールハウスとお人形はメルにプレゼントするから大切に使ってね」

「私にこれをくれるのか?!」

「フフフ、これも私が作ったの。だからお友達のメルに使ってもらいたいのよ」

「そうなのか?! そうか友達だからなのだな! 分かった大事にするぞ」


 喜ぶメルキオッレの可愛い笑顔が見れて私は大満足だ。護衛のトンマーゾとメイドのマルティルデは何故か真っ青になっていた。きっと見たことのない魔道具を私が作ったと行った事に驚いたのだろう。メルキオッレだけは午前中の私の行いを知っているので 「ララは凄いのだな!」 と素直に喜ぶだけであった。可愛い!


 メルキオッレと十分に遊ぶと帰る時間となってしまった。メルキオッレは寂しいのか半分既に泣いているような表情だった。その姿が可哀想すぎて私の胸が痛んだ。毎日でも遊びに来てあげたいくらいだ。


「私はララとずっと一緒に居たいぞ……」


 メルキオッレが帰ろうとする私の服の袖を掴んでそう言ってきた。頬にはポロポロと涙が流れていた。こんな表情を見て、私が平気でいられるはずもなく……


「メル、次の太陽の日にスター商会へ遊びにいらっしゃい!」

「えっ?」


 プリンス伯爵とワイアットが私の言葉に驚き、アダルヘルムは頭が痛いといった仕草を見せていた。メルキオッレは泣き止み、大きな目をもっと大きくして私を見つめていた。お人形の様でとっても可愛い。

 私は驚いているプリンス伯爵とワイアットに近づいた、そして二人にしか聞こえない音量でコソコソ話をする。アダルヘルムは大きなため息だ。


「実は王都の屋敷と、スター商会を転移部屋で繋げたのです」

「「ええっ?!」」

「ですから、お二人共今後スター商会にはいつでも来れますよ」

「「ええええっ?!」」


 アダルヘルムは仕方ないと言った表情で王都の屋敷までの通行所をプリンス伯爵とワイアットに渡した。二人は口を開けたまま何も言わずにそれを受け取っていた。転移は出来る人間が少ないので、希少な魔法だ。それが身近にある事に驚いたのだろう。二人がだらしない表情になってしまっても仕方がないなと思った。


 私とアダルヘルムはこうしてプリンス伯爵邸を後にした。メルキオッレはさっきまでの泣き顔とは違い、とっても良い笑顔でいつまでもいつまでも私たちの乗るかぼちゃの馬車に手を振り続けてくれたのだった。可愛いお友達が出来て私には最高の一日となった。

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